第130話 閑話エクヴァル君とヘイルト君(エクヴァル視点)
注・124話のすぐ後のお話です
「やあ、ヘイルト・バイエンス君。この宿なのかな? ちょっといい?」
気軽に声をかけた私に、ヘイルト・バイエンスは怪訝な瞳をして振り向いた。
彼も貴族だろうし、警戒しているというよりは、馴れ馴れしいってところかな。
「……アーレンス様の護衛ですよね? 私に用でも?」
「毒に侵されたのは、君が仕えるルフォントス皇国の第一皇子だね? そして君は、それが敵方に知られないか、セビリノ・オーサ・アーレンスが、というかエグドアルムが、皇位の争奪戦に介入するつもりなのか……、その辺も確かめに来たんだろう。違うかな?」
目を大きく開いて、一瞬言葉を詰まらせる。正解だね。
スピノンの
もしエグドアルムが敵陣営だった、なんて事になったら危険な状況だと教えてしまったようなものだ。情報を提供される可能性を考慮して、迅速に確認に来たんじゃないかな。
サンパニルとの貿易を考えていると聞かされて、内心ヒヤッとしたはずだ。
我がエグドアルム王国は、森林国家サンパニルからのガオケレナの購入を検討している。サンパニルはルフォントス皇国のほぼ属国。そして第二皇子とサンパニルの侯爵令嬢が婚約しているとなれば、エグドアルムが第二皇子の後押しをするかも知れないと危惧した事だろう。直接手を出せる距離ではないけど、魔導師の派遣やアイテムの供与、周辺各国への働きかけなど、協力はできる。
だからこそ、戦争が第二皇子の独断による蛮行で、第一皇子は命まで狙われていると知らせ、第二皇子の印象を悪化させようとした。
正直、印象とかはどうでもいいんだよね。事実から判断するだけだから。
「…………」
「沈黙は肯定と取らせてもらうよ。出来れば外ではなく、室内でした方がいい話じゃないかな?」
「……、解った。部屋へ来てくれ、そこで話そう」
宿の部屋は数人で使うような広さだ。ベッドルームは二つあるが、一人で泊まっている。広い窓からベランダに出られるようになっていて、シャワーも付いている。このレナントでは高価な部類に入るね。
ちなみにベランダに出られる部屋は、飛行魔法を使う魔導師に好まれる。
勝手にソファーに座り、彼がローブを脱いでクロークに掛けるのを待った。
「さて」
こちらに向かってくる彼に、話を始める。
「私はエグドアルム王国の皇太子殿下の親衛隊所属、エクヴァル・クロアス・カールスロア。君の疑問には、セビリノ君以上に答えられると思うよ」
「親衛隊? それがアーレンス様の護衛?」
目の前のソファーに腰かけながら、私の顔を凝視する。
「厳密には、彼の師匠の護衛。彼女は我がエグドアルムの宮廷外部顧問なんだ。勧誘はしないでくれたまえ」
「……っ! それであの魔法…。そう言えば毒消しは女性の方から買ったと聞いた。最初はただのお付きだと思っていたんだ。アーレンス様の師匠だなんて、まさかとは思ったが、なるほど……」
ヘイルトは感心したように、しきりに頷いている。魔導師だし、魔法や魔法アイテムについては精通している事だろう。彼がシエル・ジャッジメントを使ったあの時に、彼女がセビリノ君の魔法に何をしたのか、私にはほとんど解らなかった。
「で、君のトコの皇子の体調は? 他言はしないから安心してもらいたい」
「……信じるしかないか。即効性のある毒消しだった。もう歩けるよ。さすがにまだ、体力は戻っていないけどね。食事も普段通りになりつつある」
皆が居た時は宿から出さないようにしている、と説明していた。アレは危機は脱した、もう問題がないというアピールだったろう。そのまま信じられるほど、こちらも信用されていなかった段階だ。今度こそは実際の状況だろうな。
「……近侍の中に、裏切り者が居るのかな?」
「違うと信じたいけど、そうでなければあんな毒など入れられない。容疑者は三人に絞ってある。そして三人に、皇子の病状について違う説明をした。どれが国で噂になるかで、犯人を見極めたいと思っている」
それなりに手を打っているらしい。これなら国にも信用できる味方がいるな。
「殿下は無意味に戦争を仕掛ける様な輩を、後押しはしないだろう。それに、こちらも前魔導師長にだいぶやられたからね……。そういう自分の欲の為に権謀術数を巡らすような相手に、協力することはないね」
「それなら助かる……。あの第二皇子は、権力に群がる
ルフォントス皇国の皇帝が、病床にあるのか。それで皇位継承をめぐる動きが活発になってきているわけか。決着がつくのも近そうだ。
「……譲位を考えられている?」
「近習からの情報だ。間違いない」
「うちの無能な国王も、そのくらい思い切ってくれたらな~!」
羨ましいね、不足を感じて身を引くなんて。ただ跡継ぎ問題が戦争にまで発展してるけど。
こっちの国王陛下は、まだ王座にしがみ付いている。王を支える最大の派閥を纏めていた前魔導師長が亡くなったから、だいぶ皇太子殿下の権威が増してきてるんだけどね。
「……人の事は言えないけど、言うなあ、君も」
「私は殿下の御世を、楽しみにしているんだよ」
そう言いつつも笑っている。話も通じるし、気が合いそうな男だ。
「また毒を入れられる危険性はあると思う?」
「ないとは言えないな……」
「じゃあ、彼女からお裾分け。蛇の魔核」
私が小袋に入れられている粉に挽かれた魔核を差し出すと、彼は顔を
「それは助かる! 毒消しは作れるのだが、ちょうどいい蛇の魔核がなかったんだ。アルルーナだけでは不足だったし。シーサーペントはとても効果が強かった!」
おや? これもシーサーペントだと誤解したようだね。それ以上なんだけど。
面白いから勘違いしたままにさせておこう。何から採ったかなんて、聞かれていないしね。
「見返りは……、解っているよね?」
「ガオケレナの輸入の件だろ? サンパニルに働きかけるさ」
「その為にも、しっかり政権を掴んでもらわないとね」
「ククク、エグドアルムが支持してくれるなら心強い」
「ははは、私も君のような話の分かる男が居てくれると、助かるよ」
「「ふふふふふ」」
お、笑い声がハモった。親近感を覚えるな!
殿下にしっかりと進言しておこう。ガオケレナはセビリノ君の仕事なんだけど、外交に関する問題も絡むし、私が話を進めちゃっていいだろう。
「もういっそユニコーンを召喚して角を頂こうかと思ったんだけどさ、召喚したってバレた時点で、毒を飲んでヤバイよって言ってるようなモンだから……」
「ユニコーンの角が強力な解毒薬ってのは、有名だからねえ。でも角を奪うの、禁止されてなかったかな?」
「誰が咎めようが、主が助かればそれでいい。泥は全部、被ればいいさ」
「それもそうだね。同感だ」
彼は少し飲もうかと言って、棚からワインを取り出した。
グラスを受けとる。
「いずれサンパニルには行きたいと思っている。その時は皇位を勝ち取っているといいねえ」
「もっちろん、そのくらいの気概で行くさ!! いくら間抜けでも、キメる時はキメてもらわないと!」
ガーネット色の深い赤をした液体の入った瓶をグラスに傾けると、甘い香りがした。彼のグラスには私が注ぐ。
グラスに揺れるワインは濃い色で美しく、口に含んでみれば滑らかで芳醇な、じっくりと寝かせた香り高い逸品だ。いいねえ。
「エグドアルムから来たなら、酒は強い方がいいんだろ」
「そうだね、あっちは強いのが多いから」
軽く飲み干すと、更に注いでくれる。アルコールの力か、話は大分弾んだ。
「王に側室がいないってのは、いいよな……。後継者で揉めなくて済む」
現在命まで狙われているだけあって、実感がかなりこもっているね。
「こっちの国王陛下は気が弱いけど、妃殿下が勝ち気でね。側室を持つおつもりなら、私を殺してからになさってと最初に宣言したらしい。それ以降、頭が上がらないと噂だよ」
「うひゃー。カッコイイ女性だなあ! お会いしてみたい、憧れる~」
ワイングラスに頬擦りしている。だいぶ酔ってるな、彼。明日帰るんだよね、大丈夫かな……?
「侍女には優しいけど、みんな怖がってるよ……?」
「敵には容赦しない感じを女性がすると、しびれるんだよ!」
「いや、陛下は敵じゃないから」
「いいか諸君! 愚王は敵だ、大罪だ!! あはははは!!!」
「諸君って、私一人だよ」
そんな感じで、どんどんとよく解らない話になって夜中まで盛り上がってしまった。
お互い何か、うっぷんのようなものが溜まってる気がしないでもない。
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