第四部 エグドアルムの皇太子妃編
一章 久々のレナントへ
第218話 サンパニルのドラゴン退治
現在、ロゼッタ・バルバート侯爵令嬢のお宅に逗留中。ロゼッタと皇太子殿下の婚約の話を国王陛下へ報告する為に、二人が謁見をするのを待っている。
そして謁見が済んだら、パレードをするらしいよ。
馬の嘶きがして廊下の窓から外を眺めたけれど、こちらからでは何も見えなかった。
訪問者があり、取り次いだ執事が侯爵の執務室へと急ぐ。
「侯爵閣下、面会を求める者が来ております」
「通せ」
扉が開かれると、ロゼッタの父であるバルバート侯爵が執務机で書類を読んでいる姿があった。
案内されて来たのは若い男性で、同行している警備兵が鉄の棒を預かって持っていた。服は初めて袖を通したように状態がいい。面会の為に買ったのかな。
男性が入室すると、また扉が閉められる。
「初めてお目に掛かります、侯爵様。ええと、……まずはお嬢様の無事のご帰還、お祝い申し上げます」
「挨拶はいい、本題に入れ」
帽子を抱えて緊張で硬くなっている男性に、侯爵はペンを置いて促した。
「は、はい。実は、洞窟にドラゴンが住み着いて困っていまして。気付いたのは十日ほど前なのですが」
「十日!? なぜもっと早く言わない!」
侯爵の剣幕に、男性は思わず一歩後ずさる。
「申し訳ありません! ルフォントス皇国と戦争になるなら、ドラゴンは刺激せずに放置した方がいいのかと思いまして……」
「……そうか、気を使わせたな。場所はどこだ? すぐに兵を派遣して調査し、討伐しよう」
まずは慎重に、ドラゴンについて調べるのね。でも二度手間だよね。
「イリヤさん、そこは父の執務室ですわよ?」
おっと扉の外で盗み聞きしていたのを、ロゼッタに見つかってしまった。興味があったもので、つい。
「実はですね」
ドラゴンが現れたと領民が相談していると教えたら、ロゼッタはすぐに扉をノックして、開いた。
「お父様、ドラゴンが現れたのですか?」
「ロゼッタ、聞いていたのか。そうらしい、これからまずは調査をする」
侯爵は立って、執事に早速指示を出している。
「あの、退治に行ってはいけませんか?」
「……お客人が? 確か魔導師だったな……」
知っているなら話が早いね。
「はいっ! ドラゴンは素材になりますから。私はアイテム作製もしますので」
「……ははは。エグドアルムの女性は、豪快だな。では調査結果を待っ」
「ドラゴンとな! それは重畳、狩りであるな! すぐに出ようではないかね」
ベリアルが侯爵の言葉を遮って、喜色を浮かべブーツを鳴らす。
「洞窟に住み着いているのですね。どの辺りでしょうか」
まずは地図で場所を確認する。エルフの集落より南で、低い山が連なる麓だ。
……ここにドラゴンが。ほむほむ。
「では参るかね」
「他にも誰か、誘った方が良いでしょうか」
「ふははは、久々の狩りよ。待ってなどおられぬわ!」
随分やる気だなあ。侯爵に挨拶をして、窓を開けてもらった。飛び出そうという瞬間、ロゼッタが後ろから声を掛けてくる。
「夕飯はどうしますの?」
「あ、頂きます。それまでには戻りますね」
侯爵の領内だし、速度を上げれば間に合うだろう。飛び始めるとセビリノも気付いて、追い掛けて来る。
「師匠、急なご用事でも?」
「ドラゴン退治よ。セビリノも行く?」
「は。無論、お供いたします!」
エクヴァル達は侯爵の配下の方々と、色々と準備や打ち合わせがあるのよね。セビリノはいいみたい。
眼下に広がるのは青々とした森。昨日通った道も木に隠され、空からだとどこだったか、あまり解らない。綺麗な羽をしたシームルグという大きな鳥が、離れたところを滑るように飛んで行った。
