第194話 大公のサバト

 ロゼッタが戻ってくるのを待って、私達はサバトに行くのだ。

 参加するのは、ベリアルと私、ベルフェゴールとロゼッタとメイドのロイネ。ロゼッタは久々に動けるから、アクティブだね。付き添うロイネは、ちょっと可哀想。


 大公のサバトでのことを外で漏らす人はいないだろうし、ロゼッタが参加しても大丈夫だろう。ラフな格好だったロゼッタが着替えて、人目につかない開けた場所まで少し歩き、周囲が薄暗くなってからワイバーンのキュイを呼んた。ロゼッタとロイネにはキュイで来てもらう。暗いとワイバーンは地上から見えにくいの。ロゼッタは凄く嫌がったけど、サバトへの興味が勝った。

 空ではベルフェゴールが、近くを飛んで気を付けていてくれた。ロイネは一度乗って慣れたのか、嬉しそうにしている。ロゼッタの方は、着く頃には青い顔でフラフラになってたよ。ベルフェゴールの茶色い髪も、さすがに少し乱れていた。


 森の奥にある湖が会場で、湖面には綺麗に映し出された満月が浮かぶ。

 空き地にワイバーンが着くと、皆が驚いてこちらを向いた。衆目を集めたところで、赤いマントと髪をフワリとなびかせ、ベリアルが降りたつ。目立つための演出みたい……。

「ベリアル様! ようこそいらっしゃいました」

 人々の間を抜け、白一色の服に長い薄い金の髪を三つ編みにして、優雅に歩いてやってくる大公アスタロト。中性的な美しい顔立ちの悪魔で、今回の主催者。

 ええ、本当に女性かな? 


 テーブルに小さめのサンドウィッチやチーズなどの軽食が置かれ、別のテーブルには飲み物が色々と並べられている。カクテルデザートも用意された。

 静かな音楽の中でダンスが行われ、上品な立食パーティーの様相だ。

「まあ、サバトと言うんですからどんなものかと思いましたけど、立派な野外パーティーですのね」

「サバトは初めてですか、レディ」

 アスタロトが胸に手を当てて、蕩けるような微笑を浮かべる。さすがの美形、男女とも落とせそう。

「ええ、お招き感謝いたします」

「現在、私と契約しておりましてよ」


「ベルフェゴール殿。さすが君の契約者だね、上品な女性だ。どうだろう、私と一曲踊りませんか」

「有り難くお受けいたしますわ」

 淡い金髪を後ろで三つ編みにした、赤い瞳で真っ白な衣装のアスタロトと、ハッキリとした金の髪にエメラルドのような緑の、吊り目のロゼッタ。今日は紺色からグラデーションしている生地に、草のようなオシャレな白い模様のついたワンピースを着ていて、とても綺麗。さすがにドレスはなかった。

 スッと動くと、スカートの裾がひらりと揺れる。

 二人ともダンスが上手で、様になっている。女性同士とはやはり思えない。


「そなたは我と踊るかね?」

 珍しくベリアルが誘ってくるぞ。でもきっとバカにされそうだな。

「ダンスですか……。見習いとして練習させられましたけど、上手くないですよ」

「期待しておらんわ」

 突然手を取って、引っ張られる。宮廷魔導師とかはパーティーに呼ばれるから、少しは覚えたんだよね。ステップって何だっけ。

 静かな弦楽器の演奏に、木の笛の素朴な音色が月光に浮かび上がる。 

「わわ、すみません!」

 足を踏んでしまった。

「ほれ、下ばかり見ておるから失敗するのだ」

「ベリアル様の契約者、イリヤと言ったね。ベリアル様は舞いの名手でいらっしゃる。軽く合わせるだけでいい、固くなりすぎているよ」

 隣で優雅なターンを決めながら、アスタロトが教えてくれる。ベリアルが舞いの名手なの?

 意外な面があるなあ。言われてみれば納得かも、カッコつけだし。


「ベリアル様とアスタロト様が踊っている姿を間近で鑑賞できるなんて……。地獄では有り得ないわあ。幸せ……」

「王様のマントがヒラリと靡いて、本当に美しいわ。あの美貌で見詰められたい」

 小悪魔達も人間も、ウットリと眺めている。誰かパートナーを変わってほしい。


 長く感じた一曲が終わって、ロゼッタとアスタロトの指先が離れた時だった。

「バルバート侯爵様のご令嬢、ロゼッタ様では!?」

 サバトに参加していた女性の一人が、ロゼッタに気付いた。彼女はビクリと肩を強張らせる。

「何か訳ありなのかな? しかし気に病む必要はない。サバトでの事が口外無用であると皆が承知だし、この大公のサバトの名を汚す真似をする者など、いよう筈もないのだから」

 アスタロトが軽くロゼッタの肩を撫ぜた。

「そうですわよ、ロゼッタ。心配は無用です」

 ベルフェゴールも頷いて、彼女の横まで歩く。ロイネはロゼッタの上着を持って、端に立って見守っていた。


「勿論です、アスタロト様。私はロゼッタ・バルバート様のドレスを注文されたことのある職人です。安否を気遣っておりました」

 ドレスの職人さん、なるほど。可愛い小悪魔が、隣で一緒に頭を下げている。コウモリの翼の生えた女の子で、頭には小さな角が二本ある。

「皆には心配を掛けましたわ」

「まだ秘密にしていらっしゃるようですけど、侯爵様ご夫妻には私がこっそり無事をお知らせさせて頂いても宜しいですか?」

「お願いしますわね。そうね、シャーク皇子をぶちのめして帰りますと、伝えて下さらないかしら」

 この発言には、声をかけてくれた人も苦笑いで頷くしかない。


 さて、ダンスで気持ちが疲れた。軽食でも頂こう。サンドウィッチの前に行ったら、近くで集まっていた小悪魔達が、

「さっき王様の足を踏んだ方だ」

「よく罰せられないよ。さすが契約者だ」

 と、こちらを見て噂していた。だからダンスは苦手だって言ったのに。

 私の評価が、地獄の王の足を踏んだ女になってしまった……。


 ロゼッタは他の悪魔や人間と、パートナーを変えながら踊っている。ダンスが好きなのね。お嬢様なんだし、格闘技の練習よりはいいと思う。メイドのロイネも安心して、小悪魔が運んでくれた飲み物を飲んでいる。それにしても昼間は牧場に行って来たのに、体力があるなあ。

 さっきよりもコミカルな曲になり、小悪魔達が輪になって跳ねながら踊っている。皆が笑いながらクルリと回るのを眺めていたら、アスタロトとベルフェゴールが連れ立って、飲み物を取りに来た。悪魔や人間はすぐに道をあける。

「珍しいね、君が人間と契約を結んでいるなんて」

「ルシフェル様が彼女を助け、その後を見守るように仰いましたの」

 ベルフェゴールはルシフェルの秘書的存在なので、スケジュール管理や身の回りのお世話までしつつ、地獄にいるのが常なようだ。人間界に居て、しかも契約しているのは稀みたいね。

「ルシフェル様が? なんと幸運な女性だろう。皆、聞いたかい。彼女は偉大なるルシフェル様が、お心に留めておかれる女性だ。お困りの姿を見掛けたら、必ずお助けするように」

 なるほど、アスタロトもルシフェルファンね。

 わああっと歓声が上がった。いきなり有名人ね、ロゼッタってば。


 急に注目されて焦っているロゼッタをよそに、二人はもう別の会話をしている。

「ルシフェル様の神々しいお姿を、この世界でお見かけしたよ」

 陶酔している眼差しのアスタロト。彼女もかなりの美人だと思う。

「地獄とは景色が違いますもの。どのような絵画よりも完璧な絵になるでしょう」

「その通り。近侍としてお傍に置かれる君が、羨ましくなる」

「ルシフェル様の御為でしたら、この身が朽ちても悔いはありません事よ」

 高位の悪魔が集まると、ルシフェル様トークになるのかしら。

 ベリアルはお酒を飲んで楽しんでいる。


「あの、王様の契約者の方ですよね? 出来ればでいいんですけど、召喚術について質問させて頂いて、いいですか?」

「もちろん、私に解ることでしたら答えさせて頂きます」

 人間の召喚師の女性が話しかけてくれた。聞きつけた人が周りに集まって来る。

「契約の事なんですけど……」

「あっ! お前チクるなよ」

 慌ててやって来る小悪魔。これは何か騙されたね。

 思いっきり召喚術の話が出来て、楽しいな。セビリノは召喚術はそこまで興味がないみたいなのよね。ルシフェルの召喚も成功したし、今は魔法円を見直したり、以前より熱心に研究してる時がある。とはいえ、魔法や魔法薬の方が好きみたい。


 思い思いに楽しんで、サバトの夜は更けていった。

 満月の明かりが皓々と照らし続けていた。

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