第219話 ロゼッタ祭り、開催中!?
サンパニルの王様へ、ロゼッタとエグドアルムの皇太子殿下の結婚の報告を済ませて、二人がバルバート侯爵領へ戻って来たよ。
するとすぐにパレードが出ることになった。兵士が要所に派遣されて、人が詰め掛ける予想される場所には、規制のロープが張られた。
準備が手慣れているなあ。お祭り好きなのかな。
パレードは殿下とロゼッタが輿に乗って、バルバート侯爵領の大きな町を二つほど練り歩くのだ。一日目は林業で賑わっている南の森の町、二日目は公爵邸の東側にある、ガオケレナの生産が盛んな町。
エグドアルムの王妃様もいるんだけど、どうするんだろう……。
王妃様は本当に、ベリアルと一緒に盗賊のアジトを一つ潰して凱旋した。ロゼッタが勉強になったと興奮していたんだけど、参考にしない方がいいと思う。
絶対に王妃のやることじゃないから。
林業の町には近隣の村や領地から見物客が押し寄せて、宿は既に満室。外でキャンプをしている人までいた。私とベリアルは、町のすぐ外にある森の木の太い枝に座っている。
「すごい人出ですね、ベリアル殿」
「そなたは輿に乗らんのかね?」
「……何で乗るんですか」
「当然であろう、この地獄の王の契約者としてである!」
あ、これ自分が目立ちたいだけだ。輿に乗って騒がれたかったんだ。
誰? ってなって終わりだと思うんだけどな。地獄で好きにやって欲しい。そもそも、王の契約者なんて大々的に公表しちゃったら、ベリアルが怒るでしょ。
呆れていると、羽の生えた小悪魔がこちらに飛んできた。
「王様~、場所を確保できました! 飲食店の三階席です」
そうなのである。またベリアルがその辺にいた小悪魔を、勝手に使っているのである。小悪魔も魔王の命令だから、すぐに実行していた。
お祭りで忙しい時だっていうのに……。私達が見物する場所を探させていたのだ。
「うむ、大儀である。案内せよ」
「はい、直ちに!」
王から直接の命令なので、小悪魔は興奮気味。むしろ嬉しそう。
小悪魔に連れられて、私達は大通りにある灰色の壁の喫茶店に案内された。木造が多いこの国で、石造りは珍しい。
しかも三階は飛行魔法で入れるように、ベランダが入り口になっていた。
もしかして、賓客用?
待っていてくれた店員に案内されたのは、内装がとても豪華な個室。飾ってあるグラスは上部に金で装飾されており、繊細な模様があったり鮮やかな青だったり。皿はグリーンで丁寧に文様が描かれている。絨毯も立派だし、貴族の邸宅にあるような品ばかりが並べられていた。
大きな窓からは、ちょうどパレードが行われる大通りが目の前だ。こういう時の為に作られたのかな。廊下の反対側は広い一室だけで、会議室みたいだった。大勢の人を接待するのかな。
「どうでしょうか……?」
「良いな! うむ、気に入ったわ!」
「ありがとうございます!」
小悪魔はベリアルから報酬に小さな宝石を受け取って、大喜びで帰って行った。
ちなみにセビリノとエクヴァル達は、殿下の護衛だ。危険はないみたいだけど、エグドアルム側からの従者が少ないと、見栄えが良くないしね。
隣の部屋にもお客が入室したみたいで、扉が閉まる音が聞こえた。声は普通に話す分には、ほとんど漏れてこない。こんないい場所が空いているなんて、キャンセルでもあったのかな。
店員がおしぼりを持って来てくれたので、飲み物とスイーツを注文した。
一杯目が飲み終わって二杯目を頼んだ後、外がどんどんと騒がしくなってきた。
ついに輿の到来だ! 待ってました!
先頭は大きな旗を持った歩兵。それから音楽隊が、軽快な曲を奏でながら進む。その後ろで騎馬部隊に守られて、ロゼッタ達が乗った輿が登場。曳いているのは、牛のように大きな猫が二匹。猫とは珍しいなあ。
観衆は旗を振り大声で呼び掛け、主役の二人の顔を自分の方に向けようとしていた。
エクヴァルとジュレマイアは親衛隊の真っ青な軍服を着用して輿の脇にいた。銀糸で繊細な模様が描かれた、式典用の制服。そして胸を飾る徽章は、殿下を象徴するダリアの形をしている。
セビリノは彼らの後ろ側で、麒麟に乗っていた。僅かに浮いた麒麟は目立つ。紺のローブでフードを外し、宮廷魔導師を表す赤い宝石を付けた金の鷹の徽章を、胸の見える位置につけている。ローブの下は、今日は光の加減で銀に輝く、白い衣装。珍しいエグドアルム王国の宮廷魔導師とその騎乗に、皆が興味津々だ。
エグドアルムでもパレードなんかの時は、宮廷魔導師は各々が契約した生物に騎乗して随行しているんだよ。
リニは黒猫姿で、ロゼッタの足元にこっそりいるみたい。
ロゼッタの脇にはベルフェゴールも乗っていて、彼女は全くの普段通り。これもすごい。ルシフェルの横にいると、騒がれるのには慣れちゃうのかしら。
私も手を振ってみたら、セビリノだけが気付いて軽く手を上げてくれた。彼はベリアルの魔力で、ここを感知したのね。
輿の後には数人の魔導師らしき人、そして槍の部隊が整然と歩いている。
沿道を埋め尽くす歓声の中、輿は粛々と通り過ぎた。
王妃様は、いらっしゃらなかったな。
「立派でしたね、ベリアル殿」
「ううむ、退屈であるな」
ダメだこの人。自分が主役じゃないと、楽しくないらしい。もしくは何かトラブルがないと。とりあえず残りのオレンジジュースを飲んだ。カットされたオレンジがグラスの淵に刺さっていて、それを食べる。
「もう一度このパレードを見物するのかね」
「もちろんですよ。ロゼッタさんの晴れ舞台を、しっかりと目に焼き付けます!」
「エグドアルムでも、またやるのであろうが」
うんざりとした様子のベリアル。とはいえこの混乱じゃ何があるか解らないし、エクヴァルもセビリノもいないから、一緒にいてくれるのね。
ゆっくりスイーツを食べてから支払いを済ませて、飛行魔法で出入りする用のベランダへ出た。
さあ明日輿が行く町へ、先回り。空をペガサスが飛んでいく。アレは誰かを乗せた、ペガサス便だね。目的地は私達と一緒だ。他にもパレードを見物する為に、馬車や召喚した馬なんかに乗って移動する人々が道を往く。八本足の神馬はすごく速い。
他の国から飛んで向かう人もいる。
チェンカスラーだと空を飛んでいる人は、あまり見掛けなかったな。飛行魔法の使い手は、こちら側の方が多いかも。
前の方には一人、火のような赤い翼を出して飛んでいる、悪魔の貴族が。
……って、こちらに気付いて近づいて来る。
「ベリアル様? こちらにいらっしゃったんですか?」
「フェネクスではないかね。そなたこそ、エグドアルムから外には出ぬと思っておったわ」
ベリアルの知り合いみたいね。
「は、私の契約者は退職して、海の近くの町に住んでおります。皇太子殿下を気にかけておりまして、私が様子を確認に参りました」
「ちょうど良い時に来たものよ。明日も婚約披露のパレードが行われる。観覧していけば良いではないか」
なかなか戻らない殿下の様子を心配して来たら、ちょうど婚約披露のパレードをしていたわけか。わざわざエグドアルムから、大変だなあ。
「終わってしまって間に合わなかったとばかり……、明日もあるのですか。それならば是非、契約者に変わって見て行かねばなりません」
嬉しそうにするフェネクスが、ベリアルの隣で飛ぶ私に視線を向ける。
「こちらは契約者の……確か、イリヤと名乗っておりましたか。大きくなりましたな」
エグドアルムで会ったかな……? 記憶にないなあ。
「はい、イリヤにございます。失礼ですが、どこかでお会いしておりましたでしょうか?」
「ああ悪いな。子供の頃に会ったきりだ、覚えていないのも無理はない。私はクローセルの友人、フェネクス。ベリアル様の肩に乗せて頂かなくても、自力で飛べるようになったのだな」
ひえ! これは確かに、子供の頃に会った方だわ……。もう忘れて欲しい。
このベリアルの勝ち誇った視線。くうう、悔しい。
「ところで、場所はご存知ですか? ご一緒致しましょう、次の町では侯爵様が観覧席を設けて下さっております。ロゼッタさんについてなど、お話いたします!」
「強引な話題の逸らし方であるな」
話が逸れるなら、方法なんて問わないのだ!
