第333話 王様のサバトです!

 ついにルシフェル主催のサバトが開幕する。なんと地獄の王、パズスまで飛び入り参加をした。

 サタン陛下とは違う勢力だけど、敵対はしていないようだ。ベリアルが案内して、室内に姿を消した。

「さすがすごい方が参加するなぁ……」

 小悪魔が感心して見送る。彼らが中に入った後、道の向こうから小悪魔と人間のコンビの姿が見えた。続々と参加者が集まってくるよ。

 王の名において行われるサバトは滅多にないので、参加者は皆、興奮している。差し入れも集まり、使用人が預かって運び入れた。

 穏やかに進んでいくと思われた、が。


「おい、リニ。今日は偉い方のサバトだろ、なんでお前が受付なんてしてんだよ」

 角が四本生えた、肌の青っぽい小悪魔がリニに絡んでいる。リニより背は低い。

「た、頼まれたから……」

「なんでお前みたいな弱っちいのが」

「サバトに参加するなら、玄関を入って右に進んでね」

 エクヴァルが間に入り、さっさと進めと促す。エリゴールはちょうど他の参加者と会話中で、気付かれたら危険なのだ。

「アンタが契約者? リニなんて役に立たないだろ?」

「いやいや、リニは勤勉だし、とても助かっているよ」

 リニはエクヴァルの後ろに隠れて、ズボンをきゅっと握っている。


「行くぞ、おい。今日はお偉い方のサバトなんだろ、問題を起こしたらお前がヤバいんじゃないのか?」

「わーってる。ニンゲンの後ろに隠れてるなよな、弱虫リニ」

 尚も小悪魔が絡んで、身体を傾けてリニをのぞき込む。不意に小悪魔の身体が持ち上がった。エリゴールが頭を掴んで持ち上げたのだ。

「……おい小僧。それは俺の妹に言ってやがるのか?」

「え、ひぃ……!??」

 小悪魔がバタバタと足を動かす後ろには、憤怒ふんぬ形相ぎょうそうのエリゴールが。

「わ、わ、ぁ……エ、エクヴァルどうしよう」

 焦って挙動不審になるリニに、エクヴァルが何か耳打ちしている。

 

