第202話 冒険者しよう!

 ルフォントスの皇帝陛下には、明日謁見が叶いそう。魂の一部を閉じ込めた壷は、ピュッテン伯爵が似た壷とすり替えて持って来てくれる。それからネクタルを試すので、私達が見届ける。ヘイルトには手に入りそうだとだけ連絡して、伯爵からというのはまだ秘密。彼らは入手できなかったようね。


 召喚術の実験は、第二皇子派のタルレスという公爵の配下の領地で行われているところまでは、ヘイルト達が突き止めた。場所は未確認、郊外の森だと思われている。

 呪いは現在、セビリノが調査中。ヘイルト達は第一皇子の身辺の警護を強化。念の為に、菩提樹で作った杖を用意するよう連絡を入れた。


 ロゼッタはもうすぐ念願が叶うと、稽古に余念がない。ベリアルは宝石店で買い物をして来てご満悦。

 ゾンビパウダーを販売したマクシミリアンもここに泊まっている。というより、出してもらえない。ベルフェゴールも、しっかり目を配ってくれているからね。


 さて、私達は今日は暇です。やることないよ。

「冒険者ギルドでも行って来るよ」

 町の様子などを確認する目的もあって、エクヴァルが出掛ける。リニがいないし寂しいなあ。あんまり危ないお仕事をしていないといいんだけど。

「……私もついて行っていいかな」

「え、いいけど。ベリアル殿は?」

「またどこかへ行っちゃった」

 高級そうなお店がたくさんあるから、買い物を楽しんでいるよ。


「そうか……、じゃあ行こうか」

「うん。すぐに準備して来るね!」

 エクヴァルと二人だけでお出かけって、珍しいな。いつもベリアルが一緒だからね。とはいえ何かあったらすぐに呼べるし、私の居所は解るだろうから、気が向いたら勝手に来るだろう。

 大通りを進んだ先にある、三階建ての大きくて立派な建物が冒険者ギルドだ。

 五段ほどの横に広い階段を上る。一番上まで来ると左右にレンガで細長い花壇が作ってあって、咲いているのは黄色やピンクの花。

 入口が広く、中も広々としている。人はあまり多くなくて、隣はカフェ。誰でも利用できる。反対側の奥には、冒険者がメンバーを募ったりするスペースがあった。こちらにはメンバー募集の張り紙なんかをするボードまである。 


 エクヴァルは館内に軽く視線を巡らせ、次に依頼ボードを確認に行った。わりとお手伝い系の依頼が多い。ここは平和な感じだし、討伐は少なそうだもんね。

 その中に一つ、救助の依頼があった。


『捕らわれている娘を助けて欲しい。相手は獣人族で、バラ屋敷の持ち主』


「バラ屋敷とはなんだろう……?」

 首を捻るエクヴァル。こういう場合って、帰れないのか自分の意志で帰らないのか、わからない。親が認めない相手というだけかも知れない。

「これね。虎人族の、特に大きい奴が居てね。その人の屋敷だよ。まあ受けない方がいいだろ、ちょっと訳アリの依頼ってとこだ。郊外にあって、最近は近くにカンニバルの目撃情報もあるんだ。受けるんなら討伐にしたら?」

 近くに居た人が教えてくれた。

 虎人族なら話し合いで解決するんじゃないかしら。どういうことだろ?

 気になる、気になるなあ。エクヴァルを見上げたら、目が合った。

「イリヤ嬢、興味があるんでしょう。受けられるなら、受けてみるよ」

 やっぱりバレた。ランク的に断られる可能性もあるけど、受付に持って行ってくれた。ランク制限はなくて、報酬は娘さんを助けた人が貰える、早い者勝ち。


 場所を聞いて早速出発!

 高級なお店が並ぶエリアを過ぎると庶民的な感じになって、人家が現れて公園があり、それから町が途切れる。街はずれでエクヴァルは白虎に乗って、私は飛行で。ワイバーンのキュイは目立っちゃうから、出番がないな。


 もう一つ小さな町を越え、その向こうの林に薔薇屋敷はある。小高くなっていて、白い柵に囲まれているからすぐに解ると説明された。

 林に差し掛かったところで、警告された通り食人種カンニバルが登場。豚の頭をして棍棒を持った、乱暴そうなやつだ。ル・グラン・リュストゥクリュだろう。木の間からこちらに走って来る。

 地面には落ち葉が覆い被さるように積もっているので、これを使った魔法を唱えようかな。


「踊る風、落葉の足元を跳ねよ。つむじ風となりて遊べ、葉の隊列よ槍の穂先となりて、先陣を切れ。刀葉林の如く、肉を裂き骨を刺せ! フォイユ・ラム・クーペ!」


 地面に積もった葉っぱが舞い上がり、くるくるとカンニバルの周りをまわる。無理に抜けようとすれば、葉が容赦なく当たる。魔法で切れ味の鋭くなった葉で細かい傷をたくさん負って、走っていた勢いは完全になくなった。

 風が止んで葉がパラパラと地面に落ちるのと同時に、エクヴァルが一気に間合いを詰めて、ピュンと剣を振り抜く。

 魔法に気を取られていたリュストゥクリュは腹に真っ直ぐに傷を負って倒れ、とどめに剣が上から胸を貫いた。

「よし、終了」


 カンニバルを倒し、さらに道を進む。馬車も通れる広さだ。カンニバルが出没するようになったのは最近で、もともと人の往来は多い道なのね。馬車の轍の跡が残っている。

 緩やかな登り坂になってきたと思ったら、左側に続く太い道が現れた。

 さらに坂になっていて、すぐ先の開けた敷地は白い柵で囲われている。

 ここが目的の薔薇屋敷!

坂をのぼりきったところに、鉄の格子の門があった。まっすぐ伸びる石を敷いた道の先には噴水があって、その奥に二階建ての広い屋敷がある。左右に広がる庭園にはたくさんの種類のバラが咲き誇り、噴水に面してアーチが連なっていて、ガゼボと呼ばれる東屋がある。白い柱で屋根が丸く、壁はない。かなりオシャレな庭だ。庭師らしき男性が、バラの手入れをしていた。


「こんにちは。こちらに女性がお邪魔しておりませんか? ご両親からの依頼で、迎えに参りました」

 エクヴァルは門の外から、庭師に聞こえるように声をかけた。

「……ぅお。確かにいる。今、門をあける」

 意外にもすんなり話がまとまりそう。戦って助けるとか、そういう事になるわけじゃないのね。バラの前にしゃがんでいた男性が、ゆっくりと立ち上がる。かなり背が高く、体格もいい。そしてライオンみたいな顏。服装はシャツにズボンなんだけど、ブーツに宝石が埋め込まれていて高そう。


「開けないで! 私は帰りません!」

 噴水の向こう側から、淡いピンクのドレスを身にまとった女性が小走りでやって来た。振動でピンクのロードクロサイトのネックレスが揺れる。髪はこげ茶色で、青い瞳。手でスカートをつまんで持ち上げ、足を飾る真っ赤なヒールがカツカツと音を鳴らす。

「いやいや、依頼なんで。とりあえずお話だけでも」

「お帰り下さい。私は男爵と結婚するんですー!」

 そう言って、広い通路まで出て来た庭師の腕にしがみ付いた。彼は獣人で人間以上に背が高いから、身長差がすごくある。

「男爵? 彼は男爵なんですか? 依頼には何も……」

「……一応。父が戦争の役に立ったからな、土地と爵位を貰った」

 あ。庭師じゃなくて彼が男爵!


「この辺りの人達で、こんな依頼を受けるのがいるわけないと思ったわ。悪事を働く獣人だなんて聞かされて倒そうとしたら、捕まるのは貴方達よ!」

 女性はエクヴァルを指さして、ふふんと得意気に笑った。

「……俺としても不本意だ。帰れ」

「帰りませーん。帰っても結婚させられるだけだもん、貴方との結婚の報告なら帰ります」

 積極的な女性だわ。

「……なぜこんなに懐かれるのか、全く理解できん……」

 困っているようだけど、迷惑には見えない。嬉しい事は嬉しいのかな。でも、依頼で出すほど彼女の両親に反対されているんじゃ、心配になるよね。


「このもふもふ感……! 一度知ったら、知らなかった頃には戻れないわ! 首の下の毛もね、すごくふわふわなのよ。尻尾もセクシー。たてがみみたいな毛も素敵!」

 もふもふ愛好家。これはどうしたらいいのかしら。

「連れて帰るのが依頼ですし、どうでしょう。彼との結婚報告で帰るというのは」

「解ってるわね、その男!」

 そうだ、引き離す必要はないのね。依頼としては、相手をどうしろとは書いていなかったよ!


