第135話 今度はボーティス君のお願い
海洋国家グルジスを発った私たちは、チェンカスラーの王都にある公爵邸に、依頼の成功を伝える為に寄った。予想より早い帰還だったらしく、私たちの姿を確認した執事が驚きを隠せないでいた。
「魔物はリヴァイアサンでした。討伐とまでは至りませんでしたが、魔法で遠くへ追いやることに成功いたしましたので、戻っては来ないでしょう」
公爵閣下にエクヴァルが説明する。こういう事は彼が得意で助かるわ。
「さすがエグドアルムの宮廷の方々!こちらも調査結果をお知らせしよう。頼む」
促されて、侍従長が報告書の表紙をめくった。
「まず、トランチネルの悪魔について。爵位などは不明ですが、かなり危険な存在のようです。フェン公国が放った間諜が潜んでいた町が襲撃され、何とか逃げ延びたとか。壊滅した町もあるようで、王も既に崩御されたのではという話です。こちらは憶測にすぎません」
多分、殺されてるんだろうな……。喚び出す命令を出したとなると、憎悪の対象になる。
「周辺各国には現時点で被害はありません。トランチネル領内の、北側に被害が集中しています。理由は不明。悪魔を召喚した召喚術師が同行しているのを目撃した者も居ますが、放心状態でかなり憔悴している様子だったとの事。意に反して悲劇を見せられているようです……」
「ふむ」
皆、静かに悲惨な状況を聞いていた。
ベリアルが頷き、口を開く。
「キメジェス。そなた、使者としてその悪魔と会って参れ」
「……は!??」
突然指名されて、侯爵級悪魔のキメジェスが調子外れな返事をした。
「心配はいらぬ。ルシフェル殿の使いだ、と言え。攻撃されることはないであろう。我がルシフェル殿に監視を頼まれておる故、問題にはならぬ。安心せよ」
「う……解りました……。しかして、何と伝えれば宜しいでしょうか?」
「そうであるな、そろそろ地獄へ戻るようにと言っておけば良かろう」
「承知いたしました」
断れるわけがない。ちょっと可哀想だけど、もしかしたらベリアルが行かれない理由があるのかしら?トランチネルに召喚された悪魔については知っていそうだけど、教えてくれない。
「おお、悪魔が帰ってくれれば助かる……! いつ被害が拡大していかないか、肝を冷やした!」
離れた場所とは言え不安があったみたいで、公爵が安堵して長い息を吐いた。
ここにはキメジェスも居るけど、どちらの爵位が上かは解らないし、国が攻撃されるのも困るだろう。
とはいえこれまでのやり取りからして、トランチネルの悪魔は公爵以上だろうな。もしかして、本当に王を召喚できてしまったのだろうか?
キメジェスは大変な役目を仰せつかってしまったなあ。
せっかく王都に来たんだから、アンニカのお店を覗いてみることにした。
繁華街の外れにあって、隣には個人経営の小さな喫茶店と、小道を挟んで家がある。現在こちらは空き家。王都は人気だから、人の出入りは多いらしい。
私の家より小さい店舗兼住宅に、商品が並んでいる。居住スペースは二階で、ベランダと裏にある庭では、ハーブを育てているという。ちなみに、隣の庭には二羽ニワトリを飼っている。喫茶店で使う卵を産ませているのかな。
もともと一人で薬なんかを売るアイテム職人なので、お店は午前中だけの営業で不定休。午後はアイテム作り、採取に行ったら数日お休み。飛行魔法が使えないと、移動にかなり時間がかかっちゃうしね。個人で細々と経営している魔法アイテム屋さんは、だいたいこんな感じ。
今はシェミハザが居るから、お店の休みは最低限ですむ。午後なので営業終了していたけど、声をかけてみた。
「アンニカ、いる? イリヤです」
「……先生、いらっしゃいませ! 早かったですね。危険な討伐だと思ったんですけど……」
ちょうど棚の整理をしていたみたいで、すぐに扉を開けてくれた。
木で出来た商品棚に薬がキレイに整頓して並べてあり、ハーブティーも数種類あった。
私達五人が入って来ちゃうと、お店は狭く感じる。
奥にある商談用の部屋に案内してくれた。椅子は四つ。私とベリアル、エクヴァルとリニが座る。アンニカはお手製のハーブティーを淹れてくれて、その間に討伐の事を話した。リヴァイアサンだったというと、かなり驚いた様子だった。
「……よく退けられたな。ベリアル、お前は海の敵は苦手だろう」
感心したように言うシェミハザ。ベリアルの戦い方は知っているんだろう。
「イリヤらの奥の手も逃げられたのだよ。時間を掛ければ何とかなったのだが、あの巨体であるから、とにかく海が荒れる。次の手に入る手段を考えていた時に、ティアマトが現れてな」
「とんだカオスだ」
シェミハザもティアマトを見た事があるのだろうか。
私は彼女の姿を思い出して、興奮気味に語った。
「とても素敵な女性でした!姿も壮大でかっこよくて。息子が世話になったと、リヴァイアサンを抑えていて下さったんで、その間にセビリノと協力して魔法を唱えたんです」
「君、よく話しかけたよね……。私は威圧感で震えそうだったよ……」
なぜかエクヴァルが苦笑いしてる。いつも女性を褒め称えるのは、彼の役目なのに。
「……ベリアル」
「言わんで宜しい」
「お前の契約者、おかしくないか? 人間だよな……?」
キングゥに恩を売ったのは、ベリアルだよー!
