第268話 イケメンご来店

「……どうされたんですか?」

 王都の門番が不思議そうな目で問い掛ける。

 ほんの短い時間とはいえ、湖に潜ったエクヴァルはずぶ濡れだ。王都から湖までは、飛べばすぐの距離。それでも徒歩だと時間が掛かる。濡れたまま歩いてくる人もいなかったろう。一応服は絞って、タオルで拭いてある。

「いやいや、まあちょっと。王都で服を買うつもりです」

「ははは、なんだか災難だったようですな。風邪をひきますよ、早く着替えた方がいいでしょう」

 またもや列に並ばず入れてもらえた。庇護をもらっている人は皆、こんな感じなんだろうか。アウグスト公爵ありがとう。


 エクヴァルは服を買いに繁華街へ足を向け、私とベリアルとセビリノでアンニカのお店を訪ねる。

 いきなりで驚かせちゃうかな……、いやアンニカには契約している堕天使の、シェミハザがいた。ベリアルがこの辺りをうろついているのは、すぐに察知するだろう。

 アンニカのお店はもう閉まっていて、店の前まで行くとシェミハザが待っていたかのように中から扉を開けた。

 短い黒い髪に紫の瞳で、白いシャツを着ている。

「どうしたベリアル」

「ほんのついでよ」

「お久しぶりにございます。しばらくエグドアルムへ帰る予定ですので、出立の前にあいさつに伺いました」

 お辞儀をして前に進むと、室内から声が聞こえる。


「じゃあこれお願いします、先生がいらっしゃったの。キリのいいところで、貴女も顔を出してね」

「はい、アンニカさん。アンニカさんの先生かあ、緊張するなあ」

 弟子か従業員かな? アンニカの他にも女性の声がした。

 すぐにベージュよりの落ち着いたピンクの髪のアンニカが顔を出す。作業中だったのね、エプロンを着けている。

「先生、お久しぶりです」

「久しぶり! 調子はどう?」

「お陰様で、魔法の修業以外は順調です。どうぞ、上がってください」

 シェミハザが付いているから心配していなかったけど、魔法は苦手みたいね。ベリアルと違うから、手を抜いていたわけではないだろう。


「魔法はすぐに身に付くものではない。研鑽けんさんあるのみ」

「はい、セビリノ先輩! ……あれ、エクヴァルさんは一緒じゃないんですか?」

「ちょっとね、買い物をしているわ」

 私達の後ろを覗き込むアンニカ。彼女の背後に十代半ばの女の子が追い付き、目を大きく開いて両手で口を覆っている。

「きゃー!!! 美形の洪水……」

「こら、先生達に失礼よ。ちゃんとあいさつしてね」

「は、すみません。まだシェミハザさんに慣れたばかりでして。アンニカさんのお店をお手伝いしてます」

 女の子は薬作りや販売をお手伝いしている、アイテム職人希望の子だった。緊張しているみたいだし、軽い感じで自己紹介しなきゃ。あまり丁寧だと、余計に緊張すると言われた。

「初めまして、イリヤです。こちらは契約しているベリアル殿、それから」

「一番弟子のセビリノという。アンニカの兄弟子だ」

 

 胸を張るセビリノ。セビリノ先輩という呼ばれ方が嬉しいらしい。

「宜しくお願いします。はわわ、紳士なシェミハザさん、クールなベリアルさん、真面目キャラのセビリノさん。……ええわ」

 ええわ? 謎の反応だ。

「すみません、イリヤ先生。この子、美形が好きなんです。私のお店に勤めると決めた理由も、シェミハザさんがカッコイイからで……」

「そうなの。理由はともかく、真面目に働いてくれたらいいわよね」

 ちょっとおかしな子だけど従業員を雇えるようになったし、アンニカのお店は順調なようだ。シェミハザがいればトラブルに巻き込まれても大丈夫だろう。

「この子もお店を持ちたいって、アイテム作りも真剣に取り組んでくれてます。シェミハザさんと契約して彼がお店に出るようになってから、女性客がぐんと増えたんです。先生のお陰です。毎日忙しくて、とても充実していますよ」


