第196話 エリクサーDE勝負!?
翌朝、開発したばかりの魔法を試してみた。きちんと土が耕された柔らかい状態になり湿り気もある。範囲設定がすこしやり辛いのと、深さがもう少し欲しいかな。
とはいえまずは無料のお試し版で、また研究して魔導書にして完成版を出すんだし、これでいくことにした。
朝食後にヘイルト・バイエンスとルフォントス皇国の兵団と合流し、この魔法を確認してもらった。こんな施設もない場所で開発したのかと、とても驚かれたよ。
「伝令、これを本部に伝えて。数人に覚えさせ、すぐに復興に役立たせよう」
「はい、確かに」
受け取って、すぐに走り出す通信兵。これで畑が蘇るといいな。今の作物を台無しにされたなら、早く植え直したいはずだもの。建物や柵も直しているらしいし、死者の埋葬もしていた。きっと後回しになっていたはず。
私達はルフォントス皇国の馬車に乗せてもらい、ついにモルノ王国から出国した。長い兵の列は、一糸乱れぬ行軍でルフォントス皇国に入る。
「まずはペラルタ伯爵という、第一皇子が信用している人の領地に入ります。爵位を継ぐ息子さんは准将で、高潔な人物ですよ」
説明してくれているヘイルトと彼の護衛、私とベリアル、セビリノと一緒の馬車に乗っている。殿下達とは宿でお別れして、別のルートでルフォントス皇国へやって来るようだ。リニも今回は殿下の方に行ってしまった。お仕事があるみたい。エクヴァルと離れるのを、寂しがっていた。
馬車がルフォントス入りした途端に道幅が広くなり、石畳が敷かれている。これは確かに国力の違いを感じるね。
遠くには町が姿を現す。鋭い三角をした屋根がのびていて、モルノや花の国ルサレスよりも高い建物が多そうだ。チェンカスラーも高い建物は少ないんだよね。
まだ遠そうだなと思っていると、たくさんの人が叫ぶ声と、獣のような咆哮がどこからともなく響いた。
「何事だ!?」
ヘイルトが馬車の窓から叫ぶと、兵が駆けて来て一礼する。
「前方に兵や民間人がおります、魔物に襲撃されている模様!」
「なんだって!?」
ローブを揺らし、ガタンと立ち上がる。私も立とうとしたところで、横に座るベリアルが手で制した。
「そなたは作戦の妨げをしてはならぬ」
「でも、危険が」
「ベリアル殿が仰る通りです、師匠。それに正規の兵や立派な魔導師が付いております、頼まれれば手をお貸しすれば良いでしょう」
セビリノも静かに頷く。
「お心遣い感謝いたします。すぐに収めて参りますので、お待ち下さい。ここで大きな魔法を使ってエグドアルムの方の関与や、そこからバルバート侯爵令嬢の所在が明らかにされては厄介ですので」
ヘイルトが扉を開けた。もどかしいけど、馬車から見守る方がいいのね。
「牛よりも大きな猫ですね。猫の王者、イールサーンでしょう。洞窟で暮らす筈です。出て来て人を襲うという事は、恨みを持っているか、何か目的があるか。確実に仕留めるべきだと思います」
「なるほど……、退けるだけでは解決しないか。ありがとうございます」
魔物の説明をすると、ヘイルトは軽く頭を下げて出て行った。
戦っているのは、町を守る守備兵と冒険者。素早く凶暴な猫の魔物に対応できていないようで、怪我人も多く出ている。逃げる商人の腕から血が流れていて、噛み千切られた誰かの腕や足が地面に転がっていた。
これはエリクサーが必要になるけど、どうしたらいいんだろう……。本当ならすぐにでも回復してあげたい。でも、エリクサーの使用は目立ちすぎると思う。まずは魔物を倒すのを待たないと。
イールサーンが皆から離れたところを狙って、ヘイルトが魔法を唱える。
「集まれ寒威よ、氷河の欠片を与えたまえ! 肌を刺す冷気、暖かき五体をその両腕に包みこめ。魂までも凍らせ、汝の内に生きたるものを閉じ込めよ。動かぬ水にて、流れる川を止めさせよ! グラシエ・レストリクシオン!」
イールサーンの周りに冷気が集まり、バキバキと凍りつく。透明な氷の中に閉じ込められた。しかし気配を察したイールサーンが凍り付く前に暴れた為、白い傷が氷についている。そこからすぐにヒビが広がり、氷の塊が崩れていく。
巨大な猫はすぐに自由を取り戻すけど、冷え切った体から繰り出す動きには、先程までの精彩はない。
「弓隊、放て!」
一列に並び弓を構えた部隊が、合図と共にイールサーンに向けて矢を放つ。幾つも刺さって、嫌がるように前足を振って巨体が暴れた。
「シギャアアアァ!」
別の魔法使いがストームカッターを唱え、空気の刃がイールサーンを襲った。
そして息つく間もなく、槍を持った数人の兵が掛け声手と共に突きを繰り出す。
深手を負ったイールサーンに、槍の部隊の脇をすり抜けて剣を持った三人ほどが突撃し、とどめを刺した。
モルノ王国から戻って来た兵達は、連携が取れている。大した怪我もせずに討伐を終了させた。最初のヘイルトの魔法が良かったよね。機敏に動かれていたら、矢があんなに当たらなかったろう。
次は治療だ。エリクサーはきっと出所を探られる。痛み止めとか、熱や化膿を抑える薬ならいいかな。全部済んでから、改めてエリクサーを提供するか……。
セビリノと相談していると、馬と山羊を合わせたような姿の一角獣であるコレスクに騎乗した、擦り切れたローブの魔導師がやって来た。
「倒せたか、しかし随分手酷くやられたな。俺の手持ちで足りるか……」
怪我人の横まで来て騎乗を降りた。フードが外れて、茶色い髪が露わになる。
「ヴァルデマル・シェーンベルク様」
慌てて礼をするヘイルト。彼の上の立場の人?
