第67話 お土産のうろこ

 皆のリーダーを努めたSランクの剣士、セレスタン・ル・ナン。貴族ではなく、豪商の息子らしい。

 メイスを装備したAランクの、光属性魔法を使うパーヴァリ。四元では土属性が得意だそうだ。


 お互い簡単に自己紹介をした後、最初は皆で情報のすり合わせをおこなった。一通り終わってからセレスタンはエクヴァルと打ち合わせをしていて、私はパーヴァリとの会話を楽しんでいた。


「光属性や闇属性の攻撃や防御の魔法を使う人間は、少ないですからね。特に闇は珍しい」

 嬉しそうに喋るパーヴァリは、ちょっとお堅い感じの、でもいい人だ。ベリアルは私の横に座って黙って紅茶を飲んでいる。

「そうなんですよね、お話しする相手がいなくて。やはり消費魔力の多さでしょうか」

「それもあるでしょうが、学べる機会がないですね。光属性の内で特に神聖系は悪魔と戦う者が学びたがるが、闇を選ぶ人は少ない。今回は申し訳ないが、大変勉強になりました」

 彼は神聖系を得意とする、光属性を専門に教える先生に習ったらしい。悪魔と戦った経験もある先生は天使と契約をしていて、基本的には門戸もんこを閉ざしているから、弟子入りするのに苦労したと教えてくれた。


「シエル・ジャッジメントは消費魔力量は多いですけど、かなり使える魔法ですよね」

「そうなんですよ! 対悪魔に欠かせない! アレを防いだ魔法はなんですか!?」

「スレトゥ・エタンドルですか。さすがに防ぎ切れておりませんでしたけど。あれは、死の国への七つの門を潜り、その度に魔力を宿す装飾品を外す……という神話になぞらえた、魔力を消していく魔法なんです。本来なら完全に消えて、闇属性が場に溢れるのです」

「なるほど……。しかしSランクの方の力も借りていたこちらとしては、アレだけ削られてしまうとは、完全に私の負けです」

 敗北を宣言しながらも、彼は笑っている。確かに私も、あんな魔法戦は普通できないので、とても面白かった。次は光属性を使う側に回ってみたいな。


「しかも雷撃や氷の魔法まで、本当に多才な方だ……! あの氷の魔法もまた見事で、まさか防御を破られるとは!」

「アレはですね、真ん中の柱にだけ魔力を多くしておいたんです。みんな柱が三つあると、全部同じくらいの強さだと勝手に思うんで、あざむけるんですよ。わりと使いやすい魔法なんです」


「……すっごい気になるんだけど!! 本当に何をしてきたの、君達……!」

 ソファで向かい合う私達のテーブルの脇に、エクヴァルが立っていた。後ろではセレスタンが苦笑いしている。

「彼女は、SランクとAランクの魔法使いを一人で相手してた。しかも結界魔法まで簡単に破った、ものすごい知識量だ」

「イリヤ嬢……死海に行ったハズなのに、結果がおかしい」

 セレスタンの説明に、エクヴァルはもう訳が分からないよと、ため息をつく。


「あ、そうだった。死海だったわ。忘れないうちに渡しておくね、お土産よ」

 私は黒い鱗をエクヴァルに渡した。

「ありがとう……、でも鱗かあ。使わないなあ、私……、ん? ……んん??」

 受け取って、尋常ではないと気付いたようだ。あえて前情報ナシで渡してみたんだけど。ベリアルも面白がっている。

 エクヴァルは鱗を両手で持って、固さや厚みを確認したり、重さを確かめるように上下に振ってみていた。

「いや、その鱗……黒い……竜ではないか? とんでもないモノのような……」

 私の目の前に座っているパーヴァリが、鱗を凝視している。

 セレスタンは脇から鱗に触れて、感触を確かめた。

「固いな。黒い竜か。まさか、ヨルムンガンドだったりするか?」

「いや、それはこの前採取したから違うと解る。もっと……、もっと上じゃないか、コレ!?」

 その言葉を聞いたパーヴァリが、指をさして肩を震わせる。

「……海!! 海の魔力だ! これは……ティアマトの鱗!!?」


「く……、ははは! しかり、ティアマトである!!」

 本当に愉快そうに笑うベリアル。

 三人とも驚いて、目を見開いている。


「え!? なんで死海でティアマトの鱗? まさか、戦ったの君達……!??」

「阿呆が! あのような災害ともいえる力の持ち主と、戦うわけがあるまい!!」

 エクヴァルの反応も尤もだ。どこをどうしたらティアマトの鱗になるのか……、私にも未だに理解できていない。

「本当にティアマトなのか!? ……ほ……欲しい……」

 声を震わせるセレスタン。竜の鱗を装備に使う人なら、誰でも喉から手が伸びるほど欲しいだろう。ティアマトの鱗は硬くて防御に優れているだけじゃなく、魔法に対する耐性も大きいのだ。ただちょっと重い。


