第200話 魔導師マクシミリアン、再び!

「ふ……ふふふふ、ついにここまで来ましたわ」

 もう首都まで目と鼻の先。ロゼッタは何度もお城に行っているだろうし、見知った土地になって来てるのね。

「必ず本懐を遂げましょう」

「ええ、ペオル! 覚えていなさいよ、シャーク皇子。特訓の成果を叩きつけてやるわ!」

「その意気です」

「お嬢様、お手柔らかになさって下さいね……」

 メイドのロイネは、その後どうなるかの方が心配みたいね。一人で胃を痛めてそうで、可哀想。特訓をよそ眼に、私は宿の部屋へ戻った。


 ヘイルト達は行っちゃったし、今のところやることがないな。セビリノは一人で呪いの調査をしている。彼が国でも研究していたから、呪いに関しては私よりも詳しいよ。魔法薬の確認でもしようかと思っていたら、不意に扉がノックされる。

「イリヤ嬢、ちょっといいかな」

 エクヴァルだ。扉を開けると、彼は廊下に一人で立っていた。

「いいけど、どうかしたの?」

「少し町に出ない?」

「町?」

 また何か探るのかしら。私はむしろ邪魔にならないかな。

「参るぞ、イリヤ」

 ベリアルもやって来て、三人で出掛けることになった。

 宿の外に出て、広い通りを少し歩く。お店をあらかじめ決めてあったのかな、窓から重厚なカーテンの覗く、個室のある喫茶店へ迷うことなく入った。


 席まで案内されるとベリアルが私の隣に座り、ニヤニヤ笑いながら足を組む。

「そなた鈍すぎるな。誰かに聞かれたくない話があると、いうことであろうが」

「ちょっとロゼッタ嬢には、まだ内緒の話があってね。私は知らせてもいいと思うんだけど、殿下がね」

 それは全然気付かなかったぞ。何で解るんだろう。 

 まずは飲み物を注文する。私はバナナと苺のクレープも頼んだ。


「実はモルノ王国で殿下達が、第二皇子側のピュッテン伯爵と会ったんだ。その時に、彼は殿下に“失礼します、皇太子殿下”と、告げたそうだ」

「知られてたの!? こんな遠い国なのに」

 リニが殿下の方へ行ったのって、探ったり何かする為だったのかな。

「いや、私はそうは思わない。鎌をかけられただけだろう。他愛もない話をして別れ際にわざわざ耳打ちしたんだ、反応を確かめられたんだと思う」

「じゃあ、第二皇子側に知られているの……?」

 思わず小声で尋ねると、エクヴァルは少し悩んだようだった。


「問題はそこなんだ。伯爵がモルノに出入りしていたのは、どうも私用のようでね。私も探ってみたけれど、牧場でミルクを飲み比べしていたり、皇位継承争いとは別の意図のように思える。何か独自の目的があるんじゃないかな」

 ミルクの飲み比べ……? わざわざこんな時期に他国まで出向いて、する事なの?

「つまり、ピュッテン伯爵という者だけが勘付いていて、秘していると言いたいのかね?」

「もし第二皇子側が知っていれば、何らかの接触をしてくると思うんです。それがない。何か持ち掛けられても、伯爵以外にはしらを切るようにしました。知っていれば、窓口は伯爵のみだと思うだけです」

 ブラックコーヒーを飲むエクヴァル。苦くないかな。


 うーん。要するに、ピュッテン伯爵だけが殿下の正体に気付いていて、第二皇子とかには教えてないかも知れない、そういうことね。

「そんなに仲良くないのかな」

「そなたは単純で良いな」

 ベリアルに呆れた目で見られてしまった。クレープでも食べよう。生地の薄さがいいよね。バナナは甘いし、クリームとよく合う。苺も好きなの。色といい形といい、スイーツの王様だと思っているわ。


「それにしても、ロゼッタさんには内緒で私に教えてくれるなんて、私の方がしっかりしてるって事かしら」

「……イリヤ嬢。私は君の味方だ」

「うん、ありがとう」

 エクヴァルが神妙な表情で、私の両肩に手を置いた。

 紺色の両目がしっかりと私を捉えている。

「だけど、それはない」

 諭すように首を振った。

「そんなに真剣に言う程!?」

 そうだねで、いいじゃない!


「イリヤ嬢も、ここはもうルフォントス皇国だからね。もし誰かに聞かれても、トビアス様はカールスロア侯爵家の人間だと思って。殿下とは呼ばないでね」

「うん。ちょっと不安だけど、そういう時はベリアル殿に任せちゃうから」

 でもなあ、毎日練習しようかな……。間違えて殿下って言いそう。

「……構わぬがね。成長の見えぬ小娘よ」

「む~。ベリアル殿も成長が見えませんよ」

「我がこれ以上偉大になって、どうするのだね‼」


 ロゼッタには、殿下だって教えていい気がするんだけどな。どうも単に殿下がからかってるように思える。あとで驚かせたいんじゃないんだろうか。今回誘ってくれたのは、私には接触がないだろうけど、一番口を滑らせそうだから念を押す意味もあったのかも知れない。

 話が終わって、会計を済ませて外へ出た。今回はエクヴァルのおごりだ。


 ルフォントスの街並みは、チェンカスラー王国よりも都会的で発展している。整備された石畳の道路は広くて馬車が行き交い、石造りのお店にはオシャレな看板がかかっている。重なる建物の向こうに聳える、一際高い尖った屋根が商業ギルドらしい。

 人通りも多く、女性はスラッとしたワンピースにボレロ、つばの広い帽子や可愛いパッチワークのスカートだったり、素敵で多様なデザインの衣服に身を包んでいる。冒険者らしいパーティーも、レナントにいる人より小奇麗にしているよ。


 その中に似つかわしくない、痩せて目つき悪い、暗い色のローブを来た魔導師が歩いている。防衛都市を襲って、ニジェストニアでゾンビパウダーまで売った指名手配犯だ!

「あ~! いた、いたよエクヴァル、あの人!」

 私がエクヴァルの手首を掴んで指をさすと、彼は掴まれた手を見てから示した方に視線を向けた。急に掴んで驚かせちゃったかな? 慌てて離す。

「……彼だね、こっちに気付いたみたい」

 そうだった、大きな声を出しちゃダメだった。すぐに後ろを向いて逃げようとするんだけど、あら、いつの間にやらベリアルが。

「げげっ!」

「どこへ行くのだね?」

「いや、その~……」

 助けてと言いたそうに、こちらを振り返る。

「お話があります。一緒に来て下さいますよね?」

「勘弁してくださいよ、姉御~!」

 あねご!? それって私の事なの? 


 とにかく宿に来てもらう。誰かに聞かれたらまずい話だし。ベリアルが後ろから見張りながら歩くものだから、彼は肩をすぼめて大人しく付いて来た。

「……うおお、セビリノ・オーサ・アーレンスまで!」

 普段着のセビリノの姿に、また驚いている。

 そんな様子なんてお構いなしで、椅子に座ったエクヴァルが彼を見据えて質問を開始。

「単刀直入に聞こう。ルフォントスの皇帝陛下に、ゾンビパウダーを使わせたろう」

「はあ? 皇帝?」

 眉をしかめたけど、思い当たることがあったみたい。頷いて、ベッドに勝手に座った。背中が丸まってるよ。彼は猫背だね。

「……ああ。僕はこの国に来て、一人にゾンビパウダーを売ったよ。偉そうな奴だったけど、そういう事だったのかな~」

 片手を振って皮肉な笑みを浮かべる、ずいぶんと太々しい態度だ。

「やはりそうか。では皇帝陛下が昏睡状態に陥っているのは、何故だ?」

「昏睡? そんじゃ奴隷として使えないじゃないか」

 詰まらなそうな表情で首を傾げ、少ししてそうかと一人呟き、笑みを深めた。


「ふ~ん、ちゃんと解毒薬の作り方も教えてやったのに。アイツら、解毒薬の効果を薄くしたんじゃないか? 実験でも効果が薄いと、最終的に目覚めなくなった」

 目覚めなくなった!? もしかして、皇帝陛下も……⁉

「……危険な状態みたいだね」

 エクヴァルの声が低い。私もさすがに心配になってきたわ。

「一刻も早くしないと、手遅れになるわ……」

「どの程度で目覚めなくなるかは解るか?」

 セビリノが尋ねる。ほとんど意識が薄れて時間が経っているみたいだし、解毒薬は飲めているんだろうか。これが飲めていないと、致命的だ。

「程度にもよるんだよな~。まあ、皇帝とかなら侍医が何とか延命してるだろ。そーゆーンでも変わる」

 彼からは本当に、罪の意識とか良心の呵責とか、そういうものは全然感じられない。単なる結果としか捉えていないのね。


「……ヘイルト君に、壺を発見してネクタルを使用したか聞いてみるよ。効果が無いようなら、我々も様子を確認させてもらおう」

 エクヴァルがすぐに立ち上がった。連絡を入れるみたい。魂の一部を閉じ込めた壷は、絶対に必要なの。解放した上で、目覚めなければネクタルを使う。

 ネクタルの効果がなかった場合はどうしようもないんだけど、作る人とかによって効果が変わるからね。私のものを試してもらうのもいいと思う。

「で、これで僕は帰っていいですよねえ?」

 近くに立つセビリノを見上げた。

「解放できる道理がない。もし皇帝陛下の御身に最悪の事態が起これば、貴殿は軽くて死罪だろう」

「軽くて死罪って、ちょっと待て! 僕は薬を売っただけで、皇帝に使われるなんて知らないぞ!」

「それは残念であったな。しかし使われたのならば仕方がない、諦めて裁きを受けるが良い」

 狼狽する魔導師の様子に、ベリアルが愉快だと言わんばかりに揶揄っている。


「貴殿の名を聞いておこう。墓標が無名では気の毒だ」

「セビリノ・オーサ・アーレンス! 僕はマクシミリアンだけど、そんな聞き方はないんじゃないですかね~!」

「マクシミリアン。愚かな魔導師であったことよ」

「死んだことにするなっ!」

 ベリアルにマクシミリアンが抗議すると、せせら笑っていたベリアルの表情は一変して無表情になり、赤い瞳がじろりと彼を射抜いた。

「……するなとは、我に申したのかね?」

「いや、しないで下さい……」

 途端に小さくなる。本当にベリアルが苦手みたい。


「悪魔が怖い!!」

「ふはははは、当然の事であろうよ!」

「ここにいるなら、牢屋の方がマシだああァ!」

 マクシミリアンはベリアルを喜ばせる天才ね。ご機嫌で遊んでいるよ。



 ★★★★★★


200話です、ありがとうございます!

問題の魔導師は、無駄にカッコイイ名前にしました!

まさかの人気投票で票を得て、わりと三部の初期に再登場を当てられるという…!

細かいところまで読んで頂いて嬉しいです。

出来る限りしっかり書いていきたいと思います(*^^*)

うひひ、近況ノートも見てね!

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