第277話  一方、エクヴァル君とリニは(エクヴァルside)

 魔法戦が始まったな。雷撃を放った音がした。

 少しして空に暗雲が集まり、更に強い雷撃の魔法の使用を伺わせた。

 このくらいなら、イリヤ嬢達なら問題ない。彼女のことだ、あの場を離れず応戦しているに違いないね。

 町を守る連中が、数人相手に広域攻撃魔法を選ぶはずもない。

 広域攻撃魔法が発動されたのなら、それは本当に予告していた敵が接触したという証。地上部隊の姿も遠くにあった、この町を制圧して、本格的に戦争を始めるつもりだと考えていいだろう。

 敵が全てを想定して仕掛けているのならば、援軍の到着も読まれているね。それまでに全てを終了させる計画だと仮定できる。ならば援軍の位置は、敵の地上部隊よりも町への距離が遠いはず。


「エ、エクヴァル。私、邪魔じゃない……?」

 リニが不安そうに問い掛けてくる。

「大丈夫、我々は偵察するだけだから。イリヤ嬢を巻き込んで戦闘にでもなったら、目も当てられないよ」

「王様、怒るかな……」

「楽しみそうな気もするねえ」

 貴族悪魔が絡んでいるなら尚のこと、遊びなんじゃないかな……。

 町はこの国の南西側にある。道は北に延びていて、途中で分かれ道が幾つかあった。東は森だ、主要な都市は北かな。援軍が来るとしたら、北側からか。

 街道を進んでいると、遠くに影を発見した。アレが援軍だね。キュイが突然、何かを避けてクルリと飛ぶ。


「人が乗っている!? 敵か?」

「いやいや、いきなり攻撃してから確認? 切羽詰まってるなあ」

「エクヴァル、どうしよう……。キュイ、大丈夫?」

「キュイイン」

 リニがキュイの背を撫ぜた。キュイは頷いて、元気に鳴く。

 確認しに来ただけだけど仕方ない、敵じゃないと知らせておくか。

「矛を収められよ。私はエグドアルム王国所属の騎士、エクヴァル・クロアス・カールスロア。フェン公国より帰国の途中だ」

 こちらはまだ聞く耳を持っていそうだから、名乗りを上げた。今回の事態に関係ない人間だと、最初に理解してもらわないとね。

「エグドアルム? 確かにエグドアルム使節が、以前この国を通ったと聞いている……」

 フェン公国まで取引の為に出向いたのは、知れ渡っているだろう。ならばそちらのフリをすれば、信じやすいはずだ。男性は少し考えて、すぐに頷いた。


「うん……、近隣にワイバーンを騎乗にするものはいなかった。しかし……、何か証明できるものは」

「あるけど、ここでは示せないよねえ」

「それもそうか、いったん降りるか」

 こちらはわりと、すんなり通じたね。

 地上には軍が隊列を組み、列を乱さず進んでいる。なかなか訓練されている。

 彼は降りるとすぐに、列まで戻った。高価な軍服をまとい胸に勲章を幾つもつけた、上官とおぼしき人物へ近付き耳打ちしている。勲章をつけた女性の馬が足を止めると、軍全体の進行が自然と止まった。女性の指揮官だね。気難しそうだが、話が通じるといいな。

 説明が終わると指揮官は咳払いをし、こちらを探るように睨んだ。

「……我が国は現在、町を明け渡さねば占領するとの宣戦布告を受けている。このような非常事態に、偶然通り掛かったと言うのか?」

「その通りです」


「……それを信じるとして、貴殿は単独で行動しているの?」

 よし、早くも尋ねてくれた。勝手にペラペラ喋っても、言い訳のようで怪しいからね。質問に答える形にすれば、相手も聞き入れやすい。

「いえ、魔導師二人と、うち一人が契約している悪魔が同行しています。彼らは先の町で、まさに今おっしゃった宣戦布告の相手と勘違いされ、町からの攻撃を受けております。早急に仲裁して頂きたい」

「まさか……⁉ 本当ならば大変だわ。無駄に敵を増やすことになる」

「猶予がありませんね……! 私が先に参ります」


 最初に声を掛けてきた魔法騎士と私が、一足先に町へ向かう。

 指揮官に軽く会釈えしゃくをして、黒猫に変身したリニを肩に乗せ、キュイにまたがった。この方が早いからね。

 町にはついに敵が到着したようだ。風の広域攻撃魔法が使われたんだろう、板などが吹き飛んでいる。魔法が途切れた合間でないと、近寄れないね。

 飛行しているうちに冷たい風が強くなり、漆黒の雲が町の上空に集まり始めた。どんどんと増えていき、町を覆うほどにまで広がる。

「きた! ついにきたぞ……、広域攻撃魔法だ!!」

「どのような魔法か、ご存知で?」

「敵国が開発した広域攻撃魔法だよ。広範囲に無数の雷を落とす、厄介な魔法でね。彼らには防ぎ切れないだろう……。町に使われて防御を破られると、火災に繋がる危険がある」

 家にある火の属性が入った魔石に雷が届いて砕けると、短い時間だがかなりの勢いで炎が噴き出す。雷による火災の、一番の原因だ。火の魔石は魔石式コンロや、暖房器具などに主に使用される。


 魔法騎士の男性は悔しそうに空を睨み、唇を噛んでいた。イリヤ嬢もいるから心配ないかな、しかし町からは雷撃をお見舞いされている。こちらはどう出るか。

 それにしても、雷の広域攻撃魔法とは初耳だ。これはイリヤ嬢が喜ぶね。

「どのような魔法を開発して、今回使うであろうことまで把握しているとは。優秀な間諜かんちょうを育てておりますね」

「昔から揉めている国だからな。上もかなり神経を尖らせている」

「では、悪魔について聞いても?」

「……下位貴族なのは確かだ。悪魔が上納金が足りない分の埋め合わせをしたいと言っていて、契約したらしい。途中で投げ出したり、人間との交渉に応じたりはしないな……」

 そこまで調べているのか。

 やはりベリアル殿が出れば、即時解決だね。もちろん彼は、こじれるまで待つつもりだろう。厄介な性格をしているよ……。


 雲からは雷が垂直に町に落ち、それが水滴が落ち続けるように重なっていた。かなりの数で、全て防ぐのは厄介だろう。落雷の光に細い煙が照らされる。防ぎ切れず、危惧していた火災が起きているかな。

「くっ……、これ以上近寄れない……」

 稲妻がどこを走るか分からないし、魔法の範囲内には入れない。町の外でいったん止まって、様子を窺った。

「途切れるのを待つしかありませんな。まさか、広域攻撃魔法を連発はしないでしょう」

「そうだとは思うが、……歯がゆい……!」

「ニャッッ」

 一際大きな音で雷が落ち、猫の姿で肩に乗っているリニの毛が逆立つ。


「終わりのようだな」

「ですな」

 音が遠くなり、雲が周りから剥がれるように消えていく。

 私達は注意深く町へと入った。火の手が上がった場所では、消火をしようと人が集まっている。真っ二つに裂けている木もあった。

 不意に町の外から、何かが飛んでくる。

 悪魔だ、今度は悪魔が攻撃するのか?

 その先には……。

「悪魔が……、女性と男性の魔導師を狙っている?」

「あー、終わりましたね」

「何をのん気な!!!」


 次の瞬間、悪魔は火に包まれた。ベリアル殿、イリヤ嬢が狙われるまで待っていたのかな。どういう護衛なんだろう。

「さて、我々はどうしますか」

「え、いや、あれ……、……え???」

 さすがに、すぐには理解が追い付かないね。悪魔は火から逃れるや否や、空中で土下座をしている。衆人環視の土下座、イヤなものだな……。

 謀反を、と聞こえてきた。ベリアル殿の直接の配下か、可哀想に。

 彼女達は町の魔導師に連れられ、立派な建物へ入って行った。戦いを継続する意志は誰も持っていない。攻撃に打って出た悪魔の代わりに、襲撃側の魔導師の護衛についたばかりの魔法騎士が、引き返している。地上部隊を止めるに違いない。


