第220話 祭りの後の

 パレードの後にサプライズで振る舞い酒があり、皆が道に繰り出して踊り始めた。

 馬車などの通行止めは解除されず、夜になっても喧騒は続いている。沿道沿いのお店はどこも大繁盛。踊りが始まるのは毎回らしく、誰も止めない。貴賓席には最初からお酒やおつまみがテーブルに用意されていて、ベリアルはグラスを傾けながら眺めていた。

 隣のテーブルだった人達は席を立って、移動した。と思ったら、人ごみに紛れて踊っている。

 サンパニルはお祭り好きな国なのね。


「こちらはかなり派手でしたね」

「騒がしいものよ。しかしブランデーは良い味であるな」

 騒がしいのも好きだと思うんだけどな、ベリアルは。

「ベリアル様は、これからどうなさるのでしょうか」

 フェネクスが控えめに尋ねる。

「そうであるな……。イリヤ、そなたはどうするのだね。チェンカスラーへ戻るのか、ともにエグドアルムへ参るのかね?」

「チェンカスラーですね。家を空けっ放しですし、アイテムもそろそろ納入しませんと」

 せっかく取り引きしてくれる人がいるんだものね、あんまり不在ばかりじゃ呆れられちゃうわ。パレードも楽しんだし。あ、お土産買ってない!


「家を買ったのか。ベリアル様のシフォンケーキを欲しがって、じいっと見詰めていた子供が……」

 懐かしそうに話すフェネクスだけど、私はそんな意地汚いことをしたかな!? ベリアルが一人で食べているわけはないだろうから、自分の分もあっただろうに……!

 広場や道からは、まだ騒ぐ声が届いている。

「とにかく食べ物に執着する子供であったな。今もあまり変わらぬがね」

「しっかり成長してます! この後はモルノ王国に寄って、チェンカスラーに帰ります。みんなのお土産も買うんです、私の食べ物だけじゃありませんよ!」

 ベリアルはここぞとばかりに揶揄ってくる。しかし大体こういう反論は、無視される。ひどい。

「フェネクス。我々はチェンカスラーに戻った後、エグドアルムへ婚約披露を見物に参る。いつ頃になるか、解かるかね」

「……既に動き出してはおりますが、式典の準備や公布にも時間が掛かりますので、どんなに急いでもまだ二カ月は後になると思います」


 二カ月。じゃあチェンカスラーで、ちょっとゆっくりしていられるね。数日で準備しちゃったサンパニルって、すごすぎる。

 あとは、そうだ。ベルフェゴールはどうするのかしら。これで目的は果たしたものね。明日聞いてみよう。

 殿下やロゼッタ達はそのまま宴会で、侯爵邸には今日も戻れない。観覧席の下の階が宴会場。私は用意された客室で休ませてもらったけど、ベリアルとフェネクスは参加して楽しんでいた。

 フェネクスはトビアス殿下に挨拶をして、来ていることを知らせる。


 あとは侯爵邸でもう一日休ませてもらって、ついに帰るよ。

 殿下とロゼッタは準備があるから、もう少し出立は後になる。フェネクスは皇太子殿下の護衛をしながら、一緒に帰路につく。王妃様の行動には関知しないそうだ。

 そんなわけで侯爵邸を発つ日。

 執務室にエルフがお祝いに来てくれていた。エルフに会いたいとお願いしたら、同席を許してもらえた。初日のパレードを街道で見てくれたらしいけど、その時は気付かなかったな。

 他のエルフ達より、少し肌が茶色い。

「バルバート侯爵、お久ぶりです。ロゼッタお嬢様のご婚約、おめでとうございます!」

「わざわざありがとう。ルフォントス皇国から来る時も、駆け付けて護衛をしてくれたそうだな。礼を言う」


 侯爵邸に戻る時に、馬車の先で警戒してくれていたんだよね。

「いえ、国境付近で恐ろしい魔法が発動されたのを確認しましたから……、ご無事で本当に良かった。魔法使いを倒そうにも、こちらから援軍が出るのは予想されていて、多くの兵が待ち伏せていて近づけませんでした。一面炎に包まれていたので、もはや助からないのではと危惧しておりました」

「アレがルフォントスの秘匿魔法らしい。第二皇子は幽閉、公爵家が取り潰されたからな。道連れにしようというところだろう」

「恐ろしいことです……」

 と言いつつ、こちらにチラリと視線を向けた。ベリアルが気になるのね。

「ああ、あの悪魔の方か。隣にいる女性と契約している、心配はないぞ」


「……心配はない、ですか……。あ、忘れるところでした。婚約祝いに、マンドラゴラを持って来ました。今年もまずまずですね」

 マンドラゴラだ! 欲しいなあ。採りたて新鮮、人型根っこ。最初に出会ったエルフのユステュスの村みたいに、畑で作っているのかしら。

「お客人。アイテムを作って頂いたお礼に、半分持って行くかい?」

「いいんですか!?」

「……そなた、物欲しそうにしておったではないかね」

 ベリアルのせいで、初めて会ったエルフにまで笑われちゃったよ!

