閑話 お城でアイテム作製(城代の視点)
ここはルフォントス皇国との国境にある、サンパニル王国の城にございます。
森の中の小高い場所にある山城で、見晴らしがよく警戒するにはうってつけ。籠城に備えて食料や物資もしっかりと蓄えております。門番や兵士、城を維持する為の使用人などが暮らしておりますが、城主であるバルバート侯爵閣下は見回りに来るだけで、ここに住んでいるわけではございません。
私はこの城を預かる城代です。
城の整備や維持の他、備蓄や備品の管理、警備をしつつ隣国の動きの監視を担っております。
しばらくは隣国であるルフォントス皇国と緊張状態にあった我が国ですが、つい最近それは解かれました。なんと問題だった第二皇子が暗殺を企てていた、
しかも憎らしい第二皇子は失脚、清々しい政争がなされておりました。母である皇妃も降格になるようですね。
さて、近状はともかくとして。
実はこれよりアイテム職人を迎えねばなりません。侯爵閣下が優秀な職人に、直接依頼をされたとか。我が城でもアイテム職人は抱えておりますが、高品質なアイテムを作れる者を囲い込みまでは出来ておりません。
金銭的な理由よりも、素材を調達しきれないからです。
囲い込んでおいて仕事がないのでは仕方ないので、必要な時に声を掛け、素材を揃えます。防衛の為でもありますので、優先的に引き受けて頂けます。
「職人が参りました」
兵が知らせに来ましたな。
「門を開けてお通ししたか? まずは客室へ案内して」
「あ、いえ、空から来られたので、既に客間です」
「……空から?」
飛行魔法を使う職人? これはどこかの国の、高位の魔導師では?
……交渉して受け入れて頂けたに違いありません。粗相のないようにしなければ。ご機嫌を損ねてしまえば、侯爵閣下の苦労が台無しになる。
私は気を引き締めて、背筋を伸ばして客間へと向かいました。
客間で待っていて下さったのは、護衛のわりには軽装な紺の髪の男性と小悪魔、白いローブの清楚な助手の女性、それから背の高い紺のローブを着た魔導師様。護衛の方はソファーの脇に立っております。
まずは挨拶を交わしてから、この城にある薬草のリストを渡します。
お茶も用意させなければ。上位のアイテムを作るのならば、精神的にもリラックスして頂き、いい状態でいなければならないのです。迎える側のホストとして、環境を整えることも大切な仕事です。
「不足がありましたら、お申し付け下さい。すぐに集めます。急ですので、用意出来ない場合もございますので、予めご了承下さい」
「ご丁寧にありがとうございます。まずは目を通させて頂きます」
助手の女性はソファから立ち上がり、お辞儀をして目録を受け取って下さいました。礼儀正しい方です。
軽く目を通して、隣に座られている魔導師様にもお見せしていました。
すぐに作製アイテムの相談を始めていらっしゃいます。
「何から作ろうかしら。ワクワクするわね」
「マナポーション用の素材が豊富ですね」
「夕方には帰らないとならないから、分担して作業しましょう。侯爵様は普通のポーションとマナポーション、両方あった方がいいと仰っていたわね」
「師匠、では私が上級のポーションを作製しようかと思います。如何でしょうか」
……師匠? 女性が助手ではなく?
魔導師は魔力と知識が肝になる。性別云々よりも、大概年上の方が師匠なのですが……?
