第201話 ピュッテン伯爵(エクヴァル視点)

 皇帝陛下は一刻の猶予もない状況だと解ったが、ヘイルト・バイエンス君からの返事はまだ着ていない。薬を試すどころか、魂の一部が捕らえられた壷も発見できていないのかも知れない。これが見つからないと、治療が始められないのだ。

 通信魔法は国ごとの秘匿技術だから我々とは使えないし、気が急くな。

 そんな折、殿下から連絡があった。ピュッテン伯爵から、面会したいと申し入れがあったそうだ。

 このような取引などは、ジュレマイアでは心許ない。だからエクヴァルも同席してくれと、殿下が私に申し付けてきた。

 私はいったんイリヤ嬢と別れて殿下と合流し、待ち合わせの場所へ向かった。そこから伯爵の馬車で移動する。


 住宅街を抜けて郊外を走り、辿り着いたのは町外れにぽつんと一軒建つレストランだった。

 二階の広い個室へ案内される。白い柱に白い壁、景色を描いた絵画が金の額縁に収められて飾られている。華奢で意匠を凝らした椅子は、一脚でも安いものではないだろう。

「御足労頂き、感謝いたします」

 灰色の髪をオールバックにした男性が、立ち上がって礼をする。先に店に到着していた伯爵だ。

「いえ、連絡をお待ちしておりました」

 私はそう言って、殿下に椅子を引いた。店の人間は念の為に、必要以外で殿下には近づけさせない。

 まず店員に飲み物を注文し、決められたコースが出てくるのを待つ。

「早速ですが、ご用件をお聞きしたい」

「気の早い御仁ですな」

 料理も出てきていないのに促すと、苦笑された。

 単独で接触してきて、他の第二皇子派に告げている様子はない。第二皇子派の主要人物だと考えていたが、そこは訂正すべきかも知れない。


「私がどのように見られているか、だいたい理解しているつもりです」

 ピュッテン伯爵は前菜が置かれるのを待って、呟くように言った。

「私は今、推察を訂正すべきか思案しているところですよ」

 私の言葉に、伯爵はグラスのワインをただ眺めていた。

 ジュレマイアは殿下よりも先に、白ワインを口に含む。本当なら殿下のグラスを直接、毒見したいのだけれど、同じボトルから注がれるところは目にしているしね。

「……皇帝陛下の病は癒えますか?」

「ご容態の確認をしなければ、答えようがありませんな」

 表情を変えない彼の意図は読めない。私はイリヤ嬢なら治せるとは思うんだけどね、確証はないし、それが正しい答えかも解からない。


「確かに。我が国の魔導師には治せない。試しもせずに出来ると請け負わないのは、道理」

 やはり彼は、慎重で論理的な人物のようだ。こちらも気を引き締めねば。

「せっかくこの国に滞在しているのですから、治療の機会を与えて頂けると幸いです。魔法大国と呼ばれる、我が国の権威を示したいところですよ」

 まずは皇位継承問題には触れず、自国の為のように発言してみよう。相手の真意を汲んで、こちらの目的は探られないように。敵か味方か判別がつかない今は、暫定で敵として対応せねばならない。


「私が何の為に、モルノ王国へ行っていたと思われますかな」

 伯爵の視線は私から外れ、殿下に移された。

「乳製品を商売したいだけでは、少し理由が薄い気もしていたよ」

 笑顔で答える殿下。隣のジュレマイアは困惑している様子が表情に出ている。なんでだろうとか考えてるだろ。君、喋らなくても色々バラしそうだね。聞こえないつもりで食事していたまえ!

「……モルノには、不死の薬にもなるような特別な牛がいるとか」

「……サルサオク」

 確かそう、セビリノ君やイリヤ嬢が話していた。この噂を知っていて、探していたのか?

「御存知で?」

「貴方が殿下とお会いした牧場にいましたよ」

 私は牛の詳しい説明を聞いていないけど、知っている素振りをしよう。

「実在していた!? 私は全く気付けなかった……」

 驚いているな。牛を探していたのは、本当のようだ。


 牧場の人間も、そこまで特別な牛とは知らないのかも知れない。単に種を絶やさないようにしているだけで、先祖代々だからとかそんな理由かも。

「……なぜ貴方はそれを求めるのですか? 皇帝陛下の病を癒す薬を手に入れたところで、現状第二皇子が皇位を継げるとは限らない」

 もちろんサルサオクから薬が作れると仮定しても、皇帝陛下の病はそれでは治らないものだ。しかし伯爵の態度は、臥せっている本当の原因を知らずに、一縷の望みを託していると思わざるを得ない。

 彼は真実、皇帝陛下が健康を取り戻すことを願っている。


「……アデルベルト皇子殿下達が言われたのでしょうな。情けない」

「否定はしません」

 病の状態のままの方が都合がいいのではないかと暗に言うと、大きくため息をついて、髪をかきあげた。

「良いですか。我々皇国の民は、等しく皇帝陛下の臣。それは殿下であろうと変わりない。後継者争いなど勝手にやれば良いのです。しかし誰に仕えているかを忘れてはならない。全く嘆かわしい」

 ……おや? 話の流れが、予想外だ。

「しかし失礼ながら、ピュッテン伯爵。貴方は第二皇子に付き従っていたようですが」

「当然です。皇帝陛下より、第二皇子を支えるようにと直々に拝命しております」

 彼は第二皇子側ではなく、皇帝陛下の臣として第二皇子に仕えていただけだったのか。これは私にも読み切れなかったね……!


