第129話 あくまのはなし(商業ギルド長視点)
頭が痛い…。
国から“軍事国家トランチネルが高位悪魔の召喚を
しかしトランチネルが攻めるなら、間違いなくフェン公国だろう。現状では商人に行くなとは言えないし、冒険者を雇えばどうにかなる問題でもなさそうだ。今日も冒険者ギルドの長と対策会議をしてきたが、何も方策は思い浮かばなかった。
商業ギルドに戻ると、シンプルなシャツにズボンという清潔感のある服装で、髪は薄い青紫で短く、背が高くピシッとした三十代後半くらいの男性が、受け付けにアイテムを出していた。新しい職人かと思ったが、見た事がある事に気付く。
そうだ、イリヤさんのお宅でお会いした、エグドアルムの宮廷魔導師様…!
「……この方は、何をお望みでいらしてるのかな?」
「ギルド長、お帰りなさいませ。こちらは販売するアイテムを登録に来られた、セビリノ様と仰る方です」
受け付けの女性が答える。
結果はすぐに出て、彼が提出したものは全て素晴らしい品だった。当たり前なんだが。職人としての登録も済ませて、応接室に来てもらった。
お茶を用意させて、誰も入れないように指示しておく。
「……そういえば、師匠の家でお会いしたのでは?」
「は、はい。このギルドの長を務めています。そちらは、エグドアルムの宮廷魔導師様だそうで」
なんとも威厳のある方だ。緊張するな……。
「セビリノ・オーサ・アーレンスと言う。よろしく頼む」
「こちらこそ!」
「何か私に、話が?」
「それなんですが、実は……、」
トランチネルが高位の悪魔を召喚しようとしている事を相談し、アドバイスを貰おう。
トントン。
話を始めると同時に、控えめにノックされる。
「あの、ギルド長。ビナール様がお見えですが、どうしましょう」
「すまないが……」
「構わない。聞かれたくない話ならば、私が出直しましょう」
私が断ろうとしたのを制し、入ってもらう様にと促される。
「いや、大丈夫でしょう。多分私がしようとした話と同じ内容でしょうから。お言葉に甘えて、同席して頂きます。来てもらってくれ」
申し訳なさそうに入室してきたビナールが、ソファに座るセビリノ殿を見て頭を下げる。彼はラフな格好をしていても、立派な人物にしか見えない。
「お話し中、失礼します。実はガオケレナの件でして」
「そうだと思ったよ。その話を相談しようとしていたんだ。こちらは腕のいい魔導師の方で」
「それは助かります!ガオケレナの買い付けに、誰も行こうとしなくて困っているんですよ……」
「……ガオケレナ?」
さすが魔導師、ガオケレナに食いつきがいいな。エグドアルム王国がある北の方では採れないから、買い付けをしたいのかも知れない。一緒に行ってもらえれば、心強い!これは上手く話を運ばないとな……!
事情を話して何に注意してガオケレナの買い付けをすればいいか、聞いてみる。彼は眉根を寄せ、険しい表情で黙って話を聞いていた。私たち以上に、悪魔の脅威には詳しいはずだ。
「……高位悪魔。爵位にもよるが、防ぎようがない災害と思って間違いない。しかし……」
この後の言葉を言い淀んだ。イリヤさんが高位悪魔と契約をしているからだろう。もし、彼女が契約している悪魔よりも下の爵位の者を喚んだのならば、彼女に頼れば問題は解決する。ただし、違ったら……。
「ガオケレナが不足しているとあれば、早急に手を打ちたいはず。ビナールと言ったな。師に相談されるが良かろう。召喚術に関して、彼女以上に心強い方はいない」
「は、はい。師とは……?」
「ビナール殿、彼はイリヤさんのお弟子さんなんだ」
「イリヤさんの!?」
さすがのビナールも、かなり驚いたようだ。商売で危ない目にも遭遇し、見た目よりも豪胆で動じない男なんだが。
フェン公国側と連絡を取ってから考えてみると、ビナールは出て行った。
セビリノ殿はこちらを見て何か考えている様子だ。
「……実はわが国でも、ガオケレナの輸入先を模索している」
「それならば彼らが行く時に、一緒にフェン公国に直接交渉に行かれては?産出量などが公表されていないので解りませんが、まだ余裕があるように見受けれます」
「それは助かる!」
「……トランチネルは、地獄の王の召喚に成功しておる」
突然、部屋の隅から低い声が響く。驚いて振り向くと、イリヤさんと契約している悪魔、ベリアル殿がそこに居た。扉も窓も、開けた気配がない。
「ベリアル殿、それは誠で!?」
「うむ、間違えようがないわ。よくもまあ、あの者を召喚したものよ。今頃はトランチネルが血の海になっておろう」
「……トランチネルが、ですか?」
まさか!いや、待てよ。高位の存在を召喚した国自体が、その相手に攻撃される。聞かない話ではないな。では現在の沈黙と、トランチネルの国境警備が甘くなったと噂されている理由は……。
「……アレは、存在を知らせるように力を開放しおった。愚かなことよ、あの未熟者の考えは、我には解らぬわ」
王を未熟者、とは!では彼は……
「そなたは我が契約者に有益で、信に足るものと示されておる。非常時ともいえる事態であるし、今こそ明かそう。我は五十の軍団を束ねる地獄の王、ベリアル!」
「……王!?そのような御方が、こんなにも身近に!??」
彼は口元を歪め不敵に笑っていて、腕を組んで立つ堂々たる様は、尊大な王そのものとも言える。
「トランチネルに召喚された者は、同じく皇帝陛下の臣であるが、我とは相容れぬ者。フェン公国へは不急の用向きで足を向けるのは、控えるべきであるな。まあ、あやつがその気になれば、この近辺の国ならばどこにいても危険度は同等であろう」
そこでいったん区切り、カツカツとブーツの音を響かせながら、悪魔は部屋の隅の闇からこちらへとゆっくり歩いた。王だと思うと、背筋が伸びるな……!
「人間どもの引き起こした事態ではあるものの、皇帝陛下も注視しておられる。すぐに動くとまでは言わぬが、長引くとも思えぬ。ただ……」
それまで傲慢なまでに堂々たる態度だったベリアル殿が、探るように赤い目を細めた。
「……アレの狙いが解らぬのが、不気味であるわ。何を企んでおるのだ……?」
二人は共に去って行った。何とも怒濤の展開だ……。
まさかトランチネルで地獄の王が召喚されていて、それよりも以前から我が国では王が生活していたとは。考えられない……。どうなっているんだ、イリヤさん!!
トランチネルが魔王の召喚に成功している事は、黙っておこう。国が混乱してしまうし、情報源を探られると良くないだろう。悩んでいたが、フェン公国へ行くことはしばらく禁止するよう、冒険者ギルドの長とも調整しよう。ビナールにはイリヤさんと相談して決めてもらうとしても。
「ギルド長、今度はノルサーヌス帝国の商業ギルドの方がお見えです」
「ああ、お通しして」
前回の魔法会議がトランチネル対策で潰れたから、また開催したいと言ってくれているんだよな。そしてイリヤさんにも来て欲しい様子だった。それはそうだろう、市井にいる職人の腕ではないのだから。
部屋に入って来たギルド長は真っ直ぐにソファーに向かって歩き、ドスンと勢いよく腰を落とした。
「全く……、トランチネルはどうなってるんだか。どうやら悪魔は召喚されてしまったようです……」
「こちらも今、その情報を入手したところですよ。参りましたね」
さすがにノルサーヌス帝国でも掴んでいるようだ。あちらにもベリアル殿の配下で、地獄の侯爵である悪魔が居るから、彼と同じような時期に察しているだろうな。
「そういえば今さっき、我が国に来たあの赤い悪魔とすれ違いましたが、一緒にいたのは男性でしたな」
「ああ彼は、セビリノ殿と仰る魔導師の方で。対策を協議していましたが、どうしようもないと言う事で……」
「せ、セビリノ?魔導師のセビリノ……。まさか、セビリノ・オーサ・アーレンスでは!?」
「よくご存じで。そう名乗っておられましたが」
ノルサーヌス帝国のギルド長は、彼の名を聞くと身を乗り出して聞き返して来た。有名な方だったんだろうか?宮廷魔導師とはいえ、エグドアルムは遠いのによくご存じだな。
「知らないで相談してたんですか!?彼はエグドアルムの鬼才と言われ、宮廷魔導師長に打診されたのを断ったという逸話がある、魔導師の最高峰の人物ですぞ!?」
「……そ、そうなんですか!?」
「そうです!魔導書も執筆されていて、この辺の魔導師でも大抵名前を知ってる、超がつく有名人ですよ!くそう……、なぜ突如チェンカスラーにばかり、こんな有能な人材があつまるんだ!」
イリヤさん!!!君はどんな御方を弟子にしているんだ……!?
ノルサーヌス帝国の商業ギルド長は悔しそうにしながらも、次の魔法会議では是非アーレンス様もご一緒にと、両手を強く握ってきた。開催時に彼がまだここに居るとも限らない、と返事をするのが精いっぱいだった。
イリヤさんのお弟子さんだとは、とても言える雰囲気じゃないな……!
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