第59話 四つの風の魔法
……余計なことを喋ってしまった。
公爵邸の裏手にある、魔法実験施設で実際に披露して欲しいと願われた。個人宅に魔法実験施設があるとは、さすがに公爵閣下だ。
「吹雪をもたらせ
かなり頑丈そうな四角い建物だ。
内部はがらんとしいていて、周囲は見学もできるようにぐるりと通路になっている。四方のどこからでも出られるように、四つの扉があった。もちろん通路と実験室の間には、防御魔法の壁が何重にも張り巡らされている。
術者は通路の南側に小部屋が用意されていて、そこで術を行う。
今回は私、ベリアル、エクヴァル、アウグスト公爵、執事の男性、魔導師ハンネス、彼と契約している侯爵級悪魔キメジェスの、皆がこの中にいる。
実験室内には暴風と吹雪、薄暗い砂塵が猛り狂い、魔法壁を叩いて少し割っているように思えた。開いていた両手を握りながら引き寄せ、魔法の効果範囲を狭める。先程よりも中央に集約される風。
魔導師のハンネスは驚いた表情で、嵐に目を凝らしていた。
「この効果、魔法操作……。私は彼女に及ばないだろう」
口惜しい、というよりは何だろう……? そんなに負の感情は感じられない呟きな気がする。
「君が彼女に負けると? 私には二人とも同じように、立派な魔導師に映るんだが……」
「ハンネスの
公爵は私とハンネスを見比べている。悪魔キメジェスも認めたようだけど、私は彼の術を知らないからなあ。ハンネスはごくりと喉を鳴らして私に問い掛けた。
「この詠唱、最初だけが違う。これがその効果……、ですか?」
「私に敬語は必要ありませんよ。先程も申しました通り、私は水属性が得意なので水を混ぜたのです」
「水を……混ぜる。その発想が、私にはなかった」
エグドアルムの実験施設で、同僚の宮廷魔導師であるセビリノと色々試したんだよね。そうしたら、最初の詠唱だけは比較的自由に弄れると気付いたの。
「火も混ぜられますよ。殺傷能力はこちらの方が高いですね」
「色々研究してるね、イリヤ嬢。火もか……」
エクヴァルは私が魔法を使う時、いつも何一つ逃さないような強い視線で見ている。もしかすると、殿下に何か報告するのかも知れない。
気になるけど、そういう仕事だと思って諦めるか……。
「火風よ燃焼せよ、黒風の砂塵よ空間を閉鎖させよ、激しく荒れ狂え野分き、四方の嵐よ災いとなれ! 四つの風の協演を聞け、ぶつかりて高め合い、大いなる惨害をこの地にもたらせ! デザストル・ティフォン!」
今度は火を帯びた暴風と砂塵が実験室を荒れ狂った。
とりあえず披露したいだけだったので、両手をさっと上げて魔力の供給を一気に弱め、魔法を霧散させる。
炎と視界を閉ざす砂が、サアッと周囲に溶けるように消えていく。
「消えた……。こんなにあっさりと、跡形もなく……」
ここでも驚かれるとは。セビリノも普通に
まあ、多少消えるのが早いかな、とは思う。
続いてベーシックバージョンをハンネスが唱える。
「
強風と砂塵が吹き荒び、かまいたちによる真空が発生して切り刻む刃になる。
確かにしっかりと、お手本通りという感じに練られた魔法だ。
「……基本に忠実過ぎるのですね。次の段階に参りましょう」
真面目そうな印象のハンネス。魔法がその性格を証明している。
「次の段階?」
「この魔法は四つの風を操り、一つにまとめ上げるもの。これが基本的思考です。しかし四つが別々なのは最初の段階だけで、四つは合わせて一つになります。一つになるイメージが足りないのです。要するに一つ一つ別に重ねてしまうのではなく、噛み合わせて混ぜ合わせる。私はそういうイメージで行います」
ハンネスは深く考えていたようだが、しばらく黙ってから再び同じ魔法を唱えた。
すると先程よりも威力が増加したのが感じられた。
「さすが優秀な方ですね、すぐさま再現されてしまいます」
「いえ、ご指導ありがとうございました! またお願いいたします!」
「そんな、単なる概念の説明だけですから、指導なんて大層なことはしていませんよ!?」
指導なんてつもりではなかったんだけど……!
