第221話 ヴァルデマル君とマクシミリアン
「キュイ~!」
「キュイ、キュイイィ!」
庭に出て、障害物のない広い訓練場へ移動。リニが呼びながら大きく手を振ると、キュイはリニ目掛けて降りて来た。
羽からの風圧はすごいからね、少し離れた所へ止まる。そして近付いたリニに、大きな頭で頬ずりをした。変だな、私はされたことないぞ。
「よろしくね、キュイ」
「リニ、さあ乗ろうか」
エクヴァルが支えてあげてリニがワイバーンに座り、私達も地面から飛んだ。下では侯爵一家と使用人達が見送ってくれているけど、なんか変な風に並んでるわ。
「世話になった。達者でな」
「では侯爵閣下、トビアス殿下。失礼いたします」
侯爵が手を上げると、エクヴァルがお辞儀をしてからワイバーンに跨った。
「エグドアルムで」
殿下は両手を後ろにして、ロゼッタの隣に立っている。
「ロゼッタさん、皆様、お世話になりました」
「また会いましょうね、イリヤさん!」
ロゼッタの後ろには、エグドアルムの王妃様。お付きの二人も静かに控えている。
「じゃあね、またね!」
何故か親指を立てる王妃様。空に浮かんで、もう一度振り返った。
使用人達の並んでいる形が、「サヨナラ」になっていた。人文字だった!
ここの使用人は、何を訓練されているんだろう……。
馬車で来た道のりも、飛行ならすぐにたどれる。
「あの高い建物が多いところだね」
ルシフェルの視線の先。サンパニルの空からでも、ルフォントス皇国の町はすぐに解った。三角屋根や、石造りの高い建物が多いから。中心部には、木よりも高い住宅が並んでいたりする。
皆、飛行魔法が使えるの? と思ったんだけど、普通に階段を利用しているね。毎日階段なんて、大変じゃないかな。飛ぶのに慣れちゃうと、ダメだわ。
「イリヤ嬢。ヴァルデマル殿の所なら、ペラルタ伯爵領かな?」
ワイバーンの上からエクヴァルが尋ねてくる。
「そう言っていたわ。襲撃の時に駆けつけて来たし、町に住んでるんだと思う」
「お任せを、師匠。場所は私が窺っております」
あれ、私は大体しか教えてもらってないよ。セビリノは詳しい場所を知らされていたの? ひどい、仲間外れにされた!
伯爵領は、モルノ王国との境。ヴァルデマルは私達が泊まった町から少し離れた平原の林の脇に、ぽつんと家を建てて住んでいる。きっといい薬草でも取れる場所なんだろうな。
「あれでしょう」
セビリノが指した先には、木で作られた平屋が建っていた。廊下で繋がって、小さな小屋もある。薬草の保管庫かな。
林から籠を抱えて出てくる人影が見えた。マクシミリアンだ。
こちらに気付くと、慌てて家に向かって叫ぶ。
「兄貴、ヤベエ。ヤベエのが来た!」
あ~、ベリアルとルシフェルも一緒だから。さすがにすぐ解っちゃうね。
「アホ、客人だろうが!」
扉を開けて外へ出たヴァルデマルに、ポコンと頭を殴られている。
「痛え、すぐに手を出す癖はやめろよな~! 魔導師じゃんか!」
「お前は毒草まで採ってくるな! 人を害する依頼を受けるのは、禁止だからな!」
……一応は仲良くやっているみたいね。
「どうぞ、お入りください」
降り立つとすぐに、家の中に案内してくれる。皆で入るにはちょっと小さい。大勢で押し掛けるのは良くなかった。
ベリアルとルシフェルは中へは入らず、外で草原を眺めている。話でもあるのかも知れない。先に町へ行ってても良かったのに。そうか、ベリアルはマクシミリアンを確認の意図で来たのかも。上手くやってて、むしろガッカリだったりして。
「……いらっしゃ~い……」
「しっかり挨拶しないか。申し訳ない、イリヤ様」
「いえ、ご挨拶に伺っただけですから。これからレナントへ戻ります」
マクシミリアンは、ちょっと血色が良くなった気がする。規則正しい生活を送って、健康になってるのかな。ヴァルデマルに頼まれなくても、すぐに薬草を隣の小屋へ運ぶ。手慣れているね。
「マクシミリアンも、真面目にやっていますね」
「ははは、ベリアル殿の狩りの獲物にされたくないのでしょう。俺がエグドアルム王国へ行く間、留守をしっかり任せられるようにしなくては。誰か監視に雇うかな」
「エグドアルム?」
あれ、彼も用があるのかな?
