第272話 テナータイトの職人の事情

 職人が戻る前にポーションを弟子に持って来てもらい、品質を確認した。

 悪いという程ではないが、良くもないだろう。ただ公爵のお墨付きのアイテム職人の作品だとは、とても考えられない。これは弟子のかも。

「数はこれだけか?」

 店長の男性が弟子に確認した。

「はい。もう少し作ったんですが、いいのはそれだけです」

「どう思いますか? 試験紙を持って来ていないので……」

「中級と呼ぶには不足ですな」

 セビリノに一刀両断され、持って来た弟子がうなだれている。彼が作ったのかな。

 微妙な空気を引き裂くように、バタバタと音がして女の子が扉を開けた。


「あの、ハーブクッキーです。こんなものしか用意できませんでしたが」

 貴族のお客と聞いて、慌てて買いに行ってくれたのね。

「ありがとうございます、頂きます」

「ああ~! お茶もまだだわ、すみません。もう、暗い顔してないでお茶くらい淹れなきゃ」

「ゴメン、焦っちゃって……」

 接客に慣れていないのかな、緊張しているみたい。バタバタとしているうちに、職人が弟子に連れられて帰ってきた。他の子より年上だから、きっと兄弟子だろう。


「お待たせしました、ちょいと野暮用でして……」

「毎日、野暮用があるのか」

 店長が冷たく言い放つと、職人は不機嫌そうに顔を歪めた。

「それより、どんな品をご所望ですか?」

 強引に話を逸らし、愛想笑いを浮かべてベリアルに問い掛ける。貴族の客はベリアルだと判断したようだ。

「効果のあるポーションを見せよ」

「そうですね、おい鍵付きの保管庫から持って来い」

 弟子に声を掛けて、取りに行かせた。その間に女の子がお茶を用意してくれる。これは近くのお店で売っているハーブティーだそうだ。爽やかなレモングラスの香りがする。


「お待たせしました!」

 兄弟子の男の子が幾つかのポーションをトレイに載せて、職人の元へ運んでくる。さっきのは普通のお客さん用、こちらが上客用か。

 職人はそれを軽く確認して、テーブルに並べた。

「こういった品がございます。中級と上級のポーションです」

 うーん、またほぼ弟子の作品じゃないかな。一つ二つ、マシなのがある程度だよ。これが職人の作品だろうか?