相手は彼に見向きもせず、周囲の状況を確認していた。
「ヘイルト・バイエンス。俺はその姓は捨てた。それはそうと、なぜエリクサーを使わない。お前も持っているはずだ」
「……限られた数しか所持しておりません。私の判断で勝手に使っていいのは、せいぜい一つ二つです」
悔しさが滲むヘイルトの返答に向けられたのは、あからさまな嫌悪の表情で。
「さすがお偉い皇子に仕える魔導師だ、立派な回答だな。役に立たん者などいらん、さっさと行け。俺は出来る事をしようともしない人間は嫌いだ」
一方的にそう告げると、近くに居た兵に怪我人の人数や様子について問いかけた。ヘイルトの回答は、皇子殿下に仕える魔導師としては正しい。ただ、助けて欲しい人にとっては無情に響くだろうな。
どうやらエリクサーは二ケタの本数は必要になるようだ。でも、彼もさすがにそんなに持っていないと唸っている。
「ね、やっぱり助けたい」
セビリノとベリアルに訴える。出来る事をしようともしない……、私にもその言葉は響いていた。
「……そなたが願うのならば、我は止めぬ」
バタン、と馬車の扉が開く。エクヴァルが笑顔だ。
「君はそう言うと思った。大丈夫、後の事は私に任せて」
「ありがとう、行って来る!」
「師匠、お供いたします」
馬車から降りた私達の姿を見て、ヴァルデマル・シェーンベルクと呼ばれた魔導師は、目を見開いた。視線は私の後ろに注がれている。
「まさかとは思うが、エグドアルムの宮廷魔導師、セビリノ・オーサ・アーレンスでは?」
セビリノを知っているのね。それなら突然こんな場所に現れたら、驚くよね。
「ヴァルデマル様、このことは内密に……」
ヘイルトが慌ててお願いしている。
「……それはいいが……」
「私のエリクサーも提供しよう」
「助かる。それにエグドアルムの鬼才と呼ばれたほどの男が作る薬だ、俺も興味がある」
助かると言いつつ、どうも挑戦的な態度だわ。
「貴殿のそれに劣らぬ品質であると自負する」
「さすがだな……、俺も元はルフォントスの皇室に仕えていた魔導師だ。簡単には負けられん」
なるほど、ヘイルトの先輩とかそんな感じかしら。なぜか二人とも、口元がうっすらと笑っているような。
「エグドアルムの宮廷魔導師の威信にかけて」
「「勝負!」」
えええ! どうしたの、あの人達。
二人ともエリクサーを出し、近くで腕を失って苦しんでいる人のところへ向かった。そして同時に与える。
淡い光が怪我人を包み、腕の形を作る。そして腕が再生していく。
「二十二秒! どうだ!」
ヴァルデマルがセビリノを振り返ると、彼はもう次の患者に取り掛かる準備をしていた。
「こちらは十八秒」
「まさか二十秒を切っているとは……! かなりいいタイムだと思ったのだが。さすがにエグドアルムの鬼才!!」
楽しそうだけど、放っとこ。私は二人目の患者にエリクサーを飲ませた。
「イリヤ殿のエリクサー……、十二秒……だけど……。どうなってるの……」
三十五秒のヘイルトが、わなわなと呟く。彼は一つ、使うことにしたらしい。
「じゅ、十二秒!? まさか、どういう効果だ!?」
二つ目のエリクサーを取り出したヴァルデマルが、ヘイルトの言葉に驚愕してこちらを凝視した。
「さすが我が師匠! 素晴らしい効果です」
「アーレンスの師匠!? こ、今度は十一秒……!」
うーん、やはりなかなか一桁は出ないわね。
それよりも、人の薬の効果をカウントしてる場合じゃないから。治療は勝負じゃないでしょう!
「手が止まっていますよ。皆、仕事しなさい!!」
「申し訳ありません、師匠!」
「おっと、そうだった。治療を……」
大の魔導師が揃いも揃って、何をしているんだか。
「セビリノ! 討伐と治療は、やると決めたら即実行!」
「はいっ!」
「イリヤ殿の性格が違う。もっと大人しくて、いきなりはしゃいで迷惑をかける、バッタみたいな人じゃないの!?」
ヘイルトの私へのキャラ設定がおかしいんだけど。どうしてバッタなの!? 初めて言われたよ。
「魔導師、確かに魔導師だ! これが理想の姿だ!」
なぜかヴァルデマルの顏がニヤついている。セビリノ系の指導されたい人だったのかも知れない。さすがにこの人数で手分けすれば、どんどん治療が進む。身体に欠損のある人が終わったら、今度は軽傷者の診察に入る。
ヴァルデマルが広域の回復魔法を唱え、嬉々として治療を続けていた。
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