第275話 悪魔違いです

 治療を終えた小悪魔ミロは、さすがに寝たままというわけにはいかず、起きてベッドに腰掛けた。

「……費用はどのくらいかかるっすか……?」

「それねーあれねー……」

 ウフィールはベリアルに視線を送る。誰に要求すればいいか悩んでいるようだ。

「地獄へ戻り、我が配下のエリゴールに請求すれば良い。我の要請で人間の世界におもむき、小悪魔の治療をしたと告げよ」

「それだとリニちゃんの治療だと、勘違いされませんか」

 ベリアルと行動を共にする小悪魔といったら、一番にリニが浮かんでしまう。自称お兄ちゃんはとても心配して、正気じゃなくなるのではないか。

「勘違いするのは、アレの勝手であろう」

 うわあ、意地悪だ。わざと紛らわしい説明をさせる気ね。きっとたくさん支払ってくれるんじゃないかしら。


「そこまでして頂かなくても、こちらでお支払いします。軍からの手当もありますし」

「お気遣い無用です、ベリアル殿は趣味の意地悪がしたいんです」

 ミロの契約者が申し出るが、ベリアルが払うというのを断る方が面倒なことになる。女性はそれでは申し訳ないと、困惑していた。

「そうさせてもらいます、御意御意ぎょいーん。小悪魔君、治らなかったり新たな症状が出たら、また我が輩を呼ぶようにね。もちろん追加料金を頂くから、お財布と相談をしてねぇ」

「はい……」

 もう召喚したくないだろうな。これで治るといいね。


「じゃあ最後に面白い小話をしようね」

 突然ウフィールが謎の提案をした。

「せんで宜しい」

「ベリアル様ご無体な、地獄の医官といえば話し上手でナンボでございますよ~!」

 そういうものなのかなといぶかしんでいると、ミロがため息混じりに説明してくれる。

「地獄じゃ治療の後に小話をして、治療費以外におひねりをもらうのが一般的なんだ。おひねりが少ないと機嫌を悪くしてさ。治療費だけでも厳しいから、オレ達小悪魔には余計に呼びづらいんだよ……」

「話し上手は、貴族からもお呼びが掛かーる。重要肝要、行きたいようなんだよぉ」

 もしやこの話し方もネタの一種なのだろうか。話術が求められるなんて、悪魔の医者は不思議だ。


「ありがとうございました。送還は私がします」

 ミロの契約者の女性は、いつの間にか召喚術に使う小さめの杖を持っていた。

「せっかくだから、この世界を覗いて話のネタを集めたいんだねねね。小悪魔君のお友達で悪魔が喜ぶネタを持ってる人がいたら、紹介してちょぶだい」

「お、おう」

 ちょぶだい。ウフィールはここにしばらく逗留するようだ。地獄で患者に聞かせる物語を探す為に。吟遊詩人になってもいいのでは。

「大人しくしておれよ」

「もちろんロンですよう、ベリアル様〜」

「では私達は出発しましょう」

「召喚の代金をお受け取りください、すぐにご用意します」


 契約者の女性が慌ただしく別の部屋へ向かう。私とベリアルは、皆が待っている客間へ移動しておこう。

「あの~……、我が輩を召喚したチミは、この小悪魔君の契約者では……ない?」

「彼の契約者は、先に部屋を出た彼女です。私はベリアル殿と契約しております」

「先に言って~!!!」

 勘違いしていたのね。確かに私がウフィールを召喚して、ミロの治療についても話を進めてしまったわ。契約者っぽいな。

 一人で悶えているので、そのままにして扉を閉めた。

「終わった?」

 中央に四角いテーブルのある部屋で、エクヴァルは窓辺に立っている。外は通る人も少なく、静かだ。

「ええ、もう大丈夫みたいよ」

「悪魔の医師の召喚、お疲れ様でした」

 元々召喚にあまり興味のないセビリノは、立ち合いを希望しなかった。私の先生が悪魔だったと知った時は、召喚術を積極的に学べば良かったとうめいていたわ。


 パタパタと足音が近付き、女性はすぐに戻ってきた。

「お待たせしました、これで……」

 手渡されたのは、金貨が数枚。召喚及び仲介料として、遠慮なく頂戴する。

「ありがとうございます、お大事になさってください」

「あ、あの……これ……、私のおやつのクッキー……です。お薬は苦いから、ミロにあげて……」

 リニがおずおずと、数枚のクッキーが入った小袋を手渡した。苦手な相手とはいえ、寝込んでいる子が心配なんだろう。優しいなあ。

「ありがとう、渡しておくね。何ちゃんかな?」

「えと、ええと……」

 困惑して見上げるリニに、エクヴァルは苦笑いだ。

「リニです。どうもあの子が苦手みたいだね」

「あー、ちょっと粗暴だから。大人しい子からしたら、怖いかもね。せっかくだし会って行く?」

 リニはエクヴァルの後ろに隠れて、必死に首を横に振る。女性だけでなくセビリノも、思わずクスッと笑っていた。

「では失礼しますね」

「はい。お気を付けて」


 さあエグドアルムを目指しつつ、のんびり旅をしよう。

 次はどこへ寄ろうかな。早くも夕方なので、少し北へ進んだだけで宿を探すことにした。大きめの町を発見だ。徐々に高度を下げていく。

「この町で泊まりましょうか」

「イリヤ嬢、待った。様子がおかしい」

 兵隊が集まっている。何かに備えて隊列を組んでいるような。

 民家や繁華街は閑散として、規模の割に街明かりも少ない。代わりに哨戒の兵が持つ松明が、道を黄色く彩っていた。

「厳戒態勢が敷かれております。師匠、これは襲撃に備えているのでは」

「防衛に協力してもいいけど、通り過ぎた方が無難かしら」

「……出迎えであるな」

 赤い夕日に包まれて、魔導師が二人飛んでいる。


「ついに来たか……、我々は脅しに屈しない。貴族悪魔に襲わせるなどと警告したが、簡単に町を明け渡すわけにはいかないんだ!!!」

「悪魔に襲撃を? 悪魔違いです、ベリアル殿は……」

 襲撃なんてしない、ってこともないか。今回はただの通りすがりなので、そもそも予告もできない。しかし弁解する余裕もなく、相手は演説を続けた。

「皆、首都からの援軍が必ず来る。今しばらくの辛抱だ、一丸となって悪魔と敵国を退けよう!」

 おおお、と下からは割れんばかりの大歓声だ。私達じゃないと伝える声は掻き消されてしまう。このままじゃ襲撃犯にされるよ。

 

「どうしよう、エクヴァル!?」

「……リニが心配だから、私は離脱していいかな。応戦するか、引き返すかだね。士気も高いし、現時点での説得は難しいだろう」

 見ればリニは、脅えて小さくなっていた。意気天をく勢いの叫びが、空にこだましている。気の持ちようで勝負が決まることがあるように、戦場の高揚は意識を飲み込む波のようだ。

「下手をすると、その予告した相手とも鉢合わせだよね。引き返しましょう」

「鉢合わせたら、むしろ解決するんじゃないかな」

 敵があっちだと理解してくれるかな。むしろベリアルが喜んで、両方壊滅させるのでは?


「エ、エクヴァル。私なら大丈夫だよ……っ」

 エクヴァルの袖を引いて、震えながらリニが気丈に振る舞う。

「いやいや、どちらにしてもこういう空中戦で、私はあまり戦力にならないからね。やるとしたら、地上の歩兵を蹴散らすくらい?」

「やらなくていいよ」

 それは完全に攻めてきた敵だ。たくさんの兵が待ち構えているし、エクヴァルだって危険なのでは。

「冗談だよ、援軍が近付いているか探ってみる」

 エクヴァルはキュイの手綱を引いて、高度を下げないまま旋回した。逃げたと見せかけて、周囲を哨戒するみたい。

 町の中では弓兵がすぐ攻撃に移れるよう準備をして、高いやぐらの上でも見張りが警戒をしている。私達に地上部隊はいませんよ。

「師匠、敵の魔法攻撃です!」


「光よ激しく明滅して存在を示せ。響動どよめけ百雷、燃えあがる金の輝きよ! 霹靂閃電へきれきせんでんを我が掌に授けたまえ。鳴り渡り穿て、雷光! フェール・トンベ・ラ・フードル」


 飛んでいる魔導師の一人が、雷撃の詠唱をする。手のひらに金の輝きが集まり、乱れ飛ぶ閃光とともにこちらに向かってジグザグの線を描きながら放たれた。


「荒野を彷徨う者を導く星よ、降り来たりませ。研ぎ澄まされた三日月の矛を持ち、我を脅かす悪意より、災いより、我を守り給え。プロテクション」


 セビリノが防御魔法で防ぐ。雷は防御の壁にぶつかり、パチパチと拍手のような音と点滅する火花を残して消えた。

「プロテクションで簡単に防がれてしまうとは……」

「落ち着け、想定内だ。あちらも悪魔だけに頼るわけではなく、最高峰の魔導師を出してきているんだろう」

「こうなると、ワイバーンの動きも気になるところだな」

「あのー」

 相談しているので、誤解を解けないかなと話し掛けてみた。完全に無視され、先に仕掛けねばとばかりに、もう一人が魔法を唱える。


「雲よ、鮮やかな闇に染まれ。厚く重なりて眩耀げんようなる武器を鍛えあげよ。雷鳴よ響き渡れ、けたたましく勝ちどきをあげ、燦然さんぜんたる勝利を捧げたまえ! 追放するもの、豪儀なる怒りの発露となるもの! ヤグルシュよ、鷹の如く降れ! シュット・トゥ・フードゥル」


「光の点滅よ、拡散して花びらと散れ。雲を蹴散けちらす飄風ひょうふうよ起これ、散じて天色は明朗なり。怒れる嵐は過ぎにし、離れし遠雷を聞けり。ボー・タン・シエル!」


 今度は空が暗くなり、荒天を呼ぶ暗雲が立ち込めた。雷鳴が響く。先ほどよりも強い雷の魔法を唱えているのだ。

 私は雷の魔法を無効化させる魔法を選んだ。まばゆい光源となった太い雷が、地を目掛けて下る途中で、吸い込まれるように消滅する。

「まさか……、全く届かないなんて……!」

「ふ……、我が師の前に、雷撃など無意味っ!」

 悪役みたいじゃないかな、セビリノ。厚い雲が霧散しても、太陽が地平線に腰を下ろした空には夜の蒼が広がりつつある。


「炎よ、濁流のごとく押し寄せよ。我はベリアル、炎の王! 灼熱より鍛えし我が剣よ、顕現せよ!」


 あ〜、ベリアルが宣言を使ってしまった。私は誰から誰を守るのが正解なのか。

 町から放たれた矢がベリアルの炎を浴びて、飛びながら燃え尽きる。訓練された兵ばかりではないんだろう、届かない矢も多数あった。

「ふはははは! そなたらが敵対しようとしている相手が何者か、存分に理解させてやろうではないかね!」

 ベリアルは魔法攻撃をしてきた魔導師に向かって飛び、剣を振り上げた。

 魔導師二人の後ろから、剣を持って武装した兵が一人現れる。護衛の魔法剣士かな、ベリアルの剣を受け止めた。しかし直後に真っ赤なベリアルの剣が燃え上がり、剣士は慌てて離れた。

 手のひらをかざして、蛇のようにくねる火で追い打ちをかけている。


 準備されていた敵側魔導師のプロテクションが作動し、辛くも火から身を守っていた。

「助かった、確かに普通の悪魔じゃない。もしかして高位貴族じゃないか……!?」

「本当なら、戦ってどうこうできる相手ではないな……。飛べる者も、この戦いに投入できる程ではない」

 焦りをにじませる剣士。魔導師もフードの下では、内心困惑しているだろう。

「聞いてください、私達はですね」


「水よ我が手にて固まれ。氷の槍となりて、我が武器となれ。一路に向かいて標的を貫け! アイスランサー!」


 またもや言葉を遮られる。今度は地上にいる魔法使いの攻撃魔法だ。アイスランサーは私達に向けて唱えられた。この期に及んで、初級の魔法とは。地上には強い魔法使いはいないのかも。

 矢の攻撃などもあったので、セビリノのプロテクションは切られていない。防御はこのままでいいだろう。

 アイスランサーは、やはりセビリノの防御を越えることはできなかった。

 安心したのも束の間、追加詠唱を開始している。アイスランサーに追加詠唱を考えたんだ、これは私も初耳だわ。


「水は尽きることなく流れるもの。列を作る垂氷たるひのように、歯車の歯ように、等しく刻め。氷の槍よ、競い合って飛べ!」


 アイスランサーが何本も出現して、どんどんと私達へ放たれる。

 これなら何度も唱えるよりも効率的で、魔力消費が少ないだろう。面白い魔法だ。何本かをセビリノの防御魔法で防ぎ、他はベリアルが白い煙へと変えてしまった。

「これも通じない……っ!」

 悔しそうだわ。だからって当たってあげるわけにはいかないしなあ。

 そろそろ話し合いができないかな……!?



★★★★★★★★★★


ウフィールは

「堕ちた天使たち~悪霊・悪魔の物語」ロバート・マッセロ著、山村宣子訳

に名前が出てきます。

下役の悪魔も少し出てきて助かる!


地獄の医者はお話上手でナンボ~みたいな設定を出しましたが、これは「江戸時代の医者の中には治療はできなくて、楽しい話で患者を和ませるだけの人もいた」という話を聞きまして。面白いので取り入れてみました。

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