「いいか小僧、俺の妹は存在するだけで尊い! 何故なら、可愛いからだっっっ!!! リニに意地悪するヤツは、俺が許さんっっっ!」

「すみません、すみません!!??」

 小悪魔は状況が飲み込めないまま、必死に謝っている。

「……お……お兄ちゃん、やめて……」

 ドスン。

 小悪魔が地面に落ちた。エクヴァルがリニに言わせたに違いない。さすがに効果抜群だわ。


 不意に煙が上がり、エリゴールの背中が燃える。

「うわっち、うわっちち!!!」

「騒ぎを起こすでないわ!!!」

 ベリアルが飛んで塀の上に立った。背中の火はすぐに消えた。

「閣下、妹がピンチだったんですよ~!」

「そなたが小悪魔に絡んで、どうするのだね!」

 王と公爵のやり取りに青くなっている小悪魔と契約者を、今のうちに屋敷の中へ案内しちゃおう。

「こちらです、とにかく離れてください」

「すみません……」

 二人は背中を丸めて、こそこそと移動した。ベリアル達はこちらの様子はもう気にしていないようだ、良かった。


 パンパンパン。

 屋敷から気怠げな拍手が響く。二階を見上げれば、パズスがバルコニーに両ひじをついて眺めていた。

「おっもしれーな、お前の家臣」

「面白くなどないわ。ルシフェル殿がいたら、何を言われるやら。エリゴール、そなた本日問題を起こせば、妹とは二度と会わせぬ。そのつもりでおれ!」

「そんな、俺の唯一の楽しみを……!」

 嘆くエリゴールを放置して、ベリアルはパズスがいるベランダへと飛んだ。小悪魔達はそのまま会場へ入るが、王や貴族は最後に入場する為、控え室に案内されているのだ。

「エリゴール様、大丈夫です。リニちゃんに会えなくなったら、新しい妹を探しましょう!」

「……さすが閣下の契約者、悪魔より非情に育ったな……」

 励ましたつもりが、非難がましい視線を投げられた。

 リニは怖がっているんだし、そもそもまだ会ったのだって今回で何回目だか。片手で足りるくらいでは。

 傷が浅いうちに離れた方が、いいと思うんだけどなあ。


 その後は特に問題もなく、どんどんと参加者が到着した。

 順調なので、私は家の中へ入った。もうそろそろ開始の挨拶があるだろう。ルシフェルが先程、そっと屋敷へ降りたもの。

 会場で問題が起きていないか、確認する。さすがに王のサバトなので、喧嘩をしたり必要以上に騒いでいる者はいなかった。

「ルシフェル様って御方は、王様だろ?」

「そうだよ。王様のサバトなんて滅多にない、飲み過ぎて騒ぐなよ」

「分かってるよ、緊張するなぁ……」

 小悪魔達の会話に耳を傾けていると、宮廷楽団がステージ袖から登場した。全員が位置に着いたところで指揮者が中央に立ち、お辞儀をする。


 明るく軽快な音楽が奏でられ、使用人達がお酒を配る。

 大体サバトでは、開始の挨拶の前から皆が飲み始めているものなのだ。さすがに今回は、小悪魔達が周囲の様子を探り合っている。人の方が先に口を付けているよ。

 下級貴族が二人ほど会場入りし、続いてベリアルが登場した。いつもの倍くらいカッコをつけて、堂々と右手側の高くなった場所にある席へ座る。二階ほどではないので、中二階ちゅうにかいって感じかな。

「あの方は?」

「あの方も王様よ、ベリアル様。とっても素敵よねえ」

 憧憬の眼差しを受けて、とてもご満悦。相変わらず目立つの大好きである。

「昨日の今日で集まるもんだな」

 パズスは軽い足取りでベリアルの後を歩く。

 そして真打ち、ルシフェルがマナスヴィン龍王をともなって入場した。先の二人と違って、悪魔達の王というには優し気ではかない風貌に、会場中がため息をつく。本来なら小悪魔には、こんな近くでお目に掛かる機会すらない存在なのだ。


 階段を上ると手すりの近くで姿を見せ、その斜め後ろにマナスヴィン龍王が控えていた。契約者は先に椅子に座っている。

 ルシフェルが立って軽く手を上げたのを合図に、楽隊の曲が静かな弦楽器のみに変わった。

「私のサバトへようこそ。今宵は存分に楽しむよう。そして本日のメインゲスト、龍神族のマナスヴィン殿だ。失礼のないようにね」

 悪魔の王とは思えないような、穏やかな微笑を浮かべるルシフェル。わああと歓声と拍手が響いた。

 王達が席に座ると、小悪魔は思い思いに料理を取り始める。

 私もベリアルの契約者だから、上の席に行くのが正しいのよね。でもわざわざ高い目立つ場所に行くのもイヤだし、小悪魔やその契約者に交じって料理を頂いちゃお。


 キイッと音がして、ベリアル達がいる中二階の壁側にあった扉が開き、ワゴンを押した料理人が姿を現した。ローストビーフの塊が載っている!!!

 なんとシェフが、一人一人に切り分けるサービスを。これはエクヴァルが交渉していた、昨日の宿のお詫びのお肉だろうか。しまった、あっちにいればお肉が……!

 ワゴンは再び扉から出て、今度はこちらの会場に、あらいらっしゃい。階段を上れないから、裏から行き来しているのね。スロープがあるのかな。

 小悪魔がわっとワゴンに集まる。人の方が出遅れているよ。

 私も後ろに並んで待った。お皿もワゴンに載っているので、手ぶらで頂けます。切り分け割れたローストビーフを手に、皆が嬉しそうにしている。私のお皿には、三枚もらったわ!


「君が契約してる子は?」

 先に並んでいた男性に、話し掛けられた。彼も一人だ。

「その辺にいますよ」

 嘘はついていない。“子は?”と聞いてきたところから察するに、小悪魔と契約していると思われているんだろうな。ピンポイントで外す人だ。

「俺は男爵と契約しているからさあ。ホラ、あいつは王様に挨拶してるんだ」

 ローストビーフのお皿を持ち、もう片手の親指で中二階を指した。

 なるほど、自慢をしたいわけだ。今回は階段を上らなければならないわけで、小悪魔は王に近付かない。

「そうなんですね、とても美味しそうなお肉ですね」

「なんだ、話を逸らして。ねたんでるのかい?」

 その挨拶されている方が私の契約している悪魔なんで、答えようがないのよねえ。私には目の前のローストビーフが大事です。宮廷にいた頃と違って、いつでも用意してもらえるわけではないのだ。


