第368話 お祭りまであと少し!

 魔法治療院に熱冷ましの薬を届けて、セビリノが戻ってきた。エクヴァルとリニは、まだ地下工房でお掃除中。

 私は台所の椅子に座り、セビリノから患者の様子を教えてもらった。

「患者は男性で、かなり高熱なようです。喉の痛みを訴えるので、喉の薬を追加で調合しましょう」

「じゃあ、お任せするわね」

「当然です、一番弟子ですから。完璧にこなして見せましょう。一番弟子として。師の名声も、コツコツと薬を作る一歩から!」

 やる気なのはいいとして、最後の謎の標語は何かしら。

 セビリノがいきなり立ち上がった。決めたら即実行なのよね。

「今、エクヴァルとリニちゃんが掃除をしてくれているのよ」


「なるほど。では」

 では? 掃除中だって、聞いてたのかしら。

「掃除が終わるのを待つんじゃないの?」

「何故でしょう? 工房は職人や魔導師のものです」

 そうだったわ、エグドアルムでは一番優先されていたものね。掃除の係りの人が作業中でも、宮廷魔導師が仕事をするとなったら、必要分だけササッと済ませて退室していたわ。


 普通に地下工房へ行ってしまった。

 リニが困っていないか心配になり、覗いてみる。

「じゃあ、また私が助手をするね……!」

「ふむ、頼んだ」

 リニは助手の仕事が気に入ったようだ。三人で和気あいあいと作業を開始していた。

 うーん、なんとも疎外感。最初から一緒に行けば良かったな……。でも明日はハイポーション作りだし、追い出されてしまいそう。

 大人しくしていよう。


 セビリノは喉の薬を作ると、再び魔法治療院へ届けた。

 私は次の日、朝からハイポーションを作りビナールに納品。セビリノも一緒に同じ数を作っていたわ。

 ハイポーションはセビリノが届けてくれたので、私はベリアルと二人で、アレシアの露店へ顔を出した。二人は露店の商品を綺麗に並べ直していた。ちょうどお客が去った後だったのね。


 以前泊まっていた白い泉亭という宿も、お祭りの日は混雑するのかな。なんとなく気になって、話題にしてみた。アレシアは勿論、と大きく頷く。

「お祭りの日は、おかみさんの宿も宿泊客でいっぱいになるんですよ。お昼のランチ営業も、満席になります。だからお祭り期間だけは、旦那さんも接客を手伝うんです」

「旦那さん、そういえば見た記憶がないわ」

 あまり長い間ではないけど宿に泊まっていたのに、覚えていないわね。小さいお子さんがいるのは知っている。

「あのねー、旦那さんは大工さんだよ。頼まれてお仕事に出たり、宿の修繕をしているの。お喋りが苦手だから、お客さんの前には出ないようにしているんだって」

 キアラが得意気に教えてくれた。大工さん。出入りの業者さんなら姿を見たわ。該当するのって、その人くらいよね……?

「もしかして、壁を直したり、柵を増やしたりしていた人?」

「そうそう」

 旦那さんだったんだ! 確かに黙々と仕事していたな。背中しか記憶にないわね。


「挨拶くらいしておけば良かったわね」

「困らせちゃうだけだよー。この前も他のお客さんが挨拶したんだけどね、おう、くらいしか返せなかったら、お客さんが愛想が悪いって文句言ってたもん」

 挨拶もしてくれないって思われちゃうわねえ。

 確かに私も仕事中だったら、場合によってはろくに言葉を返せないかも。

 ポーションで魔力の調整を間違えて失敗すると、ほぼ効果なしになっちゃったりするし。攻撃魔法の詠唱中に話し掛けられて意識が逸れたら、話し掛けた相手に魔法が向かっちゃいそう。

「私達も一ヶ月二ヶ月と泊まっている間に、徐々に話せるようになったんですよ」

「この前、お姉ちゃんとクッキーを作ってあげたら、この台をくれたよ」

 脚の部分に蝶番を使った折り畳み式の小さな木の台に、小分けにしたクッキーを入れた水色の紙袋が並べられている。台の下にも並んでいるよ。


 しばらく雑談をしていたら、おーいと誰か近付いてくる。

「やったー、イリヤさんだ!」

 兎人族の女性と、虎人族の男性が手を振っていた。

 以前、山を越えた先の北東にある自由国家スピノンのいちで、私の薬を買ってくれた冒険者のコンビ。レナントに来ていたのね。

「お久しぶりです」

「不在だったから、別の方の薬を買った。やっぱり君のハイポーションの方が効果が強いみたいだ」

 虎人族の男性が、いて良かったと笑っている。

 ハイポーションが必要な怪我をして、使ったってことよね。無茶してるなあ。

「この人達はイリヤお姉ちゃんがいない時に来て、あの男の人みたいなお姉ちゃんからポーションを買ってたよ」

 キアラが事情を教えてくれた。購入したのは自称天才カミーユのポーションね。


 噂をしていると、ちょうどカミーユが紙袋を抱えて歩いてきた。長いパンがはみ出している。夕食の買い出しかな。

「やあ、お揃いで!」

「カミーユさん、こんにちは!」

 アレシアが真っ先に声を張り上げた。キアラが名前を忘れたまま何か言い出すのを、阻止したんだと思う。

「こんにちは。仲良し姉妹で今日も頑張っているね」

「今ねえ、カミーユお姉ちゃんのお話をしてたの。イリヤお姉ちゃんの薬の方が、効果があるって!」

「大声で言わなくていいからね!? ……そうだろうとは、うすうす分かっていたよ……。魔力の量がとんでもないかからね、イリヤさん……」

 自称天才の声がだんだん小さくなる。魔力量の多さは自信があるわ。


「そんなに凄いの? イリヤさんって」

「もし冒険者登録したら、俺達と組もうぜ! 魔法系は決まったメンバーがいないからさ、いつも募集かけて集めてんだ」

「面白そうですが、やはりアイテム作製や研究が好きなので……」

 攻撃魔法も得意だし、冒険者二人に誘われたのは素直に嬉しい。ただ、冒険者登録をする予定はない。勝手に冒険しているしなあ。


「ゴホン。私は魔法付与の方が得意だから! 大会では負けないよ!」

「はい、全力で戦います!」

「そなたは全力を出さぬ方が良いのではないかね」

 ベリアルが呆れたように言い放つ。蛇の魔核が賞品としてもらえるかも知れないのよ。戦うからには全力で取りにいかねば!

「それはともかく、二人はまたハイポーションを作るのか? もっと買わせて欲しいんだが」

 虎人族の男性は、ハイポーションの予備が欲しくて私を捜していたのだった。

「それなら祭りの日の目玉商品として、ビナール商会で売り出すんだ! イリヤさんが作るからと、私にも昨日打診があってね。素材を揃えてもらう条件で引き受けたよ」

 カミーユが大きな手振りを加えて、自慢げに宣伝をする。更にセビリノのハイポーションもあるから、質だけじゃなくて量も確保できているわね。

「おお、じゃあ買いに行くかな! どっちのでも効果が高いからな!」

「依頼を受けてお金を稼いでおかないと。お祭りには、またこの町に戻って来ないとね」

「でも目玉商品というには、ちょっと弱いですよねえ」


 皆の視線が私に集まった。あれ?

「……イリヤさん、この近辺でハイポーションを確実に手に入れようとしたら、どこで買えると思う?」

 真面目な瞳でカミーユが質問してきた。

「隣国で、都市国家バレンにあるドルゴの町の、ラジスラフ魔法工房ですね」

 武器への魔法付与とポーション作りをする工房だ。冒険者が集まるよ。注文もたくさんあり、多くの職人が働いている大規模な工房だよ。

「そうらしいよね。国内では簡単に手に入らない。十分貴重な品だと思わないか?」

「……確かに、そうですね……」 

 言われてみれば、意外と皆作れないのだ。

 最初は材料が手に入らないからかな、と軽く考えていたけど、作り方を知らなかったり、中級のポーションですら魔力の籠め方が上手くいかなかったりするのだとか。

 元々エグドアルム王国で周囲にいたのは宮廷魔導師やその見習い、それから魔法研究所の優秀な職員だったので、作り方すら知らないという人はいなかった。どうも私の感覚はズレているらしい。


「そなた、この者達から一般常識についての指導を受けた方が良いのではないかね?」

 ベリアルがニヤニヤと笑って、赤い瞳で見下ろしている。からかうネタを探す為に、ずっと一緒にいるんじゃないでしょうね。

「むむ。町で暮らすようになって、随分時間が経ちましたから。かなり常識的になりましたよ」

「ええっ」

 アレシアがしまった、というように口を手で覆って言葉を止めた。キアラが代わりに続きを喋る。

「イリヤお姉ちゃん、まだまだだよ……」

「普通の人とは感覚が違ってると思うな」

「冒険者になって細かい仕事を真面目にこなしてれば、イヤでも一般常識は身についてくるぜ」

 兎人族の女性と、虎人族の男性にも否定されてしまった……! しかも、さり気なく冒険者登録を促されている。


「悪いけど同意見だね」

 カミーユは噛みしめるように何度も頷いていた。目玉商品のもっといいアイデアがないと、このイメージは払拭ふっしょくできないわ。私は必死に考える。

「ええと……、そう、目玉商品だから、新開発の薬とかいいのでは?」

「飲食店のメニューならともかく、しっかり検証をしていない薬はダメだからね? 人体実験になっちゃうよ」

「確かに……」

 またベリアルにバカにされてしまう。見上げたら、本当に呆れたという視線を向けられていた。こっちの方がこたえる!



 数日して、フェン公国の人が訪問してきた。

 皆で楽しいドラゴン退治をした時に入手した鱗を、分配してくれるのだ。最後はアジ・ダハーカというとんでもないドラゴンが出てきて、大変だったなぁ。

 私はベリアルが倒したのも貰っちゃったけど、こういう作戦の時は本来、皆で協力して倒し、戦利品を皆で分ける。ただし地獄の王や公爵が倒した素材を自分のものにするのに、魔法の知識がある人なら文句を付けたりはしない。

 騎士団の顧問魔導師、アルベルティナが代表して渡してくれた。一つにまとめたえんじ色の髪が、背中で揺れる。胸当てをしていて、相変わらず彼女も騎士みたいな恰好をしている。両隣には男性騎士が控えていた。


「皆さんに直接、お届けしているんですか?」

「まさか。冒険者ギルドを通して届けるか、分配が決まるまでフェン公国に滞在してもらって、直接受け取ってもらっているわ」

「わざわざありがとうございます」

 王の契約者だから、気を遣っているのかな。ギルドを通してでも良かったのに。私の場合は、商業ギルドの方になるわね。

「他の地獄の方は……」

 顔を近付けて手を口の脇に当て、こそっと訪ねてくる。王という単語は避けているし、人の耳に入って困る質問でもないのにな。


「バアル様はお帰りになり、ルシフェル様は裏に邸宅があります」

「そう……、ルシフェル様にもお礼をお渡ししなきゃ。ところで、魔法付与大会って面白いわね。都合が合えば、見に来るわ」

「是非、いらしてください。私も参加致します」

「やりすぎないようにね」

 アルベルティナにまで、釘を刺されてしまった。優勝を目指しているのに。

 鱗は頼まれていたティモとアウグスト公爵に分配し、買い取ってもらえた。フェン公国が素材とは別にくれた報酬とあわせて、結構いい金額になったわ。


 そんなこんなで、ついに生誕祭の日がやってきた。

 数日前から飾りつけをして、公園には昨日のうちに屋台や舞台が設置された。今日も早朝から賑やかだわ。お祭りは三日間続き、魔法付与大会は一般部門が二日目、達人部門は三日目に開催される。

 今日はお祭りを満喫するぞ!

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