第198話 使者

 さて、また馬車で移動だ。ぺラルタ伯爵領を行軍中。

 皇室領である首都に近い、第一皇子の味方で叔父の、マルセロ・デル・リオ公爵の領地まで行きたい所だったけど、そこまでは着かないみたい。

 それはともかく、ヴァルデマルまで乗り込んでいる。騎乗していた馬と山羊を合わせたような姿の一角獣であるコレスクは、送還したのかな。

「いやあ、堅物との噂を聞いていたセビリノが、こんなに話の解る男だとは!」

 彼は今回の連絡などの為、領主であるぺラルタ伯爵の館まで行く。守備隊の人も報告に向かうんだから、あっちと行けばいいのに。少し方向が違うから、遠回りになるよ。

「じっくりと話の出来る貴殿のような者がいて、私にも思いがけない収穫だった」

「そして……」

 だから二人して、こっち見ないでください。

「イリヤ様のような、素晴らしい方にお会いできるとは!」

「師は世界で最も優れたる魔導師であらせられる」

 二人はおかしなところで意気投合してしまい、ヘイルトは逃げるように別の馬車に乗ってしまった。ずるい、どうしたらいいか困るんだけど。逃げ場がない。 


「そなた、賛美されておるぞ。言葉を掛けてやれば良いのに」

 更に追い込みをかけるのが、ベリアルの仕事だ。足を組んで背もたれに背を預け、高慢に笑いながら私を見下ろしている。

「……今はどの辺を進んでいるんでしょう」

 無理にでも話題を転換させよう。恥ずかしくていられないわ……。

 窓の外では冒険者が歩く姿があり、遠くの町には色とりどりの屋根が連なっている。広い道は平らで、馬車の揺れが少ないのがいい。

「そうですな、この先に大きな石の橋があります。そこを渡ると、目的の町ですよ。そこからもう一つ橋を渡れば、デル・リオ公爵の領地に入ります」

 だいぶ近づいているようだ。彼とはそこでお別れ。


 平原にぽつんと影が通り過ぎ、上空でワイバーンが私達を抜かしていった。

「ワイバーン、低く飛んでますね」

「あれは我が国の者が騎乗にしているワイバーンでしょう。懐かせることに、成功した者がいるんです」

 ほほう。お仲間ですな。可愛いもんね、ワイバーン。

「師匠と同じですな」

「イリヤ様もワイバーンを!?」

 騎乗にする人はあまりいないので、ヴァルデマルに驚かれた。なかなか懐かないんだよね、こればかりは運しかない。

「師はワイバーンを更に訓練し、どの個体よりも速く飛ぶように仕込まれた」

「いや、あれは競争して遊んでいただけなんだけど……」

「そなたの遊びは、おかしなものばかりであるな」

 ベリアルには言われたくないな!

 ワイバーンは首都に向けて飛び去った。馬車より飛んだ方が早いんだよねえ、本当に。


 やがて灰色の橋を越えて、町が近づいてきた。

 軍の行列が行くと人々が左右に避けて道を空け、手を振っている。私達は窓から見えないように、背もたれに体を預けて座っていた。ヴァルデマルが顔を出して、衆目を集めてくれていた。

 宿にはなぜか彼も一緒に泊まる。

「あの~、ヴァルデマル様。領主様のところへ急がなくて、いいんですか?」

 ヘイルトは苦手な相手みたいで、早く別れたいようだ。

「明日飛んで行けば、じゅうぶんだろう。俺が邪魔みたいだな?」

「とんでもない。憧れのヴァルデマル様とご一緒できるなんて、嬉しすぎて空を飛んで逃げたい気分です!」

 本音が漏れてますよ! 相手は気にした様子もない。

「勝手に言ってろ。俺は明日、イリヤ様をお見送りしてから発つ予定だ」

 そんな予定だったの!? こっそり馬車に乗っちゃうんだから、見送りなんてしなくてもいいのに。


 とりあえず部屋に移動しようとしたら、宿の人に引き止められた。

「バイエンス様という方はいらっしゃいますでしょうか?」

「私だけど、どうかした?」

「面会の方がいらっしゃっています」

 連絡かしら。予定より遅れているから、その事かな。ヘイルトは首を捻りつつも、フロントにいるその人に会いに行った。

 若い男性で、彼にも見覚えがないようだ。


「ヘイルト・バイエンス様。アデルベルト皇子殿下よりお言付けが御座います」

「殿下から? 緊急な要件でもあった?」

 ルフォントス皇国にも通信魔法があるだろうに、事前連絡もなく人を寄越すなんて。何かあったのかしら。この先に罠でも待ってるの?

「ここではちょっと……。内密な用向きでして」

 他に誰もいない場所にしたい、と言う。ヘイルトは疑問に思っている様子だったけれど、とりあえず宿にある小さな会議室を借りて、そこで話を聞くことにした。


「……ならば私がお茶でもお持ち致します」

 ちょうどロゼッタを部屋へ送り届けてからロビーに来ていたベルフェゴールが、申し出てくれた。

「いえ、すぐに帰りますのでお気遣いなく」

「遠慮なさいませんよう。それとも、やましいお話が御座いまして?」

「そんなわけではありませんよ」

 迫力のある微笑を浮かべるベルフェゴールに、相手はいったん飲まれたようだけど、気を取り直して返事をする。

「……ではベルフェゴール殿、お願いします」

 ヘイルトは彼女に会釈して、客人と二人で先に会議室へ入った。

 ベルフェゴールはお湯の沸いたポットと、茶葉の入ったティーポットを宿の人に用意してもらっている。カップは会議室にあるらしい。


「隣の部屋であらば、話が聞こえるかね」

 ベリアルは盗み聞きをするつもりらしい。趣味が悪いなあ。私も内容が気になるし、付き合うけど。

 隣の部屋は鍵がかかっていたけど、ベリアルが闇を通じて移動して、中から開けてくれた。彼の障害物をものともしない短距離の移動が、こんなに役に立って思えるのも珍しい。


「皇帝陛下のご容態は、いよいよ思わしくなく。アデルベルト皇子殿下は、早くバイエンス様にお傍に戻って頂きたいようです」

「ああ~、到着は一日遅れるね。先に戻った方がいいってことかな?」

「いえ、これ以上遅れるようであれば、で。無事なお姿でここに滞在している事を確認できたので、十分です」

 トントンとノックに続いてガチャンと扉が開き、規則的な足音が室内を進む。ベルフェゴールだ。お茶を淹れて、二人に出しているようだ。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 悪魔だって知らないと、普通の秘書みたい。ベリアルみたいに派手じゃないし、気が利くんだよね。

 そう思ってベリアルを見上げると、彼は顔をしかめた。


「……何が言いたいのであるかな」

「何も言いたくないですよ」

「ならば大人しくしておれ。ここからが見所であろうよ」

 見所? 大事な話はまだ終わっていないの?

 疑問に思っていると、ドンと何かをテーブルに置いた音がした。

「これは殿下からの差し入れです。皆さまでどうぞ」

「……酒? そんなに気の回る方じゃないけどなあ。またなんかドジでもして、ご機嫌取りしてる?」

 側近のご機嫌取りするの? 相変わらずここの主従関係って謎だわ。

「さあ、私は預けられただけなので」

「でしたら今、お召し上がりになるのが良いでしょう。お注ぎします」

 カチャカチャと早速コップを用意している。ずいぶん気が早いね!


「私はもう帰りますので……」

「気の早いこと。お疲れでしょう、喉を湿らせてからになさると宜しいでしょう」

「そうですね、二本もあるし」

 ヘイルトは飲まないんだろうか? しばらく沈黙が続く。 

 

「……どうしました? 飲めないと、仰いますか?」

 ベルフェゴールの声。どうやら使者は、注がれた酒を飲まないらしい。どういうことだろう。

「……バレてやがったか」

 低く唸るような声に続き、ガシャンとガラスが割れる高い音が響く。バタバタと一気に騒々しくなった。何が起こっているの!?

「おかしいと思ったよ! 殿下の使いなんてデタラメかっ!」

「こうなったら仕方ない。ここで死ね、バイエンス!」

 私は慌てて部屋を飛び出した。

 騒ぎを聞きつけて、エクヴァルも向かって来ている。気になって待機していたのね。彼は私の前に立ち、先に部屋へ突入した。


 部屋ではベルフェゴールに飛ばされた男が、壁に激突したところだった。

 彼女がいて良かった! ヘイルトだけだったら、防ぎ切れなかったかも。

「貴方、解りやすすぎますわ。本当に刺客のつもりですか?」

 手にした武器を床に落とした男性に、冷たい眼差しが向けられる。

「くそう! ただの女じゃないのか!」

 彼女が戦闘力のない女性と判断して、入室されてもそのまま続けたのね。よりにもよって高位の悪魔なのに。

 男が再び掴もうとした武器を、エクヴァルが足で踏んで妨げた。

「面白い趣向だね。さて、次はどうするのかな?」

 即座にキッと睨みつける相手に、彼は笑みを崩さない。


 ついに進退窮まった刺客に、ヘイルトが足早で近づいた。魔導師で戦闘はできないからね、危険な時は近寄らないのが一番。

「切れ者の私を排して、ウスラボケの殿下を制するつもりだな!」

 殿下には散々な言い方をするのに、ヘイルトの自己評価ってすごく高いね!

 詰め寄ろうとする彼の前へ、不意に赤い影が現れた。カツンと踵を鳴らしたのに続き、マントと髪がゆっくりと降りてくる。

「この者は始末するのであろう? ならば……」

 ベリアルの口元が愉快だとばかりに歪んでいる。警報発令中。

 紅の双眸に捉えられ、不敵な態度だった男は息を詰まらせ、身を縮めた。

「ヒイッ……」

「供物として我に捧げよ!」


「いやいや、待ってください! 聞きたいことが色々あるんですよ!?」

 と、叫びつつヘイルトは、即座に後ろに退いている。危険なのは解っているから。

「ちょうど良いでしょう。ベリアル様ならば、骨まで焼き尽くしてくださいます。何も残りません」

 ベルフェゴールも止める気はないらしい。さすがに悪魔だ。

 ベリアルの手から赤が揺れて、炎が渦を巻く。

「や、やめてくれ……」

 背には壁、横には虎……じゃなくてエクヴァル、そして目の前に楽しそうな地獄の王。

 歯の根が合わなくなり、もう泣きそう。本当は私が襲われたわけじゃないから、殺せないんだけど。遊んでるな。


「お、お客様!」

 騒動に驚いて確かめに来たのだろう、入口には数人がいつのまにか集まっていた。顔を覗かせた従業員の男性が、冷汗をかいている。

「建物内での火の使用は、ご遠慮ください!」

 ですよね。ごめんなさい。

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