第195話 ない魔法は!

 サバトが終わった朝は眠い。朝食の後、私はぼんやりしながらみんなが相談しているのを聞いていた。ルフォントス皇国へ移動するのは、兵の交代やヘイルト・バイエンスがモルノ王国の偉い人との面会を全て済ませてからだから、明日になる。それまで暇なのだ。

「じゃあ、エグドアルム側でもまだ何も?」

 ヘイルト・バイエンスもやって来て、会話に参加している。

「そうなんだ。襲った奴らはタルレス公爵の配下だから、第二皇子とは関係ない、公爵が勝手にした事だとしらを切られると追及しづらい」

「こっちも、アデルベルト殿下に毒を盛った人物はもう何処かの国にでも逃げたみたいだったし、作ったアイテム職人は殺されていた。確たる証拠はない」

 どうも、第二皇子の罪を暴くにはまだ足りないみたいなの。


「やはり皇帝陛下へ害をなしたことを、証明するのがいいね」

 エグドアルムのトビアス殿下が、トンとテーブルを指で叩いた。

「エルネスタ王女は、あの口が綿より軽いシャーク皇子の話を聞いているに違いない。味方に引き込めるなら、心強い証言者になってくれるはずだね」

「私もヘイルト君に同感だ。接触が難しいのが難点だが……」

「ちょっと俺でも無理だなあ。まずは召喚術の事件とやらを洗うか」

 ジュレマイアが腕を組んで、うーんと背筋を伸ばした。


「ところでレディ・ロゼッタ、君がアデルベルト皇子と結婚する可能性は?」

 唐突に殿下が質問する。ルフォントスの皇室に嫁ぐ為に勉強をしてきたから、ぴったりと言えばそうなんだけど。

「ありませんわよ。シャーク殿下が義弟になりますもの、まっぴら御免です!」

 彼女には全くその気はないようだ。

「そうなんだね、うん。意志を確認したかっただけ」

 笑顔だけど、何かこれも作戦になるのかしら。彼女が第一皇子と結ばれたら、今度は故国である森林国家サンパニルが、アデルベルト皇子の味方になるとか?


「……師匠。折り入ってご相談が御座います」

「なにかしら」

 改まってやって来たけど、弟子として指導してだと困るな。セビリノは神妙な表情をしている。

「まず一つ目です。牧場にて原種に近いと思わしき牛を確認いたしました。いづれ確認して頂きたく」

「もし原種とかだったら、すごいわね。でも私も絵でしか見たことがないから、解らないわ……」

 原種であるサルサオク種は牛の祖先で、脂が薬の材料になる。ミルクも体にいいよ。効能を残しているような、近い品種だと嬉しいな。

「それならば私も目にしておりますわよ。牛舎におりました茶色い牛でしょう、確かにサルサオクでしょう」

 ベルフェゴールが教えてくれた。これは大発見だ!

 交配が進んで、もう純粋な種は残ってないと考えられていたのに、モルノにいるなんて! 全部済んだら、必ず来たい。


「そして二つ目。この国で畑を踏み荒らされて、困っているようなのです」

「土が固まっちゃうと、大変なのよねえ」

「そうです。しかし耕すような魔法は存在致しません」

 なるほど。確かに開発した事も聞いた覚えもないわ。つまりこういうことだ。

「ない魔法は」

「「作ればいい!」」


「え、なに君達。その標語みたいなの」

「やだわ、エクヴァル。標語じゃなくて常識じゃない」

「全くです。ないから作る。他に理由があるとでも?」

 セビリノも同意見だ。やはりここは魔導師じゃないと解らないところね。

「……聞いたことのない常識ですわ」

 ロゼッタも訝しそうにしている。サンパニルでは、あんまり魔法の開発や改良はしていないのかしら。

「こやつらに常識を問うではないわ」

 それはベリアルには言われたくないんだけどな!

 殿下達は意味ありげに含み笑いしている。なんだろう。

「まだ時間があるわ。早速研究しましょう!」

「はっ!」

 なるほど、こんな楽しいお話だったのね。相談なんて表現をするから、何かと思ったわ。遊ぼうくらいでいいのに。

 早速殿下達に挨拶して、セビリノの部屋へ向かった。筆記用具や資料が既に用意してある。


「土属性だもの、セビリノの得意分野ね」

「もはや二度と出来ぬと諦めていた、師匠との魔法開発です。必ずや成果を上げて御覧に入れましょう!」

 握りこぶしを作り、やる気十分だ。うう、なんか壮大になってるな。死んだふりなんてしてゴメンね……。もし次にする事があったら、セビリノには相談しよう。

 今回開発する魔法は攻撃魔法じゃないから、危険が少ないからいいね。今日中に魔法を完成させるわよ。皆が使いやすいように、なるべく魔力の消費を抑える形にしなきゃね。


「掘るとか、そういうことじゃないのよね」

 窓辺にある丸いテーブルには、椅子が二つ。私はそこに腰かけ、セビリノは壁に面した机にある、別の椅子に座った。小さいテーブルだから、資料も広げちゃうと一緒に作業する場所がないから。

