第366話 魔法戦で友達作りは難しい!?
流しの魔法付与職人であるティルザと魔法戦をしに、冒険者ギルドの扉を開いた。冒険者ギルドにはAランク以上が使える地下施設があるのだが、現在は使用中だった。
「申し訳ありません、生誕祭の警備に向けて、特別講習会を開いているんです。希望者が多く、地下施設はしばらく講習会で埋まっています」
受付嬢が申し訳なさそうに謝罪する。
一般の訓練場と違って普段あまり使われないので、こちらを会場にしているとか。特別な訓練場を使えば、受講者の気合いも違いそう。
私達はギルドの裏手にある、一般の訓練施設を借りた。ちょっとした魔法比べくらいなら、ここで十分なのだ。
「じゃあ、片方が魔法を使ってそれを防ぐ、というのでどうでしょう。どちらかがギブアップするまで、交互にやるんです」
訓練場に着くと、ティルザが対戦方法の提案をしてきた。
「分かりました。どちらが魔法を使いますか?」
「イリヤさん、どうぞ。私がバッチリ防いじゃいますよ!」
かなり自信満々ね。じゃあどの魔法にしようかな。最初は防ぎやすいように、ティルザの得意な属性にしよう。
「得意属性は何ですか? 私は光と水です」
「私は風で。雷も得意なんで、重宝されるんです」
攻撃力が強い雷の魔法が得意なのね。
魔力消費も多いから、きっと魔力の量も多いんだわ。
「では雷撃にします」
「それなら、雷撃を無効にする魔法を唱えるね! 珍しい魔法ですが、雷に対応するにはこれが一番!」
「存じ上げております」
「そうなの……」
露骨にガッカリされた。打ち消す魔法は使い手が少ないのよね、知らないフリをしていれば良かったかしら。
便利だけど、どの魔法か見極めてから唱えなければならないから、実戦では不利なイメージがあるみたい。
エクヴァルとリニは訓練場の入口付近に陣取り、セビリノは私達の中間付近の壁際に立つ。
「全力でどうぞ!」
ティルザは杖を手に、自信満々にしている。
「では、始め!」
セビリノが片手を挙げて、合図をする。私は大きく息を吸って、詠唱を開始した。
「光よ激しく明滅して存在を示せ。
予告通り、雷撃を唱えた。手のひらに雷が集まり、バチバチと大きく弾け、黄金色の輝きを撒き散らす。
「予想以上だなぁ……、こちらも全力で! 光の点滅よ、拡散して花びらと散れ。雲を
打ち消す魔法が唱えられ、雷の先端にシュウッと白い煙が上がる。
次の瞬間、ティルザの両手が左右に弾かれた。
「え、あ、アレ……きゃあー!!!」
雷はほとんど衰えずに進み、轟音を立ててティルザとぶつかった。辺りが真っ白に染まり、目を開けていられない。
あんなに自信があったのに、失敗したの!??
打ち消す魔法は相手よりも魔力が弱かったりして失敗した場合、勢いを削ぐことが出来ない。九割以上の威力を保持したまま、押し寄せてしまう。
成功すれば防御魔法よりも確実に、周辺を含めて被害を無くせるのに、普及しない理由はこれなのだ。相手より上でなければ、防御としての
光が薄れて目に入ったのは、呆然として尻餅をついたティルザだった。護符が壊れて、地面に破片が転がっている。
「え……嘘、負け、た……。私の、護符ぐぁ、壊れちゃ、た……」
雷撃の痺れが出ているのね。喋りにくそうだわ。
「師匠の! 完全なるッ、勝利です!!!」
片手を上げ、大声で宣言するセビリノ。
見れば分かるんだから、言わなくていいわ。ティルザはまだ立ち上がれずにいた。
「勝負が着いちゃいましたね」
次は私が防ぐ番だと思ったのにな。セビリノが手を貸して、ティルザを立たせてあげている。
「うう、こんなに完全に負けたのは初めてよ……」
「攻撃魔法、唱えますか?」
「いい、いいよ。結果が見えすぎてる……」
一応聞いてみたけど、やっぱり終わりだった。
あっという間に終了して訓練場の鍵を返しに行ったので、ギルドの人も戻りが早くて驚いていた。
ギルドに面した交差点で、ティルザと別れを告げる。彼女はまだ落ち込んでいた。
「出直してきます………。魔法付与大会が心配すぎるわ。立派な魔法円を用意してくる……」
「そちらでも正々堂々と勝負しましょう! せっかくの大会ですし、盛り上がるといいですよね」
「……そうよね、楽しむのが一番! 私の目的は勝利よりも、依頼や支援者のゲットだし!」
