第269話 新メニュー
公爵へのご挨拶が済んだ。アンニカのお店にセビリノを迎えに行かねば。
「イリヤ先生、セビリノ先輩、今度は私からもご挨拶に伺います。ご指導ありがとうございました」
「うむ。この調子で精進するように」
アンニカが店先まで出て頭を下げている。表情を変えず軽く頷くセビリノだけど、この反応はいい感触なんだと思う。お店は営業中なので、お客さん達もこっちを見ていた。
「さようならイリヤ先生、イケメンの皆様」
見習いの子が入り口から顔を覗かせた。
「ではな、ベリアル。お前も真面目に仕事をしろよ」
「しておるわっっっ!」
ちょうどまたお客が来たので、シェミハザはベリアルの返事も聞かずに接客についた。真面目だね。ベリアルは私を見捨てたりしてますよ……。
ついに王都での最後の用事、お買い物だ。
エクヴァルはリニへのお土産を探していて、セビリノは私と素材屋巡りをする。やはり薬草類は少ないな、公爵からもらえて良かった。来年は寒くなる前に、もっと集めておかないといけないわ。アイテム作り放題の日々の為に!
気が付くとベリアルは宝石店の中にいて、やたらと接待されていた。どうせ私がいる場所はすぐに分かるんだから、放っておいていいね。
「イリヤさん、王都でお買い物ですか」
聞き覚えのある男性の声に顔を上げる。Bランクの冒険者で、水色の短髪で青い瞳、軽装のリエトが立っていた。
「はい。レナントでは薬草が揃わないので、用事のついでに」
「私達は王都からフェン公国へ依頼人を護衛して、戻って来たの。お祭りも楽しめたわ」
赤茶の髪に茶色い目の魔法使い、ルチアだ。今日は裾の短いローブの上に、暖かそうなコートを羽織っている。さすがに寒いのね。
「私も行って参りました。なんというか、まあ……楽しめました」
「あ、あの演劇見ちゃったんだ」
やっぱり知ってる人は気付くよね、モデルが誰かって……!
「と、ところでアウグスト公爵の庇護や援助を受けてる人は、多いんですか?」
「うーん、そんなに多くないと思うわ。ちょっとした援助を受ける人はいても、継続的にっていうのは少ないわね」
「ちょっとした援助」
困った時の公爵頼み、みたいな感じだろうか。まず会うまでが難問だ。
「ランクの高い冒険者が、
余計な説明はいらないね、と笑うリエト。公爵は職人や魔法使いを支援しているから、そういう人材を紹介して欲しい人も訪れるのか。
「私ならいつでも付与の相談にお乗りします……、と言いたいんですが、これからいったんエグドアルムへ帰る用があるんですよね」
「大丈夫よ、今は付与してもらう予定がないから。武器や護符を新しくする時があったら、相談するわね」
ルチアがまたねと手を振り、二人は通り過ぎて行った。これから冒険者ギルドで新しい依頼を探すらしい。
ふふふ、お客になってくれるかな。こうやって宣伝するのね。
さて、買い物の続きをせねば。素材屋やアイテムを扱うお店を何軒か回って、乾燥した薬草を手に入れることができた。
「レナントよりは揃うわね」
「左様ですな」
種類も量も、王都の方が豊富だわ。あちらでは売っていない器材を扱っている店もある。
レナントにアイテム職人が少ない理由の一つは、他の町より素材の入手が難しいからかも。最近はフェン公国との交易が盛んになってきつつあるので、これから先はもっと期待できるかな。
「買い物は済んだかな?」
「ええ、エクヴァルは?」
「十分買えたよ」
彼は小さめの手提げ袋を二つ持っていた。私とセビリノも薬草を買い集められたから、満足している。
ベリアルも気に入る品が手に入ったようで、ご機嫌で合流した。
「……そなた、本当に薬草ばかりではないか。他に欲しいものはないのかね」
「ありませんけど?」
買い忘れを確認しているのかしら。バッチリよ。
しかしこういう時は、エクヴァルまで残念な子を見るような目で私を見る。二人ともなんなんだろう。
「……好きなものを買ってくれるって、言ってるのにね」
「え、エクヴァル何か言った?」
「なんでもないよ」
笑顔で誤魔化している。むむむ、あやしい。あの二人は、時々すごく気が合うみたい。何かの策略に違いない。
レナントの家へ帰ると、リニが庭でトカゲのハヌの足を持って、握手して遊んでいる。
「ただいま、リニちゃん」
「お、おかえりなさい。見て、可愛いの」
リニがハヌを抱えて、私達に見せる。ハヌの首には赤い首輪が巻かれていた。
「そっか、ペットにするから印があった方がいいわね」
「似合っている」
装飾品には興味を示さないセビリノも気に入っている。本当にハヌが好きだな、この二人。
「うん、あのね。アレシアとキアラが、目薬のことを聞きに来てね。それで、ハヌが悪い魔物と間違えられて退治されないように、首輪を買ってきてくれたの」
「アレシアとキアラが。後でお礼しなきゃね」
「わ、私もお礼がしたいなあ」
思い切り頷くリニ。尻尾が揺れているよ。
「はい、お土産。他にお客さんは来なかったかな」
「ありがとうエクヴァル、部屋で開けるね。また荷物が届いたよ。あの、フェン公国で買ったものの、前回は間に合わなかった分……だって。あと、ビナールが来たよ。魔法付与した宝石が欲しいって、相談に」
誰も来ないだろうと油断していたら、意外と来客があったのね。これはリニに後でご褒美をあげねば。
「明日、ビナール様のお店を訪ねるわね。後で一緒にアレシアの露店へ行こうね、リニちゃん」
「うん! ……プリン、プリンはどうかな。また喜んでもらえるかな……?」
「いいと思うわ。美味しいもの、リニちゃんのプリン」
「本当……? 張り切って作るね……! 待っててくれる?」
笑顔が眩しい。ハヌは隣で寝ている。寒いからか寝る時間が長い気がする、トカゲの魔物も冬眠するのかしら。
「ええ、もちろんよ。プリンが完成したら行きましょう!」
「あ、ありがとう……!」
リニはすぐにプリン作りを始めようとして、ちょうどいい土鍋がないことに気付いた。イサシムの皆から返ってきた土鍋は五人用なので、大きい。そして私が作ってもらう為に用意した土鍋は、それよりも大きい。
「じゃあまず、土鍋を買いに行こうか」
「うん、エクヴァル」
二人は寝ているハヌをそっと小屋に入れて、手をつないで買い物に出掛けた。
「いいなあ。私も小悪魔と契約しようかな……」
「……そなた、この地獄の王と契約を得ておいて、小悪魔とはなんだね。小間使いが欲しいのであれば、せめて下位でも貴族にせんか」
「貴族……可愛くないですよ……」
独り言をベリアルに拾われてしまった。リニみたいな可愛い小悪魔が欲しいのに、貴族だと可愛らしさがないからなあ。ベリアルや配下を見れば、良く解る。
「師匠、まずは届いたアイテムを確認致しましょう。地下工房へ運ばれています」
リニが地下まで運び入れてくれたんだ。頑張ったね……!
