第282話 剣の持ち主探し

 しばらく進むと、小さな集落があった。山羊の聖獣、タングリスニルを連れて寄ってみる。召喚されてこの世界にいるはずだから、契約している人が見つかればいいな。

 キュイはリニを下ろして、離れた場所で待っている。

「あ! デカい山羊!!!」

 歩いていた少年が、タングリスニルに気付いた。近くにいた人も、こちらを振り返った。

「見つかったんだな、良かった」

「この山羊をご存知で?」

「あれ、依頼を受けた冒険者じゃなくて? 捜索の依頼が出てた山羊だよ。東にある町の商店の山羊でね。魔物に襲われた時に興奮して逃げちゃってたらしい」

 やっぱり契約者がいるのね。良かった、こちらは早くも解決だ。


「……環境が悪くて逃げた、というわけではないようですね」

 エクヴァルが尋ねた。確かに、酷いところから逃げたんだったら、戻せないよね。

「ないない、いい人達だよ。子供もこの山羊に懐いててね。ところで、誰を乗せてるの……?」

「それが、分からないんです。目の前で亡くなられたので、せめて身元が判明したらと思いまして」

「なるほど災難だったみたいだなあ。この辺は危険な魔物が少ないとはいえ、万が一にも食人種カンニバルとかが寄って来たら大変だよ。冒険者ギルドに行けば似顔絵を描く人を手配してくれるから、それから早めに埋葬した方がいい」

 男性は近くにいる人に兵を呼んでくるようお願いしてから、冒険者ギルドに案内してくれた。

 似顔絵を描いて遺留品を預かってもらい、埋葬まで任せられると歩きながら説明してくれる。ギルドに行方不明者情報が集まるし、身寄りのない冒険者が亡くなった時の対応があるので、ギルド職員も慣れているようだ。

 

 ギルドはこじんまりとしていて、二階が住居スペースになっていた。

「おーい、外でやられたらしい。まずは似顔絵師を頼むよ」

 男性が入り口で声を掛けると、男女二人が出てきて遺体を確認する。

「ありがとう、お疲れさん! 後はこちらに任せて……、ん? 見たことある顔だなあ」

「……言われてみれば。……あ、これ前科のある泥棒だわ!」

「泥棒? タングリスニルを倒そうとしていましたが……」

 男性の使用していた剣を、エクヴァルがギルドの職員に渡した。シンプルながらも細かい彫りが入っていたり、鞘も宝石が埋め込まれている。高そうな剣だ。


「……盗んで試し切りをしようとしたのかも……」

 だから大人しいタングリスニルを攻撃しようとしていたのかな。

 でもまだ自殺とは結びつかない。ベリアルに視線を送ると口元が楽しそうなので、盗んだ品だとの確信があるのだろう。

「あ、兵隊さんが来た。遺品を確認しよう」

 さすがにこちらだけで全部はできないらしい。かといって、小さい集落だし常駐している兵も少ない。

「身元不明だって?」

「盗みで前に捕まった人だよ、身元の記録とかある?」

「調べてみるよ。こっちになくても、本部には残ってる」

 身元は明らかになるね。次はこの剣が盗まれたものかどうかだ。

「この剣も本人のものか調べないとな。不似合いに高価な剣だしなぁ」

 職員の男性が剣の柄や鞘を眺めて、持ち主の手掛かりを探している。相手が泥棒だからといって、盗品だと決めつけるのも良くないよね。


「銘を見よ。それはドワーフの強力な三首領の一人、ドゥリンの作である。あの者の武器を奪った者はその武器によって殺されるというが、実際に目にするのは初めてであるわ」

「奪った相手を殺す武器……!」

 ベリアルの説明に、職員が弾かれるように剣に注目した。

 鞘の模様に混じって、文字が刻まれている。銘を刻むドワーフも珍しい。

「作り手は分かりましたが、知りたいのは所有者なんですよね」

「知らぬ」

 ですよね。まさか持ち主の名前までは刻まれていないよね。私達のやり取りを聞いていた女性が、あっと声を上げた。

「製作者が分かったなら、その方にどなたに作ったかを聞けませんか?」

「覚えているとは限りませんが、試してみる価値はありますね」

 他の人達も頷いている。持ち主が他の町の人なら、普通に探すのは大変だ。


「契約してたり他の世界に出払ってたら、召喚できないんだよなあ。とにかく一度、召喚を試してみよう。召喚師の手配を……」

「私がやりますっ!」

 兵の言葉をさえぎって、意気揚々と立候補した。ドワーフの首領というのも気になる。召喚しちゃいましょう!

「ありがたい。場所は集会場で」

 え、ミーティングルームとか召喚実験室とか、ないの?

 ギルドの女性職員と兵士と一緒に移動して、男性職員は受付に残る。余分な人員はいないみたい。


 案内してくれた人も、タングリスニルを騎獣用の小屋へ移し、状態を確認したりするお手伝いに残った。契約者がいる町のギルドに連絡して、引き取りに来てもらう。こちらは解決だね。探して連れてきたから、後で謝礼が貰えるよ。

 集落の中心部にある集会場は庭が広くて、管理している家族が二階に住んでいた。慣れた様子で中へ入り、庭に面した広い部屋に案内された。

 ここで本当にいいのかな、何かあったらすぐに召喚された存在が外に出てしまうんだけど。疑問に思いつつも、座標を用意する。


「呼び声に応えたまえ。閉ざされたる異界の扉よ開け、虚空より現れ出でよ。至高の名において、姿を見せたまえ。ドワーフの首領の一人、ドゥリン!」


 座標から白い煙がモクモクと湧いて、背の低い人が姿を表す。

 ドワーフだ。腕を組んで不機嫌そうにしている。

「おいおい! 俺を喚ぶってんなら先に弟子を召喚して、予定を聞いてからが常識だろ。武器の作製中だったらどうするつもりだ? そもそも三年先まで、予約でいっぱいだぜ!」

 製作中だったら確かに申し訳ないな。それにしてもさすがドワーフの首領、人気なのね。しかし今回は武具作製の依頼ではないのだ。

「どうでも良いわ。用があるから召喚したのである、余分なことを言わずさっさと答えよ」

「まだ用件もお伝えしていませんし、礼を欠いたのはこちらですよ」

 私とベリアルのやり取りを、ドワーフのドゥリンが近眼なのかなというような目でジッと眺めている。ドワーフは魔力の少ない種族なので、違和感があってもすぐには気付かなかったようだ。


「……えーと……」

 ドゥリンは人差し指で頬を掻いた。人間の世界に召喚されたらいきなり目の前に地獄の王がいて偉そうにしているのだ、理解が追い付かないのだろう。

「この剣は貴方が作られたんですよね」

 剣を持っていた職員の男性が、両手で水平に持ってドゥリンに差し出す。ドゥリンは軽く確認して、頷いた。

「俺の剣だな。これがどうかしたか?」

「誰に作ったか、覚えていますか? これを持っていた方が亡くなって、盗んだ品ではないかとの疑惑が出ているんだ」

 兵の言葉に続き、エクヴァルが居合わせた場面を詳細に説明した。聖獣タングリスニルと戦う直前、突然自害したのだと。


「おお~! そうだぜ、俺の剣は所有者以外には使えねえようにしてあるんだよ。しっかり作動したな」

 嬉しそうだ。こういう効果は、実際に発動しないと証明できないからね。

「で、所有者についてですが……」

「おっとそうだったな。依頼人のことなんざ、たいして覚えてねえな」

 さすがにたくさん注文されるので、作ったことは覚えていても、どこの誰が注文したのかは曖昧みたい。必死に思い出そうとしてくれている。やはり盗んだ品であることは間違いない。

 ベリアルの視線で、ドゥリンはとても居心地が悪そうだ。

「手掛かりでもあれば……」

「いったん俺を帰してくれ。そんで弟子に記録を持って来させよう」

「それは助かります!」

 職員の女性が喜んでいる。ドゥリンもベリアルから解放されて、ホッとしている。

 送還して、彼の弟子を改めて召喚した。


「まいどまいど、ドゥリン親方の弟子のマシューっちゅうモンです。親方の言い付けで、武器の持ち主探しの手伝いをさせてもらうっちゅうわけです」

「宜しくお願いします」

 つなぎを着た若いドワーフのマシューは、人好きのする笑顔で現れた。

「これが注文の記録です。調べたんですがね~、ダナトスの町のスレヴィっていう冒険者ですねえ」

「それなら北西の大きな町だわ。スレヴィさんは、立派な剣を持ったBランク冒険者さんよ」

 この国で名の知られてる人で、冒険者ギルドの職員がすぐに分かった。あとはこの剣をどう返すかだ。ドワーフのマシューが手を出した。


「はいはい、んじゃぁ剣をオイラが預かっておくよ。これは扱いを間違えると命がないから。オイラも一緒に届けに行くってわけよ」

 この剣は直接届けるのね。職員の女性と兵が顔を見合わせている。

「届けるのか。誰が行く?」

「依頼で出して冒険者を募って、本人から剣と引き換えに謝礼を受け取ってもらいましょうか」

 どうやら二人は集落を離れられないみたい。

「私が行きます、北西ですよね。北へ向かっている途中ですので、ついでです。今日はそちらで宿を探すことにします」

 どうせ日も傾いてきているし。これでいいだろう。

「助かるよ、お願いする」

 剣はマシューが持ち、ドワーフを加えて出発だ。


 集落の外へ出ると、キュイがすぐに来てくれた。

「イリヤ、キュイは三人だと大変……」

「そうねえ、まだ飛んでもらうし」

 ドワーフは飛べないわ。いっそ馬でも借りるとか。考えていたら、エクヴァルが召喚を始めた。

「私は白虎で地上から行くから、君達は空から先に行っていて」

「了解しました、エクヴァル殿。宿の手配をしておきましょう」

 セビリノが任せておくようにと、力強く請け負った。

 

 キュイにはドワーフのマシューとリニが乗る。マシューはセビリノの助けを借りて、なんとかキュイの背に乗った。

「ひひゃひゃひゃひフッハー! ワイバーン最高ってわけだーーーー!」

 マシューはキュイに乗っての空の旅が気に入ったみたい。同乗しているリニが、ちょっと怖がっていた。

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