第61話 まだ王都に居ました
公爵邸を発った後、私達は王都を出て誰もいない場所で馬車から降ろしてもらい、こっそり戻ってきた。そして更に一泊する。公爵家の馬車から降りるところを見られたら、目立っちゃうからね。
まだ全然、観光していない。馬車から眺めただけでも沢山のお店があった! さすがに王都。
飲食店、洋服屋、雑貨屋、宝飾品のお店、家具屋、魔法アイテムを売るお店。とにかくなんでも揃いそう。
その中でも今日は黒い看板を探して、魔導書店にやって来た。防衛都市でも行ってみたけど、やっぱり魔法関係が気になる。防衛都市のお店よりも広くて、棚に表紙側を見せて飾ってあるものも多く、手書きの説明札まで添えてあったり。そしてカウンターの横には、魔法の相談受け付けますと書いてある。
ただ事前に聞いていたように、セビリノの著書はここにはない。
そしてやはり全部知っている魔法で、広域攻撃魔法は一つも置いていない。やっぱり広域攻撃魔法の知識って、簡単に売ったり教えたりしちゃいけないのかな?
研究と討伐ばかりしていたから、世間一般的な立ち位置が解らない……。
「いっぱいあるねえ。何がいいかな……」
意外にもエクヴァルが真剣に選んでいる。
「魔法、あんまり使ってないみたいだったけど?」
「やっぱりあった方が便利だったよ。お勧めってある?」
冒険者としてここまで来る間に、必要になることがあったのかな。確かにあれば便利だけど、どんな魔法を使うか知らないんだよね。
「普段はどんなのを使ってるの?」
「ん~、攻撃だとストームカッターが使いやすいけど、両手での掌相が困るんだよね。浄化、水の回復の中級、ブレスの防御と、補助中心に、必要なのはそれなりに」
「私はラヴァ・フレアなんて好きだな。貴方の魔力量だと他の魔法が使えなくなりそうね。ファイヤー・レディエイト……、もっと消費を抑えるならファイヤーボールかしらね」
私が火の攻撃魔法の棚に移動をしようとしたが、エクヴァルはなぜかその場に立ったままだった。
「……なぜ、火系を勧める……?」
「エクヴァルが得意だからでしょ。公爵様の実験施設でこっそり練習してたのを見ちゃったのよ。あの時、風属性を使ったのに火の
エクヴァルは私の説明に、難しそうな表情で耳を傾けている。
「それは……誰でも見抜けるもの、なのかな?」
「少なくともセビリノ殿や、研究所の上の人たちは気付くわよ。これが全然解らない人は、エリクサーもソーマもろくに作れないもの。四元の呪文だって、完成させられないわ。自分で使うのならともかく、他人の魔法では感じられないっていう人も多いけど」
「……そういう、ものなのか……」
小さく呟いて頷いた。あんまり知られたくないようだ。理由があるのか、単に秘密主義なのか。
「悪いね、その三つは本当は知っている。使わないだけで」
「……ごめんなさい、知らないふりをするべきだった?」
「いや、……教えてくれてありがとう」
実のところ、例え
まあ、気付けるのも同じようなレベルの人ってことになるかな。
感知できない人は、自分の得意属性すら理解していなかったりする。
「……これだと不公平ね。じゃあ、私も教えるわ。私が得意なのは水なんだけど、契約の効果かなのか、火の魔法も効果が強いの」
「ていうかイリヤ嬢、全属性がかなり強くない? 私の目には得意属性との差が解らないよ……」
「まあね、強い方よね。得意なのは消費魔力も違うのよ。でも、もう一つ」
他の人から自分の魔法がどう見られているかは、そういえばあまり聞かないな。
「……もう一つ?」
「光属性も得意よ。浄化以外、あまり使わないけどね」
これはあまり知られていないと思う。使わない理由の一つが、一緒にいるのがベリアルだから。光属性は嫌がるし、その中でも神聖系と呼ばれる魔法を使うと空間が浄化されて、悪魔の力が弱まってしまう。
だいたい闇と光の属性って、地水火風の四元の上位属性で威力が強いとはいえ、消費魔力が大きいので、そんなにどんどん使うものでもないし。そして初級は補助系しかない。
エクヴァルはというと、瞬きをしている。そんなに意外だったかな?