「アンニカが元気に仕事をしていて良かったわ。アウグスト公爵にもあいさつして行こうかしら」

「それでしたら師匠、その間に私がアンニカの指導をし、相談があれば乗っておきましょう。行ってらっしゃいませ」

「ありがとうございます、セビリノ先輩!」

 セビリノなら任せて安心ね。ベリアルはシェミハザと話をしていたが、公爵邸には一緒に来るようだ。

「こんにちはー」

「あ、エクヴァルだわ」

 着替えたエクヴァルだ。出るところなので、残るか行くか聞いてみよう。


「イリヤ先生のお友達ですね」

 女の子がサッと動いて、エクヴァルを迎え入れる。

「やや、可愛らしい子が増えたね」

「あああアンニカさん……っ、イケメン追加……! イケメン追加です~!」

 なんだか扉を開けただけで倒れそうだ。本当に大丈夫なんだろうか。

「ねえエクヴァル、公爵邸に行くんだけどエクヴァルはどうする?」

「……今から? 夕方になるから、明日の方がいいんじゃないかな」

「あ、確かに。じゃあ宿を探して、明日の午前中にするね」

「宿は確保してあるよ」

 さすがエクヴァルだわ。もう少しお話ししてから、宿へ行くことにした。

「将来はイケメン盛り盛りなお店を作るぞ~!」

 女の子が固い決意を叫んでいた。


 次の日。セビリノは昨日約束したので、一人アンニカのお店へ。今なら宮廷魔導師の指導が無料で受けられます。

 私達はアウグスト公爵のお宅へ向かった。

 公爵邸の門の前には新品のキレイなローブをまとった人がいて、門番に入れて欲しいと訴えている。公爵に支援をお願いしているのだ。執事が言葉を交わし、首を横に振った。希望者全員に会っていられないものね、門前払いになる人も多いのね。

 ローブの人物はしばらく粘っていたが、やがて諦めて肩を落として去っていった。

 姿が見えなくなるのを見計らって、門番に声を掛ける。いらっしゃいませとすぐに門扉もんぴを開いて、居合わせた執事が応接室へ案内してくれた。

 応接室にはアウグスト公爵も、ハンネスと侯爵級悪魔キメジェスも、既に揃っているではないか。ベリアルが魔力を放出していたので、キメジェスが気付いて準備してくれていたんだろう。


「ようこそ、さあ座ってくれ」 

「お久しぶりです、ベリアル様」

 明るく迎えてくれる公爵。キメジェスは緊張の面持おももちで、うやうやしくあいさつをする。

「うむ」

 ソファーに座る私の隣に、ベリアルが足を組んで腰掛ける。エクヴァルは脇に立ったままだ。

「本日はどういったご用件でしょうか」

「用がなければ来てはならぬのかね」

 なんでこう、揚げ足取りみたいな答え方をするんだか。

「エグドアルムへいったん帰るので、ごあいさつに参りました。以前こちらでお世話になったロゼッタ様が、婚約なさるんです」

「それはめでたい! 祝いの品を差し上げねば」

 公爵が早速、侍従を呼んで祝いの品を用意するよう命令している。

「あの掌底を嬉々として学んでいた令嬢か……」

 しみじみと呟くキメジェス。

 ロゼッタが武道を学び始めたのは、ここで悪魔にそそのかされてからだった。そのお陰もあってエグドアルムの王妃様と仲良くなったし、世の中何が幸いになるか分からないものだな。


「ところでイリヤさん、エグドアルムへ帰るなら防衛都市は通るかね?」

「はい。筆頭魔導師のバラハ様から頼まれた品もありますので、寄る予定でございます」

「そうか、それならちょうどいいな。防衛都市に送る品があるから、ついでに届けてくれないか」

「お引き受け致します」

 公爵の指示で使用人が運んできたのは、箱に入ったポーションだ。公爵は魔法アイテム職人も援助しているから、防衛都市で回復薬などの物資を掻き集めているのを知って、用意していたのね。


「これを頼めるかな」

「喜んで。……中級のポーションですか?」

「いや、上級のハズだが」 

 上級……? それほど魔力を感じない。かといって、中級レベルというわけでもない。素材不足のせいなのかな。ポーションを取り出してじっと眺めても、やはり上級には思えなかった。

 セビリノも来てもらえば良かったな。公爵が援助している職人だよね、迂闊な発言はできない。

「……やはりそう判断されますか? 私も少々、おかしいと……」

「ハンネス、何故これを出された時に言わない」

 公爵よりも、キメジェスが不快感をあらわにする。ハンネスはすぐに公爵に向き直って謝罪した。

「申し訳ありません。彼が公爵閣下の援助を受けられると決まった時に私も同席していましたし、その時のポーションはとても良い出来でした。今更ケチをつけるようで、口にするのがはばかられて……」


「良いかハンネス。黙っているのは公爵への裏切りだ」

「まあまあキメジェス殿、ハンネスは相手の立場も考えたのでしょう。ポーションも品不足の折だ、下手なことを言って引っ込められても困る」

 ハンネスも品質がイマイチだと感じていたようだ。確かに本人の目の前だったら、すごく指摘しにくい。

「どういった方が作られたのですか?」

「ああ……、元々は意欲に満ちた男だった。しかし私が援助するようになり周りがもてはやすようになると、いつの間にか高慢になっていたらしい。仕事までおろそかにするとは」

「権力を手に入れ、傲慢になる。よくあることですな」

 エクヴァルが何度も見てきたと、頷いている。


「私の友人の、レグロの紹介なんです。最初はレグロに感謝して真面目に仕事をしていたんですが、近ごろは公爵閣下との縁をつないだレグロにさえ、威張り散らすようで……」

 苦笑いするハンネス。

 レグロはハンネスと同じ召喚術や魔法の塾で学んだ商人で、のんびりした小悪魔ダンと契約していた。薬草や薬を取り扱っていたな。

「……私の威光を笠に着て威張り散らすのでは、これ以上援助はできない。そろそろ誰かに確認させねばな。そうだイリヤさん、テナータイトだから防衛都市への通り道だね。できれば様子を見てもらえるかな」

「公爵閣下、もしあの職人がイリヤさんに失礼をしたら、ベリアル殿が黙っていませんよ」

 了承しようとした私よりも先に、ハンネスがすかさず止める。確かにそんな横柄な人が相手じゃ、場合によってはベリアルを宥めるのが大変になるかも。

「確かにそうか……」


 皆の視線がベリアルに集まった。彼は構わず、優雅に紅茶を飲んでいる。

「我は構わぬがね。礼儀を教えれば良いのであろう、小娘を躾けるよりも楽な仕事である」

「私の指導は、ほとんどクローセル先生でしたが」

「……クローセルの失敗であるな」

 失敗とは失礼な。いい先生でしたよ。

「あ~……、工房は繁華街の、素材屋が多い通りの近くだ。レグロ君に詳しい場所を聞いてくれ。結果を伝えてもらえば、報告をくれるだろう」

「危ない状況になりそうでしたら、公爵閣下のお名前を使わせて頂きます。すぐに態度を改めるでしょう」

 エクヴァルがお任せくださいと、手を胸に当てて礼を執る。

 とりあえず寄って反応をうかがうことにした。顏を知らない相手の方が、取り繕わないだろう。


「ところでイリヤさん、火属性の回復魔法を開発して、魔法会議で発表したんだって? ペイルマンのお嬢さんから聞いてね、送られてきた報告書を私が預かっているよ。会議で公表するくらいだから秘密ではないと思って、先に読ませてもらった」

 魔法会議で一緒だった王宮魔導師、エーディット・ペイルマンのことね。もう報告書が届いていたとは。これは家でセビリノとじっくり読もう。

「ありがとうございます、問題ありません。むしろハンネス様もご意見を聞かせてください」

「私の感想も入れてあります」

 これは楽しみ! いいお土産ができたわ。

「あと、今は薬草が手に入りにくいだろうから、持って行きなさい。それからこれも」


 防衛都市に運ぶポーション、炎の魔法の報告書、薬草。

 それに加え、公爵家の紋章の入ったメダルを入手した。これは庇護を与えた中でも、公爵が人柄や腕前を認めた人物にしか渡されないそうだ。もちろんハンネスも持っている。

 今回揉めそうなら使っていい、ということだろう。平和に済んだらいいな。

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