第283話 サノン共和国

 国境をまたいだすぐ先にある壁に囲まれた大きな町、これがダナトスだ。国境は普通の平原で、道に看板が立っているだけ。離れた場所に低い見張りの塔の先端が見えていた。

 この町に住むスレヴィという冒険者を探す。壁の外で地上に降りて、門をくぐった。兵が目を光らせているが、検問などはなかった。


 ドワーフのマシューはとてもご機嫌。

「ひひゃひひゃ、初めてワイバーンに乗ったな~。まさに天にも昇る気持ちだったわけだ~」

「……エクヴァル、まだかなあ……」

 リニは門の外を振り返っていた。この状態のマシューと一緒にキュイに乗っていたので、エクヴァルが恋しくなったようだ。

「さすがにまだ来ないわよ。まずは冒険者ギルドへ行ってみましょう」

「……うん」

「師匠、こちらだそうです」

 近くで警備している兵に、セビリノがギルドの場所を教えてもらっていた。意気揚々と案内してくれる。


 大通りは人が多く、小悪魔や獣人も歩いていた。上空をペガサスが通り過ぎ、低くなりながら着陸の準備をしている。ペガサス便の人かな、冒険者ギルドがあると教えられた方へ向かっていた。

 武装したりローブを着たりした冒険者が出入りしている建物、あれが冒険者ギルドだ。旗が立っていて、建物の後ろに訓練用の空き地と施設がある。

「お邪魔するよ~、おいこらよいしょっと」

 マシューはギルドに一番乗りし、空いている受付の前へ進んだ。奥にあるサロンスペースでは何組かが会話していて、依頼札がボードに幾つも掛かっている。

「ドワーフさんか、どうかした?」

「この町にスレヴィって人は住んでるかい? オイラの親方が作った剣の持ち主で、奪われたのを取り返したってわけよ。いやあ悪人をちぎっては投げ、大活躍さ~」


 戦っていませんが。盛りに盛った創作を得意気に話すマシュー。職人よりも詐欺師が向いているのでは。

 ヒマにしていた冒険者も集まってしまった。証拠とばかりに剣を披露するものだから、周囲の人は本気にして感心している。

「確かにスレヴィさんの剣だ! すっげえカッコ良かったから覚えてる」

「Bランクでこんな立派な武器を持つヤツはいないって、自慢してたよな」

 何年も待って打ってもらった剣なんだろう、かなり大事にしていたようだ。

「で、そのスレビはどこに住んでるって?」

 面倒になったのかな、堂々と名前を間違えてますよ。

 相手は構わず会話を続ける。

「家にはいないんじゃないかな、最近は依頼も受けてないぞ。他の町へ行ったかな」

「北へ行ったよ。高価な盗品とか、流通させられないヤバいモンを専門に扱う貴族向けの闇オークションがあるらしいって、北の国まで出掛けたんだ。まさか待ってりゃ返ってきたとはねえ」

 あははと笑い声が響いた。


 まさか剣を探しに行ってしまったとは。本当に大事にしていたのね。しかしその剣はここにあるので、出品されるわけもなく。完全な無駄足だわ。

「あ~りゃりゃ、しゃあねえなぁ。探すのも大変だ……」

「家があるから、帰って来るさ。なんならギルドで預かっておくよ」

「ん~、この剣はちょっと仕掛けがあんだなあ。もしかすると死ぬけど、いいかなぁ?」

「し、死ぬ!?? いいわけないだろ!!!」

 マシューのとぼけた言い方に、声を荒らげる職員。善意で預かって武器に殺されてしまったら、たまったものではない。上手く取り扱いを説明して、預かってもらえばいいのに。

 結局、剣はマシューが持っている。

「師匠、では闇オークションについての情報を集めましょう。オークションが開催される町へ向かっているのは、間違いないかと」

「そうね」


 今度はセビリノがオークションについて尋ねてくれる。陽気なドワーフと違って真面目で固い印象なセビリノが相手なので、冒険者達も心なしか身構えた。

「ええと……、剣を奪われたのが、仕事ですぐ北の国へ行った時だったんです。オークションはそれよりも北で、サンノ共和国ってところですよ。一部の富豪の間では有名なんです、そこなら買えないものはないと。大国エグドアルムの南になります」