「やっぱり、ありませんか……」
「はい、お取り扱いしておりません」
会話が途切れたところで、本棚の向こう側から女性の声が聞こえた。
「はああ、ここでもダメか……」
「申し訳ありません」
どうやらお客さんと店員の会話のようだ。欲しい魔法がなかったのね。
「昨日のパーティーで女性の方が使っていたって言うから、あるのかと思った……」
それは、もしかして私? てことは、正体を暴く魔法?
どうしようか考えたけれど、声を掛けてみることにした。
「あの……どういった魔法をお探しで?」
「あ、騒いでしまってすみません! 本当の姿を見せるような魔法があるらしかったので、探していたんです」
やっぱり私だ。エクヴァルがどうするの、って目で見てる。
放っておけないかな。
「それなら知っていますよ。お教えいたしましょうか?」
「いいんですか!? それは助かります……!」
とりあえずお店では良くないだろうから、移動することにした。近くにあったオシャレな喫茶店に入り、冷たいハーブティーを注文する。
「この魔法ですよね?」
私は紙に書きだして、相手に渡した。相手は十代後半くらいの、オレンジ色の髪をした女性。白いシャツの上に長袖のカーディガンを着て、裾に刺繍の入ったひざ下までのズボンを穿いている。
“雑踏の闇に溶け込む悪意、染みたる罪悪の臭気をまき散らすもの、我に害成すものよ、隠れる事は能わず。天の紅鏡よ一切を照らせ、我が前に
「こ、これだと思います! 紫の髪をした魔導師様がお使いになられたと……、そういえば、もしかしてご本人様では!? お国にお帰りになられたとばかり!」
「……実はアレ、お芝居なんですよ。私がちょうど公爵様の庇護を求めてお伺いして、それでガーデンパーティーにもご招待頂いて。目立ちたくないので内緒ですよ、本当はレナントに住んでいるんです」
「公爵様の……!」
女性が驚いて声を上げたところで、通路を歩いていた男性が足を止めて、声をかけてきた。
「誰が騒いでるのかと思えば、デフィジョ男爵の所の従者だな。田舎に帰らなくていいのかよ?」
見下したような、感じの悪い言い方だ。
女性はこっそりと私に耳打ちしてくれた。
「マトヴェイ・アバカロフ伯爵です。嫌なヤツなんです」
後ろに控えている従僕も、困ったように苦笑いしている。
「ウチに来れば、もっといい思いをさせてやるっていうのに……、ん?」
三十代後半くらいの伯爵は、茶色い短髪に仕立てのいいブラウス、高そうな上着を着ている。
伯爵は私に視線を止めた。女にだらしない男なのかしら。目の前の女性のことも、以前から狙っていたようだし。
「ほお、可愛い子と一緒じゃないか。アンタもうちで働かせてやるよ?」
「結構です」
即座に断ると、眉根を寄せて口元を歪ませる。
「愛人になれば、いい暮らしをさせてや……」
言い掛けたところで、エクヴァルの剣の鞘が顎に当てられた。
「そこまで。ウチのお嬢様に、醜い言葉を聞かせるのはやめて頂こう」
その設定でいくんですね。
さすがにそこでアバカロフ伯爵の護衛が動く。しかし伯爵はエクヴァルのDランクのランク章を見て、鼻で笑った。
「この護衛は所詮冒険者のDランクか。店の中ってわけにはいかないだろう、来い。礼儀を教えてやろう」
「作法を知らぬ人間の指導がどれほどのものか、とても楽しみだねえ」
「……下民がっ!」
……どこまでも不愉快な男。昨日のガーデンパーティーにいなかったのかしら? エクヴァルの剣、見てないの?