「私どもの里では、人間を拒むことはありませんよ。いつでも歓迎します」

 村の場所を教わり、いつか遊びに来てと言ってもらえた。


 退室してから、ロゼッタの部屋へ向かう。別れる前に、ベルフェゴールに用があるのだ。ロゼッタはメイドのロイネと、旅支度をしていた。部屋には「質実剛健」との文字が絵画の代わりに額に入れられ、壁に飾られている。猫脚テーブルやオシャレなソファーと、ミスマッチだ。

 エグドアルム王国までロゼッタと一緒に行くのかと尋ねると、ベルフェゴールは静かに首を横に振る。

「ルシフェル様の御命令通り、ロゼッタの顛末を見届けました。私は地獄へ戻ります」

「ペオル、帰っちゃうの!? 結婚式には来て欲しいですわ……」

 ロゼッタが名残惜しそう。でもベルフェゴールは結婚嫌いだもんね、式は参列したくないんじゃないかしら……。

「帰ります。ですが、困った時はいつでも召喚なさい」

 言いながら、印章シジルを渡す。召喚しやすくなるよ。

「私、召喚術は使えませんのよ」

「そのくらい存じております。エグドアルムという国は魔法大国なのでしょう、魔導師にでもさせれば良いのです。ロゼッタが同席なさい。あとのことは、召喚術を行使する者であれば知っているでしょう」

  

 代行で召喚をするのはトラブルの元だけど、話が付いているんだし問題ないね。ロゼッタが納得して頷くのを確認して、ベルフェゴールが私に向き直った。

「ベリアル様の契約者、イリヤ。戻るにしても、ルシフェル様にお伺いを立てねばなりません。ルシフェル様を召喚なさい」

「承知いたしました」

 ルシフェルの召喚は私がやって、ベルフェゴールを送る方はセビリノに任せようっと。私達の会話を聞いていたフェネクスが、ガチンと固まる。地獄の王を召喚するんだもんね。彼は侯爵。

 皇太子殿下達は、侯爵とこれからのことを相談している。エクヴァルも同行しているから、リニもあっちにいるよ。ルシフェルを喚ぶとなると、またリニが怯えちゃうね……。


 異界の門を開いて召喚をすると、座標から眩いばかりの光の柱が天に向かって伸びた。部屋はプラチナの輝きに満たされ、目も開けられない程だ。邸宅の外まで、輝きが漏れている。

「待っていたよ。パレードの前に召喚してくれても良かったのに」

 サンダルを履いた爪先が、光の柱から出て来た。

 ルシフェルもパレードを見物したかったのかな。

「そなた、そのようなものは興味がないのではないかね」

「ペオルが輿に乗っていたからね」

 ベルフェゴールの晴れ舞台として、見たかったのね! それは盲点だったわ。ルシフェルの言葉に、ベルフェゴールは感動している。

「ルシフェル様……! エグドアルムという国では是非、私が輿に乗る姿を御覧下さいませ……!」

「じゃあペオルも招待いたしますわ!」

 ロゼッタも大喜び。とはいえ、いったんは地獄へ帰る。向こうで仕事があるから。


 ルシフェルはベルフェゴールを通して眺めていたみたいで、特に説明を求めるわけでもない。どうやっていたのか知りたいけど、絶対に教えてくれないだろうな。

「ペオル、後のことは任せたよ。私はまた少し、人間の世界を遊興してから戻る」

「御心のままに」

 ベルフェゴールが深く礼をして、セビリノに送ってもらう。早速異界の扉を開いてくれている。

 やっぱりルシフェルは、しばらくこっちにいるらしい。

「パイモンに罰としてアスラ族の動向を確認させている。報告を受けるように」

「はい……、は?」

 界を渡る瞬間に投げられた命令に、ベルフェゴールは珍しく間の抜けた返事を残して消えた。


「……そなた、パイモンに命じたのかね。あの気の荒い、アスラ族の監視を」

「君もたまに、皇帝陛下の命でしていただろう。君のしていた仕事を回すのが、いいかと思ってね」

「……揉めるのではないかね」

 確かアスラ族というのは悪魔の種族で、皇帝サタン陛下の配下ではないけど、敵対勢力というわけでもない。中立というには好戦的なのかな。九階層の地獄とは別の、地下世界に住んでいるらしい。

「争いにならないよう、通達してある。彼も少しは己を知った方がいい」

 地獄の王、パイモン。トランチネルで召喚されて暴れ、フェン公国との国境でベリアルと戦闘になった悪魔。強くて残酷で、享楽的な性格だった。

 好戦的だし、交渉とか見張りとかは向かないのでは。

 ベリアルはこれで意外と社交的だからなあ。宴会場に勝手に混じって、仲良く飲んじゃってそう。


 そうだ、魔法付与して頂いたブレスレットが早速壊れたんだ。

「あの、ブレスレットなんですが」

「私は与えた物をどう使おうと、干渉しない」

 良かった、ルシフェルは怒ってないよ。さすが大物だね!

「我らはモルノ王国という、酪農が盛んな国を通ってレナントへ戻るのだがね。そなたも、それで良いかね?」

「構わない。折角の機会だ、今までと違う景色を見たい」

 さすがのベリアルも、ルシフェルには気を使うね。


「それでは、ルフォントス皇国で一泊致しますか? 近隣で最も栄えている、強大な国です」

「そうしよう」

 ルシフェルが了承したので、最初はルフォントス皇国で泊まることになった。ルフォントスは発展していて洗練された街並みだし、気に入ってくれるかも。モルノ王国に行く時に通るんだけど、飛んで行けば本来なら寄る必要もない。

 ただ、モルノ王国にルシフェルが納得する宿があるかと言われれば……、無いかも知れない。観光しながら帰りたいから山越え前に泊まりたいけど、その先も解らないからなあ。


「…………あの……」

 先ほどから後ろにいたフェネクスが、控えめに声を掛けてくる。

「どうしたのかね」

 ベリアルが振り返る。

「ルシフェル様に、ご挨拶したいのですが、宜しいでしょか……」

「ええと、君は?」

 相変わらずの微笑で尋ねるルシフェル。

「はい! 侯爵を賜っております、フェネクスと申します! このように近くで拝顔させて頂き、光栄にございます」

「フェネクス。壮健そうで何より」

 あ、適当に挨拶している。内心では面倒なんだな。表情は柔らかいけど、ちょっと判別出来るようになったわ。フェネクスはルシフェルから言葉を噛みしめるように、目を閉じて感動している。


「ベリアル殿はいつも、貴族の方のお名前を憶えていらっしゃいますよね」

「当然であろうが。顏と名前、それに所属を覚えておれば、我に無礼を働いた時に、いつでも報復出来るではないかね」

 うわあ、聞くんじゃなかった。ベリアルらしい嫌な理由だった。フェネクスも引いている。

「ベリアルなら、大抵の貴族は把握しているからね。便利だよ」

 ルシフェルにとっては貴族名鑑扱いなのね。

「イリヤ嬢、ベルフェゴール殿はお戻りになったかな?」

 扉がノックされた。エクヴァルだ。あちらも終わったみたい。

 メイドのロイネが扉を開いてくれる。

「終わったわ。ルシフェル様もレナントまで一緒にいらっしゃるみたいよ」

「了解、私はもういつでも出発できるよ」

 予想通りみたいな反応だわ。

 ここでロゼッタ達やフェネクスとは、お別れ。


 私とベリアル、セビリノ、エクヴァルとリニ、そしてルシフェル。

 レナント行きは、このメンバー。なんだか寂しくなるけど、馬車じゃなくていいのよね。ついにまた、ワイバーンのキュイもたくさん飛べるよ!

「イリヤさん達、またエグドアルム王国で会いしましょうね!」

「ええ、ロゼッタさん。必ず参ります」

 ちなみに王妃様は、また出掛けている。イノシシ肉が食べたいんだって。エグドアルムには、イノシシはいないよ。

「絶対ですわよ。あ、ロイネ。あの額も持っていくわ。外しておいて頂戴」

「お、お嬢様……正気ですか」

 質実剛健を!? ロイネも本気じゃなくて、正気かと尋ねた!


「有名な方に書いて頂いたんですの。忘れたら大変ですわ」

 ロゼッタの趣味って、どうも解らないな。

「キュイイイィッ!」

 キュイがやって来て、邸宅の上で旋回している。

 これで出発できるね。まずはルフォントス皇国を目指すよ。ヴァルデマルに挨拶して行こうかな?

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