第222話 山へ行こう!

 ルフォントス皇国の、大きな町へとやって来た。

 この辺りの宿で一番高い建物は、五階建て。最上階に空きがあったので、早速チェックイン。ルシフェルご希望の天蓋付きのベッドはない。景色がいいことで、妥協してもらうしかない。従業員が気を利かせて、衝立を用意してくれた。ルシフェルには人間も、やたら恭しくなる。

 ルシフェルが誰かの使ったベッドは嫌だと言うのは、どうやら魔力が残っているのが気持ち悪いみたい。ここのベッドは変えなくてもいいようで、良かった。

 宿によっては定期的に浄化するから、そういう宿を選ぶといいのかも知れない。どの宿が浄化までしているかなんて、解らないけど。


 朝夕の食事付き、最上階は全部広い部屋。ベリアルも満足だろう。

 次の日は少し街を散策して、モルノ王国へ向かう。高級店が立ち並ぶ道は、行き交う人の装いもオシャレ。晴れているのに傘を持っていたり。

 お店に飾ってある手袋やマントも洗練された……って、普通の服屋じゃないわ。

「魔法刺繍専門店。珍しいわね」

「入ってみる?」

 頷くと、エクヴァルが扉を開けてくれた。

「我は宝石を見ておるぞ」

 そのまま通り過ぎるベリアル。ルシフェルはこちらが気になったのか、一緒に入って来る。店内に他のお客の姿はなく、壁には図案や指定できる文字が額に入れて飾られていた。


「いらっしゃいませ」

「全部、魔法刺繍なんですか? 珍しいですね」

 店員さんは上品なチョコレート色の、シンプルな上下を着用。嵌めている手袋には、魔法刺繍が施されている。

「もちろん、全て魔法刺繍です。当店の職人の作品でございます。ご注文でしたら三カ月待ちになりますので、あらかじめご了承ください」

 人気だね。デザインがいいだけじゃなく、きっと高品質なのね。

 せっかくなので店内を一回りしよう。見本なのかな、刺繍入りのローブが奥に掛けられている。

 私のローブみたいに、刺繍入りの布を縫い付けておくやり方もあるよ。ローブがダメになっても、刺繍部分だけ取り外して使えるように。


「図案や文字などで質問がございましたら、お気軽にお尋ねください」

「お心遣いありがとうございます。やはり五芒星や六芒星が多いですね」

 魔法関係で人気なんだろうな。神聖なる名前も一緒に入っていたりする。糸の色が同系色だったり反対色にしてみたり、組み合わせが選べる。

「師匠、こちらは錬金術の図案が」

「職人にはいいわね。こっちの麦は豊穣のシンボルだわ、回復系の人に喜ばれるわね。風や植物の図案もあるわ」

「アグラ……、オーダーでなくとも良い名前を選んでいます」

 セビリノと話しながら手に取って眺めているのを、店員さんが笑顔で見守っている。


「かなりお詳しそうですね。私の説明は必要ありませんでしたね」

 教えてくれると親切に申し出てくれたのに、セビリノとばかり話しちゃったけど、むしろ嬉しそう。

「これは女性向けだね? 頂こうか」

 意外にもルシフェルが買うらしい。

「ありがとうございます。贈答用にお包み致しますか?」

「頼もう。ペオルにプレゼントしたい」

 ベルフェゴールにあげるの。喜ばれそうだね。選んだのは白い手袋の甲に、金色で金星の図案とライン、それからちょっとの模様が萌黄色で刺繍された錬金術手袋。

 包みやリボンなどを選び、包装してもらうのを待つ。ルシフェルは受け取っておくようにと残して、先に店を出た。

 見た目よりフリーダムな悪魔なんだよね。


 せっかくだし、アレシアへのお土産はこれにしよう。珍しい魔法刺繍。レナントでは手に入らないものね。

「アレシアにはどれがいいかな」

 普通のポーションも作れるようにはなったけど、薬草魔術の方が得意みたいだった。ローブもマントも、突然もらうと困るかな。アレシアにも手袋がいいかな。考えていたら、布製の帯を発見。

 これならいいかも。中心にピンクで花の模様が縫われていて、その両側に草や葉のデザイン。帯の先端には魔法文字の刺繍がある。


「どうかな、エクヴァル」

「いいと思うよ。気を使わせずにすむし、デザインもいいね」

 エクヴァルが保証してくれたら、大丈夫だね。

 セビリノがなんで自分に聞かないのかという目で見ているけど、悪いけど彼の贈り物のセンスはあまり期待出来ないというか。こういうのはやはり、エクヴァルかな。

「わ、私も、可愛いと思う……!」

 リニも認めてくれるなら、バッチリだね!

 アレシアと妹のキアラの分も買い、お友達の冒険者であるイサシムの大樹のメンバー、魔法使いのエスメと治癒師のレーニの分は手袋を購入。

 お世話になっている商会の会頭、ビナールには手袋を二種類にした。


 包装してもらった商品を受け取り、地獄の王二人と合流して、モルノ王国へ向かう。牧場ランチがとても良かったらしいので、今回は私達もそれを食べるぞ!

 キュイが翼を大きく広げて、滑るように飛ぶ。向こうからもワイバーンがやって来た。人が乗っているから、あれがルフォントスのワイバーン騎士ね。

「どこの国の者だ?」

 エクヴァルに近づき、ワイバーンを少し斜めにさせた。近いから、翼同士がぶつからないようにかな。

「エグドアルム王国です。サンパニルから来て、モルノ王国へ向かっているところです」

「そうか、サンパニルへ行って来たのか。遠くて大変だったな。皇太子殿下のご婚約、おめでとう」

「ありがとう。警戒中?」

 相手がフランクだったので、エクヴァルも言葉遣いを崩した。

「一応な。そうだ、モルノから山の方へ行く予定はあるか?」


「……我々は山を越えて、チェンカスラー王国まで行くが……何かあったのかな?」

「あるというか、現在開催中だ。モルノから真っ直ぐ東に行ったところの山岳民族が、毎年恒例で剣での勝ち抜き戦をやっていてな。珍しい薬草が景品になるぞ、魔導師と一緒なら行ってみてもいいだろう。そろそろ終わるかも知れないが、飛んで行けば間に合うんじゃないかな」

 珍しい薬草! それは気になる。ランチを食べたら、向かわないと。


 まずはエクヴァルに案内してもらって、ロゼッタ達とランチを食べた牧場へ行く。

 先導するワイバーンでは、リニがにこにこしている。

「楽しみだね、エクヴァル。今度は何を食べようかな」

「ミルクを気に入ってたね。ヨーグルトもいいね」

 リニは他の人には慣れてもまだオドオドするけど、エクヴァルの側だと安心して自然体でいられる。すごく頼りにしているよね。

 地上では整備された石畳の広い道が途切れて、牧歌的なモルノ王国との国境を越えた。


 馬車で通った道を、今度は空中から見下ろしている。復興は進んでいて、家を建てる人、畑仕事をする人、それから荒らされた土地にローブを着た魔法使いが。

 私達が開発した、土を耕す魔法を使ってくれているのね。踏み固められた固そうな土が柔らかくなり、周りで見守っていた人達が喜んでいる。良かった、上手くいっているみたい。

 遠くまで見渡せるから、行きには目に入らなかった破壊の爪痕が、遠くにいくつか見受けられた。


 斜面にある牧場に着き、何もない広い場所に降下した。草が刈ってあって、明るい緑が広がっている。牛が柵の中で寝そべり、羊は草を食む。

 確かみんな、ハンバーグを食べたのよね。お昼を過ぎていたので、レストランには誰かが食べて帰ったのであろう美味しそうな匂いが漂っている。

 カラランと扉に掛けられた鈴の音とともに入ると、店員が笑顔で迎えてくれた。

「いらっしゃいませ! 窓際のお席へどうぞ」 

 窓の外に長閑な牧場の景色が広がり、眼下には緑と茶色ばかりの町。石の建物が多いルフォントス皇国とは一転して、優しい色合いの経年した木の家、土を固めた道、農地や林など自然の色が多い。