「気に入らぬ」

「そんな、ロクに見てもないじゃないですか。手にとってご覧ください」

 職人がマシなポーションをサッと選んで瓶を差し出そうとすると、瓶がバンッと割れて中身が零れてしまった。

「うわあっ!?? どうなってるんだ!??」

 慌てて手を開き、傷がないか確認する職人。もちろんベリアルの仕業だ。

 指を向けて魔力を送り、器用に瓶を割っている。


 パン、パンと音が続く。全部割っちゃったわ。

 職人も弟子も、驚いて言葉も出ない。ただ凝視していた。

「よくも粗雑な品を披露するものよ。そなたは本当に職人かね? 今はどこへ出掛けておったのかね」

「……そ、それはですね……商談とか色々と……」

 ポカンとしていたがようやく我に返り、しどろもどろに答える。

「先生、本当にどうしたんですか。最近工房に寄りつかないじゃないですか」

「そうだぞ。態度が酷くなり、仕事まで放棄する。そんな有り様で、公爵様にどう顔向けするつもりだ」

 弟子が心配そうにして、店長はここぞとばかりに苦言を呈した。

「うるさい、俺はアウグスト公爵に腕を見込まれた職人だ! お前達の指図は受けない!!!」

 バンと机を両手で叩き、いきどおりをぶつけるように大声で叫ぶ職人。

「……イリヤ、そなたのポーションを見せてみよ」

「割らないでくださいよ、注文されているんですからね」


 私はアイテムボックスから上級のポーションを出した。テーブルに置くと、弟子達が目を大きくして眺めている。

「これ、立派なポーションじゃない……?」

「試験紙がないから分からないけど、先生のより上だよ」

「まさか、俺は公爵様から……」

 職人の顔色が青くなった。さすがにあのポーションには負けないわ。

「ふ……我が師の実力の前に、ひれ伏すが良い!」

 セビリノのキャラが、ベリアル寄りになっている。悪魔の影響だから悪影響なのか。ベリアルも尊大な表情でソファーに深く座り、立ち尽くす職人を見上げていた。

 私のポーションで、なんで貴方達が勝ち誇っているんですか。

「……こりゃあ本当に立派だ。さすがに公爵様が遣わされた方だ」

 これだけ違えば自分にも一目瞭然だと、店長は感心していた。


「こ、公爵様……!?」

「そっ。アウグスト公爵閣下は、君の現状をうれいている。実力不足は理解したでしょ、腕がなまっているんだよ。公爵に献上したのも、弟子のポーションだね? 仕事もしないでどこへ出掛けていたか、白状してもらおうか」

 エクヴァルが追い詰める。職人が袋のねずみになったような。

「先生、嘘はつかない方がいいですよ。お金も使い込んでいますよね!?」

「最近はボク達の給金もろくに払われていないし、何をしているんですか!」

 弟子達までここぞとばかりに声を上げた。毎日出歩いているだけではなく、お金も使ってしまっているようだ。

 工房の弟子は、技術を教わる代わりに安い賃金で働くのが習わしだ。通常の雇用費を払ってくれるような親方もいるのに、それすら払えないのはどういうことなのか。


「黙っていたら、もっと悪いことになる。公爵様から支援の打ち切りを宣言されたら、ここに工房なんて構えていられないぞ。今までそんな事態になった人間はいないんだからな、よほどの問題があったと知れ渡るだろう」

「……先生、もう正直に話した方がいいと思います」

 それまで黙っていた呼びに行ってくれた兄弟子が、深刻な表情をしている。他の子は事情を知らないみたい、不思議そうにしていた。

「…………賭博に、ハマってしまった……」

「……賭博? 合法なんですか?」

 まさかの暴露に、普通に尋ねてしまった。

「合法のカード賭博で、少ない掛け金で遊んでいたんです……。しかし負けが込み、取り戻そうとしているうちに公爵様からの支度金にも手を付けてしまって……」

 それでこの店長から預かった素材を、公爵のポーションに流用したわけか。


「またなんで賭博なんて始めたんですか?」

「……友達に誘われたんだ。賭博といってもカードゲームだから大したことない、頑張って成果も収めているんだから、こういう気晴らしも必要だと……」

 すっかりうなだれている職人。弁解の余地もない。

「バカかっっっ! せっかくの腕を、そんなことで潰してしまう気か!? 偉ぶって威張り散らしているから、褒め言葉でおべっかばかり使うヤツらの口車に乗せられるんだ!」

「先生、お給金は出ないんですか!??」

 店長も弟子も呆れている。経営状態は予想以上に悪くなっていた。工房が潰れでもしたら、弟子には死活問題だろう。

「つぎ込んだ分を取り返して、運営を再び軌道に乗せたかったんだ……。作れば売れるんだ、それは確実なんだ……」

「いいか、そういう連中は賭博場とグルで、金があるのを連れ込む役割をしてるんだよ……。最初に少し儲けさせて、いい気分にさせるのが手口だ。勝てやしないぞ。そんなに負けっ放しじゃあ懲りたろ、しっかり仕事をして稼げ」


