第274話 召喚! 地獄の医官!
次に目指すのはワステント共和国。
リューベック将軍と会った、コアレの町だ。今でも将軍と呼ばれている彼は、一度引退しているので実は将軍ではない。皆に愛されているんだね。
「イリヤ嬢、将軍の家へ行ってみようか」
「家を知ってるの?」
町で名前を出せば誰でも知っているからと、バラハから聞かされていた。彼も家までは把握していなかったのだ。いい加減なバラハに期待はしていなかったけど、エクヴァルが知ってるの?
「以前セレスタン君達が薬のお礼だと君の留守中に訪ねてきた時に、教えてもらってあるよ」
「さすがね」
エクヴァルは頼りになる。セビリノが負けられないという目をしている。彼は時々、おかしな闘争心を燃やすのだ。
コアレの町は観光客が多く、露店も人で賑わっていた。上空を通り過ぎて店も家も途切れた郊外にある小さな木の家、これがリューベック将軍の住居。
……これ? 古そうだし、一般的な住宅よりも安いのでは。ほとんど世捨て人だわ。とても元将軍の家だとは思えない。
庭ではガッシリした体型の人物が、斧を振り上げて薪を割っている。本人だ、かなり元気になったのね。白髪交じりのグレーの髪が、汗で額に貼り付いていた。
「おひさしぶりでございます」
「……お嬢さん、ワイバーンまで一緒に?」
「キュイは人に慣れていますので、ご安心を」
周囲の広い場所にキュイが翼を休める。この町は空から入っても、特に止められたりはしない。塩湖周辺に降りると、見回りの人に声を掛けられるらしい。
「ワイバーンを騎乗にするとは、豪快だな! 小悪魔のお嬢ちゃん、ワイバーンでの空の旅はどうだったかね?」
「……あ、あの。キュイに乗ると、遠くまで見えて、とても楽しい……です」
リニがエクヴァルの後ろから顔を出して答える。
「キュイイ!」
キュイも楽しかったのかな、元気な鳴き声だ。将軍は子供が好きなようで、優しそうな笑顔で頷いている。
「イリヤ嬢、用事があるんでしょ」
「そうそう。将軍、足の傷の具合は
「いや、それじゃなくて」
エクヴァルがすかさずつっこむ。いいじゃない、ついでだし。
「ははは。お嬢さんの薬のお陰で、もうすっかり治った。ただ雨が降ると突っ張る感じがしたり、少し不調があるかな」
「ふむほむ、雨が降ると」
ズボンの裾をまくって、傷痕があったふくらはぎを露わにする。すっかりキレイになっていた。完治はしている、不調は怪我が直接の原因ではないようだ。
「気は済んだ?」
「ありがとうございます。本日は別件がありまして」
防衛都市で小悪魔の治療をできる人を探していると依頼された、と伝える。将軍は裾を戻しつつ、本当かと明るい声を出した。
「ありがたい。討伐や防衛に協力してくれていた小悪魔が、大きな怪我をしてから回復しないようでな。地獄へ還すべきだと言われたらしいのだが、異界の門を潜らせるのも不安だと契約者から相談されたのだ」
「怪我が回復しないというのも、おかしな話ですね。必要ならば地獄の医師を召喚致します。どちらにお住まいの方ですか?」
「地獄の医師! そうか、悪魔にも医者はいるんだな。それは心強い!」
将軍に場所を教えてもらい、短い滞在だったがすぐに移動する。
「では失礼します」
「宜しく頼む。バラハ殿にも礼をせねば」
将軍が頭を下げる。腰の低い人だ。
リニは一足先にキュイへと走り、頭を撫でている。撫でて欲しいとばかりに、リニにすぐ頭を近付けるのよね。
「いつでもご相談ください。ちなみに我々はチェンカスラー王国に滞在しておりますが、エグドアルムの者です」
エクヴァルが最後に付け加えた。チェンカスラーだけの手柄にはさせない、との意思を感じる。これを伝えたくて待ち構えていたのかな。
目的地はここから北で、薬草市があるパストンの町のだ。
依頼主は薬草市の警備などを担っていた兵隊。魔法部隊に所属しているわけではなく、相棒として小悪魔と契約している。小悪魔は現在、自宅療養中。
町の外にワイバーンをとめて、検問を受けている人の後ろに並んだ。この町の方が警備が厳しいわ。
「この町に来た目的は?」
「リューベック将軍から小悪魔の治療の要請を受けまして」
「本当に来てくれたんですか!? おーい、誰かアイツの家に案内してやってくれ」
小悪魔の怪我のことは、皆が知っているのかな。兵が詰め所に声を掛けると、少ししてバタバタと女性が姿を現した。
「まさか小悪魔を治療してくれる人が来たの!? 酷い傷だよ、治せるの?」
「実際に確認しませんと」
さすがに今の時点では、治せると断言できないな。女性は私達を見て肩をビクッと震わせた。立ち止まって申し訳なさそうに頬を赤らめる。
「す、すみません。疑ったわけじゃないんです。すぐに案内します、ごめんなさい!」
彼女が小悪魔が寝込んでいる家まで案内してくれる。道すがら状況を説明してもらった。パストンの町は薬草市が開いていない時も、人が多くて活気がある。羊人族が
「戦いで小悪魔が大きな怪我をして、それが治らないんです。ミロ君は前に出て戦ってくれるような子で」
「……ミロ」
リニが小さく繰り返す。知っている名前みたい。ただ、暗い表情だから仲のいい子ではないわね。
「怪我をしてからずっと家で療養中です。人間の薬は使ったんですが、良くなる気配はありません。傷が青黒くて、出血はありません。体調も悪そうですし、呪い傷に似た症状です」
熱が出る、傷が治らず痛みや倦怠感が続くなど、効果は様々。徐々に悪化するものもある。
聞き取りをしているうちに、家に着いた。案内の女性が扉をノックする。
「いるんでしょ? 小悪魔の怪我を治してくれる人が来たよ!」
「ほ、本当? 本当に来てくれたの!?」
対応したのは女性で、あまり寝ていないのか疲れた様子だった。
全員で訪ねてしまったが、病人が寝ている部屋にこの人数では迷惑だろう。私とベリアルだけが行き、皆には客間で待ってもらう。案内の女性は家に入らず、そのまま仕事に戻った。
ベッドでは青白い肌の小悪魔が寝苦しそうにしていた。翼はなく、耳が尖っていて太い角がある。女性は上掛け布団を優しくポンポンと叩く。
「ミロ、具合はどう?」
「……最悪だよ。ところで誰か来てんの?」
横向きに寝て背中を向けたままで、こちらに顔だけを向けて
ベリアルも一緒だけど、どうやら貴族だとも感じ取れないらしい。
「傷を見せて頂けますか」
「人間が診てどうすんだよ」
「かまわぬ、見るまでもないわ。神聖系のものと戦ったであろう、魔力が残っておる。そなたの魔力が足りぬ故、傷が治らぬのだ」
本当に呪い傷みたいなものなのね。ただし属性が正反対。悪魔は天使に負わされた傷が治りにくいから、そういう感じみたいだわ。
「……え、どなたですか? 俺は、天使と戦ってねえっすけど」
「天使でなくとも、神聖系の攻撃をするものはおる」
「ではお医者様を召喚しましょう!」
やはり専門の悪魔がいないと解決しない事態だ。うん、召喚しよう。それしかないね、気合は十分ですよ。
「やめた方がいいぜ。悪魔の医者はほとんどいねえし、気位が高いのばっかだ」
小悪魔は身を起こして座りながら制止するが、ベリアルがいるし問題ないだろう。珍しい悪魔の診療、これは一見の価値ありだ。
部屋の中央に座標を描いた板を敷いて、召喚をする。
医者は戦闘能力がない悪魔がやる仕事らしいので、身を守る
「呼び声に応えたまえ。閉ざされたる異界の扉よ開け、虚空より現れ
すぐに座標から灰色の霧があふれ、くるくるとつむじ風のように丸く流れた。
茶色い砂が集まって風の内側で固まり、徐々に人の姿を作っていく。
現れたのは半円の
「よもや人間が我が輩を召喚するとは。よくも名を教えたものですよ。はああ、はあ。まーさか小悪魔の診察ですか? 我が輩が、小悪魔の? し・ん・さ・つ、を?」
「はい、傷が治らないそうで」
なんだか独特な威張り方をする悪魔だ。壁際で魔力を潜めているベリアルには気付いていないようだ。
「シャァーラーーーップ!!! 黙って聞きなさい人間、私は誉れ高き地獄の医官医官いかあぁんんん! 小悪魔ごときで召喚するなど、全く
「それは失礼致しました。つきましては報酬ですが」
「だから黙りなさーいッ!!!」
とりあえずお辞儀でもしておけばいいかと頭を下げてみたが、怒られた。会話にならないなあ、これが地獄の医者なの?
「……騒がしいわ。さっさと診察をせぬか」
ようやくベリアルが口を挟んでくれた。ウフィールは眉を動かし、ゆっくりと振り向く。
「我が輩に騒がしいとは、この地獄のいか……いか……いかんですね、病人の側で騒ぐのは誠にイカンですね、ねっ、ベリアルさっまっ!」
ベリアルに目を留めると、揉み手をしながら急にわざとらしいほど笑顔になった。
「神聖系で付けられた傷であろう、速やかに治療をせよ」
「さすがのご明察、ベリアル様はお言葉一つ一つが宝石よりも尊いですなあ! さて小悪魔君、治療しようね~、痛かったら言ってね~?」
怒鳴り散らしたり、突然猫なで声になったり。近くで見守っている小悪魔ミロの契約者も変貌に付いていかれず、首を
「お、お願いします……」
ミロは
「あーこれは痛いね~、魔力が足りな過ぎて治らないねえ。こんな時ははは」
持っている鞄から長細い木箱を取り出し、ふたを開ける。仕切りで区切られていて、丸いものが幾つも入っていた。やっと治療が始まるわ。
「ちゃかちゃかぱーん! 我が輩が愛情をこめて丸めた丸薬だよ~。地獄のマナたっぷりの草と、つなぎにもち米を使っていてね、小悪魔君には特別に蜂蜜入りをあげようねえ」
「何の薬ですか?」
「人間は悪魔の治療に口を挟まない、これ常識公式、恒久的な決定事項ォ」
早口で睨まれた。小悪魔相手には勝手にペラペラ喋っているのに。
「……答えよ」
「はあぁいベリアル様~! こちら魔力不足を
神聖系が残っている限り完治しないので、まずは魔力に打ち
契約者の女性が水を用意した。ミロはコップを受け取り、丸薬を飲み込む。
「苦え」
大きさもあるし、飲みにくかったんだろう。眉をしかめて舌を出していた。ウフィールの解説は絶好調で続けられる。
「これを飲むとだぁいたい皆、熱が出るから。下がったら薬ね、傷薬うぉう〜塗るように。それからこの粉薬も飲んで、しっかりゆっくりじっくり休むんだよォ」
真面目にテキパキ薬を並べて指示をくれるんだけど、言葉が所々おかしい。これはもう仕方ないのだろうか。
「急な召喚でしたが、様々な薬を持ち歩いていらっしゃるんですね」
「グッドな意見だねぇ人間。悪魔が医者を必要とする時は怪我が一番多くて、次は熱か腹痛なんだね〜。我が輩はこの三つの薬は必ず持ち歩いているんだよん。わざわざ作るとか取りに帰るとか、面倒なんだねぇ」
ウフィールが鞄を閉めて、これで治療は終了だ。
「ありがとうございました」
契約者の女性もミロも、ようやく治る見込みがついて安心している。
順番が違ってしまったが、次は報酬の交渉だ。小悪魔はなかなか医者にかかれないくらい、値段が高いんだよね。ベリアルがいるから平気かな?
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