第153話 アレシアの故郷(エクヴァル視点)
久々にレナントの冒険者ギルドに行った私は、何か楽しい依頼がないかとボードを探していた。
『募集、討伐及び護衛。ランク問わず。内容:村の畑を荒らす魔物の討伐及び、村までの護衛。若干名募集』
なるほど、この冒険者ギルドに依頼に来て、案内ついでに村まで護衛してもらおうって言うのか。しかしこれだと成功報酬が少ないな、なかなか引き受ける者は出ないだろう。
「それはなかなか厳しいでしょうね。討伐対象も解らない」
「久しぶりだね、レンダール君」
「よ、エクヴァル殿。それさ、俺達が引き受けてもいいんだがなあ、あんまり安く受けると他の奴が困るからさ。そういう時はなんか理由が無きゃダメだ。特に高ランクになるとな」
ノルディンも一応考えるんだな。腐ってもAランクか。
「しかしこのトナ村って言うのはどの辺りにあるわけ?」
「あ~確か……中央山脈の、前回地震で崩れた方だったかな。かなり山奥だったと思うぜ」
「地震?」
私が来る前の話らしいな。エグドアルムではほとんど体験しないからね、イリヤ嬢がこちらに居る時だったら、かなり混乱しただろう。
結局とくに仕事を受ける事もなく、冒険者ギルドを後にした。久々にガッツリ戦いたいんだけどなあ。地獄の王相手なんて、緊張感が半端じゃないだけで、手も足も出なかった……。
少し遠回りして、イリヤ嬢の友達である、アレシアとキアラの姉妹の露店へと足を向けた。アレシア嬢の薬作りの腕も上がってきて、売り上げはどんどん伸びているようだね。
今もお客がいる。二人より少し年下の男性が二人。
「まだ怪我人とかは出てないけど……」
「でもそれだと、誰も受けてくれないかも。私もお金を出すね、最近売り上げがいいから大丈夫よ」
「ありがとう……、実は人数によっては旅費もヤバいかなって」
知り合いみたいだけど、何の話だろう? 旅費に少ない報酬と聞こえた。もしかして、あの依頼?
「やあ、こんにちは、可愛いお嬢さん達。お友達かな?」
「あ、エクヴァルさん。村のお友達です」
「……もしかして、トナ村?」
「なんで知ってるのー?」
キアラが驚いている。やっぱりか、あの依頼は彼女の故郷の村なんだ。と、なるとイリヤ嬢が気にするはずだ。
「冒険者ギルドで依頼があるのを見てね。イリヤ嬢に相談して、大丈夫なら私が受けるよ」
「本当ですか、助かります!」
アレシアが明るい表情で、元気にお礼を言ってくれる。うん、素直な子って可愛いよね。
「この方はどういう?」
男ども、言っておくが守備範囲外の年齢だぞ。私は十歳以上年下には興味ないからな。そもそも本命の彼女がいるから!
「えと、私のお友達の、友達? 護衛?」
「ヒモの人!」
キアラやめて!!!
「ゴホン! Dランク冒険者のエクヴァルと言います。普段は彼女の友達の魔法アイテム職人の護衛をしていますから、その方と相談して、引き受けるか決めたいと思っています」
私の説明を、男二人は胡散臭そうに聞いている。
ほら、ヒモとか言うから!!
「あら、エクヴァルも居たの? こんにちは、二人とも」
「イリヤさん、こんにちは! この人たちは村の人です」
アレシアが男二人を示す。イリヤ嬢は笑顔で自己紹介を始めた。
「お初にお目にかかります。アイテム職人をしております、イリヤと申します。アレシアさんとは仲良くさせて頂いております」
彼女が丁寧に礼をすると、村人二人は慌ててぺこぺこと頭を下げる。私に対してと、反応が随分ちがうね!
