第60話 ガーデンパーティーに危険はつきもの!?

 ついにガーデンパーティーという名の戦場よ!

 中級ドラゴンと戦うよりも、厳しいミッションの開始なのだ!


 ベリアルはダークレッドのコートの下に、黒い上着を着ている。金の刺繍がこれでもかというほどほどこされていて、外してある金ボタンの下に覗くベストにも、たっぷりと刺繍がしてあった。首元のシャツの白が眩しいくらい。装飾品の宝石は全てダイヤとルビー。

 派手! 派手すぎるから!! 昼間のパーティーに、その宝飾品いらない!!

 わりと目立ちたがるんだよね……。


 私はというと、白から紫にグラデーションしている膝下までのドレスで、薄紫の髪と同じ色のショールに金の刺繍が施してある。この刺繍の模様は、ところどころで魔術的要素が入っているぞ。

 装飾品はパールのネックレスに、ルビーのブレスレット。良かった、わりと一般的な感じだ。髪をアップにするのに使った髪留めは、細かい金細工に宝石がちらほら嵌めてあって、ちょっと派手なのが気になるけど。いやそれ以前に、隣にいる悪魔が存在自体、悪目立ちだ。

 エクヴァルはやはり金の刺繍の入った、白の上下に白いシャツ。紺の髪とのコントラストが映えていて、不思議と真面目そうな印象だ。腰には細い剣をいていて、親衛隊のシンボルが入った紋章の部分は隠してある。


「イリヤ嬢、お嬢様って呼べばいい?」

「そういう年でもないような……」

 なんだかこそばゆいなあ。

「なら奥さま?」

「……お嬢様でお願いします」

 嫌な二択を迫られた。しかし、他にちょうどいい言い方も思いつかない。


「では閣下、参りましょう」

 ベリアルはこれでいいわ。慣れてるし。

 今回は私がお付きという設定なので、軽く頭を下げて彼が通り過ぎるのを待ち、後ろを付いていく。

「……なんか慣れてるね、お嬢様」

「さすがだな。私はこういうのはいつまで経っても苦手なんだが、公爵が参加するように仰るんで……」

 ハンネスは諦め顔だ。


 会場になっている公爵家の庭は、とても広い。

 きれいに切り揃えられた植え込みの間の広い場所にテーブルが並べられ、その上に料理が色々と置かれていた。飲み物のグラスをトレイに乗せた召使い達が歩いて、参加者に振る舞う。

 端には幾つもテーブルとイス、それに日除けのパラソルも備え付けられており、好きな席に座っていい。

 周りを見渡せるテーブルを目指して、長い足でカツカツと歩くベリアルの後ろに付き従う。反対側にはエクヴァルが同行している。彼もやっぱり貴族然としているなあ。


 グラスの飲み物を受け取り、椅子に座ってから一口飲んでみる。

 美味しい、さすが公爵家。周りの女性達はベリアルが気になるようだ。貴族で見るからにお金持ちだし、堂々として顏も声も良くて背が高い。問題は性根とか考え方とか、内面だけだからね。見ている分には解らない。

「閣下、お料理をお持ち致します。何が宜しいですか?」

「そなたに任せる」


「では、私も席を外させて頂きます」

 軽くお辞儀をして、エクヴァルも離れた。彼は料理ではなく、女性陣に向かって行った。

「素晴らしいご衣裳ですね。美しい貴女に、とても良くお似合いです。どちらのお嬢様で?」

「まあ、初めてお目にかかる方ですね」

 そんな感じで、エクヴァルの胡散臭さ全開だ。

 私はテーブルから小さいケーキやグラスデザート等を選んで、お皿に乗せてベリアルが待つ席を振り返った。


「お名前はなんと仰るんですか?」

「忍び故、申せぬ。遠き国より来た、とだけ言っておこうかね」

「ご一緒の方は、恋人で……?」

「否、我が家に仕える魔導師である」


 ベリアルの周りに女性が群がって、会話をしているぞ。戻りにくいな。

 どうしようかと困っている私に、ハンネスが近づいて声を掛けてきた。すぐ脇にキメジェスもいる。

「エクヴァルさんとベリアル殿は、さすがに馴染んでいますね」

「ええ、エクヴァルは貴族ですし。閣下は派手過ぎですが……」

「それにしても、イリヤさんもすっかり溶け込んでいらっしゃる。庶民にはとても思えませんよ」

「そう映っているのなら、問題ございませんね。お褒めの言葉として受け取っておきますわ」

 貴族ばかりで気後れするので、私の元へ来たようだ。その気持ちはとても理解できる。私はようやく、苦手意識が薄くなってきた気がする。

 エクヴァルなんて単に楽しくお喋りしているようで、実は情報収集しているんだよね。騙されるわ。


「あの、ところで……夕べ、“セビリノ殿と魔法の研究をした”と言ってましたが、それはもしや、セビリノ・オーサ・アーレンス様で……?」

「まあ、ご存知なんですか? そうです、彼です」

 チェンカスラーで彼の名を知っている人がいるなんて! あ、防衛都市でもランヴァルトが知っていたわ。魔導書を書くと知名度が格段に上がるのね。肯定するとハンネスは非常に嬉しそうな顔をした。

「私もその方の魔導書を持っています! チェンカスラーで、最近人気な著者なんですよ。王都では売っていないので、防衛都市で買いました。はああ、いつかお会いしたい……」

 まさに憧れているというように、目をキラキラさせている。どうやらセビリノの魔導書は、この遠いチェンカスラーで有名になりつつあるらしい。

「いつか皆でお会いできるといいですね」

「はいっ!」

 本当に、いつかまた楽しく一緒に研究をしたい。そして皆で夜通し魔法談義をする……。実現するといいな。


 あまり長く席を空けたままでも良くないだろうから、話を打ち切って三人でベリアルのいるテーブルへ戻った。すると気付いた女性達は、サッと離れる。

 そういえば魔導師二人と、契約している侯爵クラスの悪魔だ。怖いのかな。キメジェスが侯爵クラスというのは、わりとこの辺りでは有名らしい。

 それ以上の悪魔に頬を染めてアプローチしていたなんて、気付かないだろうね。


「閣下、お楽しみ頂けておりますか」

「うむ、悪くはないな」

 ハンネスも閣下と呼ぶことにしたらしい。キメジェスはボロが出そうだから、極力口を開かないことに決めたそうだが、正解だ。侯爵クラスの悪魔がへりくだった姿を晒すのは、非常に問題があるから。

「閣下! ご覧ください、この可愛らしいスイーツ。どれも美味しそうでしょう、どちらをお召し上がりになりますか?」

 私は席に座って、手にしたりすぐりのスイーツをベリアルに披露した。


 途中でホストのアウグスト公爵が挨拶をしてくれて、そんな感じでしばらく過ごしていたが。

「……キメジェス、そなたの方が解るのではないかね。アレをどう思う?」

「……は、招かれざる客だと見受けます」

 声を潜めて示した視線の先には、一人の男性がいた。三十前後のスラッとした男性で、優しそうな表情をして女性と談笑している。

 でも、言われてじっくり眺めていると、何かがブレる気がする。この違和感は何?


「我は此度こたびは動かぬぞ。そなたらで事態を収めよ」

 鷹揚にワインのグラスを傾ける姿は、まるでショーの開始でも待っているようだ。

「どういうことだ、キメジェス」

「ハンネス、あの男は人ではない。魔物だ。……危険なものだろう」

 人に擬態する魔物。だいたいにおいて、理由は大きく二つ。人に混じりたいか、人を食したいか。危険ということは、後者だろう。

 誰かが知らずに、パートナーとして連れて来たのだろうか?