 私はまだ状況の掴めていない魔法騎士に同行し、防衛隊の隊長に状況を聞きに行く。もちろん彼も、正しい状況なんて把握していなかった。

 我々がエグドアルムへ帰国の途中で、敵の悪魔は我が国の魔導師が契約している悪魔の配下に過ぎなかったと説明すると、顔を青くしていたよ。関係ない魔導師を攻撃した上、それが備えていた脅威よりも遥かに危険なものだったのだから。

「では、皆様のところへご案内します」

「お願いするよ」

 魔法騎士が急に丁寧になった。彼の中で私達の認識が、危険な悪魔の関係者、に格上げされたかな。


 入り口で守備をしている兵に告げると、直角に頭を下げた。

「どうぞお入りください、この度は大変失礼致しました」

「いやいや、大変だね。もう攻めてこないだろう。そうだ、君は援軍に知らせに戻った方がいい」

 ここまで行動を共にしていた魔法騎士に告げると、こちらもガバッと頭を下げる。

「お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えて、失礼します」

 彼はそそくさときびすを返した。私は一人で入室した。

 貴賓を招く部屋だろう、広くてテーブルが三つある。壁には彫刻や絵画が飾られ、真っ赤なソファーには、これまた真っ赤な悪魔ベリアル殿が座っていた。足を組み、両腕を背もたれに掛けてふんぞり返っている。威嚇しているのかな。

 隣にはイリヤ嬢が、普通に背筋を伸ばして座っていた。セビリノ君は別のソファーにいて、悪魔はベリアル殿の斜め前の床に正座している。

 

 叱られているのかな、俯いたままだ。

「やや、派手なことになったね」

「あ、エクヴァル。そっちは大丈夫だったの?」

 イリヤ嬢が私を気遣ってくれる。素直に嬉しいね。リニは猫の姿のままで、静かに肩に乗っていた。

「こちらは問題ない、援軍には我らが無関係と理解して頂けた。ま、状況は確認したし、引き返すんじゃないかな」

「そうなの、良かったわ。こっちは誤解が解けなくて攻撃されたから、町の人にもすごくたくさん謝罪されたわ」

「攻撃ねえ。話し合いは無理だから、戦いたくなかったら去るように伝えておいたと思うけど」

「仕方なかったの、話も通じなかったし」

 だいたい予想通りの行動だ。そもそも誤解が解かれなくても、問題ないんだよね。


「だから放っておいて逃げれば、追い掛けてまでは来なかったんだよ。防衛してるんだし。そもそもほとんどの人間は、君達には追いつけない」

「え??? 知らないふりして、飛んでっちゃえば良かったの……?」

 うん、このポカンとした表情が可愛い。私は確かにそう伝えたよ。

「そ」

「阿呆。一方的に仕掛けられて、逃走などできるかね」

 ベリアル殿は逃走したくないだろうからね。分かっていて知らないフリだし、セビリノ君は師匠に従いますって感じだからなあ。


 ま、こういう結果になるよね。

「あとは悪魔の処遇かな?」

「そうであるな。イリヤ、そなたはフィロタヌスにどのような罰が相応しいと思うかね」

「ええ……、罰ですか? ベリアル殿と遊んでくださったんで、むしろお礼をされたら如何いかがでしょう」

 イリヤ嬢の感覚って、どうなってるのかな。アレが遊びなら、本当に迷惑で嫌な遊びだよ。罰と聞いて、悪魔フィロタヌスは震えているよ。

「それが殺されかけた人間の言動かね……?」

「殺されませんね、ベリアル殿がいらっしゃいますから」


 なんだかんだで、イリヤ嬢はベリアル殿をかなり信頼している。無意識みたいだけど、ベリアル殿は内心喜んでいるね。機嫌が良くなったし、大した罰にはならないで済むだろうな。

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