第134話 海洋国家とエリクサー
リヴァイアサンとの戦いを終えて、港で待つソゾン・クレイトンの元まで戻った。
さすがに疲れた。
クレイトンはある程度魔力の流れを感知していたようで、何が使われたかまでは解らないにしても、防御を含めて大きな威力の魔法を数回使った事は把握していた。
「それで、レヴィアタンは……」
かなり期待が込められた声に、エクヴァルが答える。
「討伐とまではいきませんが、彼らの秘術で遠くへと追いやる事には成功しました。確認をお願いします」
「おおお! たった四人で成すとは、素晴らしい……!! 本当に有難うございました。仲間に連絡して、念の為に海の捜索をさせて頂きます。報酬などは明日、確認後にお渡しします。脅威が去れば明日の朝から漁に出られますし、都合が宜しければ明日の夜、慰労会を開催させて頂きたいのですが……」
エクヴァルがどうする、と目線で訪ねてくる。私が決めていいのね?
「有難うございます、謹んでお受けいたします。ところで報酬の件ですが、できればお金だけではなく、珍しい素材がありましたら分けて頂きたいのですが」
「珍しい素材ですか……、そうですね。ハイ・リーの魔核があります。チェンカスラーには出回りませんよね」
「それは頂きたいです!」
ハイ・リーの魔核。竜涎香のような香りがして、お腹に効果のある薬になる。特に腸にいい。ハイ・リーは海に住むメジャーな魔物。
「では、金銭と素材に致します。こちらも助かりますよ。そういえば道具職人さんと仰っていましたね」
ソゾン・クレイトンと別れてから、すぐ宿に戻って早めに休むことにした。彼は明日の夕方、誘いに来てくれる。
漁が解禁されたら、美味しいお魚が食べられるぞ……!
戻るとリニが心配そうにしながら、足早にロビーまで迎えに来た。何故か宿の人がお菓子をくれたと、見せてくれた。
慰労会に誘ったら、ちょっと困惑している。人が多いのは苦手みたいだし、今回は何もしてないからと遠慮をしてしまった。エクヴァルが大丈夫だよ、と言ってなんとか参加を前向きに考えるようになったみたい。
それにしても海鮮料理だよね!楽しみだな。
次の日は昼近くまで寝ていて、ランチを食べに外に出た。
それから時間も余っていたし、冒険者ギルドを覗く。依頼を受けるつもりではないけど、エクヴァルの恒例になってきてる。だいぶ受注があって外されているのだろう、広いボードには空いている場所も多く、チラホラと依頼札が貼ってあっただけだった。
「ここでは家の修繕まで依頼で出るんだね。」
残っている依頼には、日常の困りごとまである。便利屋さんっぽくて面白い。
「……なんで、あなた達までここにいるわけ?」
後ろから声を掛けられて振り返ると、以前ドラゴンの鱗を採取する依頼で競った二人が立っていた。
Aランクの冒険者で、男性の方はカステイス。ブルーグレーの髪を後ろで纏めて、瞳は紺色。白いロングベストを着て、弓を携えている。
女性はイヴェット。黒髪でショートカット、瞳は紅色。軽装で剣を腰に佩いている。
「お久しぶりです。お元気そうで何より」
私が頭を下げると、二人がどうも、と曖昧に返事をした。
「もっと砕けていいんだけどな……。久しぶりだね」
「私たちは頼まれごとがあってね。君達は依頼でも受けたのかな?」
困ったように笑うカステイスに、エクヴァルが問いかけた。
「僕らは隣の国に居たんだけど、討伐の依頼があったんで来たんだ。この国は軍が強くないし、冒険者もあまりランクが高い人はいないからね。討伐は別の国に出したりするんだよ」
「ほう、討伐。獲物は何かね?」
討伐という言葉に、ベリアルが反応する。どこにいても魔物の話が出ると、興味を示すんだよね。リヴァイアサンと昨日戦ったばかりなのに。戦い辛かったから、やっぱり陸で派手にとどめを刺したいのかな。
「残念ながら、もう倒して終わったわよ。今、依頼の終了を伝えてきたトコ」
イヴェットが軽く手を振った。
「せっかくだし他にも何か依頼をこなしたいんだけど、ちょっとタイミングが悪かったな」
カステイスも掲示板を見ている。イヴェットはこちらを見て疑問を口にした。
「ところで、その男性と女の子は?」
「私は、師匠の弟子のセビリノと申します」
「……私、リニ…」
堂々と答えるセビリノと、エクヴァルの足にくっついて隠れるようにしながら答えるリニ。
「リニは私の使い魔なんだ。可愛いでしょ!」
「え、いじめられてない?」
そんな会話をしていると突然バタンと扉が開き、男性が血相を変えて入って来た。
「エリクサー……、エリクサーを入手できないだろうか!」
カウンターに向かい、声を張り上げる。
「エリクサーですか!? そう簡単にはいかないですし、いくらかかるか解りませんよ!?」
「解っているが、どうしても必要なんだ。どうすれば手に入る!?」
「わが国では不可能でしょう……。隣のノルサーヌス帝国が魔法関係は進んでますから、そちらに出してみるか……」
受け付けの人と相談をしている男性に、エリクサーをあげようかと思ってると、エクヴァルが肩に手を掛けて首を振る。
「ダメだよ、イリヤ嬢。目立ちすぎる」
「でも私、持ってるし……」
「……見て見ぬ振りができないのも、君の魅力だけどね。ここは私に任せて」
エクヴァルはそう言うと、掲示板の前に居るカステイスとイヴェットの方へ歩いて行った。
「カステイス君、イヴェット嬢、ちょっといいかな?」
「なに? 別にいいけど」
訝し気な二人を伴って、ギルドの外へ出た。私も気になったので追ってみる。ベリアルはギルド内の椅子に腰かけた。だいたい展開が読めているんだろうなあ……
セビリノとリニも、中に残っている。話の行方を聞いていてくれてるみたい。
道をそれた建物の影の、誰からも見えないような場所に移動して、話を始めるエクヴァル。
「あのさ君達、あのエリクサーの依頼、受けてくれない? こちらで用意するから」
「……はぁ!? エリクサーよ! ……っと」
唐突な申し出に、イヴェットが目を丸くする。そして思わず大きな声が出てしまったので、慌ててエクヴァルに顔を近づけ、音量を絞った。
「そんなもの、持ってるの?」
「あるよ。私じゃなくて、イリヤ嬢が持ってる。あんまり知られたくないんだけど、彼女が作れるんだ」
「エリクサーを……? 彼女が? 確かに本当なら、そんな女性が普通に町で生活するのは危険だ」
「とびっきりの、金のなる木だものね」
あれ!? 盗まれるより危険なことが……!? 考えていなかった。確かに品を盗むだけより、監禁して作らせる方が利益になる。ベリアルがいるから、私は大丈夫かなと思うんだけど。
「だからできれば、出所を秘密にして渡して欲しいんだ。このままだと彼女、自分で持って行きそうだから……」
「あー…、確かにしそうなタイプね。じゃあ、報酬の一部を私達がもらうわ。それでいい?」
「どう、イリヤ嬢?」
「え、一部と言わずに全部あげるけど」
カステイスとイヴェットはなぜか眉を顰める。エクヴァルは苦笑いだ。
「貴女ね、エリクサーの価値知ってる?」
「この前、聞いたわ……」
呆れたようなイヴェットの口調に、私は彼女を見ながら頷いた。
「だったら簡単に言わないの。じゃあ折半にしましょ、どう?」
「……解ったわ。でもあまり高い金額を取らないであげてね、困ってるみたいだし」
「了解だ。効果を試したことがない試作品を、格安で手に入れた事にするよ」
カステイスが請け負ってくれた。これで安心だわ。効果には自信があるし!