両手を握りしめ、顔を上げるティルザ。
そこに丸く収まりかけた場を破る、よく通る低い声が届く。
「そなた、随分と遅いではないかね」
「ベリアル殿、魔法勝負をしておりました」
気になったのか、ルシフェルの邸宅へ行っていたベリアルが様子を見に来ていた。この町の人は彼にすっかり慣れつつあるが、やはりまだチラチラと視線を送る人がいる。
一般の女性はかっこいい貴族男性だと騙されて振り向き、冒険者はヤバい悪魔がいる、と気付いてだろう。注目されるのが好きなベリアルなので、どちらの意味の視線でも嬉しいに違いない。
ティルザも若草色の前髪を掻き上げ、オレンジ色の瞳を細めて、注視している。
「……私が今まで会った悪魔貴族とは、一味違うこの感じ。……高位貴族とかじゃない? 国に仕えてたって、そうそう契約している人がいないクラスのような……」
「私と契約している、ベリアル殿です」
爵位については触れずに紹介すると、セビリノが胸を張って前に出た。
「ふっ……! 我が師匠は召喚術の腕前も、前人未踏の領域! まことに師と仰ぐに相応しいお方!」
指を揃えて私を指さないで頂きたい。
元々ベリアルを召喚したのは私ではないし、王との契約者も私一人ではないから、前人未踏の領域ではない。
笑いを堪えながらセビリノの肩に手を置き、私を横目で見るエクヴァル。
「いやあ、Aランク冒険者くらいじゃ力量差と知識差がありすぎて、君の実力って全然計れないよね」
「然り。弟子入り志願は、私を通してもらう」
セビリノが勝手に弟子を増やそうとしている! 急にマネージャーみたいになったわ!
ティルザは理解し切れないのか、呆然としたまま。
「だ、大丈夫……? あの、あのね、イリヤはすごい魔導師だから、負けても……仕方ないと、思う。それに、もう公爵様の庇護をもらっているから、公爵様は大会で、他の人を、見てくれる……よ」
ティルザの腕を擦って、リニが一所懸命に励ます。
「……そっか、そうよね! 公爵様の注目度も上がるし、私も目立つチャンスかも!」
立ち直りが早い女性で良かったわ。すぐにやる気になっている。
道に集まっているところに、誰かが近付いてきた。邪魔だったかな、と顔を向けたら、見覚えのある黒髪に男装の女性が。
「イリヤさん達。何故、冒険者ギルドの前に? 大会の参加登録は商業ギルドだよ」
「受付けを済ませて、こちらのティルザ様と魔法戦をしておりました」
私の答えに、カミーユが目を大きく見開いた。
「えっ!!??? イリヤさんと魔法戦をしちゃったの!?? 彼女、上級ドラゴンにも平常心で立ち向かう、剛の者だよ? “有能な魔導師が一人いれば、一軍の戦力に匹敵する”っていう格言を、体現しちゃう人だよ? 弟子が宮廷魔導師っていう、とんでもなく意味不明な人だよ???」
カミーユがものすごい勢いで、ティルザにまくし立てる。
フェン公国のドラゴン退治に同行したから、私が魔法を唱える場面は見ていたけど……剛の者!?
「先に知りたかったわ……! 私の自慢の護符がボロボロよ……」
「残念だったね。でもね、作り直すのも勉強さ! 次はもっと、強固なタリスマンを作ろう!」
ポンポンとティルザの肩を叩いて慰めるカミーユに、ティルザが頷いている。
「そうよね。……で、ところで貴女は?」
紹介する間もなく、カミーユが騒いじゃったのよね。カミーユは
「そうだった、失礼。私はカミーユ・ベロワイエ。ローザベッラ・モレラート先生の弟子で、天才魔法アイテム職人さっ!」
「貴女があの、モレラート先生の教え子さん!? うっわ、すごい! 私はティルザといいます、先生を尊敬してるんです。私も大会に参加します!」
握手するカミーユとティルザ。すぐに意気投合して仲良くなっていた。
「こちらこそ! 先生に紹介するよ、私が借りている家にいるんだ」
「え、ちょっと待って! 髪の毛、乱れてない? 直さなきゃ……っ」
ティルザは慌てて手櫛で髪を整える。急に手を上げるから、通りがかった人がぶつかりそうになって、サッと避けた。
「気にし過ぎだよ、先生なんて作業に没頭したら容姿は二の次、三の次さ!」
先生の話をしながら、二人は並んで去っていった。
あれ、戦って友情を育むんじゃなかったの? ティルザとカミーユは、戦ってないよ?