 珍しくベリアルもステーキを頼み、ルシフェル以外は肉料理だ。ルシフェルは肉が好きではないのね。ワインとチーズを頼んでいた。

「お客さんは観光ですか? この辺りの方じゃないですよね」

 ミルクをテーブルに並べながら、若い女性のウェイトレスが話し掛けてくる。

「山岳民族が、珍しい薬草を景品にした大会を開いてると耳に致しまして。そちらに寄る予定です」

「あら、それは遅かったわ。景品がなくなり次第終了で、確か昨日から開催していたと思います。山に登るし、まだ丸一日かけても辿り着かないですよ」

 景品がなくなり次第! 早い者勝ちなのね。これは急がねば。


「飛んで向かいますので今日中に着けるとは思いますが、集落の詳しい位置を知らなくて」

「すごい、皆さん飛ぶんですか!? 私は行ったことが無いけど、場所はまっすぐ東で、赤い旗をたくさん掲げるらしいですよ。すぐ解るって、行った人が話してました」

 指さして教えてくれる。森に赤い旗なんて、目立ちそう。それならきっと、空からでも見つけられるね。


「ところで、景品の薬草とはどのようなものか?」

 ミルクを飲み終えたセビリノが尋ねる。ここは一番興味があるところ。

「毎回違うセットと、メインは確か……、かしゅーとか何とか……」

「「カシュウ!?」」

 セビリノと被った。エグドアルム王国にはほとんど入ってこない、幻の薬草だ。宮廷魔導師見習いでも支給されず、正式な宮廷魔導師だけがごくたまに手に入れられる。実物はセビリノに見せてもらったけど、本当に少量だった。

 この辺りの山で採れるのね……!

「絶対欲しいっっ」

 厨房からは、じゅうじゅうと肉の焼ける音。ウェイトレスは奥に戻って、出来上がった料理を次々と運んでくれた。


 みんなの料理が並んでから、ウェイトレスが伝票を置きながらカシュウについて教えてくれる。

「薬草は私より詳しそうですよね。その民族が保全している希少な薬草だそうです。密採者が後を絶たないので、思い切って大会の景品にして毎年開催することにしたとか。周辺の国には密採が横行すれば販売をストップすると通達したら、奪いに来る人が減ったそうです。お陰で順調に増やせているらしいです」

「増やしてるんですか。景品以外に、販売もあるかしら」

 希少な薬草を保有するのも、大変なのね。国が管理するガオケレナと違って、少数民族で守ってるんだもの、頭が下がるわ。


「あ、これサービスです。モルノ王国の人気フルーツ!」

「ポポー!」

「知ってるんですか? 嬉しいなあ」

 見本に見せてくれたのは、黄緑色の皮に少し黒い部分のある、手のひらサイズのポポー! メークインのジャガイモみたいな形をした、気になっていたフルーツだ。

 皮を剥いて切り分けたのを、すぐに出してくれる。

 実は山吹色で、フォークで刺すとすり抜けそうに柔らかい。

「ペオルが興味を持っていた果物だね。私が代わりに食べよう」

 ルシフェルも初めてらしく、口に運んでいる。

「甘くて、噛まなくても食べられそう」

 味はバナナに似ていて、どこか粉っぽいような。マンゴーをちょっと混ぜたような、そんな味。柿みたいな平たくて黒い種もある。


「ありがとうございました、ご馳走様でした」

 料理はおいしいし、いい情報も手に入れたし。あとは売店でお買い物をしていこう。瓶の牛乳と、チーズは必須ね。牛乳は後で飲むんだ。ルシフェルはチーズを気に入っている。バターもいいな、日持ちするしアレシア達の分も買おうかな。


 モルノ王国は結局牧場に寄っただけで、剣術大会を開いている民族の集落を目指す。サルサオク種の牛には興味があったけど、牛舎を教えてもらって覗くだけにした。前に伸びた角がある、茶色い牛だ。見た目はわりと普通に牛。

 小さな国を二つ越え、青い壁のように聳える険しい山が近くなる。この何処かに目当ての集落があるのね。

 山道を下っているのは、負けた人だろうか。数人のグループが意気消沈して進んでいる。中には職人らしき姿も。もしかして、冒険者を雇って代わりに挑戦してもらったのかな。これで負けたら大損だよ。

 それでも欲しいのが、カシュウです。


 彼らが来た方からは、まだ他にも歩く姿があった。馬車で進めるような道ではなく、馬か徒歩しかない。馬もどこまで行かれるのか。

「師匠、あれでしょうか」

 いつになく弾んだセビリノの声。

 葉っぱの間に、チラチラと赤が揺れている。木造りの小さな家がぽつんぽつんと建っていて、開かれた場所もある。そこにはたくさんの旗があり、大勢の人が集まっていた。


 見つけた、目当ての集落!

 まだ戦ってるよ。やった、賞品があるね!

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