第273話 お届け!防衛都市

 次は防衛都市ザドル・トシェにポーションを届ける。

 ドラゴンだの魔導師だのの襲撃があった防衛都市だが、最近は特に問題はない。ただポーションが品不足だと緊急事態に対応できないから、多めに確保したいみたいね。それと作戦で使うのね。

 北の防衛都市と南のレナントを結ぶまっすぐ伸びた街道は、交易路として隊商が多く通る。防衛都市の北はワステント共和国、レナントの南はフェン公国だ。

「また荷馬車だねえ」

 キュイに騎乗しているエクヴァルが呟く。

「うん。さっき川に近い平原の方に、ワラをいっぱい詰めた四角い荷車があったよね。私、あれに飛び込みたいな」

 リニの発想が可愛いなあ。ワラの匂いは落ち着くよね。お香になったら、アイテム作製をする時に心を静める役に立つのかしら。


 防衛都市の跳ね橋は降りていて、検問を受けた隊商が渡っていく。その後ろには冒険者が並んでいた。

 都市を囲む分厚い壁の上の歩廊には、見張りが歩いている。

「ワイバーンだ、こっちに来る!」

 キュイが発見された。それはそうか、大きくて目立つし。こちらに兵が集まり、魔導師までやって来た。

「あ、あの方はバラハ様の先生と、尊敬する魔導師のアーレンス様!」

 バラハの輔佐をしている魔導師、イグナーツ・ウィンパーだ。気付いてくれて、手招きしている。以前も防衛都市で会っているので、覚えていたようだ。私達は城壁の歩廊に下りて、キュイには外で待っていてもらう。

 ワイバーンに乗るのは一般的ではないので、駐ワイバーン場はどこにもないのだ。大きな町なら、ペガサスや獣系などを預かってくれるところがあったりするよ。


「お久しぶりです、イグナーツ様」

「ようこそ防衛都市へ! アイテムの納品ですか?」

「はい、バラハ様よりお手紙にて発注頂きまして」

「そうですか、お手紙で……。それはありがとうございます。まさか、あのまま出さないよな……」

 私が答えると、イグナーツは微妙な表情で笑った。あの手紙の内容を知っているようで、ボソリと呟いている。

「今日は指揮官様に、お客様がいらしてまして。バラハ様をお呼びしますね、こちらへどうぞ」

 来客中だったのね。イグナーツの後ろについて歩廊の階段を下り、都市の内部へ入った。今はすっかり平和で、普通の町のように活気がある。ただ兵の数は段違いに多い。


「あれ、あの馬車は」

 どこかで見たような家紋の馬車がある。ええと、どこだっけ。

「ヘーグステット家の馬車だね。ランヴァルト君のご家族がお見えなんじゃないかな」

 エクヴァルが教えてくれた。ランヴァルトの家族というと、子爵夫妻か兄妹のどちらか。どっちかな……。

「イリヤさんですわ!」

 アレシアと同じ年頃のイレーネが私に気付いて、元気いっぱいに手を振る。末っ子だからか、とても人懐っこい。

 こんにちはと手を振り返した。


「おお、エクヴァル殿!」

 一緒にいるのは三兄弟の長兄、ライネリオだ。薄茶色の髪で短気な人だけど、エクヴァルにはやたら懐いているのよね。ヘーグステット家は目が緑で、中でも彼が一番濃い色をしている。