「こりゃ、ども……!」
「村のお兄ちゃんたち、依頼をしに出てきたの」
「依頼?」
事情を聞いた彼女は、友達の助けになるならと、村に行くことを即決した。
「では、私がギルドで依頼を受けてくる」
「よろしくね、エクヴァル」
彼女たちの村には、明日皆で出発することになった。久々に荷馬車の出番だと、アレシアが喜んでいる。彼女達も一緒に故郷に帰るらしい。護衛が居れば安心だしね。お土産を買うからと、露店をたたんで買い物に出かける。
地獄の王二人は、どうするんだろう? 天蓋付きのベッドどころか、宿だってないだろう。尋ねてみたところ、今回は行かないそうだ。ベリアル殿はイリヤ嬢に、何かあったらすぐ呼ぶようにと念を押していた。
イリヤ嬢はなぜか、自分がやらないとという意識が強いんだよね。心配になる気持ちも解る。だいたいベリアル殿と契約してるんだから、その気なら一生遊んで暮らせると思うんだ。本人も頼って欲しがってるんだし。
彼女の家で聞いた話からすると、幼い頃に父親を亡くして、自分が母親を助けなくちゃと思うようになったみたいだ。養成所から宮廷魔導師見習いに抜擢されてから、かなり仕送りをしていたようだし。そういう生活だったから、金銭面で誰かに頼って生活しようとは、思わないんだね。家事は苦手みたいだけど。
私にだったら、いくらでも頼ってくれていいのに!
男達は歩いてここまで来ていた。奴らも含め、アレシアの荷馬車に皆で乗って、村まで向かう。行きは山奥の村なので、基本的に冒険者なんて立ち寄らないから雇えず、足が速くて何かの時に逃げられそうな者が、依頼を出しに来るのに選ばれたようだ。途中の村で食事や宿泊はできる。辺鄙な村ではそのような相互協力が、普通らしい。
アレシアは村に持っていく分と、途中の村で卸す分の品物を仕入れていた。
調味料や日用品、生鮮食品や大工道具など、不足していると言われたものを準備していた。アレシア姉妹とイリヤ嬢にリニまで御者台に居て、こちらは男だけだ。嫌だなあ。リニは乗りきれないからと、イリヤ嬢の膝に座っている。
「えと、エクヴァルさんでしたね。こちらがセビリノ様」
……あれ? 私がさんで、セビリノ君は、様?
「うちの村には魔法を使える人なんて、いないですからね。いやあ魔法使い様がご一緒なんて、驚かれますよ!」
なるほど、魔法を使うのが珍しいのか。エグドアルム王国よりも、魔法の普及率は低いな。
途中の村に立ち寄ると、セビリノ君は物珍しそうに眺められていた。人に囲まれても彼は背が高いから、頭が見えてるね。イリヤ嬢は魔導師だと、気付かれていないようだね。彼女のローブは、一見普通のコートみたいだし。
「エクヴァル~!」
子供に角を弄られたリニが、慌てて逃げてきた。小悪魔が子供から逃げるとか、本当に可愛いよね。私の後ろに隠れてしまっている。
「ごめんね、彼女人見知りだから」
子供たちは親に
リニは次の村から黒猫の姿でいたけど、やっぱり背中を撫でられたりしていた。
いくつかの村を経由して、途中で泊まらせてもらい、ようやく目的のトナ村に到着。予想以上に山奥で、けっこうのぼってきたと思う。小さな村は木の柵で囲われていて、荷馬車を確認した村人が手招きして他の連中に声をかけている。
「早かったね、もう引き受けてくれる人が見つかったの?」
「ああ、アレシアのお友達の方が受けてくれて。増額もしなくていいって」
「そりゃ助かる! 心配していたんだが、しっかりやってるな、二人とも」
畑を荒らされるんじゃ、一秒でも早い方がいいよね。皆、安堵の表情を浮かべている。
「ただいま、みんな!」
「みんな変わらないね、お姉ちゃん」
二人も久々の帰郷に喜んでいる。
今日は私たちは、村長さんの家に泊めてもらえる。村で一番広いから。余った部屋が幾つかあるので、一人一部屋借りられた。アレシアとキアラは、実家で家族と過ごす。アレシアはしっかりしてるけど、やはり両親が恋しいよね。あとはお婆さんと、家を継ぐ兄がいる。
討伐は夜。暗くなってから現れるので、誰も姿を見ていないそうだ。確認するにも危険だからね、それが正解だ。暗い中で明かりを手にしていたら、ここにいるよと教えているようなものだし。畑を荒らすものが、人を襲わないとは限らない。
夕飯は山の幸をふんだんに使った食事が振る舞われ、イリヤ嬢は新鮮な山菜を懐かしいと喜んでいた。山間の村が出身だったね。気候が違うけど、同じ物もあるようだ。
「さて、どうする? 私一人でもいいけど」
「でも暗いし、数も解ってないわ。心配だし、近くにいるね。どこに居たらいいかしら」
「師匠、ちょうど良い場所に資材を入れる小屋があります。外が見にくいですが、そちらではどうでしょう?」
二人は物置小屋に隠れていることになった。足の速い獣系でも出ると、魔法使いは自分で身を守れないし、私が助けようにも間に合わないかも知れない。潜んでいるのがベストだ。
「……私、どうしたらいい? 探って来る?」
ゼンマイを不思議そうに一本ずつ食べながら、紫の双眸が心配そうに見上げてくる。リニはゼンマイ、初めてなのかな?
