第133話 リヴァイアさん!
快晴で風もない。討伐日和だ!
宿の朝食はパンとサラダ、ゆでたまごとスープ、酢の物や魚の干物などちょっとしたおかず。早く漁を再開してもらって、美味しいお魚がたくさん食べたい!
支度をして待っていると、男性が尋ねてきたと宿の人が教えてくれた。
フロントの近くに立っていたのは、エクヴァルと同年代くらいの男性で、緑色の髪をした魔導師。深緑のローブで杖を持って、白いブーツを履いている。
「おはようございます。本日案内係を仰せつかった、魔導師のソゾン・クレイトンと申します。よろしくお願いします」
「おはようございます、こちらこそよろしくお願い致します。アイテム職人を生業としております、イリヤと申します。微力ながらお力になれればと思います」
エクヴァルとセビリノも自己紹介して、海へと向かう。ベリアルは特にしない。
リニは宿でお留守番。リヴァイアサンかも知れないと思うと、怖くて行かれないみたい。
「……エクヴァル様は、ワイバーンに乗られるので……?」
「イリヤ嬢のワイバーンですよ。私だけ飛行魔法が使えないので」
町の上空を飛びながら、ソゾン・クレイトンがマジマジとワイバーンを見ている。この辺りではあまりいないみたい。山や森に生息するからね。
「港町で休息しますか?」
ソゾン・クレイトンの言葉に頷く。
「はい。町の様子を見ましょう」
「そうだね、いったん降りよう。先に行ってて」
私達はこのまま港の方へ向かったけど、エクヴァルはワイバーンの高度を下げて、町の外で別れてくるようだ。
数人の人が海を眺めながら、波の動きに目を凝らしている。少し離れた場所に下りて、会話に耳を立てた。
「まだ漁には出られないか? 今日は穏やかなようだが……、魔物は動いていなかったらしい」
漁業関係者のようだ。ため息をついて、力なく話をしている。
「やはり早く対策を取った方が宜しいでしょう。クレイトン様、こちらでお待ちいただけますか?私共だけで、現状を打開してみようと思います」
「は!?いや、それは危険ですし、そのようなことを他国の方だけに任せきりにするわけには」
「門外不出の魔法を使うんですよ。詠唱を聞かれたら、貴方の口を封じないと、私が咎められますので」
ソゾン・クレイトンの言葉を遮って、エクヴァルがハッキリと告げる。
来てもらわない方が、いい。
「……そう言う事情でしたか。ならば、私はここにとどまります。ただし、一時間経っても戻らない場合は確認に行く。それで良いでしょうか?」
さすがに高位の魔導師だけあって、余計な説明なんてなくてもすぐに理解してくれた。
「ええ、それでお願いします。」
リヴァイアサン、もしくはレヴィアタン。ドラゴンすら食すと言われる、強力な魔物。ドラゴンの一種でもあるのだけれど。剣や弓など、通常の武器では傷も付けられないと言われている。
海に住む水属性の竜ながら、強力な炎のブレスを出す。
沖に陣取ったその巨大な竜は、今まで見た中でも最大クラスの大きさをしている。
動けば海が生き物であるかのように揺れ、高い波を生み出す。
追い立てるのみにしているのは、正しい対策だろう。これは人が倒すことはかなり難しいだろう。倒せないまでも、とにかく陸からもっと引き離さないと。
まずは雷の魔法で牽制。痺れをもたらす効果って、こんな巨大な海の魔物にも有効なんだろうか?
敵の攻撃がくる前に、セビリノが魔術用の短剣を取り出し、風属性の雷の魔法を唱える。
「雲よ、鮮やかな闇に染まれ。厚く重なりて
途端に厚い黒雲が空に発生して頭上に集まり、ゴロゴロと雷鳴が響き渡る。幾つもの閃光が雲の間に光り、一際太い雷がリヴァイアサン目掛けて轟音と共に落ちた。
もちろん、これはまだほんの挨拶程度。
私は数字魔方陣とも呼ばれる、数字の刻まれた護符を取り出した。丸いミスリルのプレートに、正方形の枠が描かれている。四角の中は縦二本、横二本の線が引かれて九つのマスに分かれ、マスの中にはどこから足しても和が十五になるように配置された数字。
四角の辺の外側には、魔術文字も書いてある。
そして早速新しい雷撃の詠唱を開始した。
攻撃の手を緩めてはいけない。
「追い立てるもの、其は瞬く閃光。破砕するもの、其は磨かれた
手に金色の槍のような雷が現れ、バチバチと小さな火花が散っている。気持ちを落ち着けながら、深く呼吸した。魔力を籠めて、鋭いそれを更に太く強い物にする。
「激情は吠え狂う烈風となれ! 討ち滅ぼせ、
発動させて雷の槍を手から放つとスピードを上げ輝きを増して、敵に当たって鼓膜を揺るがすような音がするとともに爆発が起きた。海面が黄色く照らされ波立つ。
リヴァイアサンは反動で首を反らし、怒りの咆哮をあげながら暴れ、尻尾が海を打った。
ちなみにこのバアルの呪法は攻撃力に特化させてあるので、痺れの効果は基本的にない。セビリノの方は、痺れを与えることに成功したみたい。動きが少し鈍っている。
「二人で雷系を使うと、壮観だねえ……!」
エクヴァルが感心しているけど、すぐに反撃の準備をしている。それでもダメージは少なく無い筈。
ブレスか、手や尻尾による物理か、海や魔力を使った攻撃になるのか。しっかり観察して正しく対処しないと、一撃でも真面に喰らえば、致命傷になる。
「セビリノ! ブレスが来るわ!」
「襲い来る砂塵の熱より、連れ去る氷河の冷たきより、あらゆる災禍より、我らを守り給え。大気よ、柔らかき膜、不可視の壁を与えたまえ。スーフル・ディフェンス!」
リヴァイアサンから炎のブレスが放たれる。
首を右から左にゆっくりと動かしながら発する、強烈な火のブレス。水が蒸発し、海面に霧となって浮かぶ。赤く熟れた色の炎が濃く集まって押し寄せ、ディフェンスの壁を叩きながらすり抜けていく。
「さすがにギリギリです……っ、あまり長い時間は保てそうにありません!」
上級ドラゴンでも一人でブレスを防げるセビリノだけど、このディフェンスは実は光属性になるので、彼は苦手なんだよね。よく頑張ってくれていると思う。
この凄まじいブレスの通り道を飛び越え、ベリアルが手にした黒い剣でリヴァイアサンに斬りつけた。炎の剣に最大の攻撃力を与えると、黒く染まる。闇属性をこっそり混ぜているから、黒くなるほど強くなるの。本来なら白っぽくなるはず。
それでも硬い鱗は深く斬りつけられない。ブレスを吐いている最中であまり動けない巨竜の頭に手を乗せ、傷口に炎を思い切りたたき込む。
「グオアアアゥ!!!」
リヴァイアサンは炎を途切れさせて悲鳴を響かせ、頭を振ってベリアルを遠ざけた。
「ええい、忌々しい……っ! 呪法も海では使えぬし、これを倒すのは骨であるな!」
海で相手は水属性。さすがのベリアルも決め手を欠く。
とはいえ、確実に攻撃の効果はある。暴れるリヴァイアサンが波を荒立てているから、海岸には大波が押し寄せているかも知れない。追い立てるにしても倒すにしても、戦いはなるべく早めに切り上げないと。
「海よ、大いなる太古の水よ、世界を覆う命の源よ。全てを呑み込む、大いなる力よ! 牙をむく大波を、我が守りとさせよ! 引き寄せよ、金波銀波。エメラルドの輝きにて、救いをもたらしたまえ! ブクリエ・ヴァーグ!」
セビリノが波の盾を作る魔法で、荒れ狂う波と物理攻撃を防ぐ。痛みに足掻くままに振り回された巨大な尻尾が、長方体に盛り上がった海水にぶつかり、弾かれて元の場所へと戻っていく。
続いて繰り出された手による攻撃も防ぎ、元の水へと戻った。さすがに上級の水の魔法、強固な防御だ。
私は魔法が解ける前にと、攻撃魔法の詠唱をする。
「太陽の道筋を示せ。冥界まで照らす光明、地上の全てに浸透し
これは使用禁止魔法だけど、エクヴァルにちゃんと今回使っていいか聞いておいたよ!
だから誰も近寄らないようにしてもらったわけで。
この魔法が使用禁止になった経緯は、開発した人たちが戦争で発動させた時に、効果が強すぎたから。離れた場所から都市を四人で囲んで一斉に唱えて使ったら、恐ろしい程の破壊力で、しかも建物が無事な場所でも熱により大勢の人が亡くなってしまった。あまりの悲惨な結果に、これは二度と使ってはならないと、開発者自らが禁止にしたそう。
「
チラチラと遊ぶように光が降りてきて、リヴァイアサンに当たって大爆発を起こす。焼き尽くす灼熱が辺りに蔓延したが、リヴァイアサンは一瞬早く海に潜ってしまった。これでは倒すほどの威力にはならない…!
「しまったわ……、逃げられた!! 次の手を考えないと」
セビリノを振り返ると、苦悩の色を浮かべている。
ダメージはかなりな筈だ、すぐに反撃に出てはこられないだろう。まずハイマナポーションで補給しないと。
そして再び海面に上がる時は違う場所に移動しているはず。動きを読まないといけない、エクヴァルのワイバーンが高度を上げ、広く海を見渡した。深くもぐったのか、揺れる塩水と水蒸気で姿が確認できない。
海面にはリヴァイアサンの流した赤い血が、浮いて揺れている。
「……なんだアレは。人影……?」
エクヴァルの呟きと同時に、海水が持ち上がって巨大な柱のようになった。
高くまで昇り、一番上で散らばって元の海に大きな音を立てて戻っていく。
リヴァイアサンまで持ち上げられた。
「息子が世話になったわね、地獄の王。ベリアルと言ったかしら?」
「……これは、ティアマト様ではありませぬか……っ!」
ティアマト!? 旅行中とは聞いていたけど、こんな場所に!?
海に立っているのは、青みがかった灰色の髪が踵に届きそうなほど長く、背が高い金の瞳の美女。体にフィットした白いドレスのような衣装を着て、露出した肩は丸みを帯びて体形はとても女性的なのに、震えるほどの魔力と威圧感が溢れ出ている。
片手を前に出していて握り込むと、水の柱が狭くなりバアアンと弾けた。リヴァイアサンの体が一瞬へこみ、先程よりも大きな叫びで痛みを表現している。
「展望は?」
「は、実は……」
ベリアルが説明しようとするのを遮って、思い切ってお願いしてみた。
「少々リヴァイアサンを押さえて頂けませんでしょうかっ。これより、全てを葬る穴をあけたく存じます!」
「……それは興味深いこと。良いでしょう、お前の思うようになさい」
赤い唇にうっすらと妖艶な笑みを浮かべ、指示するように顔を動かさず視線だけを私に向けた。
「はい! 始めましょう、セビリノ!!」
「万全を尽くします!」
リヴァイアサンは呻いている間に周りに作られた水の檻から逃げようと頭を振って、それだけでも巨大な竜の尻尾がバシャンと水を切り裂き、鋭い爪を持つ手が壁を掻き分ける。
「新月に潮は満つ。私はティアマト、原初の海。明かりなき夜、蒼海は星雲を
ティアマトの宣言だ。ただでさえ尋常ではない魔力を感じたのに、それがさらに高まっていく。
暴れる巨体が海面を大きく上下させて波を重ね、さすがに逃げられると思った瞬間、リヴァイアサンよりも小さめな、勿論それでも通常の竜なんか比べ物にならない大きな黒い竜が、暴れるソレに喰らいついた。
ティアマトだ。これが竜の姿のティアマト!!
漆黒の闇のような鱗は光と海に反射して、コバルトブルーのスピネルのような濃い紺色に光る。爪まで黒く、固そうな巨体に太い首、瞳はやはり金。
ティアマトは強く噛んでリヴァイアサンのあの硬い鱗をバリバリと割り、傷つき血を流すのを海に投げた。
「相変わらず凶暴な女であるな……」
ベリアルが聞こえないように、こっそり呟いている。
私達はその勇猛な姿を目に焼き付けながら、詠唱を開始した。
「「大いなる原初の闇よ、全てを呑みこむ空虚よ、口を開けよ! 虚ろなる空洞を満たす贄を捧げる、貪欲に全てを喰らい尽くせ!」」
「なかなか面白い魔法を使う人間ね。王の契約者だけある、と言ったところか。」
最後の足掻きとばかりに、リヴァイアサンが再び灼熱のブレスを放つ。二人で魔法を唱えているから、防御ができない!
焦る私達の側に来たティアマトが、暴風と氷のブレスを放ってリヴァイアサンのブレスを押し返し、巨体を遠ざけた。ちょうどいい距離になったと思う!
「「死せる肉体はうつぼに浮かびし大陸の
セビリノと二人で唱え終わると、黒い大きな闇が口を開け、リヴァイアサンを海の水と
竜の叫び声が小さくなり景色が戻った時には、巨体は既に海のどこにもなかった。
魔法でも、魔物でも、どんな物質でも全てを吸いこんでしまう空間を穿つ魔法。あまりにも危険なので、こういう明らかに何もない場所でもない限り使えない。素材が採取出来ないのも難点だけど、今回ばかりは長引かせられないし無難な選択だったと思う。
かなり消費魔力が大きいので、セビリノと協力してぎりぎりくらいかな。
「……お前たちが弱らせたから、楽に戦えたわね。借りは返した。見応えのある魔法であったわ」
人間と同じ姿に戻っていたティアマトが軽く手を振り、海を陸と変わらないように歩いていく。長い髪が風に揺れて、海水の雫に輝いていた。
「あ、ありがとうございました!」
竜神族である、黒竜のトップであるティアマトはそれ以上何も言わず、振り返る事もなく去って行った。とても威厳のある女性だった。
うん、これはキングゥは、千年経っても追い付けそうにないね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます