第216話 王妃襲来!
「ヒッポグリフ? そのくらいなら討ち取れるだろう」
バルバート侯爵は、飛び込んで来た兵に軽く言い放った。
「そうではなく、騎乗している人物がいるのです。従者と思わしき、飛行魔法を使う二人の女性を伴っております。どのように対応したら良いか、判断に困っておりまして」
「まさか、ヒッポグリフに? アレは騎乗には適さないのでは……」
戸惑っている二人に、トビアス殿下が心苦しい様子で割って入った。
「義父上、それは私の母です。エグドアルム王国の現王妃ですね」
「王妃がヒッポグリフに騎乗?」
さすがの強面な侯爵も、間の抜けた声を出した。私も初めて聞いた。国で式典の時は馬車で移動だから、王族の騎乗なんて解らない。
「母上が婚姻を結ぶ前は、海賊退治などをしていまして……」
「海賊退治? ……ご令嬢ではなかった……?」
「残念ながら、隣国の由緒正しい伯爵令嬢です。危険ですが怪しい人物ではありません。申し訳ありませんが早く通して下さい、行くとなったら力尽くで押し通る方ですので……」
まさかの強硬派。あの前魔導師長が恐れて近寄らないと、噂されていた人だけあるわ。すぐにお通ししろと侯爵が命令し、兵が退室する。
待ちきれないのか、女性の声が轟いた。
「トビアース! ここにいるのでしょう、出てらっしゃい!」
わあ、悪役っぽい。王妃様ってこんな感じ!?
「あ~。突入寸前だ。ジュレマイア」
「はっ、失礼します」
ジュレマイアが小走りで迎えに行った。私はエクヴァルを見上げた。
「…………」
「うん、言いたいことは解るよ。妃殿下は結婚なさる前は『海の女帝』と呼ばれていて、私設海軍を率いて海賊退治をしていた女丈夫だそうだよ」
「私設海軍!? そんな組織を興して、問題にならないんですの!?」
エクヴァルの言葉に、ロゼッタが驚いて声を張り上げる。
「それがね、レディ・ロゼッタ。国王から召還されたらしいんだけど、当時王室よりも母上の支持が厚くてしかも強かったから、不問にするしかなかったそうだよ。隣国はあまり大きな国ではなく、民に蜂起でもされたら簡単に国が転覆しそうなんだ」
さすがのロゼッタも開いた口がふさがらない。その女性がお姑さんになるんだよね……! 頑張れロゼッタ!
しばらくして、ジュレマイアと先程の兵が女性を案内してやって来た。この方がエグドアルム王妃。姿を遠目に見たことがあるだけで、こんなに近くでは初めて。お付きの二人は魔法剣士かな、軽装でピシッとしている。
真っ青な髪と、緑色の瞳。気の強そうな女性で、騎馬服のコートとズボンだ。ブレスレットは魔法付与がしてあるのだろう。
「こちらがロゼッタ嬢とご両親?」
「はい、母上。しかしなぜサンパニルまで? 陛下はお許しになりましたか?」
「私が出掛けるのに、誰の許可がいると言うの? トビアスに嫁いでくれる女性を確かめに来たわ。ロゼッタと言ったね」
「は、はい!」
ロゼッタがピシッと立った。
「婚約破棄した第二皇子とやらを、ぶん殴ったそうじゃないかい」
だんだん王妃の口調が乱暴になるわ。これが素なの?
「蹴り飛ばしてやりましたわ! せっかく戦い方を学び始めましたもの、これからも続けるつもりです」
「ロゼッタ!」
ロゼッタの母である侯爵夫人が、すぐに窘める。相手は他国の王族……王族だよね? 王妃だものね。
「エグドアルムでも稽古とやらを続けるのかい?」
「もちろんです!」
元気に即答したロゼッタだけど、緊張しているようで口をしっかりと結んだ。
「申し訳ありません、しっかりと言いきかせますから……」
「構わんだろう、ロゼッタがせっかくやる気になったんだ!」
夫人はロゼッタにお淑やかに育ってほしくて、侯爵は武道を学ばせたい。意見が対立して、ロゼッタは武道を学んでいなかったってことは、つまり。
「……偉い! 貴族の女も自分の身くらい自分で守るべき。護衛任せなど、もっての外さ! エグドアルムに来たら、しっかり師を付けようじゃないか!」
むしろ王妃様に気に入られている。
「ありがとうございます、妃殿下」
「一緒に海に出たいねえ。久々に血が沸くわ。海賊狩りをしようじゃないの、奴らの船を海の藻屑にしてやるんだよ!」
威勢よく壮大な夢を語る王妃様、そして気合十分に握りこぶしを作るロゼッタ。
「海賊狩り! 私、頑張りますわ!」
「お、お嬢様~!」
……王妃と皇太子妃が、揃って海賊狩り! メイドのロイネが困惑している。
トビアス殿下も侯爵夫人も苦笑い。なんだろう、ロゼッタが妹分みたいになっているぞ。これは護衛する人も大変そう。王妃は大きな声で豪快に笑っている。
「気分がいいわ! トビアス、いい娘を見つけたね。結婚式が楽しみだ!」
海賊退治をしていたという話だったけど、本人が海賊の親玉みたいだわ。
