第62話 サバトへの招待状

 ある昼過ぎ。一人で家にいる時だった。

「こちらに悪魔の方、それと契約者、いらっしゃいますよね?」

「……はい? ベリアル殿にご用ですか?」

 ノックされて扉を開けると、立っていたのは人間でいえば十二歳位の姿をした、悪魔の少女だった。黄緑の髪で角が生え、褐色の肌に明るい緑色をした瞳。

「貴女が契約者? これ、案内状。今度サバトが開かれるの。普通の飲み会みたいなものだから、良かったら来てね。三日後よ」

「これはご丁寧に、どうもありがとうございます。是非参加を検討させて頂きます」

 頭を下げて手紙を両手で受け取ると、悪魔の少女は照れたように笑った。

「あたしにこんな丁寧な人、初めてよ。貴女って変わってるのね」

「そうですか?」

 中に入ってお茶でもと誘ったが、手紙を渡しに来ただけだからと、少女はすぐに帰ってしまった。まだ他にも回るから、と言い残して。


 

 そしてサバト当日の夕方、私はベリアルと一緒に会場のある森へ向かった。ちなみに以前ルシフェルにからかわれたので、“閣下”とは呼ぶなと言われた。

 エクヴァルは冒険者の仕事をすると言って、二日前から出掛けている。そして向かった先は、例の絡んできた伯爵の領地。ちょうどいい依頼があったらしい。


 今回のサバトは、森の奥深くでひっそりと開催される。サバト自体が初めてなので、普段がどうかは解らないのだけど。

 近くまで行って空から降りると、他の参加者らしい人と悪魔が連れ立って歩いていた。

「こんばんは、サバトへ招かれた方ですか?」

 中年の女性に挨拶をしたら、にっこり微笑んで頷いた。

「そうよ、初めて見るお嬢ちゃんね」

「今日が初参加です。緊張してしまって」

「初参加なの! いい日に来たね、今日はなんと! 王がいらっしゃるらしいの。楽しみね!」

 思わずベリアルに視線を向けたが、サバトの主催に教えてはいないみたい。

「王、ですか。どなたか気になりますね」

 興奮気味に話す女性に連れられて、サバトの会場へ行った。


 会場では、入口で招待状のチェックをしていた。チェックといっても、軽く確かめるくらいなもの。

 いくつかテーブルが置かれていて、食べ物や飲み物が用意してあり、地面にシートが敷いてある。奥にある席は、その地獄の王の為のものらしい。森には不似合いな革張りの豪華な椅子が一脚あり、横には脚に細工のあるサイドテーブル。

 それと魔王の契約者用らしき綺麗な椅子、他にもその左右に三脚ずつ椅子が置いてあった。その前には丸い小さなテーブル。

 ベリアルはどうしたらいいんだろうと考えていると、執事に見える五十代くらいのスマートな男性が、こちらに近づいてくる。

「こんばんは、お二方。こちらの方は爵位を持った方でいらっしゃいますね? もし宜しければ、そちらの椅子にお座りください」

 なるほど、突然来た貴賓の為に椅子が多いのね。でもどうしよう、もし魔王がベリアルと同等とかだったら……。メインの椅子は一つしかない。

「では、座らせて頂くかね」

 高慢に笑い、優雅な足取りで椅子に向かう。他の参加者達があの方はどなた、と憧れの眼差しを向けている。

 ああ……、何も問題が起こりませんように。


 ベリアルの隣の椅子に、私も座らせてもらう。すぐに会場中の視線が集まった。

 興奮した悪魔の一人が足を組んで座るベリアルの前に進み出て、突然ひれ伏した。

「ベリアル様ではございませんか!! まさか、このサバトにいらっしゃるとは」

「招待状を頂いたのだよ。ちょうど退屈であったのだ」

「まさか、本日いらっしゃる王がベリアル様だとは!」

 この発言に、一部の観衆がざわついた。

 そうなのである!

 王が二人になってしまうのだ。まずい、椅子をもう一脚、しかし間に合わないと焦っている時だった。

 中央に二人が空から降り立った。

 豪華なコートにスキンヘッドの、高身長でガッチリ体型の男性。その逞しい腕に支えられ、寄り添うように掴まっている、露出が多いイブニングドレスを着た胸の大きな女性。黒い長い髪が艶やかで、とてもキレイ。

「こんばんは、皆さん。お誘いありがとう。ダーリンも喜んでいるわ」

「この中でも君が一番美しい、ハニー。今夜は良い夜になりそうだ!」

 悪魔と人間の恋人同士なんだ。ダーリンとハニー! 初めて聞いたわ、その呼び合い方。


「王だと申す故、誰かと思えば。貴様かね、アスモデウス」

「……てめえ、ベリアルじゃねえか! 地獄へ帰ったんじゃなかったのかよ!」

 うわあ、最悪! 仲が悪い人だったようだ!!

 周りの皆も困っているんだけど……! 魔王同士を止められるわけがない。

「ダーリン、どうしたの? お友達なら紹介して」

「君が気にする相手じゃないよ、ハニー。今日の主賓は俺達だからな!」

「……はっ。主賓が聞いて呆れるわ、相変わらずの色ボケだ」

「てめえこそ、貧乳を連れてやがって! 巨乳美女が羨ましいか、ロリコンが!」

 私の扱い、なにそれ!? そんなに大きくないけど、貧乳ってほどじゃないと思う。それにもう、二十四歳です!


 下らないけなし合いが、ヒートアップしてる……。

 ハニーと呼ばれた美女が、戸惑いながら私の方へやって来た。

「あなた、彼の契約者よね? どうなってるのか解る?」

「申し訳ありません。招待状をもらって来ただけなので、私も驚いてしまって……」

「……困ったわね、魔王同士が争ったら大変なことになるわ」

「そろそろ魔力を使いそうな雰囲気になってきましたね。止めるしかありません」

 私はそう言いながらアイテムボックスの中からマジックミラーを取り出し、幻影の召喚の準備を始めた。

「まさか……、他にも王と契約してるの!??」

「いえ、ベリアル殿が問題を起こしたら仲裁してくれる、という約束をしてくださった方がいらっしゃいまして。皆様に、失礼のないようにとお伝えください」

「助かるわ、主催の方にお知らせしてくるわね」

 巨乳美女は、わりと常識的ないい人だった。地獄の王の契約者なんて滅多に会えないし、できれば早く解決させて色々とお話ししたい。


「異界の扉よ、開け。偉大なる御名のもと、この鏡に幻影を映し出したまえ。お姿を現しください、地獄の王ルシフェル様」

 キラキラと小さな光が集まり、だんだんと増えて人の形を作っていく。

 プラチナよりも輝く銀の髪に水色の透き通る瞳、白いローブに身を包んだ天使のように美しい、温和な表情をした青年の映像が現れる。

 周りの人々は頭を下げつつも、チラチラとこの見目麗しい悪魔を覗き見ていた。


「やあ、人間の娘。またベリアルが問題を起こしているようだね」

「はい……。サバトに招かれたのですが、折り合いの悪い方がご一緒なったようで」

「アスモデウスか。相変わらずだ、彼も仕方ないね」

 苦笑いをして、ルシフェルは二人の方を向いた。

「二人とも、少しは落ち着きなさい。迷惑を掛けないように」

 先ほどより音量を上げてやんわりと諭すが、ヒートアップしている二人には全く届かなかったようだ。


「前々からテメーは気に食わなかったんだよ!」

「結構なことではないか。貴様などに好かれたくはないわ」

「だいたい俺を色ボケとかぬかしやがったが、邪淫の罪に堕として二つの町を壊滅させて笑ってやがった、テメーに言われたくねえわ!」

「ははは、色欲でおのが身を滅ぼしかけた貴様とは、訳が違う故な! 我には真似できんわ!」

「……やるかこの野郎!」

「このような場所で、無様な姿を晒さない方が良いのではないかね?」

 そう詰め寄りながら、二人は魔力を高めて攻撃のタイミングを計っている。


 ……怖い、ルシフェルの笑顔が怖い。

「……人間の娘。君、ルキフゲ・ロフォカレを屈服させた術があったろう。アレで二人を止めてみなさい」

「屈服と言えるほどのことでは。それに、さすがに王を二人となりますと……」

「……それとも、私の手を煩わせるのかい……?」

「いえ! 全力でやらせて頂きます!!」

 さすがに地獄の王、迫力があるわ……!


