第367話 お手伝い小悪魔
家へ帰る道すがら。散歩するハヌ達を振り返った私に、ベリアルが話し掛けてきた。
「そなた、トカゲが好きなのかね」
「トカゲが特別に好きなわけじゃないんですよ。ハヌ、慣れると可愛いですよね。ペットもいいなあって思いました」
「飼えば良いではないか、家も庭もあるではないかね」
ベリアルは簡単に言うけど、またエグドアルムに行くだろうし、長期に渡って家を空けることもあるわよね。そうすると、預かってもらうしかなくなるしなぁ。
「出掛ける時に困るんです」
「連れて行かれるものならば良かろう」
「あ! 猫を抱いて移動するとかですかね」
それなら飼えそうかしら。でも、空中で暴れられたら落ちちゃうわね。ベリアルが助けてくれるとも思えないし。
「猫であるな」
「買ってくれるんですか?」
ペットを買う時は確か、お店で気になる子の子猫が生まれたら譲ってもらう約束をしておくのよね。
「猫に変身する小悪魔ならば多い故、探しやすかろう」
「……それはペットではありませんね」
まさか、小悪魔を連れてくるつもりだったとは……!
確かにベリアルが声を掛ければ、すぐに見つかるだろうけれども! 小悪魔をペット扱いしようって、酷すぎない!?
「我がペットに徹するよう命じれば、逆らう小悪魔などおらぬわ」
「知っていますよ、絶対にやめてください。どんな悪魔ですか」
「地獄の王である」
全然悪いとも思っていない発言だ。
どうしようもないのである。
小悪魔ペットは丁重にお断りし、それならば狼の姿を持つ侯爵を、という更にとんでもない提案を却下して、ペットのお話は終了した。
ベリアルの前で迂闊な発言は出来ないわね。
家に帰ってからハイポーションの素材の下準備だけをした。作製は明日の朝からにする。六時間かかるので、心身も整えなければならない。
今日は気持ちを落ち着かせ、魔法付与大会用の魔法円を仕上げる。
丸に星の形、それから
このデザインは、人によってあまり大きな差異が出たりはしないかな。
「こんにちはー! イリヤさん、いますか~」
「はーい」
部屋の机に向かっていたら、玄関から大きな声で呼ばれた。
急いで扉を開けると、七分袖のシャツを着た、緑色の髪の男性が。北門近くで魔法治療院を始めた姉弟の弟、マウリだわ。
「よかった~、いた! 急ぎの相談があるんですよ」
「どうしました?」
走ってきたのか、肩を上下させて息を弾ませている。
「数日前から熱を出しているお客さんがいて。三日間薬を飲んでもらったのに、下がらないんです。高熱が長引くと良くないから、もっと効果のある薬があったら欲しいんです」
「それは心配ですね。以前入手したカシュウがまだ残っているので、これを使用して薬を作り、お届けします」
「えっ、店にはほとんど出回らない、入手困難なカシュウを!? そりゃ助かりますが、手に入れるのにいくらしたんですか? 相手は一般市民だから、大金は払えませんよ」
やっぱり高価なのね。お金を出して買ったわけじゃないから、そもそも値段が分からない。
「大会の景品だったんで、無料でした。支払える範囲で構いませんよ。代わりに服用からどのくらいの時間で、どの程度の効果があったかを教えてください。出来れば夜中を除き、一時間ごとに記録して欲しいんですが」
「それで安くしてもらえるなら、やってくれると思います! 文字を書けるか、確認しておかないといけないか」
町では山より識字率は高いものの、百パーセントではないのだ。読むのはともかく、書くのは苦手という人もいる。
マウリは慌ただしく治療院へ戻っていった。病気は待ってくれない。
私もすぐに薬を作る材料を確認しないと。
地下のアイテム工房への階段を降り始めたところで、エクヴァルとリニが帰ってきた。
「ただいま。おや、アイテムを作るの?」
「急ぎの仕事を頼まれたの、高熱が下がらないんですって」
「た、大変! お手伝いできること、あるかな……?」
リニがエクヴァルの後ろから顔を出した。セビリノは部屋に籠もったままだから、代わりに手伝ってもらおうかな。
「じゃあ、助手をしてくれる?」
「うん! で、出来るか分からないけど、頑張る……!」
