第三部 ルフォントス皇国編

一章 婚約破棄令嬢と悪魔

第152話 イリヤちゃん、お休みです(セビリノ視点)

 今朝は師匠が朝食にいらっしゃらない。夕べフェン公国から帰ったばかりだ、寝ているという事は体調を崩されたのだろう。

 扉をノックして、ドア越しに声をかける。

「師匠、お加減は如何ですか?」

「ん~……、熱があるみたい。やっぱり無茶だったわね……」

 まだベッドの中なのだろう、怠そうな返事が聞こえてきた。


「どしたの? イリヤ嬢、体の調子が悪いの?」

 会話が聞こえたらしく、台所に居たエクヴァル殿もこちらにやって来た。

「これは強い魔法の使いすぎです。魂に負荷がかかりますし、体も耐えられないのです。よもや王の呪法を、三連続ですから」

「あ~……、なるほど。マナポーションがあっても、これ以上はって魔法使いなら自分で体調を管理してるね。子供とかが寝込むヤツだよね」

「今回は仕方がないでしょう、相手が地獄の王でしたから」

 師匠でなければ、生きて帰る事さえ難しかったろう。我が師は地獄の王さえ退ける、天にも等しい存在だ!


「で、どういう風に看病すればいいのかな?」

「休息をとることが肝要です。食事をとり、薬を飲んで頂けば良いでしょう」

「……私も、お手伝いするね」

 エクヴァル殿の使い魔、リニが彼の後ろから顔を見せた。

 まずは食べやすい食事、それから熱冷ましと魔力を安定させる薬。この手の薬は、アイテム作製をする者なら基本的に所持している。

 食事はエクヴァル殿が用意して下さるようだ。自分が看病をしようかと、提案してくれた。私はその言葉に甘え、朝食の後は魔法の練習に行くことにした。まだまだこの程度の腕では、師のお役に立てぬ!



 中央山脈の人目につかないような場所を飛行魔法で探し、魔法の練習をしてみることにした。今回は初級の魔法で、魔力を操作する訓練をしたいと思う。バアル殿の呪法を使う許可を得たが、私は光属性の次に風属性が苦手だ。風属性の上位に当たる雷の魔法は、必然的に得意ではない。

 雷撃は攻撃力が高いので、討伐には必須。もちろんかなり訓練をして、使えるようにはなっている。しかし王の呪法を扱うのだ、魔力を無駄にせず変換効率をしっかり上げていくため、風属性に対する苦手意識から克服していかねばならなん。


 しばらく練習して的にしていた木を何本か倒したところで、バキバキと多数の木が折れる音と、強大な生物の咆哮が耳に届いた。これは竜か? しかも、中級以上のランクだろう。

 こちらに近づく様子はないが、どのような竜であるか確認しに向かった。

 森よりも高く、木を薙ぎ倒しながら進むソレはすぐに目に入った。



 誰かが交戦中なのだろう、魔法の詠唱がされている。

「襲い来る砂塵の熱より、連れ去る氷河の冷たきより、あらゆる災禍より、我らを守り給え。大気よ、柔らかき膜、不可視の壁を与えたまえ。スーフル・ディフェンス!」

 

「さすがパーヴァリ、完全に防げてるな! しかし、打つ手がない……!」

「攻撃して手負いにすれば、凶暴性を増すだろう。逃げの一手しかない」

 冒険者が二人だけ。退治ではなく、偶然にも遭遇してしまったのだな。不幸としか言えぬが、冷静に行動しているようだ。高ランクの冒険者と見た。

 

 しかしこれはチャンスだ!

 早速、バアル殿の呪法を唱えてみよう! まずは自分がどの程度使えるか、やってみなければ解らない。ちょうどいい的があるではないか!

 ヴェヘールの竜と呼ばれる、峡谷に住んで通る人間を殺すドラゴンだ。ランク的には上級になるが、その中では下の方になる。属性は土。風系の魔法を試すには、うってつけの相手だ。


「追い立てるもの、其は瞬く閃光。破砕するもの、其は磨かれた黒金くろがね。いきり立つ大気よ、目をくらます輝きを幾重にも合わせ、迅雷の槍を我が手に委ねられよ! うねる荒波の盾を破り、海さえも平定せしめるべし!」


 金に光る槍が、手の内に生まれる。これをぶつけるわけだ。近づくのは危険だ、尻尾などの打撃の範囲外からにする方が良いだろう。

 ドラゴンは再びブレスを放とうとしているらしく、首をあげて天を仰いだ。

 冒険者達は防御の壁の内で、グッと睨んで対策を練っている。上位のドラゴンのブレスを二度を防げるかと言えば、微妙な所なのだろうな。しかし魔法使い一人では、掛け直す余裕もない。

 私は巨大な敵の顎に向けて雷を放った。


「激情は吠え狂う烈風となれ! 討ち滅ぼせ、雷霆らいてい! 駆逐者、アィヤムル!」


 手から放たれた金の槍が、ブレスを吐く直前だったドラゴンの顎に当たり、悲鳴と共にブレスになりきれなかった煙が口から漏れて、白く低い霧になる。

 雷は大きく爆発し、金の光が乱れ跳んでヴェヘールの竜が倒れた。


 そこに冒険者の剣を持った男が、すぐさま駆けて行った。首元に斬りつけて大きく裂き、サッとどける。これはドラゴンとの戦いも慣れているな。


「聖なる、聖なる、聖なる御方、万軍の主よ。いと貴きエル・シャダイ!! 歓喜の内に汝の名を呼ぶ。雲の晴れ間より、差し込む光を現出したまえ。輝きを増し、鋭くさせよ。いかなる悪の存在をも許さず断罪せよ! 天より裁きの光を下したまえ! シエル・ジャッジメント!」


 メイスを持った魔法使いは、攻撃した傷を目掛けて光属性の攻撃魔法、シエル・ジャッジメントを唱えた。これは効果がありそうだ。

 竜の体は衝撃で跳ね、開かれた口から悲鳴が漏れて背を反らす。


「地表に峻険なる山を隆起させ、刺し貫く尖塔を築け。針の如く突け、林の如く伸びよ、くちばしの如く鋭くあれ!! 神殿の柱となりて敵を打ち、檻となりて隔絶させよ! スタッティング・ピック!」


「ギャアアアァア!」

 地面が尖って盛り上がり、十本ほどの尖った土柱が天に向かって一瞬で伸びた。

 何本かが倒れていたドラゴンを貫き、悲痛な叫びが響く。既に十分なダメージを与えていた、これで問題ないだろう。



「ありがとうございました。私はパーヴァリと言います。立派な魔導師の方とお見受けいたします、名をお伺いしても宜しいでしょうか?」

 パーヴァリという光属性の魔法の使い手が、丁寧に私に頭を下げた。

「私はセビリノ。ちょうど魔法の練習をしていたところだ、気にする事はない」

「ありがとう、助かったよ。俺はセレスタン・ル・ナン。困りごとがあったら相談してくれ、こう見えてSランクだ」


 Sランクの男、セレスタンが手を差し出してきたので握手を交わしていると、パーヴァリは私を凝視していた。

「セビリノ……、セビリノ。セビリノ・オーサ・アーレンス様では……?」

「いかにも」

 どうやら私を知っていたようだ。魔導書を出版すると、飛躍的に知名度が上がるものなのだな。


「なんだパーヴァリ、知ってるヤツか?」

「ヤツだと!? 失礼だぞ、セレスタン! この方は魔法大国エグドアルムの宮廷魔導師、アーレンス様だ! 魔導書も執筆されている、とても有名な魔導師様なんだ。考えてみろ、普通の魔法使いが増えたとして、あんなドラゴンをこんな人数で倒せるわけがない!」

「そりゃそうだな」

 なんともスタンスが違う二人だ。やり取りを眺めていると、パーヴァリは失礼しましたと申し訳なさそうにこちらを見た。


「素晴らしい魔法でした。あの最初の雷撃はなんですか!? 通常のものより、さらに攻撃力が高いようでした」

「アレは我が師が開発されたもの。みだりに教えることは出来ん」

 地獄の王の呪法を模倣したもの、とは明かさない方がいいだろう。分をわきまえている男のようだ、教えられないとの回答で納得したようだ。


「ところでアーレンス様は、なぜこちらに?」

「ふむ、我が師がチェンカスラー王国に滞在しておられるからだ」

「アーレンス様が師と仰がれる御方! さぞや素晴らしい魔導師様なのでしょうね……」

 おお! このパーヴァリと言う男は、見所のある魔導師だ! 何も言わずとも、師の秀逸さが解るとは!

「その通り。イリヤ様は、誰よりも立派な魔導師であらせられる」


「……イリヤ、さま?」

「そろそろ戻らねばならん。では、失礼する」

 師匠を存じているような反応であったが、ここで話し込んでしまうと遅くなってしまう。そろそろ帰ろう。私は来た時のように、飛行魔法でレナントへ戻った。



 家に戻ると、師匠はソファーでくつろいでいらっしゃった。だいぶ調子が良くなったようだ。エクヴァル殿の使い魔、リニと一緒に暖かいココアを飲まれている。

「君もやはり人間だったね」

「無茶をするからである。相変わらずの、はねっ返りめ」

 地獄の王二人に、からかわれておいでだ。さすがに反論の余地はない。

 エクヴァル殿はひざ掛けを持ってきたり、食べたいものはないかと伺ったり、意外にも甲斐甲斐しく世話を焼いている。私より気が利いている程だ。


 これはもしや、彼も師の一番弟子の座を狙っていたのでは……!?

 油断できん! ようやく一番弟子になれたのだ、こればかりは相手が地獄の王でも譲れん!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る