五章 ルフォントス皇国の皇帝陛下

第193話 牧場へ行こう(ロゼッタ視点)

 皆で朝食を食べ終え、朝食会場の広間でのんびりとしていた。宿ごと貸し切りだったみたい。サバトは夜なのよね、面白そう。それまではやることもないし、少しゆっくりしてから稽古をしようかしら。

 そんな事を考えていた時だった。

「牧場へ行こう」

 笑顔でそんな提案をしてきたのは、トビアス・ジャゾン・カールスロア様。青緑色の髪の、エグドアルムの貴族。青い瞳をしている。

 ジュレマイア・レックス・バックス様という、赤い髪に緑の瞳で、革の鎧を着たガッチリ体型の男性と一緒にこの宿へやって来た。彼はトビアス様の護衛みたいだわ。


「……何を考えているんですの! 本当に、不真面目なんですから」

 ルフォントス皇国の隣国だというのに、ふざけた男性ね。

「心配いらないよ。バイエンス君が安全な場所に案内してくれる」

「ヘイルト・バイエンス様が?」

 口は悪いけれど、かなり頭の切れる方だわ。この国に駐在するルフォントスの兵の動向はご存知でしょうし、それなら多少は安心かしら。


 悩んでいると、外を見回って来たエクヴァルさんと契約している小悪魔、リニちゃんが紫の瞳を輝かせて、扉からこちらを覗き込んでいた。

「牧場……牛がいて、羊がいて、牛がいる?」

「そう、牧場。この宿から見える、斜面に広がる牧場だよ。大丈夫、そちらには敵どころか他国の人間も行っていないみたいだから」

「……いいなあ。羊に触りたい」

「もちろん君も一緒だよ」

 トビアス様が誘うけど、リニちゃんは俯いて寂しそうにしている。

「エクヴァルに、宿の周りを見てってお仕事をもらってるから……」

 エクヴァルさんは、今日も一人で何処かへ出掛けているのよね。


「はっは、リニちゃん。それはロゼッタ嬢に、危険が及ばないようにだろ。ロゼッタ嬢が牧場へ行くなら、同行して警戒に当たらないと」

「じゃあ、私も行ってもいいの?」

 ジュレマイア様が頭をなでると、リニちゃんは嬉しそうにする。これは断れないわ。やるわね。

「……解りましたわ。私も行きます」

「私も付いております。たまには羽を伸ばして、楽しむ方が宜しいですわよ」

 ペオルがメガネを直す。彼女も行きたいんじゃないかしら。

「すぐに準備いたしますね」

 メイドのロイネが、動きやすい服装にしましょうと提案してくれた。

 そうね、すこし地味な格好にするべきね。ヘイルト・バイエンス様が誘いにいらっしゃるようだし、その前に支度を整えないといけないわ。

「わ、私も急いで、用意するね……っ!」

 走り出すリニちゃん。置いて行かないから大丈夫よ。

「ふむ。では私も参りましょう」

 背の高い寡黙な魔導師、セビリノ・オーサ・アーレンス様。彼は有名みたいで、名前を聞くと大体の魔法使いが態度を変えるわ。

「私は夜からサバトだし、宿にいますね」

「ならば我も、そのようなところに用はない」

 イリヤさんとベリアル殿は不参加。セビリノ様はイリヤさんの弟子として仕えているけど、今日はトビアス様のお供をする事にしたようだわ。エグドアルムの重臣の息子だったりするのかしら。


 準備してロビーで待っていると、ヘイルト・バイエンス様が馬車を二台引き連れて来たわ。目立たないように、モルノの貸し馬車を。

「おはようございます! 御一行様、牧場へご案内!」

 彼も牧場が好きなのかしら。テンションが変。

「世話になる」

「アーレンス様。いつでもお声をかけて下さい」

「よろしくお願いしますわ」

 女性と男性で別れて馬車に乗った。周囲は数人の騎兵が護衛している。どう見ても要人が偽装の為に安い馬車を使っているだけみたいだけど、仕方ないのかしらね。


 宿から見えていた場所なのに、実際に行ってみると一時間以上かかる。もっと近い気がしていたわ。最初はこんな時に牧場なんてと思っていたけど、近づいてくるとだんだん楽しみになって来るわね。

 坂道を馬車でのぼり、加工場や販売コーナーがある場所の前で降ろされた。レストランは少しだけ先にある。道が細くなって、そこまでは馬車では行かれない。


 柵の向こうでは牛がのんびり寝たり草をんだりしていて、赤い屋根の建物の近くを、羊が団体で移動している。牛がメインみたいだわ、羊の数は多くない。

「たくさん歩いてる、可愛い」

「柵の中に入らなければ、触って良いそうだよ」

 感動しているリニちゃんに、ヘイルト・バイエンス様が告げると、彼女は私の方を確認した。いいわと頷くと、嬉しそうに小走りで羊に向かった。

 茶色い毛で、首の長いのも混じっているわね。羊たちは観光用なのかも。

「ふわふわ……!」

 リニちゃんの嬉しそうな声。来て良かった。


「景色もいいし、ステキね」

「人間界の風光明媚な景色を眺めるのも、悪くありませんわ」

 ペオルも私に付き合って、部屋の中で過ごしてばかりだものね。申し訳ないけど、あと少し我慢してもらわないと。終わったら色々案内したいわ。でもすぐに帰ってしまうのかしら。

「お昼は上のレストランで、美味しいものが食べられるから。期待してね」

 トビアス様がなぜか、スティック状にカットされた人参を持ってやって来たわ。

 不思議に思う私に、ヘイルト・バイエンス様が説明してくれる。

「バルバート侯爵令嬢、馬の餌やりが出来るんですよ。やります? ただ食べさせるだけですけど」

「せっかくだし、やってみようかしら」

 屋敷に私の馬がいるけど、世話は馬丁に任せっぱなしだわ。たまにはいいわね。

 ジュレマイア様はトビアス様の隣に付いている。セビリノ様は一人で、牛舎を覗いたり生えている草をしゃがんで観察したりしているわ。視察に来たのかしら。


 厩舎までの移動中、トビアス様がニコニコしながら話し掛けてきた。

「レディ・ロゼッタ。格闘の訓練をしてるそうで」

「本格的なものじゃないんですのよ。シャーク殿下に今までのお礼をする為に、稽古していますの」

「どうせなら、誰か実験台にするといいよ。私を殴ると国際問題になるけど、ジュレマイアやエクヴァルだったら、素人に当てられたなんて恥ずかしくて口にできない」

 ……だから殴ってもいいの? 相変わらず不審な人。

「あんなことをのたまっておりますわよ」

「まあその通りなんで。俺は歓迎ですよ」

 ジュレマイア様には文句がないのね。歓迎されても困るわよ。


 トビアス様は相変わらず怪しいけど、馬の餌やりはなかなか楽しかったわ。屋敷に戻ったら、やらせてもらおう。 

 厩舎から出ると、羊と遊んでいたリニちゃんが慌てて走って来る。そして斜面の少し下にある、加工場の方を指した。

「あ、あの人……!」

 その先に小さく見えるのは、第二皇子派のピュッテン伯爵。馬車の中で主要人物の似顔絵を見せて、この人達が来たら教えてと伝えておいたの。

 まさか本当に、こんなところまで来るなんて! 二人の従者だけ連れて、馬車をとめて狭くなった道を歩いている。

 私達は急いで建物の裏側に隠れた。彼らはレストランへ入って行ったわ。


 どうやら気付かれなかったみたい。レストランの窓の下まで近づいて、薄く開いた窓から会話に聞き耳を立てる。

「ああ……、感動だ。モルノ王国のチーズは美味い。これは絶対に、ルフォントス皇国で高く売れる」

 ……普通に食事を楽しんでいるわね。

「モルノの乳製品を毎日の食事に加えたい。パンにモルノ製バターを塗り、デザートはモルノ産ヨーグルト。ミルクも味が濃く素晴らしい。ソーセージも最高だ」

