第271話 テナータイトの職人の調査

 回復アイテムを作って、ついにエグドアルムへ旅発つ。

 魔法治療院用のマナポーション、アレシアの露店とビナールのお店で販売する品物。これらを届けた。


 裏手の土地へ家を増築する計画も進んでいる。

 横の空き地を借りてドヴェルグの作業小屋が作られ、隣には厳重に戸締りできる立派な倉庫が建てられる。近々そこに大理石が運ばれるらしい。一時的な場所なので、用途が済んだら壊してしまう。もったいないくらいだ。

 裏手の土地の造成も始まり、私達の留守中に離れの建築が始まるよ。

 離れと私の住む母屋……になるのかな、離れの方が立派になりそう。この二つを渡り廊下でつなぐ。離れはルシフェル専用だ。ベルフェゴールくらいは泊まれるように、部下用にも一室用意する。

 どこかに立派な城でも建てた方が、いいんではないだろうか。ルシフェルの我がままは色々と謎だわ。

 仕事を頼んだドヴェルグを召喚して、宿で寝泊まりしてもらう。彼らは作業に入ると、家事は一切せずに作業に集中するそうだ。

「では旦那、いってらっしゃいよ。その間に立派なモノを仕上げるぜ……」

「クク、任せた。期待しておるぞ」

 ドヴェルグとベリアルの会話を聞いていると、悪事の相談に感じるから不思議だ。モノって、彫刻とか飾りだよね。


 あとはイサシムの大樹の家に寄るだけね。

「あの、あの。ハヌを、宜しくお願いします」

「大丈夫よ、リニちゃん。ちゃんとお世話するからね」

 リニが頭を下げると、しっかり者のレーニが任せてと胸に手を当てた。

「ええ、安心して。こんな大きなトカゲ、可愛過ぎるわ……」

 ハヌは小屋ごと、イサシムの大樹の家にお引越しするよ。前日もエスメはハヌに会いに来て、リニと餌やりをしていた。ハヌも少しは慣れたかな。

「うおお、トカゲ……!」

 爬虫類が苦手なラウレスが、離れた場所から眺めていた。レーニが呆れて腰に手を当てる。

「アンタに世話はさせないから、心配しないでよ」

「ハ、ハヌは大人しいし、怖くないよ……。とってもいい子なの」

「一緒に暮らしていれば、ハヌの良さが分かるわよ」

 リニがハヌを必死で擁護し、エスメがハヌを撫でている。ラウレスはそれ以上余計なことを言わず、口を引きつらせて何とか笑顔を作っていた。


「帰って来たら、またハヌに会いに来てもいい……?」

「いつでも歓迎よ、ハヌもリニちゃんを待ってるよ」

「シュー、シーーー……」

 今日のハヌはやたらと長く鳴いている。リニと別れるのが寂しいのかな、理解しているのかしら。

「じゃあリニちゃん、そろそろ出掛けましょうか。またね、ハヌ」

「……ヒュー……」

 うん、私のことは覚えていないな。リニだけ認識しているとみた。一緒にお留守番したり小屋や寝床を作ったり、色々してくれていたからなあ。次にペットを飼う時には、私も積極的にお世話しよう。