 私はカバンから万能章と、杖代わりの棒を取り出した。

 巨乳美女も、こちらを興味深そうに眺めている。他人の手段が気になるのは当然だよね。


「精霊の力、この符に宿れり。万能章よ、大いなる偉力を余すことなく発揮せよ!」


 万能章からは視覚的にも映るほどに、濃い魔力が湧きたち始めた。ほおおと感心するような声が、どこからともなく耳に入る。

 その魔力を棒に集め、悪魔への支配力に変えていくのだ。

「アグラ、サバオト、エル・シャダイ!! 至高の名において我、イリヤが命ずる! 地獄の王ベリアル及び、地獄の王アスモデウス! いさかいをやめ、静まれっ!!!」

 神秘なる神の名を唱え、前回よりも強制力をアップ。この万能章を使う時は、力強く命じないとならないんだよね。呼び捨てとか大丈夫だろうか……。


 バチンと大きく何かが弾け、二人の高めていた魔力が急速に失われたのが感じられた。なんて効果絶大なの!

 二人は一瞬顔を見合わせて、一斉に私の方を振り向いた。

「テメエ! ベリアルの契約者が!! 邪魔しやがった上に、俺の名を呼んで命令したな!」

「イリヤ! そなた、この男だけでなく何故、我にまでするのだ! 思い知らせるチャンスであったに!」


「……君達。彼女ではなく、私が直々に止めるべきだったかな?」

 笑顔でご立腹する青年の姿を目にして、二人の顔色が一気に変わった。

「ルシフェル様……!」

「ルシフェル殿……!」

 どちらもこの方には弱いらしい。これで私が咎められることはないだろう。安心した。


「君達には呆れるよ。このような場で魔力まで使って、争いを起こそうとは」

「いえ、それはこのベリアルのヤツが……」

「よく言うわ、貴様こそ生意気な」

「……いい加減にしたまえ! 先ほどは私の言葉を無視し、今度は私の言葉に不満があるのかい? 随分と偉くなったようだね?」


 ちょっと語気が荒くなっただけで、ものすごい威圧がかかる。幻影なのに。

 二人とも小さくなって、素直に謝っている。

「失礼いたしました……」

「これ以上はせぬ……」

「……全く君達は。私はこのような、交流の場としてのサバトを推奨している。それを汚そうというのかい? だいたい王が二人、雁首並べて実に嘆かわしい」

 滅多に見られない、叱られる地獄の王二人。悪いけどちょっと面白い。

 ベリアルもアスモデウスも、もうハイしか言葉がない。


「……さて、せっかくのサバトに水を差すのも無粋だね。人間の娘、私も招待してくれるかい? 久々にサバトの空気を味わうのもいいだろう」

「あ、えと…」

 私が主催者をちらりと窺うと、コクコクと大きく首を縦に振っている。断るわけないか。

「私が召喚をいたして、問題ないでしょか?」

「君の術はなかなかに見事だった。君に任せよう」

 できれば別の人を指名してほしかったけど、これでは私がやるしかないか。既に衆目を集めているし、恥ずかしいな。

「ありがたく存じます」

 私はすぐに道具を用意して、座標になる円と五芒星を書き、四つの名前を書き入れた。気持ちを整えて、呪文を唱える。


「呼び声に応えたまえ。閉ざされたる異界の扉よ開け、虚空より現れでよ。至高の名において、でませ地獄の王、ルシフェル様」


 円から輝く光の柱が出現し、輝きは天まで昇るほどに伸びていく。その中からあの秀麗な悪魔がおごそかに姿を現した。

 ミラーの幻影でも十分に素晴らしい姿だったが、実際に出現すると更に存在感があり、神々しいほど美しい。これが悪魔なのか、と思う程に。

 周囲からはため息が漏れ、なぜか拝んでいる人もいる。

「なるほど……ストレスなく来られる。君は腕のいい召喚術師だ」

 なんと褒められた。巨乳美女もすごいわね、と手を握ってくる。


 一つしかない豪華な椅子にはルシフェルが座り、左右にベリアルとアスモデウスが陣取るという、豪華サバトが開催された。

 今回のサバトに来た人は、それはもう盛り上がっている。どんどんとお酒が注がれ、ダンスを披露したり、歌を歌ったり。三人の王に一気に芸を披露できる機会なんて通常ないので、順番の取り合いさえ起きている。

 三人の地獄の王には挨拶に来る人がひっきりなしで、ケンカをする暇がなくて良かった。まあ、間にルシフェルを挟んで争うことはないだろう。

 特に滅多に人間の世界に姿を現さないルシフェルの参加に、皆が歓喜している。さすがに話し掛けにくい様子ではあったけど、麗しいお姿を拝見できただけでも果報だと、誰か解らないけど失神しそうなほどの喜びようだ。


 私のところにも、主催の男性があいさつに訪れた。

「ありがとうございました! 一時は本当にどうなることかと……。それがこのように素晴らしい会になるとは!」

 男性は喜色満面で、滅多にない王が三人も臨席したサバトに、気分が高揚している。

「お力になれたようで、安心いたしました。全てルシフェル様のおかげでございます」

「いえいえ、貴女の術はとても完璧でした! まさか王、お二人の魔力を封じるとは……!」

「万能章という、強い護符を持っているのです」

「聞いたことがない護符ですな。しかし本当に素晴らしい!」


 私も他の悪魔との契約者と、色々話ができた。

 サバトに来るような人は皆、悪魔と良好な契約を得ている。まだ契約のない悪魔、悪魔と契約を結びたい人なども、交流の場にしているそうだ。たまに契約成立があるとか。

 招待状がない人は、持っている人と一緒に来なくてはならない。若しくは主催を探して、自分からもらわなければならない。ちなみに、契約している悪魔と一緒なら、飛び入り参加もOKになる。

 悪魔は招待状がなくても参加を歓迎していると、教えてもらった。


「さて、人間の娘。君の術を使わせたのは私だ。何か褒美をあげよう」

 唐突にルシフェルが私に提案してきた。ベリアルは何だか誇らしげにして、周りの皆からは羨望の眼差しが向けられている。

 そしてこれは、断ると怒られるイベントだ。

「ほ、褒美ですか。どのようなものを……?」

「そうだね。私に渡せるものなら、どんなものでも良いよ。財宝はこのベリアルからもらえるだろう、他の物にしなさい」

 ん? ベリアルから財宝? くれるんだったっけ?

 とにかく、欲しいものを考えてみる。うーぬぬ。


「僭越ながら申し上げます。私は魔法アイテム職人をしております。実はアムリタに使う海水はどのようなものがいいか、悩んでおりまして。そのことについてご存知でしたら、ご教授願いたいのです。」

「アムリタね。難しいものを作っているね。それならば死海や塩湖のような、魔力が濃く集まったものがいい。塩分が強すぎるようなら薄めて」

「あああ! ありがとうございます、是非試させて頂きます!!」

 私は胸の前で祈るように指を組んで喜んだ。これは有益な情報だ!

 エグドアルム周辺に塩湖はないから、考えが及んでいなかった。


「……実物を与えなくていいのかい?」

「それはベリアル殿と探しに行きますので! もう、今すぐにでも飛んでいきたい気分です!」

「……変わった娘だね、ベリアル」

 情報を貰ってはしゃぐ私を、ルシフェルは笑って眺める。ベリアルはちょっと苦笑いしてる。

「こやつのことは、我にも理解しかねる」


 その後もサバトは朝まで続き、私には死海に関する情報を教えてくれる人がいて、とても嬉しかった。

 最後の挨拶はルシフェル。

「飛び入りして申し訳ないね。とても楽しいサバトだった。これからも、皆仲良くするように」

 にっこり笑って、ベリアルとアスモデウスに顔を向ける。

 二人は引きつった笑顔をしていた。

 参加者からの惜しみない拍手と歓声に見送られ、私がルシフェルを地獄へと送還した。これでサバトはお開き。


 巨乳美女は私もベリアルの恋人だと勘違いしていたから、違うとキッパリ否定しておいた。彼女は悪魔の恋人が欲しくてサバトに参加し続け、ゲットできたのがアスモデウスだったという。王をゲットとか、すごいわサバト!

 彼女の職業は“魔女”。私は知らなかったんだけど、これは大陸の南にある国の一部では、まだ残っている職業なんだって。しかし国によっては差別の対象になってしまうとか。難しいんだな……。

 また連絡を取りましょう、と握手して別れた。

 ちなみに彼女は飛行魔法が使えないので、アスモデウスの腕に抱かれながら飛ぶんだそうだ。そしてそれが、とても幸せだとか。

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