「あの……申し訳ありません、巻き込んでしまって。私、トゥーラと申します。男爵様に何とか仲裁してもらいに……」
「やめておいた方が宜しいでしょう。相手が伯爵では、男爵の立場がお悪くなるだけです。この場はお任せください」
店を出てから、女性は雇い主の元に走ろうとしていた。恐縮しているが、ここで男爵が出てはむしろ悪化するだろう。アバカロフ伯爵はどこへ向かうのか。
自分だけ馬車に乗って先に行き、私たちは残された護衛に案内されて町外れの方まで歩いた。
「公爵様の庇護は頂けておりますので、もしもの時は公爵様を頼りましょう」
「それはとても助かります……!」
こっそり囁くと、トゥーラは安心して長い息を吐いた。
それでもまだ緊張している雰囲気がある。連れて行かれたのは、誰もいない開けた場所だった。もともと人がいなかったのか、先に来ていた伯爵が人払いをしたのか。
馬車は広場の手前に置かれていて、そこに伯爵の従者が待っている。
「さあ、出番だ」
伯爵が声をかけると、二十人近い男が建物の裏から姿を現した。
「その無礼者を可愛がってやれ!」
どうもこういうことに慣れている印象を受ける。女性を強引に口説いて、助けようとした男性を痛めつける姿を見せつけ、許しを請う様に仕向けて、自分のいいようにするつもりではないだろうか。
トゥーラは泣きそうだ。確かに、効果的なのかも知れないけれど。
「閣下風に言うなら、余興ですかな」
「貴方には不足かしら?」
鉄の剣を抜きながら、エクヴァルが不敵に笑う。
エクヴァルの様子から、私が魔法を使うまでもなさそうだ。
相手がゆっくり近づいて来るのを、エクヴァルは急にスピードを上げて集団の中心付近に突っ込み、まず一人、剣の柄頭を腹に当てて薙ぎ倒した。そして横にいる男が焦って剣を振り上げたところを、横なぎに剣を振って鎧に鈍い音をさせる。
「テメエ!!」
「せっかく後ろからなのに、声を掛けてくれるのかい!? 愚かだね!」
そう叫びつつ、後ろから斬りかかってくるのをまるで待っていたように振り返り、剣を下から合わせて弾き、すぐに返して腕を斬りつける。隣にいた男にもついでだと言わんばかりに、一歩進んで剣を振った。
あっという間に数人倒してしまう。強いのは解っていたけど、予想以上の腕前だ。多人数と戦うのに慣れているのだろう。
突然仕掛けられた攻勢に驚いた男達が次々とエクヴァルに向かっていくが、彼は視線をサッと巡らせて手薄な場所を一瞬で判断し、敵の攻撃を外しつつ一人ずつ確実に仕留めていく。
「さあどうした! 礼儀を教えてくれるんじゃなかったのかい? それとも、地面に
……テンションが上がると、かなり好戦的になる性格のようだ。
喧噪が少しずつ静まりつつあり、伯爵の方が言葉を失っている。Dランクだとバカにした相手を大人数で囲んで、傷一つ負わせることができないのだ。
突然アバカロフ伯爵の目が私をギッと睨んで、大股でこちらへ近づいて来た。
「こうなったら、お前を使ってやる!!」
手を伸ばしてくる。人質にするつもりらしい。私は動かなかった。
差し迫る伯爵の腕に、突然火が
「そなたは我が契約者に触れる資格すらないわ!」
火を消そうと腕を振りながら下がる伯爵と私の間に、真っ赤な後ろ姿で悪魔、ベリアルが降り立った。
「ひ……ひいい!」
情けない声で何とか伯爵が消火した時には、戦っていた者の内で立っているのはエクヴァルだけ。
剣を振って鞘に仕舞う。
「……つまらない。弱い相手は何人いても楽しくない」
「全くである。どうせなら竜でも仕込んでおけば良いものを」
彼といいベリアルといい、私の周りにいるのは好戦的な男性ばかりなのか。
伯爵も“契約者”という言葉で彼が悪魔だと気づいたらしく、倒れた男たちなどそのままに、近くに控えていた彼の護衛と共にさっさと逃げてしまった。
トゥーラはエクヴァルの剣の腕前とベリアルの登場にビックリしたらしく、すごいと何度も繰り返していた。
「あ、ありがとうございました! これで伯爵も懲りてくれるといいんですが……」
「まあ、ああいう小悪党は諦めが悪いものだからね。他の悪事の証拠も添えて、公爵閣下に進言しておきますよ。と心配は不要です、可愛らしいお嬢さん」
このエクヴァルの軽口に、トゥーラは頬を赤らめている。誰にでも言っているんだし本気にするのも気の毒だけど、褒められて嬉しいのならそれでいいか。
結局あまりお店を見られないまま、王都を後にすることになってしまった。
トゥーラからは魔導書代として魔法を教えた代金を受け取り、用途を尋ねた。真実の姿を暴く魔法は、人に化けた狐の悪戯被害を防ぐ為に使いたいらしい。
わりと平和な理由で良かった。
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