第132話 公爵閣下の依頼

「お久しぶりです、イリヤ様」


 ヘルマン・シュールト・ド・アウグスト公爵の執事の、五十代のくらいの男性が訪ねてきた。相変わらず姿勢がいい。

「本日はどういたしました?」

 家の中に案内し、ソファーに座ってもらった。

 私の隣にはエクヴァルが居て、一緒に話を聞いてもらっている。リニとセビリノ、アンニカも同じ部屋にいる。


「実は公爵閣下から、できれば貴女にお願いしたい事が御座いまして」


 執事の話はこうだ。

 海洋国家グルジスで、海にシーサーペント以上と思われる脅威を発見。

 しかしグルジスの海軍は、せいぜいシーサーペントを退治できるくらい。飛行魔法の使い手も四人しかいない。友好国であるノルサーヌス帝国は現在トランチネルの脅威に備えているし、他にこの事態に手を貸してくれそうな国がない。隣国は自分の方に来たらどうしようと、対策を考えているけどグルジスにいる間は静観してる。


 まずは正体を突き止めるべく、飛行魔法を使える魔法使いが魔物を確認中。

 漁に出られないと漁業関係者への打撃のみならず、観光客が減って観光産業にも影響が出るし、海洋資源が主な収入源である為に国の財政までもが回らなくなってしまう。

 グルジスはあまり広い国ではなく、海運に力を入れているが、魔法や召喚術はチェンカスラーよりもさらに遅れている。


「一つ条件がある」

 おっと、唐突にベリアルだ。いつから話を聞いていたんだろう?

「どのような事でございましょう?」

「トランチネルや、その周辺での例の悪魔の被害について、情報を得たい。所詮は人の起こした事、危険を冒してとまでは言わぬ」

 やっぱり召喚されてるのね。どうにもベリアルも気になるみたい。ベルフェゴールことペオルと話をしていた事とも、何か関係があるのだろうか。

「当方でも憂いていた問題です。知り得た情報を、全てお渡しすると約束しましょう」

「うむ。ではイリヤ、願いとやらを詳しく聞いておけ」

「はあ」

 丸投げにして出て行ってしまった。うーん??


「脅威につきましては、長く太い体を持つ魔物で手があるのを確認しており、シーサーペント以上との表現を用いておりましたので、中級以上の海龍かと考えております。海の沖合に居座り荒波を立てて、浅瀬でも大波が来たり時折沖に向かう強い引き浪が起こる為に、海に出ることが出来ずにいるとの話です」

「それは問題ですね。お仕事もあるでしょうし……」

「海洋資源と観光が主な収入源なので、早く事態を収めたいそうです。討伐に成功しなくとも正体を突きとめて頂ければ報酬は払われますし、軍やグルジスの魔導師と協力して事に当たるよう、要請も出せますので」


 かなり切羽詰まってるのだろう。話からして、中級どころか上級の可能性の方が高そう。海。軍には出ないでもらうべきかも。船があると戦い辛い。

 執事の言葉に、エクヴァルが頷く。

「協力はともかく、正体を突き止めるのが先決でしょうな。正体を知らずに、よりにもよって海でのそのような脅威に立ち向かうのは、危険極まりない」

 エグドアルムでの実感がこもってるね。本当よ、全く。


「師匠。ベリアル殿の発言から、向かわれることは確定でしょう。どうでしょう、この際王都に店舗を持つアンニカを、執事殿と共に公爵家の馬車を使わせて頂き、一旦帰らせては」

 セビリノの言う事も、尤もね。なんせ防衛都市への用で出掛けて、そのままここにいるんだもんね。常連のお客さんとか、心配してるかも。


「こちらの女性もお弟子さんで?なんと、王都の方でしたか。どうぞ当家の馬車をお使いください、まだ乗員には十分な余裕がありますので」

「ありがとうございます……!あいさつが遅れました、アンニカです。退治なんて役に立たないし、あたしもお店が気になっていたんです。イリヤ先生、その……」

 危険な討伐を前に別れるからか、アンニカは申し訳なさそうにしている。

「大丈夫よ。シェミハザ殿もいらっしゃる事だし、勉強も練習も続けられるわよね。また何か聞きたい事があったら、いつでも訪ねてきてね。私達は海龍だかを、バッチリ倒してくるわ!」


