第151話 後日談in地獄
地獄にあるパイモンの宮殿のベランダに、男が降り立った。
深い緑色をした髪は後ろで結ばれて背中で靡き、腰に足元まである白い布を巻いた男。首には銀の装身具を付けて、髪と同じ色の上着に銀の刺繍が施してある。
「よおっ! ヘタをうったな、パイモン。あそこでベリアルとケンカしたのは、いただけねえぞ」
「……バアル閣下」
パイモンは椅子に座ってワイングラスを回していたが、テーブルにグラスを置き立ち上がった。黄金を帯びた稲穂色の白ワインがゆらりと揺れる。
「いい、かたっ苦しいのは苦手だ。地獄に戻ったついでに、様子を見に来ただけだ」
バアルは礼をしようとしたパイモンを手で軽く制して、広い窓から部屋に入った。
「ルシフェル様は、まだお怒りが収まりませんか……?」
「まだだな。しばらく大人しくしとけ」
力なく小さく頷く。
「……ベリアルが、まさかあんな力を持っているなんて……」
「鈍いな、お前。秘密は探っても、暴くもんじゃねえぞ」
ニヤニヤと笑いながら近づき、バアルは近くにある椅子を自分に引き寄せ、ドカリと座る。
相手が座ったのを確認してから、青年の姿の悪魔、パイモンも再び椅子に腰かけた。
「バアル様、何かお飲みものは如何ですか?」
控えていた召使いが近づいて尋ねると、バアルは腕を組んで少し考えた。
「んー。そうだな、俺はビール。コキュートスなみに冷えたやつ」
「畏まりました」
「……おい、冗談だぞ。凍らせて持ってくんなよ」
召使いは短く返事をして、部屋を後にした。扉を閉めた後の静寂が部屋に漂う。
しばらくの沈黙の後、パイモンがぽつぽつと小さく話し始めた。
「ルシフェル様が……教えて下さらなかった……」
「アホ。当たり前だ、戦略をベラベラ話すと思うか? だいたいあんなの、何かあるくらい解るだろーが。あのペテン師が炎の王だと吹聴してるんだ、隠し玉があるに決まってら」
「……バカだと思ってました」
「アレでバカじゃねえから、厄介なんだよ。そもそも種を仕掛けとくからペテン師だ」
パイモンは項垂れて言葉を発しない。彼はベリアルに勝てると思っていた。ベリアルの怨嗟の声を聴きたかったのだ。
バアルはため息をつき、運ばれて来たグラスを受け取りビールを煽る。
「俺はお前をわりと気に入ってる。何かあったら、相談しろや」
「……はい……」
「それからな。あのベリアルの契約者の女に手を出す事は考えるな。アレは、ルシフェル様もお気に入りだ」
「王の……呪法を真似したんですよ!! そんなふざけた女、生かしておけと……!??」
振り返るパイモンの歪んだ表情に、呆れたように頭を掻くバアル。
「……ルシフェル様は才能のある、そして努力する者をお好みだろう。そのくらい知っとけ」
「しかしっ……」
「偉業か悪行かは、ルシフェル様がお決めになること。俺たちは従うだけだろ、そこにどんな浅知恵を挟む気だ?」
バアルの瞳が剣呑な色に染まる。それを見てとったパイモンはビクリとして、再び俯いた。
「この俺も、ルシフェル様の意にそぐわぬ者は許さん。忘れるな!!」
それだけ言い残し、バアルは宮殿を後にした。
残されたのは空になったビールのグラス、もう一つのグラスに少しだけ残った黄金色に輝くワイン、そして膝を抱えて俯くパイモンの姿。
□□□□□□□□□□ エクヴァル君が報告書を書いてるところ
「参ったな……、どうやって殿下に報告しよう」
チェンカスラーに戻ってきた私は、自室で国に向けた報告書を仕上げることにした。
しかし事が重大過ぎる。地獄の王との戦闘に巻き込まれるなんて、聞いたこともない緊急事態だ。それで死者が出なかったところも、むしろ恐ろしい。これをどう報告するか……。
まずイリヤ嬢がしたのは、天からの監視の目を避ける魔法。自分で開発したらしいが、彼女は悪魔の軍勢に加わるつもりなのだろうか……? 人間のやることではない。ここは削除する。
次に光属性の防御魔法を唱え、王の攻撃を阻止した。これはセビリノ君との協同魔法。私が知らない防御魔法だが、誰か知っているだろう。あとでセビリノ君に詳しく聞いて書くか。
そして人間以外の魔力を減じる魔法。この魔法も知らない。必要性を感じ、エグドアルムで開発していたらしい。神聖系だと闇属性の強い、ベリアル殿の方に効果が強く表れてしまう為だ。
悪魔同士の戦いも視野に入れていたのか? 彼女、ホントに何に備えていたわけ? 物議をかもしそうだ、神聖系を使った事にしておこう……。
地獄の王パイモンと戦ったということは、ベリアル殿も地獄の王だと隠すことは出来ないな。殿下の胸に秘めてもらうように要請しよう。ベリアル殿の意に添わなければ、国が滅ぶと忠告を加えておけばいいだろう。
軍事国家トランチネルの惨状を添えておけば、より慎重に対応を考えるだろう。
あとはイリヤ嬢がした、地獄の王の呪法を三つも模倣した事……。
本当にとんでもない。これは書かないでおこう。模倣した事実だけでも、知られたら大変だ。どこかから漏れたら、知りたがる人間が押し寄せる事になる。
こんな術を使ったと呪法を使う本人に知られたら、通常ただでは済まないはずだ。使えるかは別として。
この辺のつじつま合わせは、セビリノ君と相談しよう。師匠の事なら、いつも以上に真面目に考えてくれるだろう。“我が師は素晴らしい”だけで終わらない事を祈る。
彼女の護符で私の命が助かった事は、書いていいね。古代の護符、ケペリ。何とも効果が強いものだった。せっかくのイリヤ嬢のお手製が壊れて残念だなあ、また作ってくれないかな。
護符と言えば、魔力を増強させる指輪を作って使用していた。これも報告。あと、セビリノ君にあげた惑星の護符。そうだ、ついでに実物を確認させてもらおう。
結末は更に高位の王を召喚し、調停してもらった。
この王との契約は、基本的に現時点では不可能と思われる。
こんなところか?
もう、本当に非常識過ぎて報告書が難しい……!
こういうのを仕上げるのは、得意分野だったはずなんだけどな。
暖かいコーヒーでも飲んで、頭をスッキリさせよう。
二階から降りようと階段に向かうと、猫の姿で丸くなっていたリニもついて来た。
リニにはココアかな?
★★★★★★★★
第二部、これで完全に終了です!ありがとうございます。
次の更新、第三部開始は16日になります(*^^*)
紅葉を見に行ってくるのだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます