第199話 デル・リオ公爵領

 従業員に注意されて、その場は解散した。刺客は兵達に預け、しっかりと拘束して尋問をしてもらう。情報を持って帰られると厄介だ。

「でもみんな、よく解ったね」

 どうもこの場にいた私以外は、彼を怪しいと思ったみたい。

「……解ります。あの男は、私が誰かと尋ねませんでしたでしょう」

 ベルフェゴールはすぐに見抜いてたのね。続けてエクヴァルが口を開く。

「つまりね、イリヤ嬢。本当にヘイルト君の味方で第一皇子派なら、見知らぬ彼女や私達がいる事を疑問に思わなきゃいけない。協力者だとしても、秘密の話し合いの場にお茶を出すなんて言い出したら、彼女が誰か確かめなければならない筈」

 なるほど秘密の話なら、部外者がお茶を出しに入られても困るものね。でもすんなり進んでいたような。


「そんなに気にならなかったみたいだけど」

 まだよく解らないでエクヴァルを見上げたら、ちょうど部屋を片付けて出て来たヘイルトが、扉を閉めて鍵をした。

「気にしてた感じはあったよ。あんまり当たり前に話が進むから、我々第一皇子派なら知っていなければならない人物だと判断したんじゃないかな。だから、仲間のフリをする為に敢えて尋ねなかった。裏目に出たね。中途半端に知恵が回る人間がやりそうなミスだよ。私のように聡明にならないと!」

 なんだか嬉しそう。結局何も出来なかったベリアルが、つまらぬと部屋に行っちゃったからか元気だわ。


「刺客と魔物の襲撃……。なぜイールサーンなどという魔物が、このタイミングで?」

 口元に手を当てて考えるエクヴァル。

「魔物の習性を知っていたのね。おびき寄せるのは簡単よ」

「習性?」

「左様、イリヤ様の仰る通り。アレは地獄耳で執念深い魔物なのだ、遠くで喋った悪口にも腹を立て、殺しに来る」

 ヴァルデマルが説明してくれる。この習性を知っていれば、襲わせたい相手に悪口を言うよう仕向ければいいだけ。聞こえない程遠くで恐ろしく醜い猫の魔物がいるとでも耳にいれておいて、聞こえる範囲に入った時にこの先の山にいると人前で教え、何の話だと噂になるようにすればいい。

 洞窟に住んでいるから、通常出会うような魔物じゃないんだよね。偶然住み家を発見して、使われたのかも。


「……つまり、商人達は我々を襲わせるための撒き餌にされたわけだね」

 ヘイルトの予想通りだと思う。ちょっとタイミングがずれただけだろう。

 被害が少なかったので、直接接触して来たんじゃないかな。

「油断は禁物だ。改めて気を引き締めていこう」

「うん、エクヴァル」

 リニも心配だな。エクヴァルは連絡を取ってるんだろうけど、まだあちらにはあまり動きはないみたいね。


 この日は他に何もなく、各自部屋で休んだ。セビリノとヴァルデマルが部屋に来てくれたので、一緒に魔法の話をした。ヴァルデマルは火属性が得意な魔導師。

「そう、そこでオリフラム・ファクティス・ドラゴンを唱えてね」

「しかしあれは、あまり実用性はないと……」

「追加詠唱がある。魔法で作ったドラゴンが、あたかも本物であるように火のブレスを放つ」

 セビリノの説明に、ヴァルデマルがポンと手を打つ。

「ああっ! 確かにそんな記述をどこかで……、それをお二人で試したのか! 俺もその場にいたら……!」

 出来る魔導師が二人揃わないといけないし、連携が必要だから使える機会ってないのよね。いつかヴァルデマルとも一緒に魔法を使えたら楽しいよね。

 まだ移動があるし、二人は遅くならないうちに部屋へ戻った。


 エリクサーはヴァルデマルが提供したことにするらしい。領主への報告は、彼が上手く誤魔化してくれる。ヘイルトが事実を知っているから、こちらへの御礼も貰えるよう上手く手配される。

 変わった薬草とかあったら、融通してもらえないかな。

「イリヤ様。問題が解決しましたら、必ずお伺いいたします」

「はい。楽しみにしていますね。でもそんなに丁寧にされなくても……」

 礼をするヴァルデマルを、他の兵達がギョッとして見てるよ。目立つから!

「ぜひまたお会いしよう」

「ああ、セビリノ!」

 二人は仲良くなったのに、私だけ距離があるよ……。


 ヴァルデマルに見送られて、馬車は町を後にする。

 橋を渡ってついにデル・リオ公爵領に入った。首都まで近づいているよ。公爵領は平原が広がっていて、緑の先に町の建物が見える。ここは壁がないのね。隊商の長い列とすれ違い、座って休憩している旅人を追い越した。