「そういう理由でしたか……。かなり厳しい金の取り立てをする守銭奴と、噂になっておりましたが」

 少々流れに戸惑いつつも問いかけると、それまで冷静に会話していた伯爵が、急に眉を吊り上げる。

「当たり前でしょう! アイツらと来たら、借りる時は頼むお前しかいないと縋りついておいて、金が入れば高級品を買って浪費し、博打に旅行に放蕩三昧。返す期日になって金がないから仕方ないと開き直るのです。手段を選べば、こちらが破産する!!」

 冷静沈着な人物だったけど、かなり怒り心頭しているね。確かに酷い。

「な、なるほど。それは宜しくないですな」

「許せません。だいたい、陛下から賜った領地や皇国の民を何だと思っているのです。……まあ、第二皇子に近しい存在であれば、牽制できたことは否めませぬ。しかし、陛下を害したとなれば話は別です。私もシャーク殿下に従いながらも何とか陛下に快癒して頂きたいと情報を集めましたが、成果は得られておりません」


 そうか。やはり陛下を治せる可能性にかけて、薬の材料になると言われる、サルサオク種の牛を求めていたのか。ミルクの飲み比べにもそんな意図が? いや、あれは趣味か?

 しかし病の原因に全く辿り着いていないとなると、ルフォントスでは基本的にゾンビパウダーの存在自体が知られていないと考えるのが妥当だろう。ヘイルト君のような、一部の高位の魔導師だけがそれとなく知っているみたいだね。


 ゾンビパウダーの効能や、それによって被害をもたらした人物がルフォントス皇国で目撃された事、そして彼を捕らえてその薬を売ったと証言を取れた事をまず説明した。

「そのような危険な人物が、我が国に……」

「どう気付いて接触したかは知りませんが、……まあ自分から売り込むような男ではあります。まずは魂の一部を奪われているので、それを開放しなければならない。そして治療薬はネクタルです」

 そこまで告げると、彼はようやく道筋が見えたと、安堵の表情を浮かべた。


「ですが、進行が早すぎるのです。解毒薬の効果が薄めてあるのではと、件の魔導師は供述しておりました。このままでは目覚めなくなる可能性があります、早急に手を打つべきでしょう。魂の一部を捕らえた壷に心当たりはありませんか?」

「壷……。確か、見覚えがあります。それは私が何とかしましょう」

「助かります。よろしくお願いします」

 ふふふ、ヘイルト君を出し抜けちゃったかな? 迂闊そうな人物だもんね、第二皇子って。そんな大事なことを黙っていられない性分なんだろうな。

「出来ればそちら方の魔導師に、一度容態を診て頂きたい。陛下の元へは、明後日にでも行かれるよう、私が手引きいたします。それまでに必ず壷は手に入れます。どうか、陛下をお救い下さい」

 上手く話が進んでいってしまった。あまり私が来る意味がなかったような気もするが、これをジュレマイアから聞かされたら信用できないな。直接交渉出来て良かった、というところか。


 食事を続けながら、これからの計画について打ち合わせをした。殿下が口を開く。

「単刀直入に言うと、私は回復された皇帝陛下に謁見して、ガオケレナなどの輸入に力添えを頂きたいと思っているんだ。この近辺はルフォントス皇国の影響下にある国が多いから、助力を得られれば運搬がスムーズになる」

 他国を通らなければならないけど、ルフォントスと敵対していると入国もさせてもらえないかも知れないからね。

「治療に助力して頂ければ、私からも口添えさせて頂きます」

 よし、この話はこれでいい。


「そして第一皇子に後継者になって頂きたい。自己満足な野望に溺れた人物に、我が国もだいぶ引っ掻き回されたからね。平和が一番だよ」

 実感がこもってるね、殿下も。ジュレマイアも頷いている。ボロが出るから余計な事は言わないようにと釘を刺しておいたけど、まさかこんなに喋らないとは!

 アイツも色々酷いな……!

「同感です。平和でこその商売です」

 彼は戦争で利益を得るつもりはないようだね。たまにそういう商人も居るんだ。食料品の値上がりや、武器の需要の増加を見越して儲けるような。


「最後に質問をいいですか」

 せっかくだし教えてもらえないかな。

「どうぞ」

「なぜ皇太子殿下だと御存知で?」

 最後のデザートはフルーツとジュレだ。これをきれいに食べてから、伯爵はスプーンを皿に乗せた。

「それですか。全く存じません。しかしジュレマイア・レックス・バックス殿の昔の冒険者仲間が知己におりまして。彼からその方がエグドアルムの皇太子殿下に勧誘されたと、話を聞いたことがありましてね」


「こっちの方に来てる奴がいたのか……」

 やっと言葉を喋ったよ、ジュレマイアめ。

 それにしても彼からか。ならば他の連中は気付かないだろう。冒険者と親しくする貴族は、そうそういないから。

 ジュレマイアはバックス辺境伯の嫡子なんだけど、貴族社会を嫌って家を弟に託し、出て行ってしまった。そして国をまたいで冒険者をしていたんだ。その経験を買って殿下が親衛隊に抜擢されたんだよね。私達よりも年上だ。ちなみに領地は、アーレンス男爵領の隣に位置する。

 そのくらいだから一本気で、交渉事は苦手な性格。冒険者としてはBランク。本当はSランクを目指していたし、その実力もある。ただ、そうなると目立ちすぎるので、親衛隊に入った為Bランクで止めている。


「他にご質問は?」

 口を拭いた伯爵が、ナプキンをテーブルに置いた。

「いや、ありがとう。有意義な話し合いができたよ、ピュッテン伯爵」

 殿下と伯爵が握手をして、密談は終わった。

 伯爵は皇帝陛下の治療には協力してくれるが、後継者争いに関しては中立でいくみたいだね。

 さて私はまた、公爵領にいったん戻るか。

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