「ベリアル殿がティアマト様の息子さんとお友達だったみたいで、頂きました。偶然会っただけですし、一枚しかありませんですよ」

「お友達……とな。どうにも微妙な表現であるな」

 お気に召さなかったらしい。他に表現のしようがないんだけど。


「……もしや、そのベリアル殿という悪魔は、地獄の……公爵か、王で……いらっしゃいませんか……?」

「なんだそなたら、気づいておらなんだか。我は“炎の王”だと申した故、解っておると思ったわ」

 そうなの!? 私も王って知っても戦うんだ、なくした方がいいチャレンジ精神だなと思ってたわ! 質問してきたパーヴァリも、やっと呑み込めたセレスタンも、戦慄している。

 地獄の王にとんでもないことを仕出かしてくれたからね……。


「我は地獄の皇帝サタン陛下の直臣にて、五十の軍団を束ねる王である。覚えておけ。ああ、アレの話はするでないぞ。人の身に知らせるものではない」

 なんだか投げやりな名乗りだ。“暗黒の支配者”は、本当は見せたら良くないものだったらしい。

「また気になる話題が……! うわあ、本当に行けば良かった!!!」

 エクヴァルはなぜか鱗を顔に当てて、数回コンコンとおでこにぶつけている。かなり硬い鱗なので、痛いんじゃないかしら。


「チェンカスラーでは公爵閣下お抱えの魔導師が侯爵クラスの悪魔と契約されていて、それが最高位と噂だったので……。まさか、それよりも上とは思わなかった」

 ようやく皆少し落ち着いてきて、パーヴァリが重い口を開いた。事の重大さが、身に染み過ぎてしまったようだ。

 ベリアルは楽しんでいたみたいだし、問題ないんじゃないかな。

「“炎の王”は単なる称号で、さすがに実際の王だとまでは考えなかった」

 参ったなと、セレスタンが大きな手で頭を掻いた。悪魔の爵位の錯誤さくごは、戦う際にかなりの痛手となる。爵位が一つ違えば、実力に大きく差が出るから。

 とはいえ普通に考えても、王クラスの悪魔と契約してるとは思わないよね……。

「仕方ないですよ! それより、あの結界はなかなか興味深いものでした。アレクトリアの石とは、いいものを使っているなと感心致しました!」

「ウウ……改めて考えると、やってしまった感が……」

 称賛したつもりだったのに、ネガティブ!

「そういえば、あの護符は何だったのだ? チラッと目に映ったが」

 セレスタンは過ぎてしまったものは仕方ない、という感じだ。あの昏い霧の中から、護符が判別できていたのか。目がいいなあ。 


「アレは惑星の護符です。タリスマンの上ですね」

「……イリヤ嬢、使うのはいいけど作り方は教えないでほしい。秘匿技術だからね」

「教えないわよ。説明するのがわりと面倒なんだもの、コレ」

 ソファーは二人掛けが二つなので、エクヴァルは私の後ろからソファの背もたれに身を乗り出している。

 私の隣では、ベリアルが涼しい顔してクッキーを口に運んでいた。

 セレスタンは惑星の護符は知らなかったようだが、パーヴァリは目をパチクリさせて私を凝視している。


 気になるようなので、使った護符を取り出して披露した。

「これですけど」

「本物の……惑星の護符!! すごい、まさか実物を拝めるとは……!」

 大げさだなあ。あんまり作る人いないのかな? 惑星の影響を考えて作製しないと効果が上がらないから、作れる時間が限られている為、作るのが面倒な護符なんだよね。

「今回みたいな時はとても役に立ちますけど、万能章を一つ作る方が、汎用はんよう性があっていいですよ」

「どちらも簡単に作れませんっっ!」

「頼むから! 何でも気軽に話さないで、イリヤ嬢!!」

 パーヴァリとエクヴァル、二人に叱られてしまった。ベリアルはニヤニヤしている。


 そういえば私の家には、お客様用のベッドなんてなかった。

 二人は宿に泊まり、明日エクヴァルと一緒に公爵のところへ行く予定。


 私達も行くつもりだったんだけど、その日の夜、とある異変が起きてそちらに向かうことになった。ベリアルの宝石に込められた、守りの魔力を使われたのが確認されたのだ。

 以前、エルフのユステュスに渡したブレスレットだ。エルフの森で何か起こったらしい。あの時はちょっと考えたらずだったかなと反省したけど、渡しておいて良かった。

 もし大したことじゃなかったら、ついでにマンドラゴラを譲ってもらえないか、交渉してみようと思う。

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