……私は?
「嵐のような者達であるな」
「仕方ないね、イリヤ嬢。友情を育む前に折っちゃったからね」
わざとらしく肩を
リニが口をへの字に曲げて、エクヴァルの腰をポンポンと叩いた。
「あの、大丈夫。わ、私が、イリヤの、お友達だよ……!」
「ありがとう、リニちゃん」
「約束の、お買いものに行こう……! イリヤに服を、買うね」
言い終えてから、リニはハッとしてベリアルにゆっくりと視線を巡らせた。ベリアルは小さくため息をつくだけで、素知らぬふりをしていた。
「じゃあその前に、魔法道具のお店に寄っていいかしら」
「うん」
私は魔法円を描く紙を買いに、素材やお香など魔法道具を扱う、路地裏の小さな店を目指した。
独特の香りに満ちたその店は木造で古めかしく、所狭しと商品が棚に詰め込まれている。初級と中級ポーションの、簡易検査紙も置いてあった。
このお店には、お香の煙を浴びせて清めた紙が売っているのだ。細い棚に重ねられた正方形の紙は、使ったお香の種類毎に札が立てられている。これがアイテム作製に使う小さな魔法円を書くのに、ちょうどいい。
他にはペン、腕より短い棒、お鍋やガラス瓶などが積まれていた。店のお婆さんの後ろには、木の杖が何本か立てられている。
「ホワイトセージにしよう」
「私はビャクダンに」
「セビリノも本気ね。攻撃力増強と、火属性の付与かぁ。それに一般の人も審査員になるのよね、珍しいわよね」
「発動しやすくせねばなりませんな」
「君達のお喋りしながらの買いものって、楽しそうなのに内容は仕事や研究だよね」
セビリノと選んでいると、店の入り口で待っているエクヴァルが笑っていた。リニはお店の商品を物珍しそうに眺めている。
ベリアルは店に入らず、外で待っていた。裏通りなので、人はまばらだ。
支払いを終えてセビリノが商品を二人分抱え、お店を後にした。
細い裏路地から、馬車が通る住宅街の道にでると、フシューフシューと空気の抜けるような音が。そしてダダダッと重そうに走る足音。
「ハヌッ、ゆっくり!」
「クシュ~」
イサシムの大樹の魔法使い、エスメがハヌに首輪をして、太い紐を必死に引っ張っている。
ハヌはエスメの言葉が分かったのか、ゆっくりになってペタペタと歩いた。
「ハヌ! ハヌもお散歩、するの?」
「暖かくなったから、歩き回りたがるのよ。イリヤ達がいない間に家の近くを通ったら、必ず足を止めて家を眺めていたわ。リニちゃんを待ってたのかも」
大きな頭をリニの足に擦りつけるハヌ。リニはしゃがんで、頭を撫でた。
「嬉しいなあ……。ハヌは私を、忘れちゃうと、思ってた」
「忘れないわよ、命の恩人じゃない」
あっ、耳が痛い。薬の材料として買ったんだわ。
パッハーヌトカゲって、どのくらいの記憶力があるのかしら。少なくとも、深く関わる人は確実に覚えているわね。
「……あ、あの……イリヤ。ハヌと一緒に、お散歩して、いい?」
リニが申し訳なさそうに、上目遣いで尋ねてくる。これを断れる人、いるのかな。
「ハヌも喜ぶわよ。お買いものはまた今度、お願いね」
「うん、ごめんね」
「イリヤ嬢、必ず埋め合わせはするから」
リニとエクヴァルは、エスメと一緒にハヌの散歩をする。
私はベリアルとセビリノと家に帰って、買ったばかりの紙に魔法円を書く。大人しくお仕事しよう……。
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