 アンニカとシェミハザは、公爵家の馬車に同乗して王都に帰れることになった。

 急だけど、午後には出発する。依頼の事も気になるし、早い方がいいから。

「じゃあこれ、アンニカに」

 以前鉱山の町へ依頼で行った時にもらった報酬のミスリル。メイン素材にトリネコの木を使い、そのミスリルで装飾した杖を渡す。

「イリヤ先生!?これは……?」

「ちゃんと魔法の練習もしてね。コレを使えば、制御が楽になるはずよ」

「せっかくのお気持ちだ、受け取りなさいアンニカ。」

 シェミハザが優しく言うと、アンニカは恐る恐るというふうに手を出した。

 

「色々教えて頂いた上に、杖まで貰ってしまって……」

 杖を受け取るとぎゅっと抱きしめて、深々と頭を下げる。

 喜んでくれるのは嬉しいけど、そんな大げさにしなくても!私もベリアルから魔法を教わって杖も貰ったから、同じようにしただけなんだけど。

「かわりに、慣れたら飛行魔法も練習してね。魔力の操作を覚えるのにちょうどいいから」

「……へ???」

 顔を上げたアンニカは、目を丸くしていた。シェミハザはその様子に、声を殺して笑っている。

「安心しろ、私が指導しよう」

「えええ~!?飛行魔法って、高ランクの冒険者とか、王宮に仕えたりする魔法使いが使う魔法ですよ!?」

「うん、頑張ってね!」

「その程度は使えなくては、師の弟子は名乗れん」

 追い打ちをかけるセビリノ。そういうわけでもないんだけど!


 お昼を食べて、アンニカ達と別れた。

 私たちは、飛行魔法とワイバーンで海洋国家グルジスへ。

 ……最近ワイバーンにエクヴァルが乗るから、ワイバーンが私よりエクヴァルに懐いてしまった。リニも一緒に乗っている。ワイバーンが気に入ったみたい。いいんだけど、なんだかさみしいなあ。

 

 

 海洋国家グルジス。

 まずは公爵閣下の紹介状を持って、首都にある冒険者ギルドへ行く。

 受け付けで紹介状を見せると、すぐに奥にある応接室へと案内された。間を置かずにギルド長らしき人が、慌てた様子でやって来た。

「遠路はるばる、御足労様です!まさかこんなに早く来て頂けるとは……!」

「早速ですけど、現状を教えて頂けますか?」

 エクヴァルが前置きはいいからと、先を促す。


「はい、現在もまだ我が国の沖合に居て、大波を起こす為に船は出られないでいます。海岸は入場禁止、漁もできず観光にも大打撃で、当冒険者ギルドに依頼として出してみても国が手をこまねいている事態、受ける者などいない有り様で」

 かなり困っている様子だ。


「魔物についての詳しい情報は得られましたか?」

「……軍の、飛行魔法の使い手から連絡がありました。かなり大きくて全体は確認できておらず、鋭く大きな牙を持つ、竜族だという結論になりました。金に光る眼で睨まれたとか。青黒い非常に固そうな鱗を持っていて手には鋭い爪、炎のブレスと煙を吐いていたようにも思われたと」