 隠れるような障害物もないし、この辺りで襲われることはないだろう。

 町へ入っても明るい雰囲気。発展している豊かな地域だわ、場所だけじゃなくてきっと統治がいいのね。

 この町は通り過ぎ、今日はもっと先まで進むよ。と、思ったら急に止まった。


「申し訳ありません、飛び出して来た者がおりまして」

「確認に行くよ」

 ヘイルトが馬車から降りた。馬車に向かって、女性が何かを訴えている声が届く。行軍を見ようと沿道に集まっていた人達も、成り行きを見守っている。

「お願いします、魔法開発室で働いている兄が戻って来ないんです」

 私も話を聞きたいけど、ここで出るわけにはいかない。

「……そういうのは、まずこの領の兵に訴えて。我々は先を急ぐから」

「話だけでも聞いて下さい、お願いします!」

 あれれ、それだけ告げてクルリと踵を返したよ。縋りつこうとする女性を兵が止めて、馬車の前から離れさせている。

 そのままヘイルトが戻り、行軍は再開された。

 いいのかなあ。気になって必死に嘆願を続ける女性の方へ視線を向けると、紺の髪の男性が彼女の肩に手を置いた。慰めているのかな。


「エクヴァル。いつの間に」

「好みのタイプだったのであろうよ」

「なるほど」

「……納得するでないわ、無思慮であるな」

 ひどい、自分でそう説明したのに。ベリアルは呆れたような視線を私に向ける。

「師匠。この場で話を聞いてしまい、もし今回の皇位継承争いに何かしらの事で巻き込まれていたのなら、証拠隠滅の為に殺されかねぬのです」

 セビリノが教えてくれた。そうか、つまり第二皇子が何かさせようとしていた場合、ここで第一皇子側の耳に入ったと思われただけで、身が危ないのね。上手くいったら、逆に仕掛けようとしている事が解るかも知れない。

 こんなに人がいるんだから、敵の第二皇子側の人間が紛れていても解らないもんね。


「ま、あとはエクヴァル殿に任せておけば大丈夫でしょう!」

 ヘイルトはもっと心配した方がいいと思うよ! 彼はヴァルデマルが去ったから、またこっちの馬車に来た。セビリノと一緒は嬉しいみたいね。

 このまま次の町へと向かう。エクヴァルなら白虎もいるし、空は飛べないけど後からでも追い付く。

 

 まだ日が沈みきる前に、目的の町へ着いた。大きな都市で、冒険者ギルド、商業ギルド、役場、案内所、どれも立派だ。レナントでは二階を越えるような建物は数えるほどしかなかったけど、ここでは中心部になると高い建物が多い。石造りで圧迫感があるくらい。五階もあると、毎回階段が大変そうだなあ。

 エグドアルムよりもかっこいいけど無機質に感じる。あっちはレンガを使った可愛い建物とかもあった。宝石店や高級そうな洋服屋さんも並ぶから、ベリアルが好きそうな街並みね。


 宿も大きい。しかもけっこういいところを確保してくれてあるんじゃないだろうか。

「ああ、今回公爵の兵も結構出てるんだ。ねぎらう為じゃないかな?」

 ヘイルトが答えてくれる。それならここで解散しちゃえばいいのにと思うんだけど、そうもいかないらしい。いったん皆でお城の前まで戻って、帰国の報告をしないといけないんだって。面倒だね。

 公爵の兵は戦争よりも、道を敷いたり炊き出しをしたりする、工作や災害救助とかが得意で、橋も直ぐに組み立てるらしいよ。


 エクヴァルが到着したのは、暗くなってからだった。念の為に人目につかないようにこっそり来た。

 女性の話が気になったので、私も結果を聞きに行く。

「……行方不明になったのは、魔法関係の書物の解読や検証をしていた男性。彼女の話だと、男爵家の人間で出世欲が強く、もっと上の爵位を欲しがっていたらしい。上司から重要な役割を任せられたと喜んでいたが、最近では危険な事ではないかと悩んでいた様子だったと」

「なんていうか、付け込まれやすそうだなあ……。巻き込まれたに決定じゃないのかな? どんな研究をさせられていたかは、さすがに解らない?」

 ため息をつくヘイルト。魔法関係で企むことねえ……。


「部屋の引き出しに、これが残されていたと。あとは色々な木を比べていたようだね」

 差し出された紙には、ラフに描かれた山羊の顏の絵。スケッチの練習なのかな、同じような絵が幾つも並んでいる。護符ではないわね。山羊の絵と木を使うなんて、そんな護符は私の知っている限りないわ。

「……どこかで……」

 セビリノが紙を受け取って、じっと眺めている。心当たりがあるみたい。

「山羊って言ったら、古文書ではサバトのイメージにもつながるのよね」

「メンデスのバフォメットであるかね。今時サバトにあのようなイメージを持つ者もおるまいが」

 ベリアルが言うのは、乱交とか悪魔のお尻に接吻するとか、赤子を食べるとか、十字架を踏みつけて否定するとか、そういう魔女狩り由来の作り物のイメージね。


「悪魔……、そうか。呪いの類かも知れん」

「呪い!?」

 驚いて高い声になるヘイルト。セビリノの横に行って、一緒に絵を凝視する。

「調べてみよう」

 どういう呪いか解れば、防ぎやすくなる。

「私は殿下に護符をしっかり持たせるように、連絡を入れておきます」

「クク……、呪いかね」

 そうなんだよね。地獄の王からしたら、人間の呪いなんて遊びみたいなものだからね。近くで発動されれば解るんだろうし、呪いは術者と掛けられた相手に縁が出来るから、術者を特定も簡単に出来ちゃうんじゃないかな。

 ただ、アデルベルト皇子殿下を守ってくれるかと言えば、それはないだろう。 

 呪いはセビリノが調査、ヘイルトは殿下の身辺に特に気を付ける。


 明日ヘイルト達は出立するけど、私達はここに残る。首都の近くのこの場所で、連絡を待つ事になった。ここからもう、目と鼻の先なの。

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