「イリヤ、もう始まってる?」

「リニちゃん、ルシフェル様の開会のご挨拶も終わっているわよ。受付お疲れ様」

 セビリノとエクヴァル、そしてエリゴールも一緒にいる。王様のサバトに遅れる人もあまりいないだろうし、後は屋敷の人が代わってくれたそうだ。

「あ、門にいた小悪魔ちゃんと公爵様……!」

 男性がエリゴールに頭を下げる。

「師匠、こちらの男性は?」

「ちょっとお話しをしていただけよ」

「あの、公爵様の契約者様で……?」

 男性は肩を縮めてセビリノに尋ねた。タイミング的に、勘違いしても仕方ない。会話を楽しんでいた周囲が、チラチラこちらを盗み見ている。


「ないない、俺は契約してない。閣下のお召しで来ただけだ」

「左様ですか……!」

 なんかホッとしている。公爵の契約者が相手だと、緊張するからかしら。

「そもそもイリヤ嬢は、ここにいていいのかな?」

「ね。王様の隣が、契約者の席だよ?」

 せっかく黙っていたのに、エクヴァルとリニが暴露する! 男性は目を丸くして私に顔を向けた。

「し、失礼しました……!」

 深く頭を下げて、逃げるように去って行った。


 会場には白から青になる、長い布を手にした女性が入ってきて、楽団の前で音楽に合わせて優雅に踊り始めた。いつの間に手配したのやら。

 螺旋を描くように布を回したり、自分も回ってはためかせたり、まるで布まで身体の一部になったかのように、自在に操っている。

 踊り子は三曲ほど踊って帰り、日付が変わる前に楽団も退場。

 椅子や譜面台を片付けたステージに小悪魔が立って、歌ったり踊ったりと芸を披露している。

 ゲストのマナスヴィン龍王も喜び、手を叩いていた。そろそろ私は退席しようかな。ベリアル達に声を掛けに向かう。会場は盛り上がっているので、階段を上る私を気にする人はいなかった。


「いいサバトだな。礼に、俺も何かすっか。保存食に魔力を籠めて、死に至る病を仕込んで景品に……」

「物騒なものを作るでないわ」

 パズスと不穏な会話をしているベリアル。ルシフェルの目があるから止めているだけで、いなかったら一緒に楽しんだに違いない。

「おお、お前の契約者じゃん。どうだ、暗殺したい相手がいんなら、いいもんやるぜ」

 手招きしないで頂きたい。マナスヴィン龍王の視線が痛い。

「私は薬や回復アイテムを作る職人ですので、そういうのはちょっと……」

「お前は俺の熱病も治療できるじゃん。先に薬を作っといて金持ちに恩を売りゃあ、後々有利になるって寸法だ」

 相手の命を賭けた自作自演だ。失敗したら大変だわ。


「君は治療もできるのではなかったかな?」

 ルシフェルが尋ねると、パズスは軽く手を振った。

「ああ、それは俺本人が立ち合わなきゃできないんだ。魔力に変えて取り込んで治し、逆にその魔力を籠めて高熱を出させる。呪いと一緒だな、使う度に魔力の総量が増減してるぜ」

「そなたの起こした熱病を目にした時から、分かっておったわ。よくも気軽に使うものよ」

 呪いは使う度に、魔力の総量が減るのだ。相手に魔力を残していくわけで、回収もできない。そして通常の魔法と違って、自然には回復しない。

 地獄の王にとっては大河の一滴のような量ではあるものの、同等の力を持つ相手と戦う時になれば、その一滴が明暗を分けることになりかねない。なので、気軽には使わないよ。

 

「俺は大戦に参加する気もねーし、ほどほどで構わないから好きにやってる」

 本当にフリーダムな悪魔だなあ。背もたれにもたれて、酒を一杯、一気にあおった。

「でもその病が、どこまで効果があるかは興味ありますね」

「……人間には逃れられない程度にはあるが?」

「そうではなく、同じ悪魔ならどのランクの方まで熱を出されるのか、とか……」

 呪いの性質は悪魔なら解ける。

 発熱するのはどこまでか? 気になる。

「つまり君は、ベリアルに効果があるか気になると?」

 ルシフェルが笑みを深めた。彼はベリアルには遠慮が無いのだ。

「いきなり王よりも、公爵とかちょうど良い被験者だと思うんです」

 この場の視線がエリゴールに集まった。ちなみに彼は壁寄りの席に座り、リニを同席させている。エクヴァルもリニの隣にいるよ。


「……閣下、イリヤにどういう教育をしているんですか?」

「知らぬわ。どうも薬などの話になると、見境がなくなるのである」

「ワインに籠めて、ベリアル殿とエリゴール様で乾杯されたら如何でしょう!」

 違いを確かめるのにいいかも。龍神族への効果も気に掛かるが、さすがに他人の契約者は良くないわね。

「飲まぬわ!!!」

「きー、ひひひ! ベリアル、お前の契約者は今まで俺が見た人間の中で、一番発想がヤベェ!」

 やべえ? 病を振り撒く危険な地獄の王に、ヤバいと言われてしまったわ!?


「あれが……地獄の王の契約者」

「普通の人間には務まらない、ということかも知れませんね」

 マナスヴィン龍王と契約者が、こそこそと話している。

 セビリノは下で、エグドアルムの宮廷魔導師だと知ってる人に囲まれていた。背が高いから、どこにいるかすぐに分かるわ。

 後は任せて私は寝ようっと。盛り上がっている会場を背に、部屋へ戻った。

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