今度はアンニカから、お店の様子を聞いてみた。
営業を再開してから常連さんがまた来てくれて、今の所は普段通りみたい。シェミハザとは、うまくやっているらしい。魔法について教えてもらえるので、アイテムだけじゃなくて回復魔法も練習を始めている。もとから簡単なものは使えたんだけど、自分ではお金を貰えるような段階とは思えなかったから、これで治療もできるように効果をあげたいとか。
「余ったお薬は、務めていたお店で買い上げてくれます。注文に足りない時もあるみたいで。ダメだったら商業ギルドに持っていく手もありますから」
「しっかりと精進するように。師の名に恥じぬよう」
「はい、セビリノ先輩!」
順調みたいで良かった。これからはもっと難しい薬にもチャレンジすると、意気込んでいる。
……しかしこの、セビリノとのやり取りは、どうなの……?
我が家に帰ると、来客があった。
なんと悪魔ボーティスだ。ベリアルのせいで、エルフの森で暮らすことになっている、ラピスラズリのような青い目をした悪魔の伯爵。
「ベリアル様、お久しぶりでございます。今日は契約者様に、相談がありまして」
硬い。かなり緊張しているみたい。地獄で伯爵くらいだと、あまり王とは話す機会がないみたいね。
私の横にベリアルが座っていて、エクヴァルはソファーの脇に立っている。セビリノはまず素材や食材を仕舞いに行き、リニは二階のエクヴァルの部屋へ戻った。
「構わぬ、申せ」
「は。実は最近、エルフの村が近辺の人間の町と交流を持ちまして。そこで人間にもエルフにも、行方不明になって解決していない事案があると知りました」
確かあの辺は都市国家バレンの領地で、エルフの森に近い町はダルゴ。
国というほど纏まってなくて、町と町の連携があんまりないから、盗賊団が暗躍しやすいんだよね。人さらいも多いみたい。
「誘拐され、他国に売られているようで。人間共は連携を強化し、盗賊の摘発に乗り出しておりました。そして売られた者達の居場所を、突き止めることが出来たのです」
どのくらいの割合の人が発見されたかは解らないけど、かなり希望が持てそうな展開だ。
「人間に案内され、契約したエルフのユステュスと共にその場所を訪ねました。確かに里のエルフが居ることを、彼が確認できたのです。しかし……」
戻ってきたセビリノがお茶を用意して、みんなの前に置いてくれる。
言い淀んだボーティスが、一口飲んでから続きを話し始めた。
「様子がおかしいのです。魔法によるものではないのですが生気がなく、何か薬を使われ、意志を奪われて命令を聞かされているような印象でした」
「……何てことでしょう。一刻も早く、対処をしないと……!」
「私も同感です。契約者様はご立派な魔導師であるとお見受けします、ぜひ魔法アイテム等に詳しい方をご紹介して頂きたく」
……あれ?私を頼ってくれたんじゃなかった?私では不足だった?
「そなたの目は節穴かね。この小娘は我が配下クローセルに教育させておる、そこらの人間に知識で引けを取る事なぞないわ」
ベリアルがわざとらしくため息混じりに言うと、ボーティスは私の方に向き直って頭を下げた。そんな必要はないんだけど!
「そ、それは失礼いたしました! お若くていらっしゃるので、このような事態には不向きかと思いこんでしまい…」
「とりあえず、一緒に参りましょう。どの辺りでしょうか?」
「ニジェストニアという国です」
国名を聞いたエクヴァルが、ピクリと頬を引きつらせた。何か知っているみたい。多分、悪い事なんだろう。
「あまり治安のいい国ではありません。地域によっては奴隷の暴動や、奴隷反対運動と軍の衝突があって、公共機関がマヒしています。これから向かう場所は平穏な地域ですが、くれぐれもお一人にはなられませんよう」
「はい。そんなに危険な国なんですね」
「このチェンカスラーよりは、危険でしょう。奴隷制度に対し周辺各国から苦言を呈され、浚われた人間の人身売買が行われている事に対して、被害を受けた国から制裁を加えられています。さすがに改善していく過程のようですね」
そういう国があるとは聞いていたけど、まさか行くことになるとは思わなかった。奴隷制度なんて見たくないし。エグドアルムの周辺にもあって、少し一般市民より地位が下になる感じだけど、もっと人道的。他国から誘拐して売るなんて、堂々とは行われていない。
ところでなんでボーティスは、私に対してまでもベリアルにするような、腰の低い丁寧な態度なんだろう…??
とにかく明日の朝、旅立つことにした。
家を空けてばかりになっちゃうけど、仕方ないよね。夕方からポーション類を作って、朝早くに納品させてもらおう。
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