「ふむ、都合が良い。我々はエグドアルムへ帰国の途中だ」

「エグドアルムの魔導師様で? それは立派なわけだ」

 エグドアルムと聞いて、冒険者と職員が、更にへりくだった態度になる。

 闇オークション。

 どんなものが売られるんだろう。盗品を扱うオークション自体はそれなりにあるけれど、他国からも集まるとなるとよほど大々的なんだろう。

 有名な秘密のオークション、なんだかちぐはぐで不思議な感じ。ベリアルが目を細めているので、いいものがあったら買う気だわ。盗品だろうがいわくつきだろうが、出所は気にしないタイプだからなあ。


「じゃあ今日はこの町に泊まって、明日はサノン共和国まで行きましょう」

「師匠、地上から一日では着きませぬ」

 なんと、マシューが邪魔になるとは。空を飛ぶと、何倍も早く着くのよね。そのつもりで予定を組んでいたし。

「わ、私が猫になるから……、エクヴァルがキュイに乗れるよ」

「その手があったわね」

 よし、問題解決。それから適当な宿を探して、エクヴァルを待った。彼が到着したのは暗くなって、夕飯も済んでからだった。遅くなるから先に食べていてと言われていたのだ。

 リニはそれでも待つと注文しようとしなかったので、デザートだけ後にして皆で食べようと提案した。エクヴァルは夕食を、私達はデザートを頂きながら冒険者ギルドで聞いた話などを説明した。


「うひひゃひ~、じゃあワイバーンに乗るってわけよ~」

 マシューは喜んでキュイにまたがる。今度はエクヴァルと、猫のリニが同乗する。軽い猫の状態でワイバーンに乗ると、風圧で落ちかねないから猫では乗らないようにしていたそうだ。

 落ちたらコウモリに変身したらどうかしらと言ったら、そっかとリニが目を丸くしていた。

「ではサノン共和国へ向けて出発!」

「にゃ~」

 リニが返事してくれた。猫でも少し喋れるのだ。

 空中ではキレイな翼を広げたシームルグと、赤、黒、緑の三色に彩られたピアサという巨鳥が戦っていた。それを地上から人間の矢が落とす。シームルグの羽根と、ピアサの頭に生えた鹿に似た角は愛好家に人気だ。

 上手く両方を落とせたので、付近に止めてある荷馬車の周囲の人達がわあわあと歓声を上げていた。

 東から飛んでくる魔法使いも、微笑ましく眺めて通り過ぎる。


 途中で下りて昼食を食べ、ひたすら北に進んだ。

「サノン共和国に入ったよ」

「え、いつの間に?」

「森が多くなったところ辺りかな」

 サノン共和国はあまり発展していない国なのだ。軍も強くないので、エグドアルムに頭が上がらない。

「この国のどこかでオークションが開かれているのね」

「……心当たりがある、多分アレだろうな……」

「知ってるの? 心強いわ」

 エクヴァルが知っているとは、助かるな。ただ、あまり良い印象は持っていないようだ。当たり前か、エグドアルムだったら彼は非合法なオークションを取り締まる立場にあるのだ。


「……エグドアルムの貴族でも参加するヤツがいるんだよ」

「わざわざ来るほど、いい品物が出品されるのね」

「……人身売買もおこなわれる。君はあんまり見ない方がいいんじゃないかな……」

「禁止されてないの!?」

「されているから、闇オークションなんだよ」

 それもそうか。ただ今回は人探しなので、オークションに参加したいわけではない。既に楽しみにしている悪魔が約一名、いるけれども。

 オークションが行われる、サノン共和国の中心付近にある町で泊まることにした。近く開かれるようで、高級な宿ほど予約でいっぱいだ。豪華な馬車や護衛らしき一団が、そこかしこで目に入る。