「……海で炎のブレス、巨体に青黒い鱗。それは、もしや……」

 ごくり、とエクヴァルがつばを飲み込んだ。

 セビリノが頷く。


「リヴァイアサン。それが現時点で一番可能性がある魔物でしょう」

「やはり、そう思われますか……。我々はレヴィアタンと呼んでおります。最悪の事態ですな……」

 リヴァイアサン、もしくはレヴィアタン。海に住む最大クラスの竜。


「本当!?私、見た事ないの!早速見に行ってもいい?」

「……師匠」

「え?」


 周りはしーんとして、私に注目している。コーヒーを届けてくれた女性職員さんも、動きを止めてこちらに顔を向けていた。

「……リヴァイアサンは、我が国でも災いクラスの特定危険魔物として、現れた場合は討伐よりも退けるのみにする事を推奨されています」

「……ク…、ハハハ!レヴィアタンを観覧したいなどと言う女は、この我でも初めて見たわ!」

 ベリアルにまで笑われてしまった。そんなにおかしかったのかな……。


「た、頼もしいお言葉ですな。しかしチェンカスラーに海はなかったのでは?」

「ああ、私たちはエグドアルムから来たんです。さすがにリヴァイアサンとの交戦の経験はありませんが」

 カチャン、カチャンとコーヒーが置かれる。また余計なことを言わないように、飲んでいよう。ミルクと砂糖を入れて、ゆっくり掻き混ぜた。


「なるほど…!それは海の脅威にも慣れていらっしゃることでしょうし、心強い!宿はこちらで手配してあります、お泊りになってから明日、案内させて頂きます。まずは対象を直に確認して頂き、それから対策を一緒に考えて頂けますか?追い立てる事も含めて、とにかく我が国やこの近辺から危険がなくなればそれでいいのです」

 討伐まではしなくていいらしい。


 リヴァイアサンは上級の竜の中でも、上の方。剣などでは傷もつけられないような魔物だ。

 水に住む魔物は水属性が多いから、水中で力を発揮する。反対属性の火で攻めたいけど、水があるから火ではダメージを与え辛くて、倒すのが難しくなる。

 なので風、その中でも上位属性の雷系が一番無難。ただし海だから、感電に注意!


 明日の予定や、この国の事を教わった。現在は漁に出られず魚が獲れないので、食料は輸入したりしているけど値上がり傾向。宿でも食事はあまり期待しないで、と言われてしまった。


 公爵に相談を持ち掛けたのは、チェンカスラー王国の出身で、このグルジスで魔法を教えてくれている先生。グルジス側からお願いして来てもらっていて、今は港町に住んでいる。その先生に相談したところ、公爵閣下への手紙を書いてもらえたそうだ。  

 宿までは案内してもらい、二階にある広い部屋を、私とリニ、エクヴァルとセビリノ、ベリアルはやっぱり一人で一部屋、手配してもらった。

 ギルド長は他にも必要なものがあったら揃えるからと、頭を下げて帰って行った。


「……イリヤ嬢。倒せそうかな?」

 部屋に入る手前で、エクヴァルが確認してくる。

「まずは明日、見てからね。でもベリアル殿がいるもの、倒すんじゃないの?」

「……だよねえ。危険だから、私としては追い立てるだけにして欲しいんだけどな……」

「何よ、もう。四海龍王の側近を討伐させようとしたクセに」

「…………え?四海、龍…王……?」

 エクヴァルの動きが止まった。

「知らなかったの?エグドアルムでシーサーペントとか言ってたの、北海を司る四海龍王アオシュン様の側近の龍神族だったわ。違いすぎて笑っちゃった」

「上級の海龍とは思いましたが…!!師匠、それでよくご無事で……!」

「ベリアル殿も居たからね。海底の宮殿、竜宮に案内して頂いて、人の姿の龍王様ともお会いしたわ。竜宮でお話しして終わりよ。もう姿を見なかったでしょ?」


 戦闘能力だけを見ればリヴァイアサンの方が上になるとはいえ、かなりの知識と理性があって人型もある、龍神族である四海龍王。海底の宮殿に住んでいて人との接触が少ないから、未知の種族なの。四海龍王を束ねる龍王ロンワンは、ティアマトクラス。戦闘だとやっぱりティアマト率いる黒竜達が上になるけど。

 なので、悪魔もこの龍神族と揉めたくないみたい。側近のあの龍は龍神族でも末端の方なので、倒せたんだけど倒したらマズい敵。


「それは誰も探せないねえ……!!!」

 エクヴァルもセビリノも、全然知らなかったみたい。そういえばあの後も知らせなかったからなあ。実際見たセビリノは、もう少し気付いていると思ったんだけど……

 動揺させ過ぎたかしら。悪いことしたなあ。

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