「じゃあ、私はマナポーションね。傷薬も作ろうかしら」
何故でしょう、これから仕事をするというよりも、ショッピングでもしているように楽し気でいらっしゃいます。
決まったところでちょうど使用人が、アップルパイと紅茶を乗せたワゴンを押して来ました。
「わあ、エクヴァル。アップルパイが丸いよ」
「美味しそうだね、リニ」
羊のようなくるんとした角を持った小悪魔が、紫の瞳を輝かせました。皆が微笑ましく彼女を見たことに気付き、顔を赤くして契約者である護衛の男性の後ろにサッと隠れます。
それでも気になったらしく、アップルパイを切り分ける使用人の手元を、男性の後ろから顔だけ出して、こっそり眺めていました。
こんなに気の弱い小悪魔も珍しいですね。
まずは師匠である女性に、お出ししなければ。
魔導師の師弟関係を間違えるのは、反感を買うもとになります。高位の魔導師は、プライドの高い方が多いものです。
「……美味しい! リンゴが軟らかく煮てあって、カスタードクリームの甘みがまろやか。サクッとした生地がまたいいわね」
喜んで頂けたようで、安心しました。弟子の男性は、師匠である女性が満足している様子に口元を綻ばせて頷いていましたが、自身は表情を変えずに食べていらっしゃいます。残されたりはしませんでした。一応気に入って下さったのでしょか。
紅茶はアップルパイに合わせた、渋みとコクのあるディンブラ。リンゴのフレーバーも用意いたしました。
お茶の後は、アイテムを作って頂きます。
先にリストにない必要な材料を伺っておいたので、既に近隣の町まで馬を走らせております。近くに薬草業者が多い町がございます、午後には届くでしょう。
魔導師様が二人でいらして二人とも作業をするのならば、助手は必要でしょうか。
「お手伝い出来ることがありましたら、何なりとお申し付け下さい。我が城にも魔法使いや道具職人はおりますので」
「……いえ、作業中はお城の方も近付きませんよう」
やんわりと辞退する護衛。技術の漏えいを恐れているのでしょう。
上級のポーションなどのようでしたから、そこまで慎重になる必要もないかと愚考致しましたが、余計だったようです。
「私は扉の前にいるから、何かあったらいつでも声を掛けて。リニは二人のお手伝いね」
「うん、頑張る……!」
「時間が掛かると思うわよ。ずっと扉の前にいるの?」
女性が護衛を気遣っています。良い方ですね。
「大丈夫。こういう仕事は護衛の基本だよ」
作業中に我々を入れない為の護衛でございましょう。他の者達にも、作業室に近寄らないよう周知しておきましょう。
その後はお昼の休憩もなく、作業して下さっていました。
二時を過ぎてから軽食と飲み物の差し入れをして、あとは呼ばれるまで待機していることにします。
それにしても、シーブ・イッサヒル・アメルと、羽衣草などを御所望とは。一体何を作られるんでしょう。現在城にいる職人は上級のポーションが何とか作れる程度の腕なので、解らないと申しておりました。
さて、日も暮れた頃。ようやく作業を終了したと連絡がきたので、早速作業場へ入らせて頂きました。そこには二人だけで作製されたとは思えないほど、たくさんの薬が並んでおりました。
「これは、私が作った上級のポーションだ。こちらは熱冷ましと、腹痛の薬」
几帳面に並べられたポーションの瓶の横に、粉薬が紙に包まれております。あとで一包ずつ、包み直します。薬草がありったけ作ったというほどです。
「ありがとうございます。熱病や腹痛は毎年、患者が多く出ております。とても助かります」
もしや、我が国の風土病を理解して下さっていたのでしょうか。
「そしてこちらは師匠が作製された、中級のマナポーションと、アムリタ軟膏」
「ありがとうござ……います?」
アムリタ軟膏と聞こえたような……?
四大回復アイテムの一つの……?
聞き間違えでしょう、そんなわけがありません。そのようなアイテムを作るなら、数日前から心身を整えて準備するのが通常です。成功率や効果を上げる為に、行き当たりばったりで作ったりはしないものです。
そもそも国に仕えるような魔導師が、他国で簡単に作製などしません。
師匠の女性は指を揃えてアムリタ軟膏と紹介された薬を示し、更に説明を加えて下さいました。
「海水の代わりに死海の塩を、塩分濃度を調節しながら使用してみました。効果が薄いようでしたら、ご一報下さい」
本当に、アムリタ? 海水を使うから、我が国では作るのが難しいと聞き及んでおります。死海の塩と井戸水で良いんでしょうか……?
我が国の魔導師も研究しているかも知れませんが、さすがに四大回復アイテムの作り方など、知る由もありません。
「かしこまりました」
いくら支払われたかは存じませんが、受け取ってしまって良いのでしょうか。龍の素材などなかった筈なのに、それらしき残骸があります。これは自前なのでは……?
侯爵閣下に後ほど報告して、判断を仰ぎましょう……。
とにかく使用人に命じて、アイテムを保管庫に収めさせました。
丁寧にお礼を申し上げてお見送りし、皆様は去って行かれました。
護衛はワイバーンに乗っております。Dランクのランク章を提げていたので、魔導師の護衛にしてはランクが低い冒険者だと不審に感じておりましたが、やはり見た目通りではないようです。
魔導師様達が戻られた後、作業場の清掃に向かった使用人が残されている手紙に気付き、すぐに持って来てくれました。
封をされていない封筒を開くと、入っていたのはメッセージカードです。
『樽にソーマが仕込んであります。一ヶ月ほどで仕上がります、時々様子を見て下さい』
何ですか、このメモは!
四大回復アイテムの一つを、戸棚にクッキーがあります程度のテンションで書き置きされても……!
そもそも一日に四大回復アイテムを二種類も作られて、しかも失敗が出ていないなんて。こんなことがあるのでしょうか。
バルバート侯爵閣下。閣下はどんな方に依頼をされたので……!?
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