「はい。イリヤ様がお戻りになる際に合わせて行こうかと。聖地巡礼です」
「うむ、まさに! ぜひあちらでお会いしよう!」
「セビリノ、案内を頼む」
「やはり師匠の生誕の地は外せぬ」
セビリノは本当に、こういう話題にはすぐ乗るね! 聖地巡礼ってなに!?
盛り上がる二人の魔導師の脇で、私のテンションはダダ下がりだ。
「イリヤ嬢。また巡礼する信奉者が増えたね」
「……またって、どういうこと?」
なんだかエクヴァルが意味深長な。隣でリニも、こくこくと頷いている。
「おや、知らないの? 第二騎士団の連中、君の故郷の村に聖地巡礼と称して、毎月二人は訪ねているよ。本当の目的は、君の給金を家族に預ける為なんだけどね」
「給金? 出てるの?」
「そ。殿下から直接、国に所属してくれって勧誘されたでしょ。タダでの訳がないじゃない。最低でも今までの給料は保証されるよ。それ以上は交渉次第」
「教えてもらってない……」
確か支援はいくらでもするとか、欲しい物があったら用意するとか、そんな感じには言われたな。名前だけ在籍させておけば、研究やアイテム作製の手伝いをしてくれる、って意味じゃないの?
「いやね、いつ質問されるかと待っていたんだけどね、君が全然気にしていないから、つい」
エクヴァルって時々、こういう意地悪をするよね!
「あ、あのね。イリヤの村に、イリヤ様像を作ろうかって、第二騎士団の人達……、相談してたよ」
「やめてっっ!」
思わず大声を出してしまったので、リニがビックリしてエクヴァルの後ろに隠れた。ああ、怖がらせてしまった。
「大丈夫だよ、リニ。イリヤ嬢はリニを怒ったんじゃないからね」
「そうよ、ごめんね。ビックリさせちゃったかしら……」
「……うん」
つぶらな紫の瞳が私を見上げている。
マイペースな二人の魔導師が憎い。
「姉御~。外、面白そうだけど放っといていいの~?」
薬草を洗っていた筈のマクシミリアンが、顔を出した。外? 外ってもしかして、ベリアル達に何か……!?
すぐに外に飛び出すと、ベリアルとルシフェルの前に獣人達がいた。五人くらいで、年齢は皆が十代前半くらいだろうか。
「金を出せ!」
強盗する相手を間違えていますよ……!
いや、弱い人を狙ってもダメだよね。
「……なんだね、不躾な」
「高い建物がある町か。高層階に泊まりたいね」
ルシフェルはベリアルとの会話を続ける。完全無視!