嬉しそうに手を握られるけど、お願いされてもね!
アウグスト公爵は私達を、どこか不思議そうに見ていた。
「キメジェス、そなたの契約者はずいぶんと生真面目な男よの」
「なかなか見所があると思っております。しかしベリアル様の契約者の方は、なんとも立派な魔導師であらせられましょう」
ベリアルがキメジェスに語り掛けると、彼は少し緊張した様子で答えた。ベリアルが怖いから、私を褒めているのではないかしら?
「ふふふ、そうであろう! 我が直々に鍛えた者だからな。半端など許されぬ」
「それはまた……ご愁傷さまで……」
「……どういう意味かね」
「いえ、言葉のあやでして!!」
キメジェスって、わりと口が滑るタイプなのね。
地震を起こす土魔法についてはここでやると床が大破してしまうので、さすがに実演はしない。防御魔法の下方が綻びていたので、土魔法を使ったと説明した。
その後が同じ広域攻撃魔法でも火や水にしなかったのは、あの防御もできていない混乱状態で唱えると、大量虐殺になりかねないからだ……。そこまでの覚悟はない。
公爵の説明によると、トランチネル軍はフェン公国の都市防衛をしている部隊こそおとりで、精鋭の別動隊がいて挟み撃ちにするつもりだと勘違いして、慌てて撤退したということだった。
精鋭どころか、魔法を使ったのは一人ですがね!
「ところで、明日のガーデンパーティーに、皆さまは参加なされないのですか?」
「そうだな。格式ばったものではないし、どうせなら我が屋敷に泊まって頂こう」
ハンネスと公爵が突然思いもしない提案をしてくる。それって貴族のお客さんがたくさん来るヤツでは? 丁重にお断りしたい。
「お誘いはありがたいですが、衣装も所持しておりませんし、何より私のような庶民には縁のない催しにございます」
「庶民? 貴族の方では……?」
ハンネスは最初のエクヴァルの話、聞いてないんだっけ。公爵が後で説明すると言ってくれた。強い魔法を使う魔導師は貴族が多い。学べる機会が多いから。
特に高ランク冒険者でもないのに広域攻撃魔法なんて使えると、貴族だと勘違いされがちだ。
「参加させてもらおうよ、イリヤ嬢! たまにはこういうのも楽しいよ、いろんな娘と知り合える」
「この者は貴族の情報が欲しいようであるぞ。仕事の一環だと思え、イリヤ」
「……いやもう、その通りなんですけどね……。ほんっと調子が狂うなあ……!」
ベリアルに指摘されて、エクヴァルが困ったように頭を掻いた。
嬉しそうに誘いながら、裏があったのね。
どうにか断れないかなと考えていたが、話はどんどんと進んでしまう。
「衣装などはこちらで用意しよう!」
「いや。衣装と装飾品は、我が用意する。他を頼もう」
……なんだろう、ベリアルは私の着る予定のないドレスを準備してあったんだろうか? 嬉しいというより、ちょっと引く。
エクヴァルはさすがに持って来ていないので、公爵のご子息の服を借してもらう。
あまり名乗りたくないと思っていたら、エクヴァルが適当な設定を考えてくれた。
ベリアルがお忍びで遊びに来た異国の貴族、私がその家のお抱えの魔導師、エクヴァルが護衛という。お忍びなので名乗らない、で通すらしい。
しかし、ほとんどそのまんまな気がする。
その日は公爵の屋敷に泊まらせて頂き、ハンネスと魔法や召喚の話をした。
久々にじっくりと深い話ができて、とても楽しかった。
ガーデンパーティー当日は、朝からメイドさんがお風呂に入れてくれたりお化粧してくれたり、髪をアップにしてくれたりで、パーティーは午後からなのに一日使ってしまった……。
エグドアルムではサウナとシャワーだけで、基本的に湯船なるものはなかったので、お湯に入るというのは不思議な感じ。でもちょっと気に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます