第217話 後日談(モルノ王国の王女の視点)
モルノ王国の兵達の帰還は終わったわ。
通常なら敗戦国は賠償金を支払うことになるけど、第二皇子であるシャーク殿下の失脚で免れた。
次は支援の取り付けをしないと。我が国には経済的な余裕なんてないもの。
「エルネスタ・ダマート王女殿下。エグドアルムの魔導師様がいらしています。お会いしますか?」
扉がノックされたと思ったら、滞在している館を管理する使用人、ハウス・スチュワードに来客を告げられた。今はルフォントス皇国の第二皇子が使っていた離宮から、宮殿の敷地内にある、来客用の館に移っているの。
……エグドアルム? 今回は第一皇子殿下に味方したみたいだけど、どういうことなのかしら。あんな遠い国からわざわざ来て、私に会っても得はしないと思うわ。
「お通しして下さい」
応接室に移動しながら、侍女に飲み物の用意を頼んだ。今では建物の外へも出入りは自由になり、護衛を連れてなら街にだって繰り出せる。監視されている感じは、すっかりないわ。
両開きの重厚な茶色い扉が開かれると、客人は既に部屋で待っていた。
「お初にお目に掛かる。セビリノ・オーサ・アーレンスと申します」
暗い薄紫色の髪をした、背の高い魔導師。たしかシャーク殿下が催した後継者会議で、護衛の兵に紛れて鎧姿でいらしたわ。立派なローブに、繊細な細工の金の徽章。かなり高位の方ね。
「エルネスタ・ダマートと申します。お目に掛かれて光栄です」
スカートを軽く摘まんで、挨拶をした。高位の魔導師一人でも陥落させられせそうなのよね、モルノ王国って……。
「この度は災難でした。つきましては、我が国から見舞いの品です」
彼が差し出したのは、箱に入った立派なポーションだった。確かに助かるけど、何故これを下さるのかしら。
「……頂く理由がございません」
「ふむ。実は目的がありまして。モルノ王国に生息する、サルサオク種の牛の調査を、我が国にさせて頂きたい」
「……サルサオク? そのような牛、我が国におりましたかしら……」
初めて聞くわ。彼は何故、知っているの?
口ぶりからして、どこで飼育されているかも調査済みね。貴重な牛だとしたら、ムンゼル草という特別な牧草を飼料にしている、酪農家のところかしら。
彼は私に、国との橋渡しをして欲しいのね。
「王女殿下、お話し中に申し訳ありませんが、面会の方が見えられました。如何いたしましょう」
彼が答える前に、更に別の来客を告げられた。
「どなたでしょうか、待って頂いても宜しいですか」
「承知しました、控室でお待ち頂きます。我がルフォントス皇国の魔導師、ヴァルデマル・シェーンベルク様です」
「ヴェルデマル殿が? 内密の用向きでないのなら、お通しして構わない。彼は知己だ」
同じ魔導師だし、知り合いなのね。終始表情を変えなかった彼が、少し嬉しそうにしたわ。仲の良い方ね。
サルサオクという牛の話は、聞かれてもいいものなのかしら。
少ししてやって来たのは、しっかりした体格で茶色い髪をした男性。ひょろっとしてあまり血色の良くない男性を伴っていた。同じ魔法使いのようだし、助手なのだろう。
「突然失礼する。陛下から回復アイテムを贈呈するよう
ルフォントス皇国の皇帝陛下が、モルノ王国に心を砕いて下さっていたなんて。それだけでも嬉しい。
頂いたアイテムを侍女が受け取っていると、ヴァルデマル様よりも先にお付きの助手が、アーレンス様の姿に驚いて指をさした。
「げげ、セビリノ・オーサ・アーレンス! サンパニルって国に行った筈だろ~!」
「これはマクシミリアン。貴殿も一緒だったか。私は所用があり、ルフォントスへ戻っている」
彼はマクシミリアンという名前なのね。アーレンス様がお一人なのを確認すると、竦んでいた肩が元に戻る。
「……ん? じゃあ一人? 悪魔とかヤバイ人間とか、一緒じゃなかったりする?」
「ヤバイ人間が誰を示すか見当がつかぬが、単独だ」
口の悪い方だわ。お二人の魔導師は、気になさった様子はない。これでいつも通りなのかしら。
「イリヤ様はサンパニルか。俺は今、行かれないからなあ……」
「モルノ王国に行くんだゼ、僕と兄貴で」
そういえば、ルフォントス皇国の方々も、何かモルノ王国で調査なさると報告を受けているわ。これはもしかして……。
「皆様、サルサオクという牛の調査ですか?」
「それそれ~」
「マクシミリアン、姫君にはマトモな言葉を使え」
すぐに窘められている。でも当たりみたいね。
「貴殿らもでしたか。私は許可を得ようと参った次第。しかし調査は国から別の魔導師を派遣させ、頼もうと思っている。よろしく頼む」
親しそうに話す異国の魔導師達。高位の魔導師はお互いにけん制し合ったりするけれど、友好関係を築く方がいいわよね。
「浅学で申し訳ありませんが、そのサルサオク種という牛は研究するほどの価値があるものなのでしょうか?」