 キュイは自力で餌を探しているし、どうも世話をするという意識が足りないんだわ。


 レナントでやることを済ませ、エグドアルムへ向けて飛び立った。

 まずはテナータイトへ寄り、防衛都市でアイテムをおろす。時間はあるし、寄り道しながらのんびり行ける。

「ところでエクヴァル、エグドアルムで問題でもあった?」

 ここのところ、国と連絡を取ったり忙しそうなんだよね。婚約披露の話だけじゃなさそう。私達は飛行で、彼はリニを前に座らせてキュイに乗っている。

「……ん~、まあ早くから話しておいた方がいいかな。実は女性が行方不明になる事件が続いていてね。向こうに着いたら、一人にはならないように」

「分かったわ。王都で多いの?」

「王都周辺で確認されている。君の場合は巻き込まれたら王都が危ない。婚約披露を無事におこなう為にも、自衛してね」

「……私が気を付けるのって、殿下の為なの……?」

 心配してくれたんじゃなかった。

「心配してるよ、でも君はベリアル殿と行動を共にすれば、安全でしょ」

 確かにベリアルが絡めば、危険なのは周囲だわ。それは分かるんだけどなあ、もっと親身になってくれてもいいのに。


「師匠、私も護衛致します」

「君は仕事が待っているよ」

 セビリノは一瞬でエクヴァルに撃沈させられた。宮廷魔導師としての予定が、しっかり組まれているようだ。私には特に予定を言い渡されていない。好きにしていていいのかな。

「そなたのような跳ねっ返りの面倒は、我ほどの者にならねば見られぬであろうよ」

「ベリアル殿は私を見捨てるじゃないですか」

「慎重に動けという、我からの忠告である」

 見捨てる護衛とかいないから。ベリアルが絶対に反省しないのは、昔からだ。

「……テナータイトでは、先に商人と接触するんだね」

 エクヴァルが話を逸らしてくれた。ビナールにも相談された件で、商人の自宅と店舗を教えてもらっている。

 必死でアイテムを集めている最中だし、家にはむしろ帰っていないかも。まず行くのは店舗で決定ね。

「グローリア様が回復アイテムを持ち込んでくださると、お知らせしたいわね」

「……信用できるのかな? 来ないんじゃないかな。品質が悪いと、ビナール殿の顔に泥を塗ることになるよ」

 

 グローリアのことになると、どうもエクヴァルが不満そう。

「大丈夫よ。品質もなかなか良かったんじゃないかしら」

「そうですな。師のライバルを目指すには、まだまだまだまだ修業不足です。が、一般的な職人として考えれば、悪い方ではないでしょう」

 セビリノのまだが長い。

 特に方向性も決まらないまま、テナータイトの町が視界に入った。東の山側に広がるのが、トレントの森だ。冒険者が外を歩いていた。

 目指すお店は繁華街の、魔法アイテムや素材屋が軒を連ねる一角にある。相変わらずローブを着た人も多く、お客で賑わっている。以前素材を購入したお店を通り過ぎ、交差点を渡った先にそのお店はあった。

 入り口は横開きの木戸で、看板には魔法アイテム卸売おろしうりと書かれていた。一般のお客は相手にしない、お店に卸すお店だ。

 大口の注文が多そう。反面、多くの職人とつながっていそうなんだけどな。


「失礼する。店主はいらっしゃるか」

 やたらやる気に満ちたセビリノが、店頭から呼び掛けた。ベリアルは後ろでニヤニヤしながら見守っている。

 店内の整理をしていた青年が対応に現れ、背の高いセビリノを見上げた。

「約束のある方ですか?」

「いや。我が師から話がある、早急に取り次ぐよう」

「もしや職人さんでは!? すぐにお呼びします、店長ー!!!」

 青年は喜色を浮かべ、呼び掛けながら店の奥へ姿を消した。見ての通り、アイテムなんて持ってませんよ。変に期待されてしまった気もする。

「持ち込みか!? どなただっ!?」

 青年に連れられ、飛ぶ勢いでやって来たのが店長だろう。


「持ち込みではないのですが……」

 思わず苦笑いがもれた。満面の笑みだった店長は、明らかにガックリと肩を落とす。ため息までこぼれていた。

「……なんだ、実は今取り込んでいてね。話なら彼にしておいてくれ、後でこちらから連絡する」

「いえ、大事なお話が」

「……事情は聞き及んでおります。実はビナール殿の紹介で。貴重な時間を無駄にはさせませんよ」

 私の言葉を遮り、エクヴァルが前に出て戻ろうとする相手を引き止めた。こういう時の笑顔は、リニのお友達のニナに言われたように胡散臭いよね。

「ビナールさんの……! ではこちらへどうぞ。客人に飲み物を用意するように」

 店員に指示を出し、奥にある商談用の部屋へ案内された。なるべくエクヴァルに任せておこう、私が下手な発言をする方がベリアルの思うつぼだわ。


「まず職人から納品をキャンセルされた経緯を、お聞かせ願えますか」

「経緯も何も、素材の不足がないか確認に行ったんです。そうしたらアイテムは公爵様から依頼があって渡した、私が用意した素材も使ってしまったと知らぬ振りで。話し合いにもなりませんでした」

 店員がウンウンと頷きながらコーヒーを置いてくれる。従業員も皆、困っているみたい。棚には見本だろうか、ポーションが並べられていた。

「こういったことは頻繁にあるので?」

「ここまで悪質なのは、初めてですね。納期に遅れたり、弟子に作らせた良くない品が届いたりはあります。いい加減に縁を切ろうにも、結局この辺りでは彼が一番なんですよ……」

 フリーで弟子まで抱えていて、大量発注にこたえられる職人は貴重なようだ。しかも公爵閣下のお墨付き。


「公爵閣下の援助を受けた、というのもやはり影響力がありますかね」

「そりゃあ絶大ですよ。町長も一目置きますし、それだけで知らない人からも信頼を得られます。立派な工房を構えられたのだって、援助があってこそです」

「かなり初期投資をして頂いたわけですな」

「そうです、今の彼があるのは全て公爵様のお陰ですよ。……あの、ビナールさんの紹介では? アイテムを納品してくださるのではないんですか?」

「それは……」

 エクヴァルがチラリとこちらに視線を寄越した。

 よほどグローリアの話題に触れたくないらしい。私はちょうどコーヒーを口に含んだところだったので、慌ててカップをソーサーに戻した。カチャンと鳴って、ミルクたっぷりのこげ茶色のコーヒーが縁に零れる。

「近々グローリア・ガレッティ様という、知り合いの職人が納品に訪問される予定です」

「おお、ご紹介頂きありがとうございます! 三日以内に間に合いそうですか?」

「もうレナントを発っているはずなので、間に合うと思います」

 

 私達は飛んで来たから早い。グローリアも、明日には到着するんじゃないかしら。

「では、問題はあと一つであるな」

 ベリアルがトンと爪で机を叩いた。

「例の職人ですね」

 急に仕切り始めたな。どうするつもりやら。

「職人……ですか? 確かレグロ君が友人を介し、公爵様に実情を伝えてくれたと」

「うむ。我らは公爵閣下より、職人について調査するよう求められたのだ」

「あ! 公爵様が派遣された魔導師様でしたか!」

 堂々としたセビリノに、店長が向き直る。国か公爵家に仕えている魔導師と、勘違いしてはいまいか。

くだんの職人の、普段の態度を見たいのだがね。そなた、アイテムの作製状況でも尋ねて参れ」

「もちろんご協力させて頂きますとも。すぐにでも行かれますよ!」

「では出発ですな、師匠!」

 セビリノが勢いよく立ち上がる。職人の工房は遠くないようで、店長の男性に案内されて、私達も同行した。


 私達が離れた場所から見守る中、店長が扉をノックする。工房からは申し訳なさそうな表情をして、若い男性が扉を開いた。

「アイツはいるか? 少しでも作ってくれたか?」

「それが……、先生はちょっと出掛けてまして……。全部は間に合いませんでしたが、中級のポーションを用意してあります」

 対応しているのは弟子らしい。工房は奥で、覗かれないようにしてある。

「最近いつもいないよな? どういうことだ、これも君達が作ったポーションでは?」

「は、はい。先生は集中できないからと、最近はあまり作られていません……」

 完全に仕事を放棄して弟子任せ。もしかして公爵に渡したイマイチなポーションも、弟子の作品だろうか。監修すらしていないのね。

「こんなにずっと、どこをほっつき歩いているんだ!? 他にも仕事を受けているだろう!」

「お前達がやれば問題ないと、任されてしまうんです……」

 店長から怒られて、弟子が委縮している。可哀想だな、板挟みなのね。弟子から先生を強くいさめることもできないんだろう。


「とにかく呼んで来い、貴族のお客様だと言って」

「貴族の……、はい!!! 今すぐ!」

 貴族の客として、私達が紹介される。そういう打ち合わせをしてあったんだけど、まさかいなかったとは。呼びに走る弟子と入れ違いで、私達も店長がいる玄関へ行った。

 他の弟子が、応接室へどうぞと招いてくれる。職人を待って直接話を聞かねば。

 ソファーでベリアルが足を組み、私も隣に腰掛けた。セビリノは別のソファーで、店長は一人掛けに座る。エクヴァルとリニは立ったまま。

「……エクヴァル、怖いことにならない……?」

「大丈夫だよ、怖かったら外で待ってる?」

「ううん、ここにいるよ……」

 やはりリニも、ベリアルがご機嫌だと不穏らしい。

 職人は仕事の放棄に対し、どんな言い訳をするのやら。

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