「実りのイメージを加えたいですね」

 今まで改良や開発してきのと方向性が違う魔法だから、言葉が選びにくいな。

「鋤返すとか、そういう言い回しはどうかしら」

「良いと思います。入れる語順も慎重に考慮せねば」

 使えそうな単語を書きだして、その中から選ぶ。魔法がつながるようなイメージがしてくると大丈夫なんだけど、セビリノには観念的で解り辛いと言われた。言葉の組み立て方が、彼とは違うみたいね。

 だからこそ、二人で考えた方が成功しやすい。


「豊かなる菜園、……違いますね」

「生命の息吹き、みたいな感じかしら」

 窓の外に広がるのは、自然あふれる景色。遠くの畑で誰かが仕事をしている。まだ茶色い畑の土がたくさん見えていて、これから作物が育っていくところだろうか。

「乾いていては作物は育たぬでしょう、水のイメージも欲しいのでは」

「モルノの気候ってどうなのかしら。草が元気に茂っているし、雨が少なすぎることはなさそうよね」

 パラパラと資料を捲る。蜜が流れる。昔の楽園のイメージはそんな感じみたいね。これは使えるわ、メモしておこう。

 二人でペンを走らせながら、ああでもないこうでもないと議論する。

 やっぱりこういうのも楽しい。


「土は第一質料プリママテリアに、冷と乾の二つの性質を加えた元素だわ。黒い土地って、肥沃な地って意味があったわね。これも使えるかも知れない、黒なら水が染みた土のイメージにもなるかも。想像しやすいっていうのも、慣れない人が使う時に大事な要素だわ。でもこういう魔法の範囲選択も、難しそうねえ……」

 真剣に考えているのに、気が付くとセビリノが目を細めてこちらを微笑ましく眺めているぞ。

「……どうかした?」

「いえ、懐かしいと思いまして。ずっと一人で喋りつつ、魔法に着手する師匠が」

「私、また全部口に出してた!?」

「はい、全て!」

 もっと早く止めてよ! うわあ恥ずかしい、またやってしまった……。

 とりあえず考えた文章を繋ぎ合わせ、通して再考してみる。並べ替えたり表現を直したりしながら、魔法として完成させていく。


 そんなこんなで、一応それなりに詠唱はまとまった。

「後は魔法の名前ね」

 辞典をパラパラとめくっていたセビリノが手を止め、単語を指で示した。

「キュルテールが良いかと」

 うん、いいね。さすがセビリノ。ではこれでいったん完成!


「涸河に蜜は流るる、大地は潤いに満ちよ。黒く肥沃なれ。鋤返し柔らかき畑に、芽吹きの季節を迎えたまえ。菜園の息吹きよ戻れ。キュルテュール・シャン」


「できたー!」

「できれば試したいのですが、もう暗くなって参りました」

「ん?」

 言われてみれば、もう月がぼんやりと白く空に浮かんでいる。夜になってる!

 楽しい時間は本当にあっという間なのね。

「イリヤ嬢、セビリノ君。夕食の時間だけど」

「はーい、すぐ行くわ」

 エクヴァルが呼びに来てくれた。私達は完成したばかりの魔法を書いた紙を持って、大広間へ向かった。この宿はお願いしておけば、朝と夜の食事を用意してもらえる。朝だけとか食事なしの方が一般的だけど、出掛けなくて済むのがいいね。

 観光地なんかはこういう宿も多いみたい。


 広間には皆揃っていて、食事の用意が整っていた。ちょうど宿の人がお茶を淹れてくれている。殿下の前の席はロゼッタで、私はその横に座るベルフェゴールの隣の席に着いた。すぐにトビアス殿下が話しかけてくる。

「やあ、イリヤさん、アーレンス。どう、進捗は」

「できましたよ。食事がすみましたら、お見せ致します」

「できた!? 魔法が一日で?」

 緑の目を開いて驚くジュレマイア。殿下の側近の一人。だいたい下調べしたり施設で試しながら作るから、数日かけるのが普通かな。

「危険な魔法ではないので。それに我が師と作業するのです、不可能などありません」

 そんなわけないでしょう。セビリノの私への過大評価が止まらないぞ。あの再会の時にタガが外れて、そのままになっているのかも知れない。どこかで拾って来ないとならない。


 まずは食事を頂くことにした。リゾットだ、美味しいなあ。エクヴァルがリニのほっぺについたお米を取ってあげている。お兄ちゃんだ。

 メインはチーズフォンデュです。これがモルノ産チーズの力。全ての人を笑顔にする魅力にあふれている。うん、美味しい。

 サイコロステーキが何個かあって、大根おろしソースがサッパリしている。昨日みんなは牧場でステーキを食べて来たらしいもんね、私も行けば良かった。牧場が食の宝庫だったとは。

 エグドアルム王国で私が住んでいた村の近くにもあったけど、レストランは併設されてなかったと思う。くう、油断した。


 デザートのベリーのソースを添えたヨーグルトまで食べてから、魔法の詠唱を書いた紙をジュレマイアに渡した。まずは殿下に報告して、広めていいか尋ねる。

「……二人揃うと流石だね。ちゃんと発動されるなら、ここではこれを流布して、改良版を魔導書として売ればいいんじゃないかな」

 殿下が頷く。これを明朝、試してからヘイルトに渡して、まずは復興に当たってる兵に使ってもらおう。そしてさらに研究する。うん、いいね。

 世の中の役に立つ魔法の開発をするのも、いいかも知れない。

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