リニって仕事を頼まれると、すごく嬉しそうにするわよね。
三人で地下へ行き、私が薬草の確認をしている間に、リニにはテーブルを拭いて、秤とハサミを用意してもらった。それから薬を入れる容器。
今回使うのは、エグドアルムで購入してきた乾燥したハシュー草とニヌー草、それから最近入手したカンゾウ。私が計量し、リニがハサミで細かくしている間に、エクヴァルが鍋に水を張って火をつけた。
じっくり煎じて、最後に粉末のカシュウも加える。これで完成。三回分あるよ。
煎じるだけにした薬も用意。熱が下がったら、カシュウを止めてクズカズラの根っこに変更する。クズカズラは在庫にないから、自分で探してもらおう。
最後にククル樹の乾燥した細い枝を用意。燃やして体を燻すのだ。エグドアルムで高熱が下がらない時に行う、伝統的な治療法なのだ。
「完成だね! お届け、しようか?」
「うーんと……」
せっかくリニがやる気だけど、説明もしなきゃいけないわよね。どう返事をしようか考えていたら、トントンと急いで階段を下りる足音が。
「師匠、いつの間にこちらに。一番弟子がお手伝い致します」
「セビリノ、そうね。もう作り終わったから、このカシュウを使った薬を魔法治療院へ届けてくれる?」
「高熱患者がいるのですね、心得ました」
「それからククル樹の枝もお願い」
「熱が下がらないのですか。患者の様子も確認して参りましょう」
さすがにすぐ理解してくれるわ。何も仕事を任せないといじけられそうだし、頼りにしていく作戦でいこう。
「宜しくね」
「はっ。師匠の薬が御座います、熱はすぐにマイナスになるくらいに下がるでしょう」
「凍らせる気?」
いやいや、何を言い出しているの。セビリノはいつも真顔だし、意図が読めない。
「ヴァルデマル殿から、私が真面目過ぎるので冗談の一つも言った方がいい、と助言を頂きました」
大成功とばかりに、自信満々のセビリノ。彼の感性は時々とてもおかしい。
ヴァルデマルは元ルフォントス皇国の皇室付きの魔導師だ。騎士のような気骨のある正義漢で、セビリノと仲が良い。
ここまでなら良かったのだが、二人で“イリヤ様崇敬会”なる不可解な活動を始めてしまった。気が合い過ぎるのも、困ったものだわね……。
薬を預けたセビリノを見送り、私はここの片付けをする。
「リニちゃん、一緒にお掃除をしましょ」
「わ、私が洗いものを、するね」
率先してお鍋を洗ってくれる。私は残った薬草を元の棚に戻し、エクヴァルが機材を片付けていた。
リニは丁寧だし、エクヴァルは手際がいいし、仕事がやり易いな。
こういう感じに、雑用係りの助手を雇うのもいいかも。ただ、きっとエクヴァルにがっつり身辺調査をされるんだろうなあ。
洗いものが終わると、リニは床の掃き掃除を始めた。
「全部、綺麗にするよ。イリヤは休んでいていいよ、明日もお薬作り……あるから」
「そだね、私達に任せて。リニ、私は何をしたらいいかな?」
「ええとね、アイテムの保管庫を拭いてね」
「了解」
二人が地下工房のお掃除をしてくれているので、私はお言葉に甘えて休ませてもらうことにした。清潔な方が、ポーション類を作るのに環境がいい。
「じゃあ二人とも、疲れない程度にね」
「うん!」
楽しそうだなあ。やっぱり一緒に掃除しようかな、と思っていたところ。
「たのーもー!!!」
この独特の呼び掛けは、一人しかいない。
自称ライバル、グローリア・ガレッティ男爵令嬢ね。
「お嬢、だから普通に“ごきげんよう”とか言いましょうよ」
「なによソレ。言わないわよ、そんなの」
「ラウルさんはお嬢様に夢を見ているから……」
お笑い三人組は相変わらずだわ。
玄関の外には、金の巻き毛にシンプルなデザインの赤いドレスを着た、グローリアが立っていた。
「お久しぶりです、グローリア様」
「いたわね、イリヤ先生! このチラシ見た?」
彼女が手にしているのは、魔法付与大会のチラシだった。興味があるのかしら。
「はい、参加予定です」
「さすが私のライバルね! 私は審査員に応募するの。アイテム作製は得意だけど、魔法付与は苦手だもん」
……え? それをわざわざ、宣言しに来たの?
