第197話 ヴァルデマル君

 エクヴァルもいつの間にか馬車から降りていて、ヘイルトの隣に来て肩をポンと叩いた。

「君もぼんやりしている場合じゃないでしょ」

「そうでした。あまりの展開に私の繊細な脳が、オーバーヒートしそうだったよ。ええと、まず軍を町に入れて町長への報告と、宿の手配をさせよう。今日は予定の行程は進めないね」

 ヘイルトは行軍を率いていた人のところへ相談に行った。

 町から出た兵は、まだバタバタとしている。ため息をついて、彼らを一瞥するエクヴァル。


「君達は何をしているのかな! 隊長は誰だ!」

「わ、私ですが」

 軍人モードの勢いに気圧されて、男性が慌ててやって来た。

「無駄に走らせるな、治療の邪魔だ! どうやら単体で活動する個体のようだが、他に危険な魔物がいないか、周囲を確認させろ。そして魔物がやって来た経路を確かめたまえ、被害者がいたならば救助せねばならない」

「はいっ!」

 多分、国の偉い人と勘違いされている。これから中央に戻る軍に混じってるし、皇子付きのヘイルトの友達だし。


「それから、手の空いた者に民間人を町まで送らせたまえ。まだ避難が完了していないとは、情けない!」

「も、申し訳ありません。半数近くがモルノ王国で活動中でして、我々はあまり慣れていなくて……」

「ほう、半数が」

 半分笑ってるぞ。これは危険な兆候だ。

「上の方々も行かれていて、なにぶん若輩ですので……」

「下らん言い訳をするな! 人数が足りないから、若輩だから町が陥落させられても仕方ないと言うつもりか!? ……残念だ、私の部下ならスペシャルコースを用意したのに」

 目は冷たいのに口元は笑っている。とても怖い。これでも他国なので少し遠慮しているように思える。

 隊長はすぐに実行しようと、あたふたしながら指示を出していった。

「なかなか豪快な男だ」

 ヴァルデマルはエクヴァルに好印象みたい。確かに人が多すぎて邪魔だったんだよね。


 治療を終え、町に着いた時には薄暗くなっていた。

 モルノ王国から来た軍と馬車は先に町へ行って、町長に報告を済ませていた。急だったけれど、宿泊の手配は町長が協力してくれたから泊まるところは確保できた。

 私達は宿、兵達は宿に泊まりれないので、宿舎の余った部屋や、一部は外で野営している。

 夜は町長が宴会を手配してくれた。私達とヘイルトと、ヴァルデマル・シェーンベルク、それから隊長とその輔佐クラスだけ。さすがに全員が入れるようなお店はない。お店へ移動中、頑張って来た兵達に温かいものを食べてもらおうと、町の人達が準備をしているのが見えた。


「大変助かりました。貴重なエリクサーや魔法も惜しみなく使って頂き、感謝してもしきれません」

「構わない。また素材を集めて作ればいい」

 ヴァルデマルは気にするなと、お礼は不要とばかりに町長の挨拶を制した。

「あのような惨事、見過ごせません。あの魔物はよく現れるのですか?」

「いえ、初めてです。商人が襲われたので守備隊が出たのですが、突然の事に統率がとれずに、被害が大きくなってしまいました」

 なるほど、緊急事態だからと飛び出しちゃったりしたわけか。

「緊急時ほど落ち着いて、周囲を警戒しないとならない。もし罠であれば、部隊は壊滅していた」


 お酒を注いでもらいながら、エクヴァルが鋭い目で呟く。

「面目次第もありません。こちら側はモルノなど小国に面しているので、どうも緊張感が足りていないようです」

 町の守備隊の隊長が、肩身が狭そうにしている。可哀想な気もするけど、この油断が本当に命取りになるんだものね。

 ちなみに普段は彼の上に国から派遣されている指揮官がいて、国境警備の部隊が別にあるらしい。彼は領の警備部隊の人。

 

「あの、申し上げにくいのですが……。お代ですが、すぐに支払える金額ではありません。領主である伯爵さまに相談して、それから出来る限りの誠意を示させて頂きます」

 ぺこぺこと頭を下げる町長。かなりの金額になるようだ。勝手に使っちゃって悪かったかなあ。でも、腕や足がないのなんて、知らない振りは出来ないし。

「素材さえ頂ければ、いくらでも作れますから。あまり気にされずとも……」

 気にするなって方が無理か。

「ご安心を、交渉に応じますよ。ヘイルト・バイエンス君に仲介して頂きましょう」

「エクヴァル殿、任せて下さい。このぉ、狙いがあるなあ。皮を三枚くらい被ってるでしょう」

 肘でエクヴァルをつつくヘイルト。やっぱり仲良いね。


 二人の様子をよそに、ヴァルデマルがベリアルのすぐ脇にやって来た。

 「ところで、こちらの方は高位の悪魔でいらっしゃるかな」

 静かに飲んでいるベリアルのコップに、瓶を傾けて琥珀色のお酒を注ぐ。さすがに解るみたいだし、興味があるのね。

「そうであるが。我はそなたの質問に答える義務はない」

 牽制されてちょっと困ったような表情をしたけど、答えなくてもいいからと断って話を始める。

「古文書では魂を取引に使った契約が散見されるが、最近の契約は通常の雇用契約のようなものが多い。なぜなのか気になっていて……」

 なぜかベリアルは私をチラリと見た。召喚に関する事だし、確かに気になる話題ではあるけど。特に喋らないでいたら、お酒で喉を湿らせて口を開いた。

「なぜ魂で取引をしていたと考えるかね?」

「人の魂の核は、神の魂だと言われている。欲しいのはそちらだろうと予測していた」

 彼は真面目な研究者っぽい。騒動に駆けつけて、いち早く治療をしようとした立派な人物でもある。


「それも正解よ。この人間の肉体は、異界の扉を通れぬ。故に、肉体が邪魔である。そなたの申すように、神の魂に宿る力を所望する場合もあるし、人間の魂自体を気に入り、地獄へ連れ帰りたいという場合もある。後者は連れ帰るよりも、輪廻した魂を求める者もおるがね」