パレードは明日なので、引き続き侯爵邸に泊まる。突然フェネクスも連れて行ってしまったけど、笑顔で迎えてもらえた。今日はバルバート侯爵夫妻も、ロゼッタも殿下達も、皆この館に戻る暇はない。
主不在の家に客まで連れて行くって、非常識だったかも……。
ベリアルとフェネクスは、夜遅くまでお酒を飲んで盛り上がっていた。
さて、次の日。侯爵のお膝元の町を、今日は午後からパレードが通る。
観覧席には招待された貴族が列席している。広めのスペースに仕切りもあるので、あまり気にならない。
……やっぱりちょっと気になる。
隣は若い女性のいる家族連れらしい。
「ねえお父様、お隣の席はどちらの国の方かしら。とても素敵な男性がいらっしゃるの」
「侯爵閣下は顔が広くていらっしゃるな」
「あらあら、ご紹介して頂けないかしら」
ベリアルはというと、得意気な表情をしている。モテると本当に嬉しそうだなあ。
「あの長い赤い髪の御仁か?」
「いえ、オレンジの短髪の方。赤い髪の方も素敵だけど、ちょっと怖いわ」
……残念、フェネクスだった。睨まれていて可哀想。
フェネクスが小さくなってご機嫌を取っている間に、パレードはやって来た。
昨日と同じように、旗を持ち着飾った歩兵を先頭にしている。こちらの貴族席に敬礼をして、軽快に歩を進めた。続いて音楽隊、それから今度は重装歩兵、弓兵、魔法使いの集団。急に軍事パレードっぽくなったなあ。
ようやく騎馬隊に囲まれた、大型の猫が運ぶ輿が登場。
エグドアルムの面々がいて、今度はベルフェゴールも着飾っていた。
こちらが貴賓席ということもあって、皆こっちを向いてくれる。なんか嬉しいなあ。サービスしよう!
「光よ綿毛の如く柔らかく舞え。優しく照らし給え。祝福されよ、慶福を増進いたしませ! ベネディクション・ルフレ!」
小さな光がチカチカと蛍のように照らして、辺りで点滅して消える。
光るだけで別に効果がない、演出するだけの魔法なのだ。
打ち合わせをしていなかったので一瞬ざわついたけど、魔法使いにはすぐに解ったらしく、皆を落ち着かせてくれた。観衆はキレイだって、すごく喜んでくれていた。
その後、何事もなかったように魔導師と槍部隊が過ぎる。
皆がしっかり準備を整えていたのに、お祝いだ~ってノリで何かしちゃいけないかも。混乱させちゃうわ。ベリアルは笑ってるけど、フェネクスが“やっぱり昔のままだ”というような視線になってしまった。
と、反省していた時。もっとスゴいサプライズが訪れた。
「お前たちッ! 良く集まってくれたね。祝いだよ、受け取りな!」
王妃様だ! ヒッポグリフに乗って、侍女を二人連れている。パレード中は飛行禁止なのに、振り切って来ちゃったんだ! 近くに警備の魔導師もいるんだけど、王妃だと知っているらしくて、困った様子で見守っている。
王妃様の言葉を合図に、侍女二人がパレードが去った後の広場に降りて、アイテムボックスから何かを取り出した。
デン、デン、デンと大きな樽をみっつ。
樽の後ろに仁王立ちする王妃様。
「さあ、コップを持って来な。器までは用意できなかったからね。振る舞い酒だ、ケンカするんじゃないよ」
集まった民衆は沸き立ち、すぐに器を持って並んだ。近くにあったお店の、木のコップが飛ぶように売れていく。すごい。侍女と王妃様がどんどんと柄杓でワインを注ぎ、皆が大喜びで飲む、飲む、飲む。
パレードの余韻が全然ないよ!
「あの方はどなたで?」
「すごい魔物に乗って舞い降りた……」
ヒッポグリフは後ろで大人しく寝転んだ。警備の兵は念の為にヒッポグリフに人が近寄らないように囲い、お酒をふるまう手伝いを始めている。
「このお方は、海の女帝と呼ばれた、エグドアルム王妃様です。皆の者、心して受け取るが良い!」
「バルバート侯爵のお嬢様が妃殿下の娘となられます。光栄に思いなさい」
侍女二人が大げさに王妃様を示すと、轟くような歓声が街中に響いた。
隣で顔を覆うフェネクス。彼の契約者は身分が高そうだし、王妃様を知っているんだろう。
「おおおお!」
「じょ・て・い! じょ・て・い!」
女帝コールが止まない。手を振って声の限りに叫ぶ人達。
それに握りこぶしを振り上げて、応える王妃様。変だな、漢らしい。
王妃様って、民衆の心を掴むのが上手いのね! いきなり大人気になっちゃった。
……だから、婚約披露のパレードだったんですよ~!
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