てっきりここで戦いましょう、だと思ったのに。
「いやお嬢、胸を張って言うセリフじゃないですよ」
「そうですよお嬢様。ついでにイリヤ様に鑑定してもらいたいと仰っていた石を、忘れないうちに出した方が……」
相変わらず苦労性のメイドが控えめに訴えると、護衛のラウルがカバンから布を出し、開いて包んであった灰色の石を披露した。
これは……魔核ね。魔力が溢れている。水の魔力だわ。なんとなく海っぽいかも。
「魔核ですか」
「やっぱりそうよね! 道の脇に乗り捨てられてた壊れた馬車を確認したら、床に転がってたのよ。きっと慌てて落として逃げたんだわ」
「魔核って……そんなふうに拾えるんですか?」
そこら辺で拾ったなんて、聞いた覚えがないわ。そもそも知識の無い人だと、普通のちょっともろい石と勘違いして通り過ぎてしまいそう。
「ガレッティ男爵家は、強運の血筋なんですよ。お嬢も思い付きで何かするといい結果を残したり、出掛けたい時に出掛けたい方面の馬車が来て、同乗させてくれたりしますよ。今回もお祭りに向けて今頃出発する予定を、急にすぐに行くと騒ぐから出発したら、見つけたんです」
それで魔核を? すごい特技ね。
マジマジと眺めていると、急に影になった。
「……シーサーペントの魔核ではないかね?」
ベリアルが来たのだ。
グローリアって危険人物扱いなのかしら。エクヴァルも妙に彼女には冷たいのよね。相手は全く気付いてもないのがすごい。
「えええ! 欲しい……、買いますから譲ってくれませんか?」
探していた、毒消しの蛇の魔核がここに!
グローリアは得意気に魔核を撫でて、再び布で包んだ。
「残念でしたわ。これを賞品として提供する代わりに、男爵領の宣伝をしてもらうのよ。アイテム講習会の生徒募集に、協力してもらおうっと!」
ああ、可愛い蛇の魔石ちゃんがカバンへ再び戻っていく……!
でももしかしたら、魔法付与大会の賞品として現れるのね……!
これは絶対に優勝しなくては!
私は改めて心に誓った。
「……大会まではまだ時間がありますが、レナントに滞在されるのですか?」
不意に気になって尋ねた。馬車には便乗しちゃうんだし、お付きもいつもこの二人。長期の旅をするほど、裕福には思えないのにな。
「この後、テナータイトの町へ行く商人の馬車なのよ。テナータイトへ行って、お祭りまでに戻ってくるわ」
「いつもお騒がせして申し訳ありません。どうぞ、男爵様より心ばかりの品です」
メイドに促されて護衛のラウルがくれたのは、お米だった。重いから玄関の中に置いてもらう。
「男爵領で収穫したお米よ。多くは作ってないけど、イリヤ先生からの注文なら受けるわよ!」
心ばかりの宣伝の品だった。
グローリアの父親だもん、男爵様もちゃっかりしてそうねえ。
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