「それが現在では極端に少なくなった、と……」

 アンニカと契約したシェミハザも、輪廻した魂を探していた。巡り合えていないみたいだったけど。こんなに人間がいる中で再会するのは、かなり難しそう。


「神の魂とは、ほんの欠片でも扱いの難しいものである。十分に力を蓄えた今となっては、天との無駄な争いの種を撒くことは減らそうとの流れであるな。今でも魂の契約をしたがる者がおるとすれば、下位の貴族やすぐ下の小悪魔であろう。神の魂ブラフマンを正しく扱えるとも限らんがね」

 頑張って上に行きたいくらいの悪魔達だね。その下だと今の生活を抜け出せるとは思っていないし、上になればそれなりに満足している。

 ヴァルデマルはなるほどと真剣に頷きながら聞いていた。


「貴方達は、魂の契約はしない?」

「趣味でするのならまだしも、刈り入れは農夫の役目であろう」

「……さすがに面白い例え話を致しますこと」

 少し離れた席に座っているベルフェゴールが、クスリと笑う。

「ペオルも魂の契約なんてするの?」

 隣に座るロゼッタがグラスを片手に尋ねた。

「致しません。人間の魂など、私には不要ですわ。不純物ばかりです」

 その不純物を無くすのが生きる事なのに、なぜか増やす人が多いわけで。不純物が無くなって魂が昇華されると、肉体を脱ぎ捨てた後に神の領域へ行かれるらしい。

 どうも私への講義の意味もありそうだ。


「しかしバルバート侯爵令嬢が御無事で、本当に良かった!」

 町長がロゼッタを笑顔で眺める。

「この方々と、ヘイルト様達に助けて頂いておりますわ」

「やはりアデルベルト殿下が暗殺など、するわけがないと思っておりました」

 ここは強固な第一皇子側の人物の領地なんだけど、暗殺説が出てから少し疑惑が持たれてしまったみたい。皇位継承の為に殺人を計画したとなると、清廉潔白なイメージが完全に崩れちゃう。

 ロゼッタの姿を見せたのは、結束を強める意味もあったのね。外に漏らすこともないだろうし。


 ヴァルデマルはこれで気が済んだみたいで、席を離れた。そして向かったのは、セビリノのいるテーブル。ヴァルデマルの方が少し年上みたい。

「アーレンス! さすがに素晴らしい薬だった」

「ヴァルデマル殿。セビリノで良い。貴殿も立派な腕前だ」

「有り難い。で、あの方は宮廷魔導師である君の師匠なんだな?」

「うむ。私は一番弟子だ!」

 うわ、嫌な予感。二人していい笑顔で、こっち見ないで。

「感服いたしました、イリヤ様。効果の高い薬を作り、それを惜しげもなく民の為に使い、そして高貴な悪魔と契約していらっしゃる。私が憧れる、魔導師の姿そのものです」

「ふ……。今回は発揮されなかったが、師は魔法においても私など及びもつかない技量をお持ちだ。まさに師と仰ぐに相応しい御方!」

 なぜか礼をするヴァルデマルに、得意満面なセビリノが私を掌で示す。

 これって何の会なの?


「素晴らしい!! せっかくお会いしたご縁です、是非とも魔法やアイテムの話などして頂きたく。現在は何をお作りになっておりますか?」

 良かった、アイテムの話になった。ちょうどいいから、他の人にはなかなか聞けないことを質問しちゃお。

「ええと……、家にソーマとネクタルを仕込んであります。ソーマには黄金のリンゴを使用しておりますが、アレは北でしか採れないんですよね。こちらではどんなものを入れるのか、気になっております」

「なるほど、黄金のリンゴ。この辺りでは収穫できませんね。チェンカスラーにお住みでしたな? フェン公国の葡萄は如何でしょう。エルフの葡萄も良いですが、簡単に手に入るものではありません」

 ここに来る前にもセビリノと会話していたし、住居の事も話したのね。私達がルフォントスにいるのは、かなり不自然だものね。

「葡萄ですね。エルフの葡萄も伝手が御座います。比較するのも良いですね」

「さすがイリヤ様、顏が広くていらっしゃる!」

 セビリノのヨイショには慣れてきたけど、また新しい人が。なんだろう、この恥ずかしさ。


「ヴァルデマル様があんな丁寧に……。クズの第二皇子を叱り飛ばした事で揉めて、皇宮を辞してからその事で親ともケンカになり、縁を切って普通に町で生活してるあの方が」

 ヘイルトが我が目を疑っている。かなり硬派だね。それが何で私にこんな恭しい態度になるのかしら。


「ヴァルデマル殿。勝負に破れることはあっても、師の一番弟子の座は譲らん」

 固執するなあ。セビリノの価値観がおかしい。

「俺もいつかお前を越えたい。が、誰かの下につく気はない」

 良かった、彼は弟子になりたいとか言ってこないようだ。

「イリヤ様と肩を並べ、友と名乗れるよう精進するつもりだ」

「お友だちこそ、すぐなれますよね⁉」

 もう酔ってるのかな⁉ セビリノと一緒に私の話を始めたんだけど、本人の前でやめてほしい!

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