第270話 魔法付与と自称ライバルと

 本日の予定は、目の薬作りと魔法付与。これが終わったら回復アイテムを作り、そろそろエグドアルムへ出発する。

 目の薬はクコシ、シャゼンシ、ビャクシ、トウキ、ナンセの実、そして採取したての魚の魔核。これらをセビリノと手分けしてすり潰す。粉にして飲んでもらうのだ。魔核は石を粉にする魔法を使う。これなら楽ちん。

 あとはレシピと、ハーブティーも用意。


 次は魔法付与をする。昨日アレシア達の露店に行った帰りに、ビナールの店へ顔を出しておいた。そこで付与して欲しい宝石と、効果を書いた表を受け取ったのだ。これに従って魔法を付与する。

 部屋をしっかりと浄化してから、深呼吸して気持ちを新たに始めよう。

 まずは攻撃力増強。五芒星ペンタグラムとちょっとした文字を描いた紙を敷いて、宝石を中央に載せる。

「師匠、私もお手伝い致します。見劣りしてしまいますが、師の信頼を得た一番弟子の作を納品されるのも良いかと」

 さり気なく信頼を得たという文言が加わっているな。

 まあねえ、弟子が手伝ったり手分けをしたり、工房で作るアイテムは製作者を選べなかったりするのだ、問題は全くない。むしろ宮廷魔導師が作った方が喜ばれるし、ケチをつけるような人は存在しないのではないか。

「……じゃあ私が攻撃力増強を付けるから、セビリノは風属性強化を宜しくね」

「お任せあれ!」


くろがねは金剛石の如く、線は棘の如く、硬く鋭くあれ。断ち切る力を、粉砕する質量を与えたまえ」


「天高くをかける大気よ、この輝きに宿れ。休むことを知らぬもの、留まることなき風の車輪を廻せ」


 うっかりセビリノが苦手としている風属性の方を任せてしまった。試練だとでも考えたのだろうか、何も言わずに頑張ってくれた。

「次は、と。サファイアとトパーズに回復魔法を付与するのね。サファイアには私が水属性を、トパーズにはセビリノがお願いね」

「はっ! 師の名に恥じぬ仕事を致します」

「……うん」

 ずいぶんと張り切っているな。

 サファイアは深海のように濃く青く輝いている。これに回復魔法を付与し、宝石に魔力を流して魔法の名前を言えば発動するようにするのだ。

 石本体の価格だけでも高そうだなあ、貴族の装飾品にでもするのかしら。

 

 魔法付与が終わると、宝石と目薬を持ってまずはビナールの店へ向かった。今日はベリアルがお供してくれている。高価な宝石を持っているので、護衛は必要だね。

 エクヴァルはエグドアルムへ向かう準備をしているよ。

 店内にはお客がまばらにいる。カウンターで確認すると、ビナールがちょうど店にいた。仕事を頼まれていたことは知っていたようで、店員が執務室へ案内してくれた。

「ビナール様。先日ご依頼して頂いた魔法付与を終えましたので、持参致しました」

「……昨日の今日で、もう終わったのかい?」

 書類と向き合っていたビナールが、顔を上げて不思議そうにまばたきする。

「はい、セビリノと分担して作業させて頂きました」

「これはどうも、ありがとうございます」

 セビリノにペコペコと頭を下げている。威圧感があるよね。


 魔法付与を終えた十個の宝石を確認する為に、机の上に柔らかい布を折りたたんで敷いてくれた。

「こちらが師の作品、これは私の……」

 セビリノが説明をしながら布に並べる。多分相手が知りたい情報は、それじゃない。どの程度の効果があるとか、持続性とかだよ。そちらについては私が付け加えた。相変わらずセビリノの重要度の判断はおかしい。

「今は鑑定できる人間がいないが、お二人なら安心ですな! すぐに支払いをしましょう、用意してくれ」

 コーヒーを出してくれた従業員に指示をして、こちらに向き直る。

「イリヤさん達がエグドアルムへ帰ってしまうと、寂しくなるなあ。しばらくはあちらに滞在するのかい? チェンカスラーに戻って来るよね?」

「はい、家も増築しますし。妹が結婚したので、祝いを届けてきます」

 妹のエリーの婚約者、リボルは私の家に同居してくれている。男手があると助かるよね、安心だわ。

「それはめでたいね」

「ありがとうございます」


「ところでイリヤさん、ポーションは余ってないかい?」

 コーヒーを飲みながら尋ねてくる。

「防衛都市からの依頼もありまして、余分には所持しておりませんが……?」

「そうか、やっぱりなあ。実は私の知り合いが、納期に間に合わないと困っていてね。元々依頼していた職人が、作ったポーションを……、イリヤさんならいいか。援助してくれている公爵様の依頼があって、渡してしまったんだ」

 きっとアウグスト公爵ね。援助を受けている職人だと、パトロンを優先してしまうのは仕方がない。

「……それはテナータイトの職人かね。傲慢な職人に鉄槌てっついを下すよう、公爵より頼まれておるわ」

「鉄槌とまでは仰っていませんでしたよ」

 ベリアルが大げさに教える。いや、本気で痛い目に合わせるつもりかも。


「……テナータイトです。進捗しんちょくを尋ねに行ったら、もう渡してしまって作れないとけんもほろろだったとか。足りない素材の都合をつけたのに、それも使われてしまったと嘆いていて。だが相手が公爵では、苦情を言うわけにもいかない」

「公爵様は奪うような真似までは、されない方だと思いますが……」

 依頼用の材料を使い込んで、作れないの一点張りではどうしようもない。商人は頼まれたアイテムを必死で集めているようだ。

「公爵様なんて俺達には雲の上の人だから、不満を持っていると知られるのも怖いんだよ。他の職人に頼んだり、俺も融通をきかせたんだがね、こんな時に限って大口で。まだメドがつかないようだ……」

 私ももっと作れればいいけど、そこまで余裕がないな。考えていたら、セビリノが質問を続けた。

「その商人も、テナータイトに店を構えているか?」

「店舗があります。自宅は近くにある、小さな村ですが」

「ふむ。師匠、これも問題の職人と同じ人物でしょう。まずは取引のある商人から話を聞いては如何いかがでしょう」

「そうね、普段を知っている人物から証言をもらった方がいいわね」


 本格的に調査っぽいぞ。楽しくなってきたわ。

 商人の自宅と店舗の場所を教えてもらい、先に寄ることにした。手土産にポーションがあった方がいいかな、少しくらいなら融通を付けられるだろう。誰か余分に作っていそうな人、いないかなあ。

 代金を受け取ってビナールと別れ、次の目的はアレシアの露店だ。

 目の薬を作ると伝えてあったので、アレシアとキアラが私の到着を今か今かと待ち構えていた。

「イリヤお姉ちゃん、お薬できたー?」

「ええ、もちろんよ。レシピとハーブティーも用意したわ」

 魔核を使わないで済む作り方にしてある。いつでも手に入るわけではないし、買うと高くつくだろう。レシピと薬の代金を受け取りながら、作る時の注意事項を説明した。


「あらイリヤ先生、露店でお買い物?」

 金の巻き毛に赤い質素なドレス。そして護衛とメイドの三人組。これは。

「グローリア・ガレッティ様。以前は美味しいイチジクを頂き、ありがとうございました。皆で堪能たんのう致しました」

「そうでしょう、男爵領の名物だもの! さて勝負……」

「お嬢、男爵領に立ち寄った職人に勝負だと詰め寄って迷惑を掛けて、男爵様から勝負を禁止されたでしょ」

 私にだけじゃなく、いつもこんな感じなのね。それはそれですごい気がする。

「だーかーら、ここまで来たんじゃないのよ! 衣服の行商人に頼んでやっと連れて来てもらったら、アイテム品評会もフェン公国のお祭りも終わってるし~! 勝負くらいしたっていいじゃない!!!」

 目の前で言い争う二人と、止めようとオロオロするメイド。アレシア達も突然始まった漫才に、キョトンとしている。


「イリヤさん、この人達はお知り合いですか……?」

「師匠に憧れる職人だ」

 ええ……絶対に違うと思うよ。しかしセビリノの目には、本当にそう映っている可能性がある。

「良い質問ね! 私はイリヤ先生のライバルよ!」

 グローリアは自信満々で、私に向けて人差し指をまっすぐ伸ばした。後ろでメイドが止めることもできず、オロオロとしている。

「お嬢、ライバル未満ですよ」

「うるっさいわねラウル、せっかくビシッと決まったのに!!!」

「うごぅっっ!」

 脇腹に肘で突っ込みが炸裂する。護衛のラウルは片手で脇腹を押さえて、痛そうにしていた。

「相変わらずやかましい連中よ。黙らせるかね」

「迷惑ですかね」

 ベリアルが呆れたように手のひらでグローリアを示す。眺めている分には楽しいけど、露店の前だと営業妨害だわ。


「大丈夫ですよ、今はちょうどお客さんもいませんし」

「すみません、すみません」

 アレシアに気を遣われて、何度も頭を下げて謝罪するメイド。本当に大変な役割だ。

「あ、そうだ。もしかしてポーションを所持していませんか?」

「……ふっふっふ。さすがライバル、私のアイテムに興味があるのね! もちろん持ってるわ、中級もあるんですのよ!」

「さっさと売ってくださいよ、お嬢。販路を広げるんでしょ、商人と接触しないと意味ないですよ」

 思った通り、持っているのね。しかも売るつもりなら、それなりの数があるはず。

「実はテナータイトの商人が、ポーションを急いで集めていると相談されたんです。依頼していた職人が他の仕事をしてしまったそうで。それをその方に、お売りできませんか?」


「そりゃ有益な情報をありがとうございます。値段を上乗せできるし、恩も売れる。一石二鳥ですよ、お嬢」

「バカねえラウル、困ってる人に吹っ掛けたりするもんじゃないわよ。でも面白そうな話だわ! テナータイトにはこれから行くし、ちょうどいいじゃない。詳しく教えて頂戴!」

 よし、これでポーションが足りない問題は片付くかな? 例えもう解決していたとしても、そんなに足りないんじゃ、いらないと断られはしないだろう。

 ビナールからもたらされた情報を伝えると、すぐに行くわよとグローリアはズンズン歩き出した。

「ガレッティ男爵領を宣伝しまくるわよ!」

「怖い護衛がいないと喜んだのに、赤い髪のも怖い護衛だった……」

「皆様、お騒がせして申し訳ありません。お嬢様……、あまり問題を起こさないでくださいね」

 三者三様の思いを抱えて、人ごみの中に消えていった。


「イリヤお姉ちゃん……、変なお友達がいるね」

「うーん、お友達なのかしら……???」

 騒ぎながら来て、怒濤のように去っていく。嵐のような人だよね。


 家ではリニとトカゲのハヌが、庭で日向ぼっこをしていた。隣にエスメもいる。依頼を終えて帰って来ているのね。これでいつでもハヌを渡せる。

 グローリアに会ったことを教えたら、エクヴァルがすごく冷たい笑顔をしていた。本当にエクヴァルはグローリアが嫌いだよね。今日は別々で良かったわ。

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