「ああ、研究者でなければ御存知ないのも道理です。不老長寿の薬にもなると噂されている、原種の牛です。まあ不老にはならないでしょうが、体にいい影響を与えることは確かでしょう」
丁寧に説明して下さるヴァルデマル様。その牛がモルノ王国にいて、実際の効能を検証したいのね。ルフォントス皇国からの魔導師なら、我が国には拒否できない。
エグドアルム王国とは、共同研究をされるのかしら。当事者同士で話し合ってもらいましょう。
「さて、今度はモルノ王国に持って行く薬を作ろうか。マクシミリアン、しっかりな」
「兄貴は人使いが荒すぎるッ!」
「安心しろ、皆そう感じるらしい。三人いた俺の弟子は全員が辞めたし、いちいち引き止めん。お前は人生と一緒に辞めることになるがなあ」
意地悪そうに笑うヴァルデマル様だけど、どういう意味かしら。
「うむ、ベリアル殿は狩りを楽しみにしていらした」
「ひいいいぃん!」
アーレンス様も知っていらっしゃるのね。一つ解るのは、このマクシミリアンという方はあまりいい待遇ではないということ。ただ何故か、同情の気持ちが湧かない方だわ。
「ところで、その牛ですが……。酪農家の方が大切に育てている牛だと思います。全て召し上げず、残してあげて下さい」
私の願いを聞いた三人は、一瞬不思議そうな表情をされた。おかしなことは言っていない筈だけど……。
「心配には及びません。我々も貴重な種の存続を願っています。まずは増やしながら、無理のない範囲で調査をします」
「元々ソーマに使っていた牛乳は、この牛のものではないかと仮定している。私はそれを試したい」
ヴァルデマル様に続き、アーレンス様も牛は大事にすると約束して下さったわ。良かった、私以上に考えてくれていたのね。要らない心配をしてしまったわ。
「今度はセビリノとソーマ対決をしたいな」
「望むところ!」
「どうやって勝敗を決めるんだかなあ~」
気合十分のお二人と、緩い雰囲気のマクシミリアン様。
お三方は一緒に退出された。
入れ違いで、アデルベルト皇子殿下がいらっしゃったわ。いつも一緒にいる魔導師と、護衛の兵を数名連れている。挨拶を交わしてから、ニコニコしながらええと、ええとと繰り返してる。
「……ええと、不自由はしていませんか? ご入用のものがありましたら、ご用意します」
弟であるシャーク殿下とは違う、優しそうで威張ったところのない方。
お忙しい身ですのに、なぜわざわざご自身でいらっしゃるのかしら。
「お心遣い、ありがとうございます。十分でございます」
「……そうですか。ご飯はおいしい?」
「はい」
毎回、食事について尋ねられるの。料理を残したりするわけでもないし、そんなに心配になるようなことはしていないと思うのだけど。
「え~、じゃあ。そうだ、行きたい場所はありますか? そうだ、そうそう! 観劇なんて興味ないでしょうか。買い物とかは……」
「……お誘いは嬉しいのですが、モルノ王国に帰る日までに、すべきことがございます」
劇は演目によっては好きかな。でも……ねえ。今、誘われてもねえ。
「そう……。私に手伝えることがあったら、遠慮なく言いつけて下さい」
大国の皇太子に用を言いつけるとか、それはないわ。私をどんな威張った女だと思ってるの。
ぎこちない会話に、お付きの魔導師がため息を漏らす。
「……黙っていましたけど、殿下は本当にダメですねえ……」
私も殿下の発言の意図が掴めなくて、困ったわ。
「ダメかなあ……」
「ダメダメです。“ええと”と、“そう”ばっかり言ってますよ」
アデルベルト皇子殿下は何故か、このヘイルト・バイエンスという魔導師に頭が上がらない。乳兄弟だとは聞いているけど、かなり親しく気を置かない間柄のよう。
「……ええと、もう帰ります。また来ます」
また来るの? 忙しいんじゃないの? この方も第二皇子シャーク殿下と同じで、サボり癖があるのかしら。
「お心遣い頂き、ありがとうございます。お気をつけてお戻り下さいませ」
殿下達をお見送りした後、明日の面会の申し出が。本当に多いわね。
「マチス商会の、カジミール・マチス様です」
「まあ、マチス様! 今回は兵達の為に差し入れて下さり、とても助かりました。なるべく早くお会いできるよう、調整して下さい」
「はい、エルネスタ王女殿下」
マチス様はフェベという、可愛い白猫を連れていらっしゃるの。しゃべる猫よ。楽しみだわ、さあ今日はこれで終わりね。
そろそろ夕食の時間になるわ。食事の後に、家族へ手紙を書きましょう。頂いた回復薬を送って、エグドアルムの方に便宜を図って頂けるよう、口添えをしないとね。
役目を果たして国に戻ったら、また野山を駆け回りたいわ。
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