ギルドに入ると、ノルサーヌス帝国に依頼を出すという話で決まりかけていた。
そこにカステイスが近づいていく。
「エリクサーが必要だと聞こえたんですが。魔導師の試作品を持っているんです、使ってみませんか?」
私が渡したエリクサーの瓶を見せながら、笑顔で話しかける。
「私達Aランクの冒険者なんだけど、よく護衛をする人から、効能を試したいからって渡されたの。それで、使って効果があったら代金を取るってね」
男性は瞠目して差し出されてた瓶を見詰め、両手を震わせた。
「まさか、まさかこんなにすぐに手に入るとは……!」
「まだ、試してからよ。試作品なんだから、もし身体の欠損が回復されなかったら、失敗作って事になるし。そしたらお金は要らないわ」
エリクサーの身体の欠損を復元する効果は実際に使わないと解らないので、詐欺もあるらしい。皆、
「それはなんと、有り難い申し出だ……!頼む!もし効果がなくとも、痛みが抑えられたならば、その分だけでも必ず支払うと約束しよう!是非使わせてほしい……!!」
男性は二人に深く頭を下げ、しばらくそのままだった。二人は顔を見合わせて苦笑いし、相手の肩に手を置く。
「とにかく急ごう。被害者はかなり苦しんでるはずだろう、一刻も早い方がいい」
三人はすぐに出て行った。
エクヴァルって他人に任せるの、上手だなあ。私は全然思いつかなかったわ。
受け付けの人や周りで話を聞いていた人達も、安心して胸を撫で下ろしている。成り行きを見ていた冒険者らしき人が、カウンターの男性に話しかけた。知り合いのようだ。
「スゴイ偶然だな! やはり、先生の日頃の行いがいいから、こんな奇跡的な巡り合わせがあるのかな」
「ノルサーヌスで依頼を出したところで、入手できるかは解らなかったからね。無駄だろうけど、商業ギルドにも問い合わせようと思ってたところさ」
「ないだろうなあ。軍とかなら、出してくれたかなあ……?」
受け付けの男性は、手紙を書こうとして用意していた便せんを引き出しにしまった。
「ムリだったろう。先生に何かあったら、申し訳が立たないところだった。この国で魔法を教えてほしいと、ギルドから正式に講師としてお呼びしてるからな……。まさかエリクサーが必要なのが先生だったとは、肝を冷やしたよ」
「これで効果があればいいな。あの冒険者たちは自信がありそうだったし、試作品と言いながらも、かなり信頼できる腕の魔導師が作った物なんじゃないか?かっこいいなあ、Aランク」
「お前も早くランクアップしてくれよ」
いくらなんでも難しいだろ、と笑い合っている。
どうやら怪我をしたのは、他国から魔法講師として招かれている年配の男性らしい。生徒である子供を庇って足を失ったと説明していたと、セビリノが教えてくれた。立派な人物のようだし、ぜひ怪我を治して活動を続けて欲しいわ。
問題も解決したし、慰労会に招待されていたので、私たちは宿に戻った。
慰労会ではこれでもかというくらい魚介類がたくさん出て、貝のお吸い物も、海老のグラタンも、焼いたお魚もおいしかった。お刺身まであったんだけど、ベリアルとセビリノは食べないというので、私とエクヴァルとリニで分けて食べた。こんなに美味しいのにな。
「そなたら、よく生の魚など食す気になるな」
「これが美味しいんですよ! チェンカスラーでは食べられないから、しっかりと味わっておかないと」
「……おさしみ、好き」
笑顔でちまちまと食べるリニちゃんが、とても可愛い。
ベリアルの楽しみは、けっきょくお酒みたい。
「どうぞ遠慮せずにお召し上がりください、本当に助かりました。エグドアルムの出身だと伺ったので、刺身もお出しして正解でしたな!内陸の方々は生で食べる風習がないので、敬遠されがちなんですよ」
「こんなに新鮮でおいしいのに、それは勿体ないお話ですね」
「本当です! この刺身の文化を、世界中に広めたい……!」
グルジスの接待の人なのかな、お店に着いてから色々説明したりしてくれてるこの人は、中年の男性なんだけどよく喋る。そして海の脅威がなくなって、とても嬉しそう。一緒にいる案内のソゾン・クレイトンは、口を挟む暇もない。
報酬もしっかり貰って、みんなで分けて公爵閣下の依頼は終了!
ハイ・リーの魔核も貰えたし。これはエグドアルムではよく使われるんだけど、チェンカスラーでは入手できなかったの。アンニカとアレシアへのお土産にしよう!
もう一晩泊まって、魚介類をしっかり買ってから帰ろう。
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