 ふむ。つまり、威張っているから褒めておけば機嫌が良くて、騙しやすかったのね。しかも自信過剰だから、負けているとムキになる。

 上手く賭博場に誘って、身ぐるみを剥ぐ算段をされていたわけだ。

「カモってことですか」

「他に言いようがないねえ」

 エクヴァルが笑顔で頷く。楽しい話題でもないと思う。

「頼む、公爵様には内緒にしてくれ」

「そうもいきませんよ。事実を包み隠さずお伝え致します。どうなさるかは、公爵様のご判断次第です」

 レグロに伝えて、報告してもらえば依頼終了だ。一件落着。

 じゃなかった。まだ話し合いは続いていた。


「他にも受けていた仕事があるだろう、そっちはどうなってるんだ」

「それが……前金も使ってしまって……、なんとか借りられないだろうか……」

 問題は進行中だった。納期に遅れるのは、信用に関わるね。さすがに職人も、すっかり意気消沈している。

「トレントの森って、薬草もありますよね。どの程度揃うか解りませんが、ご自身で採取に行かれたらどうでしょうか」

 作れば売れるなら、材料を集めて作ればいいのだ。賭博場に行く時間を採取に当てれば、バッチリ。

「あそこは冒険者でもない職人が入るような場所じゃないぞ! 奥に強いトレントがいて、手前には獣も住んでる」

「ええ……? ほどほどの場所で採取して、トレントなんてストームカッターで切っちゃえばいいじゃないですか」

 走るのに自信があれば、動きの遅いトレントでは追い付けないよ。枝の攻撃範囲に入らないのがポイントです。


「それで良いではないかね。自業自得よ、放り出して参れ」

 ベリアルが同調するから、これは危険行為だったんだ。

 トレントの危険度は私の認識よりも上なようだ。まさか、こんないい場所に住んでいて、気軽に採取地へ足を踏み入れられないなんて。

「だから冒険者を雇えるくらいの金を残しておいて、採取に同行してもらってたくさん採っておけばいいのに」

 店長が言葉を落とす。

 森が近くて日帰り採取も可能なので、その方がよほど効率的に稼げる。初級のポーションだけなら危険を冒すほどでもないかも知れないが、中級、上級となると薬草も高価なものが混じってくるのだ。

「ふむ、資金に問題が。出資者であるアウグスト公爵閣下に再び援助を申請し、裁可さいかを仰ぐしかあるまい」

「そうねえ、私もセビリノの意見に賛成だわ」

「それじゃ間に合いませんし、公爵様がお怒りにでもなったら……」

 職人は当面の資金は欲しいけれど、公爵に頼って悪印象を持たれるのは嫌ならしい。どうせ報告するんだから、もう諦めたらいいのにな。


「印象を落としたって、どうってことないでしょ。既に不審がられているし」

「か、可哀想だよエクヴァル……」

 リニがエクヴァルの服の裾を引っ張った。両手で頭を抱える職人を、放っておけないのだろう。

「ネズミにでも相談するのであるな」

 またベリアルは何を言うのやら。

 と思ったら、赤い爪が示す先には一匹の大きいネズミがいた。

「チュウ」

 ネズミは小さな鳴き声を上げて、人の姿に変わった。

 小さな角に大きなの手、これはレグロと契約している小悪魔のダンだ。


「はひゃひゃあ、出てくるタイミングがなかったでございます。ベリアル様、失礼しました。みんなお久しぶり。レグロが職人の様子を見て来るよう言ってな~。資金ならレグロに相談したら、きっと貸してくれる」

「ダン、ずっといたの?」

 リニは気付かなかったみたい。私も注意していなかったから、全然分からなかったわ。

「へへ、いたよー。事情が分かったから、こっちで伝えておく。助かりました~」

「じゃあこれで解決ですね」

 報告はお任せして、私達は去ることにした。後はここの人達に任せられる。

 レグロが資金を都合してポーションを作り、注文分をこなす。賃金の未払いもあるし、資金難はまだ続くだろう。

 弟子達とも今後の方針について、しっかり話し合うそうだ。


「あの、これで先生もまた工房で指導してくれそうです。ありがとうございました」

「ぼく達も頑張ります。あんな立派なポーションを作れるように」

 弟子達がお礼を言ってくれる。先生が不在じゃ、不安だったろう。

「しっかり学んでくださいね」

「私もまた、やり直すつもりで頑張ります……。ご迷惑をお掛けしました」

 職人は居心地が悪そうに頭を下げた。最初に会った時より、表情の険が取れた気がする。これなら大丈夫かな。


 私達は工房を後にして、少し買い物をしてから防衛都市へと飛び立った。

「ばいばーい、また来てね~」

「今度はウチにも寄ってくださいねー!」

 ダンとレグロが町外れまで見送りに来てくれていた。

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