第276話 雷、降る降る
地上の魔法使いから乱射されたアイスランサーが尽きて、セビリノのプロテクションも切れた。
前にいる魔導師二人はベリアルに攻撃魔法を使っていたが、簡単に防がれていた。
「この程度かね! 次は我の攻撃の番であるかな?」
「くっ……、どうやって防ぐ!?」
「こちらのプロテクションは軽々と破られるが、それ以上の魔法を今から唱えて間に合うのか……」
「オレが時間を稼ぐっ!!」
魔法剣士がベリアルに突撃し、まっすぐに斬りかかった。詠唱する時間を稼ぐ為とはいえ、悲壮な表情をしている。貴族悪魔を相手に人間一人で突っ込むのは、自殺行為だ。そもそもベリアルは貴族でもなく、意地悪な王なのだ。
やすやすと剣を受け、切り結んでいる。
「下からの攻撃もやまないし、収拾がつかないわ……」
「……師匠、新手です。予告した者達では?」
セビリノが示す方向からは、二人が空中を移動してきていた。
魔導師と悪魔だわ。悪魔は下位貴族で、人に似ていつつも異形な部分があった。
「さらに敵影を発見! 今度は地上にも、二つの部隊の接近を確認!」
「おや、先遣隊でも送りしましたか?」
「そんなはずはないのだが……、我が国の者ではないようだな。気にする必要はない、まとめて始末すればいい」
「哀れなことですね」
悪魔は愉悦を含んで、ニヤリと笑った。
背が高く細身で、腕が長く目が灰色。口は長く裂けている。特に武装はしておらず、ヒラヒラしたコートが風になびいていた。
どうやら彼らは、町ごと全てを破壊する計画らしい。こちらも話し合いには応じないだろう。何故、誰も耳を貸してくれないのか。言葉のなんと無力なものよ。
「魔法を唱える、ヤツらの相手は頼んだ」
「しっかり賃金分の働きはしますよ。同族もいるようです、ご注意召され」
ベリアルは魔力を偽装しているから、同じ下位貴族と判断されている。敵対して構わないとの判断だろう、強さに自信があるのかしら。
詠唱を開始した魔導師を守るように、悪魔が前に出て槍を構えた。
「備えろ、広域攻撃魔法を使ってくるぞ……!」
「く……っ! こんなに高位の魔導師を投入してくるなんて、本気で町を破壊し尽くすつもりだ!」
私達は攻撃魔法すら使用していないのに、とんだ濡れ衣だわ。
とはいえ、広域の魔法では巻き込まれてしまう。勝手に防がせてもらおう。
「セビリノ」
「は、師匠。お任せを」
え、どんな魔法を使うのかしらって、相談しようとしたのに。
本当に、誰か私の話を聞いてください!
「アイツらも攻撃魔法の範囲内じゃないのか? 同時に仕掛けるつもりでは!? 捨て身なのか、それとも秘策でもあるというのか……!?」
深読みして疑うなんて、思い込みの激しい人達だ。彼らは防御魔法を使う為に、町へ下りて壁の上に立った。
魔法剣士はベリアルの相手をしてくれている。訪れた悪魔を意識してベリアルが剣だけで戦い、魔法を使わないでいた。魔力を行使して、自分だと悟られない為だろう。戦いながら低い場所に誘導して、上手く隠れるんだなこれが。
また何か意地悪を企んでいるのか。
「……四つの風の協演を聞け、ぶつかりて高め合い、大いなる惨害をこの地にもたらせ! デザストル・ティフォン!」
悪魔の契約者が、四つの風の魔法を唱えた。
広域攻撃魔法の中では威力が小さく、発動させやすい魔法だ。これはかく乱が目的だろう。選択範囲には町の中心部から兵が集まっている区画が入り、特に地表に強い風が吹き始めた。
「なるべく低く伏せるんだ、防御魔法を使える者はすぐに使用しろ!!」
「散らばるな、固まれ!」
兵達は飛ばされないよう、なるべくギュウギュウに集まって身を低くした。端にいる人が、盾で飛来物を防いでいる。
強風が吹き荒れ、物や屋根の一部が吹き飛ぶ。私達は自分達だけを防御魔法で守り、彼らは町を守ろうとしている。悪魔まで連れてきて、これで終わりにはならないはず。まだ小手調べだろう、相手の様子を注視した。
契約者は杖と護符を使って魔力を増幅しているだけではなく、悪魔からも魔力が供給されている。
「……効果が上がらない」
「器用に防がれていますねぇ」
風が弱まり、魔法の効果が途切れた。大きな混乱はない。
「このままいくッ! 輔佐を頼んだ」
「ふ……ふふふ、さあこれからが本番ですよ」
もっと強い魔法を使うのね。風の魔法を選んだし、次も風か雷にするのかしら。もしくは水?
大きく息を吸い込んで、
「……くるぞ、
どんな魔法を使うのか、見当が付いているみたい。魔導師達は町の魔法使いと協力して、防御魔法を広く展開するようだ。私達も高度を下げよう。セビリノに顔を向けたら、静かに頷いた。
おや、ベリアルがいない。きっと顔見知りの悪魔なのね、どさくさに紛れて隠れちゃったよ。
「暗雲、中空に漂い広く闇にて覆い尽くせ。万雷、惜しみない喝采を世に満たせ。稲妻、蜘蛛の巣のように張り巡らせ、雲に火花の網を張れ」
雲がわき出て日が遮られ、閃光が走る。雷の魔法だ。ただ、知らない詠唱なのよね。これは独自開発しているものかも。広域攻撃魔法を使うかと思ったけど、威力重視にしたのかな。
町の上に雲が増えて伸び、雷の魔法にしては範囲がやたらと広いのが気になる。あちこちで雷が鳴っていた。
「神聖なる名を持つお方! いと高きアグラ、天より全てを見下ろす方よ、権威を示されよ。見えざる脅威より、我らを守護したるオーロラを与えまえ。マジー・デファンス!」
魔導師達が協力して唱えた魔法専用の防御魔法は、町全体を包む程だった。雷なのに、やはり広域攻撃魔法なの?
セビリノも同じ防御魔法を使用する。
敵の詠唱が長い、これはかなりの威力の魔法が放たれるのだろう。発動前に詠唱を止めれば防げるが、悪魔に守られている魔導師を短時間で倒すのは不可能に近い。防御が遅れれば被害が甚大になるかも、専念するのは正解だ。
「懲罰の輝きよ、割れたガラスの如く砕け散り、鋭く地へと突き刺され。
空はいよいよ、日暮れのように暗くなった。雲が沈み、雷鳴が重なっている。
これは普通の魔法とは違う。冷たい風が吹き、小さな氷が地面で跳ねた。ヒョウだ。魔法の副産物だろう、あくまで狙いは雷だわ。ゴロゴロと鳴り続け、光が星座のような線を描く。
雲の中心から、ついに雷が街の中央付近へ落ちた。耳を塞ぎたくなるような大音量で、防御の壁にぶつかって激しい光が辺りを真っ白に染めた。先駆けを追うように、さらに幾つもの閃光が突き刺さるように地面へ落ち続ける。
「雷、どれだけ落ちるの!?」
最初の一撃を合図に、町のあちこちへ落雷が続いている。防御の切れた場所や破れた場所に閃光が走り、火の手が上がった。
セビリノに私が魔力を供給して、魔法を補助して範囲を広げた。町も守れるようにだ。彼らの防御魔法は、ほとんど破られてしまっている。
空ではバチバチと音を残しながら、雲が薄くなっていった。ようやく終了かな。
幾多の雷に襲われたにしては、被害は最小限で済んだと思う。それにしても雷の広域攻撃魔法、これはまた興味深い。魔法は神秘だわ!
魔法の終了を確認して、一部の兵が素早く走り出し消火活動を始めた。相手方の魔法を研究していたのね、それで予測して備えていたに違いない。なかなか統率の取れた行動だわ。
魔法を唱えた敵の魔導師は、マナポーションを飲んで補給していた。これはかなりの魔力を消費しそうな魔法だ。
「ここまで防がれるとは……」
「……最初の防御は崩れたのですが、強い魔導師がいますね。あの男女、邪魔でしょう」
「任せた、後続も追い付いて来てるからな」
悪魔が離れる。駆け付けた魔法騎士二人が、代わりに魔導師の護衛に就いた。地上部隊が町に接近しているのかも。これは本当に戦争になるのでは?
それよりも悪魔が、無関係の私達に向かって来るよ。
「師匠、防御を……」
「必要ないわ」
「いい覚悟です、さあその命を捧げなさいっっ!」
右腕を振り上げ、悪魔の口角が上がる。
「どういうことだ、あの魔導師達は敵じゃないのか?」
「しまった、とんでもない勘違いを……」
町の兵達がやっと理解してくれた。すぐに弓を
「うがああぁ!?」
突然、悪魔の体が火に包まれた。人体発火ならぬ、悪魔体発火現象だ。
……じゃなくて、ベリアルだわ。
「フィロタヌス。我の契約者を手に掛けるつもりかね?」
燃える悪魔の後ろに、真っ赤なシルエットのベリアルが立った。
「ま、まさ、まさかベリアル閣下……」
火は一瞬で消え、焦げた悪魔からは煙がくすぶっている。
恐る恐るゆっくりと振り向くフィロタヌスの目には、冷たい双眸を輝かせて不機嫌そうに腕に火をまとまりつかせた、ベリアルが映った。
「そなたの契約者は、我にも攻撃魔法を向けたな。よもや、
「滅相もない、閣下がいらっしゃるなどと、露にも思わず……、ゲホッ、ご容赦くださいませ!!!」
燃えたばかりなので喋るのが辛そう。ベリアルの配下だったんだ……、これはそれ以上に大変そうだわ。どうりで最後まで隠れているわけだ、どうして配下を
空中で土下座するフィロタヌスに、全員がポカンとしている。
「あ、あの……フィロタヌス殿……」
契約者が震える声で、名前を呼ぶ。
「……この方は私の主にあたる方です。失礼のないよう……」
「ええええええっ!???」
大騒ぎだ。町の方でもザワザワしている。私達もどうしたらいいのか解からない。
「あの……町でお話をしませんか……?」
町の魔導師が、気を遣って誘ってくれた。人目も多いし、悪魔を土下座させているのは体面が悪い。
「移動しましょう、ベリアル殿」
「そうであるな。誰かのお陰で、宿がまだ探せておらぬ」
宿どころか、町では消火活動がまだ続いているんですよ。壊れた建物の修繕などは、明日になってからだろう。
魔導師に案内され、フィロタヌスは身を縮めながら最後尾を付いて来る。刑場に送られるような深刻さだ。
エリゴールくらいだったら、“閣下、酷いですよ”と笑って済ませるかも知れないが、下位貴族は王との接点が少ない。ようやくお目に掛かれる王を攻撃していたなんて、身も細る思いだろう。
フィロタヌスの契約者は魔法騎士に事情を告げて、地上部隊の撤退を促した。ここで攻めたら壊滅確定。
私達が案内されたのは、領主や賓客などを迎える特別な建物だった。
「宿泊場所をお探しでしたら、こちらにお部屋をご用意します」
「助かります、お世話になります」
管理人が指示を出し、すぐに準備をしてくれている。にわかに屋敷内は活気づいた。保全しているとはいえ、掃除もし直すのね。これは時間が掛かるだろう。
扉の向こうに視線を向けていたら、魔導師があ~と声を出し、言いにくそうに言葉を発した。
「……その、とても今さらなのですが……。……あなた方は、どなただったのでしょう……?」
「通りすがりの魔導師です」
そうそう、知らずに攻撃を仕掛けたんだもんね。
他に言いようがないな、うん。
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悪魔メモ
フィロタヌス…ベリアルの助手を務める。人間を男色に走らせる悪魔。
ベリアル殿が色欲系に分類されるからだろうな~
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