「しかし……、彼女の両親に反対されている」

 獣人族の中でもすごく強そうなんだけど、意外と気弱?

「結婚させられるって言ってたけど、婚約者でもいるのかな?」

「婚約は断ってるけど、いるわよ。金で私を買うような男が」

「それじゃあ嫌ですよねえ……」

 うんうん、帰りたくないのも解るね。

「こんな屋敷を維持しているんだし、財産には事欠かないのでは? その男以上の結納金を持って願えばいいでしょう」

「結納金……?」

 そうか、獣人族にはそういう風習はないのね。男爵は不思議そうな表情をしている。


「まあ! 私の為に、払って下さいますか!?」

「そ、それで話が済むなら……」

「やったわ! これでもふもふ天国への門は開かれた~!」

 女性は男爵に抱き着いて喜んでいる。話はまとまったので、早速結納金を持って一緒に行くことになった。カンニバルも倒してあるし、安心だね。

「でも馬車だと今日中には戻れないわね」

「キュイがいるじゃない。町の近くに、人目につかずに止められそうな場所があったよ」

「さすがエクヴァル! キュイも久々だし喜ぶね!」

 笛はエクヴァルに渡したままなので、彼が吹いてキュイを呼んでくれる。少しして、翼を広げたキュイが庭のバラに影を作った。

「ワイバーン? あの子がキュイなの?」

「ええ、大人しくていい子です。安心して乗って下さい」

「ワイバーンに乗るなんて、初めてだ……」

「キュイイィ!」

 見上げる二人の視線に気付いたのか、キュイの鳴き声が大きく響く。


 地上に降りたキュイは、男爵を見て少し頭を低くした。彼の方が強いのね。

 男爵と女性は嬉々としてキュイに騎乗する。

「素敵~! 男爵、いつか私達も自家用ワイバーンが欲しいです!」

「自家用……」

 空の向こうまで響きそうな、喜ぶ女性の声。男爵ならワイバーンを懐かせることは出来そう。


 すぐに町の近くまで到着し、後から追い付いたエクヴァルと合流する。そして二人を彼女の実家まで送り届けた。

 両親も持参金と二人の仲睦まじい様子に納得してくれたよ。これで依頼完了!

 カンニバルの討伐手当も貰い、バッチリだね。これが冒険者のお仕事かあ、なかなか楽しいのね。

 女性はこのままいったん家に戻り、ラ・ウープ男爵が改めて迎えに来る。帰りは馬車を頼み、男爵が一人で乗り込んだ。


 宿に戻って、マクシミリアンとロゼッタに、お土産のお菓子を渡そう。

 まずマクシミリアンに渡したんだけど、甘いものはそんなに好きじゃなかったみたい。あんまり喜ばなかった。

 次にロゼッタの部屋を訪ねる。持っているのはエクヴァルだから、ロゼッタが受け取りに近づいた。と思ったら、バチンと大きな音が。

 ロゼッタの右手がエクヴァルの顎に向けて振り上げられて、エクヴァルがそれを防いだんだ。

「捉えたと思ったのに! 防がれましたわ」

「いやいや、なかなか良かったんじゃないの? 気付かなかったよね、イリヤ嬢」

 私は二回ほど大きく頷いた。練習した掌底を、エクヴァルで試そうと思ったの?

 怖いなあ。私やセビリノなら当たっちゃうよ!

「だって普通に歩いていただけだよね? 何で攻撃して来るって解るの?」

「視線が固定されていて、ベルフェゴール殿も期待しているような様子だったから。何かを狙ってるっていうのは気付いたし、練習していた内容も知ってたからね。あとは攻撃する前の一瞬、彼女が力を入れたのが見て取れた」

 チラリとベルフェゴールを見る。


「……迂闊でした。私も気を付けなければなりませんのね」

「大丈夫よぺオル、シャーク皇子くらいは騙せると思うわ!」

「お嬢様……、本当に試さなくても……!」

 三者三様の反応を示している。ロゼッタは俄然やる気だよ!

「ところでお土産。いらないのかな?」

「いりますわ! なにかしら、楽しみです」


 今回のお土産はカップデザート。渡す前に襲ってくるんだもん、崩れちゃったよ。これは自業自得だね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る