「ハンネス様、正体を暴く魔法は唱えられますか?」

「……すまない、残念ながら知らない」

「ではこちらは私が。拘束する魔法を、お任せしても?」

「勿論です!」

 役割を決めて、顔を動かさないまま悪魔キメジェスに告げた。


「キメジェス様は、公爵様にお知らせください。そして、あの女性及び他のお客様の保護をお願いします」

 聞くや否や、キメジェスは公爵の元へ素早く向かう。これはベリアルが“そなたらで事態を収めよ”と命じたから、動いてくれたんだと思う。

 本来なら何の見返りもないのに、契約者でない者のお願いなど聞く必要がない。ハンネスからなら違うんだけど、彼はこういう時の対処には慣れていないようだ。

 私が敵に動きを悟られないよう、なるべく目だけでエクヴァルを探すと、ちょうど彼と視線が合った。キメジェスが一人で移動したと気付き、様子を確認してくれたようだ。

 ゆっくりと瞬きをして例の男へ鋭く視線を送り、頬杖をつくような仕草で、こっそり手で首を切るジェスチャーをした。それだけでエクヴァルは頷いて警戒を強める。


 アウグスト公爵に報告が届いたところで、行動を開始。

 立ち上がり、目標の人物に向かい合う。魔物と知らずに話をしていた女性の元へキメジェスが向かい、スーツを着て招待客に紛れていた公爵家の護衛も前に出て、客を庇うように立った。 


「雑踏の闇に溶け込む悪意、染みたる罪悪の臭気をまき散らすもの、我に害成すものよ、隠れる事はあたわず。天の紅鏡こうきょうよ一切を照らせ、我が前につまびらかにさせたまえ。サニーフォッグ!」


 魔法が発動されると人だった姿が煙に覆われ、徐々に変化していく。背が二倍ほどになってスーツは破れ、体躯は太く醜くなり、肌が緑がかった暗い色に変化して、大きな口と鋭い眼つきで咆哮を上げる。

「ルアヒネ……やはり食人種カンニバルだわ!」

 会場内には男女の悲鳴が走った。


 間髪を入れずハンネスの魔法が展開される。

咎人とがびとよ、罪過の鎖に穢れし魂を繋がれよ! うねる蔦よ、標的を定めて絡め取れ! 縛りあげ捕縛せよ、汝は我が虜囚りょしゅうなり! カスタディ!」


 地面から現れた太いつたに絡めとられ、巨躯きょくのルアヒネは動きを封じられた。しかし叫びながら頭を振り乱し、蔦を千切ろうと暴れ続ける。

 走って来たエクヴァルが左下から切り上げ、斜めに腹を切り裂く。右側に来た剣を返してしっかり両手で握り、そのまま飛び上がって首を落とした。

 あっけない幕切れだ。

「……仕方ないけど、動かない敵は楽しくないね」

 つまらなそうに剣を振って血を飛ばし、軽く拭いてから鞘に仕舞う。

 突然の出来事に会場内は混乱しかけたが、敵が倒されて安心したようで、少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。


 ざわざわする人々の間を縫って、小走りでアウグスト公爵がこちらに向かってきた。

「さすがだ……! まさかあんな恐ろしいモノが混じっていたとは。被害が出ずに済み、私の面目が保たれた。感謝しよう!!」

 これで庇護してもらえる分の、お礼になったかな。

 ハンネスがこういう場に出ているのは、もしもの備えでもあるんだろうな。公爵家主催のパーティーで怪我人なんて、醜聞だろうし。

「お役に立てたようで、光栄に御座います」

「楽しい余興であった。そろそろ我らは失礼しようかと思うのだがね」

 まあベリアルには余興程度だよね。

 エクヴァルがやって来て、何故か私の前で胸に手を当て、片膝をついて頭を下げる。

 待った! 貴族の設定なの、ベリアルだよね? どうして私の前!?

「お嬢様、お怪我はございませんか?」

 あ、そうか……! 魔導師って、貴族が多いんだっけ。きっと高位の貴族に仕える、下位の貴族の娘の設定なんだな、本当は! なんか騙された気がする。

「……問題ありません。閣下はお帰りになられるそうです」


 帰ろうとすると、執事の男性に正門とは違う方に案内された。なんと、公爵家の馬車が用意してあったのだ。め、目立つ。これで町から出るのか……!

 せっかく用意されているんだから、乗るけど……。

 馬車の中で、エクヴァルは明るくこうのたまった。

「やっぱり私が仕えるなら、女性でしょ!」

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