「あの……、そのお話なんですけども」
「なんだい?」
「エグドアルムは、側室が許されているんですの?」
ロゼッタはそれが気掛かりだったのね。
「持てるけど……」
トビアス殿下が答えようとしたところを、王妃様が遮る。
「安心しな! 側室なんて持とうモンなら、それこそぶん殴ってやめさせればいいのさ。尤も私が許さないからね」
「知っておりますよ、母上の国では浮気は罪に問われるものでしたからね」
王妃様の祖国は、国王も側室は持てないのね。殿下もこれは側室なんて置けないね。女性二人から殴られそう。
本当にすごい女性だわ。王妃様に感心していたら、私の姿を目に留めてこちらへズカズカと歩いて来た。目の前に顔を近づけられる。
「アンタがあのバカ公爵にイジメられたって、宮廷魔導師見習いの女かい?」
間近だと迫力満点。思わず三回頷いた。
「母上も知っていましたか」
「あの野郎の悪行は、嫌でも耳に入るわよ。今度エグドアルムで何かされたら、私のトコにおいで。女をイジメて喜んでるような奴は、片っ端からシメてやるからね!」
「ありがとうございます……!?」
シメるって、どうする気なんだろう。ちょっと怖い。
「で、あの派手男が契約してる悪魔ってワケか」
「……随分と威勢のいい女であるが、我に用かね」
じろじろと眺められて、ベリアルはちょっと不機嫌に答える。
「あっはっは! こりゃあ骨のありそうな男だね、いいじゃない! こんな強そうなのと契約してるんじゃないのよ、アンタ。絡んできた相手を一人残らずぶっ殺してやりゃあ、いいんだよ」
「ぶっ殺して良いのかね?」
「ケンカを吹っ掛けるヤツが悪いのさ。痛い目を見せてやりな!」
二人して笑ってるんだけど、けしかけるのはやめてもらえないかな。どうなっても、私には責任とれないよ。
「……強い女性ね、エクヴァル」
王妃様を形容する、無難な表現が思い付かない。
「すぐにボロが出るから、公式の場にはあまり出られないんだよ」
確かにこの本性が露見しちゃったら、王室のイメージそのものが変わっちゃいそうだわ。式典での移動や御行幸の時も、馬車から声を掛けられるのは国王陛下ばかりだったな。他国との交流の場にも、あまり姿を見せないらしいし。
リニなんて怖がって、エクヴァルから離れられないよ。
「で、トビアス。アンタらこれから、どうするのさ」
「そうですね、少しの間サンパニルに滞在する予定です。国王陛下と謁見させて頂き、我が国の大使を置く許可も得ようかと」
「じゃあ私もしばらくは、ここにいるかな。気が楽でいいわ。王妃なんて息が詰まりすぎて、邪魔な陛下をぶっ殺しそうだよ」
もう意味が解らない。陛下を殺せば王妃じゃなくなって、自由になる……わけがない。むしろ大変なことになるぞ。
侍女二人はうんうんと頷いている。止めてくれそうにない人達だ。
「私が国を案内いたしますわ」
「頼むね、ロゼッタ。なんなら盗賊のアジトでもいいよ、気分がいい時は暴れたくなるよねえ」
バンと自分の腕を叩いて見せる王妃様。豪快過ぎる。
「ほう、それならば我も同行したいものであるな」
うわあ、トラブルの予感しかしない!
「……エクヴァル、どうしたらいいのかな?」
「うん、放っておこう。盗賊退治なら問題ないでしょ。君はどうする?」
「私も行った方がいいかしら。でもそろそろ、アイテム作りもしたいなあ」
「そういえばお嬢さんは職人だったね。ルフォントスとの境にある私の城に、工房がある。賃金を払うから、回復アイテムを作ってくれるか?」
ロゼッタのお父さんである、侯爵が申し出てくれた。私は盗賊退治より、こっちがいいな。エルフの里も近いだろうし、会わせてもらえるよう頼んでみよう。
「ありがとうございます、こちらこそ是非!」
「師匠、お手伝いいたします」
「じゃ、私が護衛するね」
セビリノとエクヴァルもこちらに付いて来る。リニも一緒だから、嬉しい。
「……今度は私が除け者?」
トビアス殿下だ。彼はどうするのかな。
「俺と町へでも行きますか」
「レディ・ロゼッタと散策する予定だったのに……」
ジュレマイアの提案に、仕方ないと頷く殿下。
「護衛をお付けしましょう」
侯爵夫人が二人では心許ないからと、申し出てくれる。他国の王族に何かあったら、問題だからね。しかも娘の婚約者だし。
実際は先に潜入している部下がいる筈だけど、殿下達は黙っていた。
自由人ばかりで、すごくカオスなことになっている。
……サンパニルに栄光あれ!
★★★★★★★★★
第三部の本編は、ここで終わりです。次週は後日談、それから閑話を挟んで第四部の予定です。
お付き合い、ありがとうございます。引き続きよろしくお願いします。
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