「リニは、このおうちを守ってあげてね」
「エクヴァルは強いから、大丈夫よ。リニちゃん」
早めの夕食を頂きながら相談していると、村長の奥さんが熱いお茶を持って来てくれた。
「退治して下さればとても助かりますけど、無理しないで下さいね」
「御親切にありがとうございます。引き受けた仕事なので、成果は上げて御覧に入れます。貴女の瞳を曇らせる結果には、ならないでしょう」
あ、しまった。いつものクセで!
イリヤ嬢はやっぱりコレだよね、というように、にこやかに私を見ている。私の印象って、どうなんだろう!? 嫉妬してくれてもいいからね?
すっかり暗くなってから、外の畑が見える場所で番をする。私は畑の近くに植えてある、柿の木の影から見ていることにした。
魔石の灯りを幾つか設置しておいたので、月の出ていない夜ではあるが、少しは見やすい。
しばらくして、魔物が森からゆっくりと姿を現した。姿はまだ影のようであまり確認できないけど、鹿のような角が生えていて、太くて長い体で、這うように移動している。巨大な蛇だ。
蛇系って畑を荒らすかな……?
明るい時間に確認した時、確かに蛇行の跡を見つけた。だがそれと近い場所に、人間に近い、二足歩行の足跡もあった。靴も履いていたところから、人間に擬態する魔物、もしくは……
確認すべく木の後ろから出て行くと、イリヤ嬢とセビリノ君が資材倉庫から慌てて飛び出してきた。うん、やっぱりこれは違うね。
「待ってエクヴァル、この子じゃないわ!」
「それはサクトコと呼ばれる、聖獣の類です。畑は荒らしません」
念の為に剣を抜いたから、攻撃すると思われたらしい。
サクトコという聖獣が薄明りの中を通ると、体がほんのり黄色く照らし出された。色を確認して、二人とも頷いている。どうやら確信を持ったようだ。
「チント=サクトコっていう、ホーンド・サーペントの一種よ。一部の地域では、神様の使いみたいに思われてるの。理由は……」
サクトコという大きな蛇は、柵の向こうを見ている。
闇の中から何か小さい、子供くらいの大きさのものがやって来た。これが畑を荒らした何かの正体だ!
柵を軽く跳び越えて来たそれは、私たちの姿を見て一瞬動きが止まった。
「人間!!」
「小悪魔だわ」
どうやらサクトコは、この小悪魔から畑や村を守ろうとしてくれていたらしい。これが神さまの使いと思われているという、理由か。昔にどこかで、その姿を目の当たりにした者が居て、そう感じたんだろうな。
では小悪魔を退治したら終了だね!
と、思ったんだけど。
「貴方はどうして畑を荒らすの? 契約者は?」
普通に会話を始めたね。
「ギェ……、契約者は、いない。喚び出した奴が、こんな弱いのじゃ仕方ないって、そのままにされた」
「酷い話ですな。召喚師が解れば、ただではおかぬのに」
さすが一番弟子、師匠と同じテンションだ。私はちょっと置いて行かれてるよ。
「だよなあ! ひでえよな!!」
余りにも他意を感じなく話し掛けられたので、小悪魔の方もつい普通に返事をし、うまく共感を得たようだ。さすが地獄の王と契約しているだけあって、小悪魔なんて村の子供と一緒みたいだ。私だととっさに身構えて、敵だと見做してしまいがちだな。
依頼は討伐だけど、畑を荒らす行為さえやめさせられれば、問題ないだろう。交渉の成り行きを見守ってみよう。
「要するに、食べる物が少ないから畑から盗んでいたけど、このサクトコに邪魔をされて、お腹が空いているのね?」
「ギェ……、そうだ。肉食いてえ」
なるほど、ペットや家畜など、穏やかな動物を狙っていたようだな。牛舎もあったし、そっちが目当てだったかも知れない。
「ふむ。ならば食料を与えよう。それから地獄への送還、これで良いだろうか」
「手土産が何もないのもバカにされる、ギェ」
「そうよね、それなりの期間ここにいるんだろうし。何の仕事も受けていないと、帰りにくいわよねえ」
そういうものなのか。小悪魔は頷いている。
「師匠、ならば仕事を与えれば宜しいでしょう」
「うん、そうよね。じゃあうちまで来てもらいましょ!」
うわ、悪い予感のする仕事だな!
その後様子を見に来た村長に、状況を説明した。
小悪魔については、こちらに任せてもらえる。これで任務終了。
サクトコという蛇は、可愛い色をしていたので村の子供が餌をあげたり、この蛇が小さい内に襲われそうになった時、助けてあげたりしたそうだ。
恩返しのつもりなのか、守ろうとしてくれた。今はいつの間にか、森に戻ってしまい、姿が見えない。サクトコについてはそのままで、黄色い蛇は村を守ってくれるから攻撃しないで、と周知した。
帰りはまた、アレシアとキアラの荷馬車。荷台には私達二人と、この村の特産品も積んで出発だ。途中の村でも木製の食器や、特性傷薬、山菜などを仕入れて行く。しばらくは露店に雑貨なんかも並びそうだね。特にレース編みのアクセサリーや独特な模様のショールなんて、売れそうだ。
アレシアはイリヤ嬢に村の特産品である蜂蜜を入れた大きめの瓶を、三本用意してくれていた。いつもお世話になっているから、と。三つとも色が違うね。黄色い蓮華の蜂蜜、色が薄くあっさりしたアカシアの蜂蜜、濃い琥珀色で、ハーブの香りがするローズマリーの蜂蜜。
彼女はとても喜んで、またなんでも聞いてねと言っている。甘いものが好きだからね。
さて、やっと帰って来たレナント。
姉妹と別れて家に戻り、待っているのは地獄の王が二人。これには小悪魔もびっくりだ。かなり存在を隠しているようで、小悪魔は家に入るまで解らないでいた。
「お帰り、その者は?」
「実は……」
「なるほど、ならば私が用を与えよう」
「は、はい!!」
柔らかく笑いリラックスしてソファーに腰かけるルシフェル殿とは対照的に、小悪魔は両手を脇に、一直線になって指までピンと伸ばし、返事をしている。かなり緊張しているようだ。可哀想だな……。
イリヤ嬢って、こういうところ抜けてるよね。普段から地獄の王と居るから、感覚が違うんだろうな。普通は大した用もないのに地獄の王と引き合わせないでしょ、小悪魔。
「パイモンに伝言を頼むね。ベリアルに謝罪する、これが罰だ。とね」
「パイモン……さま、で?」
「破壊を司る地獄の王である。最下層コキュートスの手前、第八圏に行けば、誰に聞いても解るわ」
「そんな深部まで……!?」
ベリアル殿の説明に、小悪魔は顔を青くしている。地獄の事について私は詳しく知らないが、そんな奥まで行った事がないのだろう。リニは第一圏に居るんだ。上位の悪魔に仕えているわけでなければ、小悪魔の多くは、第三圏までに住んでいる。
飛行できなくても、スロープになっているから行き来できるんだって。
それにしても、地獄の最深部は第九圏なんだな。ふむ、コキュートス。
「お礼に、温泉のお土産をあげよう」
ルシフェル殿が笑いながら、お土産の食べ物と工芸品を渡している。
温泉? 私たちが居ない間に、二人で行ってきたの?
金の盃と、鳳凰の模様が入った、細工物のガラスのカップだった。ガラスのカップは壊れものだが、王からの賜りものに傷を付けるわけにはいかない。震えながら小悪魔が受け取っている。
小悪魔は地獄の王二人に見送られ、縮こまりながら送還されていった……。彼女のことだ、きっちり第八圏に送ったんだろう。
「ルシフェル殿……、そのような伝言を小悪魔にさせて、大丈夫かね? またパイモンが逆上せぬかね?」
不安だよね……
「私の伝言を預かった使者に何かすれば、次こそは許さない」
あ、こういう確かめ方ね。
ルシフェル殿は普段は終始笑顔だけど、実はベリアル殿より気が短いよね。
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