「ライネリオ君。妹さんの護衛かな?」

「おうっ。領地の守備はブルーノに任せてきた」

 お目付け役がいなくて、羽を伸ばしているのか。彼は短気で、最初に会った時も問答無用で攻撃しようとしていたわ。

「すぐに喧嘩したりしないようにね」

 エクヴァルが釘を刺す。止める役がいないと、心配だもの。

「エクヴァル殿~、俺はそんなに短気じゃないぜ」

「ライネリオ兄様、最近は前より穏やかですのよ。でもまだ、ちょっとのことでカチンとするのは治りませんわ」


 イレーネが悪戯な笑顔で暴露する。本人の前で明るく言えるくらいだから、関係は良好だろう。

「イレーネはどんどん口が達者になるな。敵わない」

 ぼやきつつも、妹を見守る顔はほころんでいる。

「前よりイレーネが兄上を恐れなくなって、ギクシャクしなくなりました。これもエクヴァル殿のお陰ですね」

 長兄より兄らしい、次男のランヴァルト。この町の軍の指揮官で、穏やかで立派な人物だ。

「ではお話ししていらしてください。バラハ様を呼んできます」

 私達に気を遣いながら、イグナーツはそっとバラハを呼びに行ってくれた。バラハは集めたポーションを倉庫に運ぶ前の、検品中らしい。

「筆頭魔導師に用が? あ、その女はアイテム職人だったっけな。エクヴァル殿、わざわざ届けに来たのか?」

 小走りで建物に入ったイグナーツを見送り、ライネリオが尋ねた。私も視界の端には入っていたらしい。


「いやいや、エグドアルムへ帰国の途中でね」

「ええっ! イリヤさん達、国に帰っちゃうんですの!??」

 イレーネが驚いて私を見上げる。勘違いだよ。

「お友達の婚約披露を見に行くのと、妹の結婚のお祝いに行くだけです。またこちらに戻って来ますよ、家もありますし」

「そうなんですの、良かったですわ」

 心配してもらえるのは嬉しいな。せっかく知り合えたんだもんね。

「……イレーネは、エクヴァル殿がいなくなると寂しいんじゃないか~?」

「ライネリオ兄様、私はイリヤさん達みんなに帰って来て欲しいんですのよ!」

 笑顔でからかうライネリオに、ムキになるイレーネ。

 もしかして、もしかする?

 ランヴァルトはライネリオに、妹をからかわないようにと仲裁している。顔立ちも似ているし、仲良し兄弟っぽくて微笑ましい。ただ、やはりランヴァルトの方が兄みたい。


「エクヴァル殿とお似合いなのになー」

「それはライネリオ兄様がエクヴァル様を好きだから、そう思うんですわよ。エクヴァル様は洗練された都会的な雰囲気がステキですが、私の好みはもっと素朴な方ですもの。年齢も離れていますし、申し訳ありませんが恋人にはちょっと……」

「……すまん、ダメだって」

 ライネリオが手を顔の前に出して、謝る仕草をしている。

「なんで私がフラれたみたいになっているのかな!??」

「……エクヴァル殿。エクヴァル殿はおモテになります、次の機会を待ちましょう」

 セビリノが神妙に、エクヴァルの肩に手を置いた。余計な気遣いはできるのが、困ったものだ。

「フラれてないからね!」

「そうであるな」

 ベリアルは物知り顔でニヤニヤしている。さすがのエクヴァルも、ベリアルにはからかわれちゃうのよね。


「盛り上がってるねー!」

 ちょうど良くバラハがやって来た。黒いローブの裾が揺れる。

「バラハ様、ご注文頂いたアイテムを届けに参りました」

「では中へどうぞ」

 イグナーツが近くにいる人に、お茶とお菓子を出すよう指示している。

「私達はこれからランヴァルト兄様に、町の中を案内してもらうんですの」

「じゃあな、また!」

 ヘーグステット家の面々は、三人で歩いて行った。

 少し離れた場所に、二手に別れた護衛が付いている。イレーネ達の護衛と、防衛都市の兵かな。町中とはいえ、さすがに三人だけにはさせないようだ。

 バラハの先導で、私達は軍司令部の建物へ向かった。


「やったー、イリヤ先生のポーション到着!!!」

 品物を確認する前から喜んでいるバラハ。疲れているのかな、ソファーに倒れ込むように座る。

「中級と上級、それとマナポーションもあります。ご査収ください」

「ありがとうございます。防衛都市の備品にします!」

 私が箱を渡すと開けもしないで、そのまま近くにいる兵に仕舞っておくようにと渡してしまった。

「確認はいいんですか?」

「だいじょーぶ、イリヤ先生を信頼していますからっ。ポーションは見過ぎて飽きてるし、いーのいいの」

 それはいいのだろうか。いい加減に磨きがかかっていないか。


「じゃ、これが代金です。不足があったら請求してね~、素材が入りにくくて苦労したでしょう」

 渡されたのは通常より多い金額だった。お礼を告げて、ありがたく頂戴する。

「素材は寒くなる前に、余分に集めておかないといけなかったですね。南トランチネルまで探しに行きました」

「御領林で密採して、連行されておったがね」

「先生、密採は犯罪ですよ!?」

 ベリアルに暴露された! 黙っていればバレないのに、本当に性格悪い!

「御領林だと知らなかったんです、知っていたらやりません」

「ベリアル殿の威光で無理を通したんじゃなかったんだ~。魔王にボロボロにされたトランチネルなら、余程の要求でもすんなり叶えてくれるのに」

「そんなことしません!」

 相手の弱みにつけこむ、悪質な手段。やるわけないでしょ、ひどい話ですよ。


「そうだイリヤ先生、小悪魔が病気になったらどうします?」

 バラハはあっけらかんとして、さらりと話題を変えた。まあ密採の話を続けられるよりいいか。

「そうですね。こちらの世界の薬で効果がないわけではありませんが、効きにくいですね。地獄へ戻ってもらうのが一般的では」

「地獄でちゃんと治療ってできる?」

 詳しく突っ込まれても、そこまでは知らない。魔法養成所で習った、大怪我や病気は地獄で療養する、という聞きかじりの知識しかないのだ。

 ベリアルクラスになれば魔力で勝手に回復するし、病気もほぼない。

「実はニジェストニア対策の合同軍事会議で、ワステントの将軍から尋ねられて。リューベック将軍っていう、ワステントじゃ有名な方ですよー。足の怪我で一時期引退されていて、治ってまた元気に働いてます。なんか部下から、契約している小悪魔を治療するにはどうしたらいいかと、相談されたそうでっす」


 塩湖でお会いした方だわ。足に酷い古傷があったから、アムリタを使って頂いたの。結果は傷が消えて、歩くのに差し支えがなくなったとか。いい被験者だったな。Sランク冒険者、セレスタンの剣の師匠でもあったのよね。

「存じております、あの方がお困りなんですか」

 小悪魔の事情か。と、なると。

 私はエクヴァルにくっついている、リニに視線を移した。バラハ達も彼女に注目したので、リニは肩をビクッとさせる。

「あ、あの……。地獄で治療するなら、自分達で薬草を探し、ます。……薬草の知識のある子とか、回復の魔力を持つ子に、お金や何かと交換で、治療してもらうことも、あります」

「あまり人間と変わらないみたいね」

 どちらの世界で薬を作るか、くらいの差かな。

「ちょっとなら人間の世界で療養しても、治せます。怪我を理由に契約が終了になることも、あります。地獄は治療できる人、少ない……です」

 リニが必死に説明してくれた。質問したバラハも、しっかりと耳を傾けている。


「じゃあ私達でできることはないかな。契約者が何とかしたいって、奔走してるらしいんだ〜」

「うーん、そんなに治療が必要な状況なんですか。ベリアル殿のお知り合いに、この世界まで往診してくださる医師はいらっしゃいませんか」

「捨て置け、簡単には死なぬであろうよ。……そもそも、そなたは関係ないであろうが」

 ベリアルは関心すらないようだ。リニは頑張ってくれる、いい子なのに。ただ、知らないとは言わない。面倒がっているだけで、心当たりはあると見た。

「治療法とか、気になるじゃないですか。勉強ですよ」

「……面倒事と仲良くするのは趣味かね」

 しめしめ、召喚に力をかしてくれそう。悪魔のお医者さんには興味があるわ。

「ベリアル殿も乗り気ですし、行ってみます!」

「乗り気ではないわっ!」

「いやー、さすがベリアル殿〜! お心が広くていらっしゃる。つきましては、将軍に防衛都市からの要請で来たと、伝えてくださいね〜」


 これも国の結び付きを強固にする作戦!?

 ベリアル殿を接待賛美したり、ちゃっかりしているなバラハは。

 とはいえ楽しそう! 将軍の足の様子を直に観察したいし、これは行かねばならないのだ!

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