「お、おい! 金を出せと言ってるだろ」
鉄の棒を前に構える、虎人族の子。多分リーダー。
「……聞かなかったことに、してあげているんだけど……?」
微笑を浮かべながらルシフェルが僅かに視線だけ向けると、子供達はビクッとして毛を逆立たせた。大柄の熊っぽい子まで。熊人族? 初めて見たわ。
「待てお前達、何をしている!」
このままじゃ子供達が危ない。私を追い越して、ヴァルデマルとエクヴァルが飛び出す。走るのはやっぱり、エクヴァルの方が速い。
「こらー!」
子供達の後ろの方から、一際大きな虎人族の男性が走って来た。
見覚えのあるもふもふ感。あれはエクヴァルと一緒に冒険者の依頼として訪ねた、バラ屋敷の持ち主。
「リケ・ア・ラ・ウープ男爵!」
子供達も知っているみたい。
「し、失礼……した。子供達の親に、相談された」
男爵はリーダーの子の頭を押さえて、下げさせた。他の子達も男爵を見ながら、それに倣って頭を下げる。
「不良どもの更生でも頼まれたのかね?」
地獄の王にケンカを売ろうとした子供達に、ベリアルも呆れ気味。
「いや、あ……、とある獣人の冒険者パーティーが、大怪我で、休養中で。稼ぎがなくなった家族も、困窮する。怪我、治したいが、上級以上のポーションが必要で、買えない。相談、聞いてた子供達が、武器だの持って飛び出したと、村人が教えて、くれた」
解ったわ! つまり、パーティーの人数分の薬を揃えられないから、強盗してお金を貯めて、それで買おうとしているわけね!
獣人は体力があって、人族より強い体を持っている。そうすると逆に大怪我をするまで撤退せず、ちょっとした魔法や薬では治療できない程ひどくなるまで、我慢してしまう。
大怪我なら薬より魔法治療院の方が安上がりだったりするけど、行かれないほどヒドイのか、そんなにお金がないのか。
「こいつらの兄ちゃんと姉ちゃん達が、怪我をして動けないんだ。看病もしなきゃならないし、せっかくの中級ポーションでも治らなかった」
リーダーの子がふて腐れながらする弁明に、男爵が答える。
「だから、困ったらうちに来いと、言った」
「男爵は人族のお嫁さんもらう……。私達にお金を貸したら、怒られるかも……」
しょぼんとする兎人族の子。長い耳が垂れちゃってる。兎人族はあまり戦闘に向く種族じゃない。
「話は解った。よし、俺が往診しよう。これからは困ったら俺の所に来い、後払いでも構わん」
獣人の子供達の話を聞いていたヴァルデマルが、任せろとばかりに拳を胸に当てた。
「貴殿は……?」
男爵が子供の頭を撫でながら、ヴァルデマルに顔を向けた。私も撫でたいなあ。
「彼は立派な魔導師ですよ。この家に住んで、薬を作ったりされています」
「変なトコに家が建ったと思ったら、薬屋かあ。この林は色々薬草があるからなあ。冒険者とか来るぜ」
背の低い犬人族の子は、手に持っていた細身の剣を鞘に仕舞った。子供が持つには長すぎるし、怪我をした家族が使用している武器かも。
「ああ、薬草を採ったらここで買い取ってやるぞ。治療代と相殺してもいい」
「それなら私達でも、皆の力になれるね。魔法使いのおじちゃん、村で作ってる食べ物でもいい?」
「いいが、二人で暮らしているからな。たくさんあっても、腐らせるな」
これからいつでもヴァルデマルが治療をすると、請け負ってくれた。彼なら簡単に治せちゃうね。私達はここで別れて、今日の宿を探さなきゃ。
「幼子の監督は怠らないように。私が許しても、私の配下の怒りが収まらないことがあるからね」
「し、失礼した」
注意するルシフェル。ルシフェルの場合、配下のランクが高いからとても怖い。それどころか、一部の王も怒りそう。ベリアルなら配下とかは問題なさそうだから、不思議だ。
マクシミリアンが扉を少し開けて、家の中からこちらを窺っている。
「じゃな~、兄貴。行ってらっしゃ~い」
「お前も行くんだ! ほら、薬のカバンを持ってこい!」
「うえ~、今日はもう歩きたくないよ~……」
「今日から歩かずに済むようになりたいかね?」
ごねるマクシミリアンにベリアルが一歩近づくと、彼は慌てて扉を閉めて奥へ逃げ込む。
「行きます、行きたいなあ~! すぐ用意しまーす!」
効果バツグン。マクシミリアンが出てくる前に、私達は出立してすぐ近くの町へ向かう。
ラ・ウープ男爵と子供達、そしてヴァルデマルが見送ってくれていた。
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