山の斜面の木が、立っている木々の間を縫うように器用に倒された。林業の人が切り倒したんだろう。立派な大木は家や家具を造るにちょうど良く、輸出もされている。
森には小さな集落がぽつぽつとあって、その内の一つがエルフの村。
低い山脈の先は見えず、隆線が隣国との国境になっている。
「師匠、そろそろ降りましょう」
「そうね。この辺りの筈ね」
麓にある集落の中心付近へ降りた。木造の古めかしい家屋が、ぽつぽつと建っている。庭にお年寄りが数人集まって、四角い木のベンチに座ってお喋りをしていた。
近くには山菜の集荷場があり、ここで集めて皆の分を町まで持って行くようだ。
まずはどこに洞窟があるか、正確な位置を把握しないと。
さて、誰に話を聞こうかな。剣を腰に佩いた二人の男性が、道を歩いている。警備かな、この人達にしよう。
「こんにちは。お忙しいところ申し訳ありません、侯爵様に訴えられたドラゴンの件で参りました」
「……侯爵様の? こんなに早くに来て頂けるとは……、ありがとうございます!」
「良い。場所を教えよ、すぐに退治してくれるわ」
すっかり臨戦態勢のベリアル。私達が一緒なのに、洞窟ごと壊したりしないか不安になるぞ。
「頼もしい方々だ! ドラゴンがいる洞窟は、あの山の麓です。隣の集落との、ちょうど間くらいで。分かれ道に見張りがいますから、すぐ解りますよ」
木が邪魔で見えないけど、だいぶ近いのね。そんな場所にドラゴンがいるんだと、かなり不安だったろうな。
「被害は出ていませんか?」
周囲を見回しても特に破壊の後はなく、平和な風景が広がっている。
「それはないよ。洞窟から出てこない」
「……ふむ。では、ドラゴンの特徴は? 解る範囲で構わん」
「はい、茶色っぽい体の、大きい龍です。長い髭があり、人を洞窟に入れないようにしているようだったと」
セビリノが問い掛けると、二人の男性は私の時と違って緊張しながら答える。彼は貴族だからかな。
「ブレスは」
「使われていません、浴びたら命を落とします」
彼らは防御出来そうにないものね。ただ、まだ使っていないからブレスを吐かないとは限らない。気を引き締めて行こう。
洞窟近くは立ち入り禁止になっていて、笛を持った見張りの人が二人いた。
「ドラゴンの様子はどうだ」
一向に動きのないドラゴンに気を抜いていた二人が、尋ねるセビリノに慌てて敬礼をする。
「はい、洞窟からは一歩も出ていません」
「ふはは、留まっておるとは。我の贄となりたいのであろう!」
「心強い方々ですね。周囲の者の避難を開始した方が宜しいですか?」
ベリアルがまた始まったと思ったけど、彼らには頼もしく感じたらしい。うーん、そういうものかしら。
「必要ない。洞窟からは出さん」
セビリノが断言して彼らの脇を通り抜け、封鎖されている洞窟へ向かった。
洞窟は緩やかに盛り上がる山に、ぽっかりと大きな口を開けて広がっている。薄暗い中へ足を踏み入れると、ひんやりとした空気が漏れて体を掠めていく。ゴツゴツした岩肌で足元が悪く、奥は暗い闇に沈んでいた。セビリノがランタンを取り出し、辺りを照らす。
暗い中で茶色い土の様なものがぼんやりと浮かび上がった。
闇色に染まった地面の上の方で小さな光りが鋭く走り、ヒュッと空気を切る音がする。
「やはりな! フーツァン・ロンである!」
姿を現した茶色い蛇タイプの龍は、地下に住むフーツァン・ロンだった。蛇のような体に手があり、体は他の上位の龍より小さい。上位でも弱い方、かな。
ベリアルが前に出て、飛んできた長い何かを受け止めた。
私はセビリノと、即座に後ろへ走る。
ランタンの明かりに正体を現した、それは……竜の尾だ!
こんなものにぶつかったら、下手をすればそれだけで命がない。最低でも骨くらいは折れるだろう。大きく硬い岩のような尻尾はベリアルに止められ大きくしなって、私のすぐ近くを通り過ぎる。左右に揺れて壁にぶつかり、ドカンと大きく破壊した。
抉れた壁から土がボロボロと落ち、洞窟が揺れる。
「クガアァァ!」
龍の咆哮が響き、空気が体に張り付くように張り詰め、振動を伝えた。セビリノが転ばないよう片膝を立ててしゃがみ、詠唱を始める。
「円周に灯り、茜に燃えて螺旋を描け。回れ、捩子のように。大蛇となりて、這い寄りて締め上げたまえ。炎帝の拘束よ、熱く熱く、
龍の周りに炎の玉が生まれて、円周を描きながら丸く伸びる。そして徐々に狭まって行き、長く大きな体を炎の渦が締めた。まずは炎の魔法で締め上げて拘束。土属性は火属性に強いので、時間稼ぎになるか程度の効果だ。
魔法が尽きる前にベリアルは宣言をし、今度は私が水属性の魔法を唱える。
「炎よ、濁流の如く押し寄せよ! 我は炎の王、べリアル! 灼熱より鍛えし我が剣よ、顕現せよ!」
ベリアルの腕からまばゆく燃える火が発生し、手の先まで伸びて赤黒い炎の剣となった。体を灼熱の炎で何重にも締め上げられたフーツァン・ロンが、熱さから逃れようと暴れる尻尾を、勢いよく炎の剣で切断する。
もがいていた尻尾が跳ねて、鞭のようにしなって上下に三度ほど弾んだ。
「グアギェアアア!」
叫びが洞窟内にこだまする。
「集まれ寒威よ、氷河の欠片を与えたまえ! 肌を刺す冷気、暖かき五体をその両腕に包み込め。魂までも凍らせ、汝の内に生きたるものを閉じ込めよ。動かぬ水にて、流れる川を止めさせよ! グラシエ・レストリクシオン!」
龍を内側に取り入れるように氷が発生し、中に閉じ込める呪文だ。
戒める火の輪を解いた龍が、今度は氷に覆われた。タイミングを見計らっていたけど、ピッタリに出来たわ!
ただ、歪な卵型だから頭が出ちゃってるね。洞窟に住むドラゴンだしブレスは吐かないと思うけど、油断できない。動こうとする度に、氷に蜘蛛の巣のようなヒビが増えていく。氷の欠片が地面にパリパリと剥がれ落ち、割れて転がった。
ベリアルは氷を全て壊したフーツァン・ロンの後ろ側に回っていて、後ろから首を斬りつけながら前に戻る。そして両手を大きく上に掲げた。
「円環の血潮よ巡れ。描け、朱の道。岩をも溶かす熱を生め。発動せよ! 処刑台の炎よ!!」
いつの間にかチカチカと龍を囲っていた炎が線で結ばれて、一周した途端に赤い壁が発生する。ベリアルの呪法が発動したのだ。円の内部は猛火に襲われ、炎が満ち満ちている。
氷から脱した龍は、次は燃え盛る炎に閉じ込められた。
黒く焦げていく、茶色い体。蛇腹も焼けて、赤黒く染まった。龍の咆哮が洞窟中に響き渡り、空気が振動している。それだけじゃない、振動で天井からは土が零れ続けて、壁にひびが広がっていく。
この龍ってブレスを吐かない代わりに、咆哮に力があるのでは……!?
炎が薄れていくのを待たず、龍は地面に轟音を立てて倒れた。衝撃で洞窟が揺れて砂煙が舞い、天井からはついに岩の塊が落ち始める。
「あれ、これ……」
「退避しましょう、師匠!」
洞窟が危なそう! これが龍の奥の手なのかも!
一目散に外へと急行した。ドカドカと落盤が起きている。当たったら大変!
崩落とまではいかなかったけど、洞窟の奥に行く為には岩をどかさないとならなくなってしまった。
一応上級ドラゴンだし、仕方ないか。
見張りをしていた人達に、ドラゴンは倒したけどしばらくは洞窟に近寄らないようにと、注意を促しておいた。
邸宅に戻って侯爵にも同じ説明をすると。
「いやあ、お見事! 洞窟は問題ない、雨をしのぎに入った者が龍に気付いただけで、普段は誰も行かないらしい」
笑っているけど、え、知らないの?
「フーツァン・ロンは伏蔵龍とも呼ばれる、秘宝のドラゴン。地下の鉱物を守っている。宝石の鉱脈だ」
セビリノが淡々と説明をしてくれる。
「……宝石? あの洞窟が?」
「間違いないわ。むしろ龍が穿った洞窟であろう」
そうなのだ。ベリアルなんて、ちゃっかり龍が持っていた原石を奪っていて、どこかで研磨して宝石にしようと企んでいるのだ。
洞窟の調査は、落ち着いてから行われることになった。
採掘が出来るようになったら、宝石を分けてもらえる。アイテム作りの報酬も兼ねて。アイテムはかなり喜んでもらえて、作った甲斐があるね。
それにしても何が出るかな、楽しみだなあ。
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