 彼はルフォントス皇国で、モルノ産乳製品を使った商売を考えているみたい。噂通りの拝金主義なのね。


「もしかして以前この国をうろついてたのって、この為……? そういえば見失った場所の近くに細い道があって、高地で酪農してる村があったはず……」

 いつの間にか私の横に、ヘイルト・バイエンス様とセビリノ様もいらっしゃる。以前もこの国で、ピュッテン伯爵の姿を確認していたのかしら。

「さすがにそんな所に行かないと思って可能性を排除しちゃってたけど、あっちが目的だったのか! うわあ、いろんな意味で騙された……」

「しー!」

「貴方、お黙りなさい」

 独り言なら小声にしてほしいわ。聞こえちゃう!

 ペオルもちょっと怒ってる。


「……ん? 誰もいないようだが、声が……」

 辺りを見回したところで、レストランの扉が開かれた。

「これは、ピュッテン伯爵。貴方もこちらに?」

 ジュレマイア様たちだわ。そうだ、彼らなら居ると知られてもいいんだった。

「これは、エグドアルムの方々。このような場所まで、視察で?」

「わが国でも酪農をしていますが、ルフォントスのレストランで出されたモルノ王国産のチーズに魅了されたんですよ。この味を国でも出せないかと」

 トビアス様が目を綻ばせて、すらすらと答える。

「なるほど。私も同じです」

 彼らは同じテーブルに座って、食事を注文した。化かし合いを見ているみたいよ。

 それにしても、いい匂い……。私もお腹が空いてきたけど、伯爵がいなくならないと食べられないわ。早く帰って頂戴!


 話題にのぼるのは乳製品や牛肉の話。どうもお互い、深い話はしないようにしているみたいね。伯爵も慎重な人物だわ。

「ではこれで」

 ついに伯爵が席を立った。やったわ!

 そっと顔を出して中を覗くと、伯爵がトビアス様の耳元で何かを囁いていた。彼はバッと伯爵に顔を向ける。どうしたのかしら、何を言われたの?

 知りたい気持ちを押さえて、伯爵の馬車が見えなくなるまでこの場で待っていた。


 結局、言われた内容は教えてもらえなかった。まあいいか。このレストランは景色が良くて料理が美味しいし、最高。ミルクも濃い。

 そしてペオルの食欲がスゴイ。三人前のステーキをぺろりと平らげた。リニちゃんはペオルが全部食べ終わるころ、ようやく一人前を完食できた。

「いいお味でしたわ」

「おなかいっぱい……、食べ過ぎちゃった」

 口を拭くペオルと、最後にミルクを飲み干すリニちゃん。みんな食べ終わったし、席を立つことにした。

「せっかくだし、何か買いたいわね」

「あ、あの。私、エクヴァルにお土産を買いたい」


 売店で私達が買い物をしている間、セビリノ様は牧場の人の話を聞いていた。

 どうやら戦争の時の事や、復興での困りごとを尋ねているみたい。

「なるほど。畑を荒らされたか……」

「ほうれん草なんかはぐちゃぐちゃで、土も踏み固められて大変みたいですね」

 困ったけど、こういう時に使える魔法ってないのよね。攻撃と防御、回復が、一番開発されているから。民の生活に必要な魔法の研究なんて、されないわ。転用できることはあるけど。


 さて、もう馬車に乗って帰りましょう。日暮れ前には戻らないとね。ヘイルト様は念の為にと、宿まで送ってくれた。

 ピュッテン伯爵に言われたことが気になっているのか、トビアス様は馬車に乗り込む時も珍しく難しい表情をされていた。相談してくれてもいいのに!

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