 高級品店が並ぶ通りはドレスの博覧会のようになっていて、煌びやかだ。


 空いている宿は、繁華街から離れた場所でやっと見つけられた。

 夜が明けて朝食を食べて、少ししてから冒険者ギルドへ向かう。

 ギルドは二階建てに三角屋根の立派な建物で、冒険者がまだたくさんいる。もう少し遅く来れば良かったかな。受付に並んで、順番を待った。

「Bランク冒険者のスレヴィさんに伝言をお願いします。剣を見つけましたので、受け取りにいらしてください、と」

 宿の場所を告げて、これで来てくれれば問題なし。数日間滞在すると伝えた。

「承りました。その方はこの町でお見掛けしませんが、他の町のギルドにも連絡しますか?」

「いえ、この町にいらっしゃると伺いました。追い越してしまったようです」

「そうですか。もし変更がありましたら、いつでもいらしてくださいね」

 受付の女性が笑顔で請け負ってくれる。これは伝言だけなので、料金は掛からない。


「あ、ドワーフ。剣を作ってもらえないかなあ」

 マシューを目にした冒険者の一人が、憧れるような眼差しで眺めていた。

「悪いな~、オイラは親方の雑用係で、武具を客に作るのはまだ認められてないわけなんだな。親方は厳しい方だから、規則を破ったら破門なんだな。武器の手入れや防具の修理くらいなら、受けられるんだよ」


 この言葉にそれまで依頼を探したりサロンで会話をしていた人達まで、詰めかけてきた。さすがドワーフ、人気だね。

「剣の切れ味が落ちたんだ」

「鎧のこの壊れたトコ、直せる!??」

「おおお、オイラ大人気だな!? 全部は無理だ~よ、まずは最初に声を掛けた人のから。それと早かった二人、ここまで受けておこうかなあ」

 マシューが嬉しそうに依頼を受けている。サロンで打ち合わせを始めてしまったよ、どこで作業をするつもりなんだろう。

「……外に出る?」

「そうね、もう用は済んだし」

 エクヴァルに促されて、ギルドを後にした。戻るのは同じ宿だし、置いて行っても問題ないだろう。

 剣の持ち主のスレヴィも、どんなに遅くとも数日のうちには到着する筈。

 町を散策して、お土産を選ぼうかな。チェンカスラーでも用意してあるとはいえ、多いに越したことはないよね。


「イリヤ嬢、オークションは参加するのかな? 開催日を調べて来ようか?」

「ええと……」

 ベリアルを見上げると、楽しそうに口角を上げる。

「当然であろう。このような楽しいもよおし、参加せずしてどうするのだね」

「宝石とか、十分持ってるんじゃないですかね」

「阿呆が。常に新しい宝飾品が生まれているのである、我は芸術をいつくしんでおるのだよ」

 ダメだこの人、参加する気満々だわ。セビリノは興味がないようで、会話に入ってもこない。

「じゃあ調べて来るね、リニはイリヤ嬢といて」

「……うん」

 エクヴァルも離脱。私はベリアルとセビリノと、それからリニと一緒に町を散策した。


「師匠、アイテムショップを見ますか? それとも素材屋でしょうか、魔導書専門店もあるといいですね」

 私も知らない町で一番に魔導書専門店を探したりするので、人のことは言えない。でもやっぱり、今は普通のお買い物気分だったなあ。

 セビリノはいつも通りの真面目な表情だ。

「うーん。今日はまず、お土産になるものでもあれば」

「土産ならば、師の作られたアイテムが最適かと!」

「……もしかしてセビリノ、実家に何も買ってない?」

「はい。必要ありませんので」

 相変わらず私以上に、魔法しか興味がない人だな。なんだろう、むしろ私が反省してしまうわ。

「買いましょう。アーレンス男爵と奥様に、買いましょう」

「師が仰るのでしたら。では早速、魔法アイテムショップへ……」

「違います」


 魔法アイテムを買おうとしたな。セビリノのお土産選びを、全力でサポートしなくては……! ベリアルが私達のやり取りに、声を殺して笑っている。

 こうなったら、立派なお土産を買わねば。それにはリニの力が必要かも知れない。買ってくれたケーキも、とても美味しかった。

 小悪魔よ、我に力を!

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