セビリノと地下へ向かい、届いた薬草と買ってきたもの、それに公爵から頂いた薬草も併せて確認する。また中級や上級のポーション類が作れそうだ。しかしアイテム作製は明日から。
これから趣味のお時間よ。火の回復魔法の報告書を、セビリノと眺めて討論会をする。
「ふむ、属性値が足りないと火傷を負う……、やはり扱いが難しいようです」
「範囲設定がずれて、広くなり過ぎた。この辺は気付かなかったわね」
「私も特に操作しづらいとは感じませんでした。詠唱を工夫する必要がありますな」
ハンネスの報告書には、しっかりと発動できたし範囲のわりに魔力の消耗が少ない、と好意的に書かれている。火属性は得意ではないようだったので、魔力操作の繊細さが肝になるようだ。
「毒を消す効果を検証してくれた人もいるわ! 解毒作用もしっかりあるようね」
「朗報ですな!」
毒も消す効果は検証できていなかったから、ありがたい。
「“生命よ火花を散らし、華やいで燃えよ”。この辺りなら変更の余地があるかしら」
「確かに」
修正するのはエグドアルムに戻って、魔法研究所の所長も交えて話し合いたい。二人より三人だよね。
「……あの、お話……終わらない?」
いつの間にかエクヴァルが地下工房の入り口にいて、リニが彼の後ろからひょこっと顔を出した。
「リニのプリンが完成したんで呼びに来たんだ。時間が掛かりそうなら、先に行っているよ」
「大丈夫よ、報告書は全部目を通したわ。続きはエグドアルムでやるから」
「そ?」
エクヴァルがリニの頭を撫でる。リニは嬉しそうに目をつむった。
「師匠、私が片付けておきます。どうぞお出掛けください」
「じゃあ、悪いけど後は任せるわね」
「プリンを持ってくる……!」
リニが元気に階段を駆け上がる。エクヴァルは私を促して、玄関へ向かった。
アレシア達へのお土産を持ち、いざ出陣。
繁華街は人通りが多く、冒険者も歩いていた。一時期フェン公国のお祭りで人が出払っていたが、活気が戻って普段通りになりつつある。
「アレシア、キアラ」
「イリヤお姉ちゃん達と、リニちゃん」
アレシアはお客さんと雑談をしていて、キアラが座っていた椅子から立ってこちらに近付く。よく見れば露店の前にいるのは、宿屋の女将さんだ。お客じゃなくて立ち話をしているだけね。
「あの、あのね。ハヌの首輪、ありがとう。これ、お礼に……プリンを作ったの」
「やったあ、リニちゃんのプリン! すっごく美味しいって、イサシムの皆が自慢してたよ。ありがとう!!」
大喜びで受け取るキアラ。リニも嬉しそうに、はにかんでいる。
「美味しいプリン!!? この土鍋が?」
「ひゃっ!?」
会話中だったのに聞こえたの。女将さんが勢いよく振り向いたので、リニは思わず後ずさった。
「女将さん、急に大声を出すとリニちゃんが怯えちゃいますよ」
アレシアが食い込み気味の女将さんを
「ごめんね小悪魔のお嬢ちゃん、リニちゃんっていうのね。今ちょうど、宿の新しい名物料理が欲しいって話をしていたの」
「土鍋でプリン、作りたいの……?」
リニがこそっと顔を出す。エクヴァルを挟んで会話が続いた。
「面白いわよね、メニューにいいかも」
「じゃあリニちゃんが教えてくれたから、小悪魔プリンだね!」
「悪魔の部屋がある宿のメニューに、小悪魔プリン! いいわ、それでいく!」
キアラと女将さんが盛り上がっている。試食もしないうちに決めていいんだろうか。
悪魔の部屋とは、以前女将さんの宿に私達が泊まっていた時の、ベリアルが使っていた部屋のことだ。勝手に豪華改造をしてしまった部屋をその状態のまま、悪魔の部屋と呼んで使っている。今でも女性客に大人気なんだとか。
どこでどう転ぶか分からないものだ。
少し後から、白い泉亭のメニューに小悪魔土鍋プリン(予約制)も加わった。皆でシェアする楽しいプリンとして、人気メニューになった。
私はアレシアに目薬が明日完成すると伝え、王都で買った薬草を一部、ハヌの首輪のお礼として分けた。今回はすぐ戻って来たし、特にお土産は買っていなかった。
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