第365話 達人部門の参加者
私とセビリノは、アムリタをひとまず後回しにして、アレシアの露店で頼まれた魔法付与の依頼を幾つかこなした。それから魔法治療院に卸す中級マナポーションを作り、ビナールのお店で生誕祭に売り出しするポーションや常備薬を用意した。
キースリング侯爵から頂いた薬草は、大活躍だったわ! セビリノからもお礼を言ってもらわないと。
現在はベリアルを除いたメンバーで、ビナールのお店に来ている。ベリアルは例によって、ルシフェルの邸宅にお邪魔している。
目の前には生誕祭用のアイテムを確認するビナールが。通常のポーションなど、素材の入手が簡単で効果の弱いものを、多めに作った。
「あとは目玉商品ですよねえ」
「いいアイテムはあるかい?」
確認を終えたビナールが、秘書にアイテムを託した。アイテムをお店の入れものに移して、持ってきた箱は返してもらう。
「特には……。魔核がありますし、頂いた薬草でハイポーションが作れますが、何のひねりもないですよね」
「ハイポーションで十分すぎるよ! 相変わらずイリヤさんは何処か……イリヤさんだなあ!」
私は私だなあって、本当はどう言うつもりだったのかしら。護衛として同行している、エクヴァルが小さく笑っている。
「ではハイポーションを作りますね」
「多めに頼んだよ」
うーん。せっかくだし、時間があったらまた何か作ろうっと。
移動途中に魔法関係のお店を覗いたら、魔法付与大会のチラシが貼られていた。しばらく街の中は大会の話題で持ちきりね。
参加者が増えるといいな。
商業ギルドに行き、セビリノと一緒に魔法付与大会の達人部門の参加申し込みをした。申込書に記入しながら尋ねてみたら、カミーユは一足先に済ませていた。なんだかドキドキするわね。
申し込みを済ませて振り返ると、三枚も並べて貼られている、魔法付与大会のチラシの前にローブの女性が立っている。年齢は私より少し上くらいかしら。
「魔法付与大会……! これに参加したら、いい仕事が見つかるかも……!」
かなり顔を近づけて、チラシをじっくり眺めている。あまり目がよくないのかしら。
「興味がおありですか? こちら、お持ちください」
受付の水色髪の女性が、後ろに積んでる箱からチラシと参加申込書を取りだし、女性に差し出した。
「達人部門で参加したいんですが、参加資格はありますか?」
受付の前に移動してチラシを受け取りながら、女性が質問する。達人部門に、他にも参加希望者が現れた!
「お題がこなせる方なら参加できます。二つをバランス良く付与できる腕があれば、問題ありません」
「大丈夫です!」
女性は元気に返事をして、その場で参加受付を始めた。
一つのものに二つの効果を持たせるのって、難しかったんだ。普通に出来るから、気にしたことがなかったわ。
「……あの、この大会に参加したら、協賛している公爵家に召し抱えられたり、国や大きな商会から仕事をもらえたりします……?」
彼女はチラシを片手に、声を小さくする。お仕事を探しているのかな。
壁に貼られた魔法付与大会のチラシの前には、また別の人が立っている。
「可能性はありますね。参加者様にお声掛けしたいとのご希望があった場合は、運営を通してお知らせします。面会するかはご自身で判断して頂けますよ。運営を通さない勧誘があった場合は、連絡してください。もし勝手に受けて不利益がありましても、こちら側としては対処致しかねます」
「ありがとうございます! 仕事も見つかるかも。夢が膨らみますね……! ところで、参加者は集まりそうですか? レベルはどのくらいでしょうか……」
私も気になっていたので、こっそり近付いて聞き耳を立てる。セビリノは不思議そうにしながらも、黙って待っていた。本当に周囲に興味の無い人だわ。
「ティルザ様で四人目ですよ。……まさに達人部門、という感じになりそうです」
まだ四人目。もっと集まるかしら。
ギリギリまで迷ってるだけかな、あと賞品が何かにもよるのかな。
「うわぁ……、当日が楽しみなような、怖いような。……ところで、特別審査員のローザベッラ・モレラート様って、バースフーク帝国の帝室技芸員の方では? こちらに滞在中なんですか?」
「ええ、偶然お弟子さんを探しに来られていたんです。お弟子さんも参加されるんで、張り切っていらっしゃいますよ。勿論、審査にひいきはありませんので、ご安心を」
「そんな有名な先生のお弟子さんが!? これ、勝ち目がないんじゃ……。いや、むしろ先生が審査員をされているなら、アピールするチャンスかも……」
怖じ気づきそうになる自分を励まして、何度も頷く女性。取りやめずにいて欲しい。
女性は受付嬢に、更に顔を近付けた。
「他の方は……」
「公開禁止の方はいらっしゃらないから、お教えして大丈夫ですね。エグドアルム王国の宮廷魔導師の方と」
「南北魔法アイテム職人対決!!? レベルが高すぎる!!!」
魔法大国として、北のエグドアルム王国、南のバースフーク帝国が名を馳せているのだ。言われてみればまさに南北対決だわ、これは負けられないわね。
セビリノが。
「あとのお一方は、このレナントで上級職人として登録されている女性です。達人の部は肩書きなども一緒に紹介する予定です。ティルザ様はどうされますか?」
「あ、良かった。普通の人もいた。私は……うーん……、一番見栄えがいいのは、Aランク冒険者……かなあ。魔法使い兼、流しの魔法付与職人だから、肩書きなんて無いんだよね……」
「流しの魔法付与職人?」
聞き慣れない職業が気になり、思わず口を突いてしまった。会話をしていた二人の視線が、一斉に私に注がれる。
「イリヤ様。彼女も魔法付与大会に参加される、上級職人ですよ」
「貴女が! 私も参加します、ティルザって言います! すごい方ばかりで気後れしてました……、宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しくお願いします」
紹介されたので、頭を下げた。ティルザも私に合わせ、慌ててお辞儀する。
その前にチラッと、握手をするのに手を出そうとしていた気がする。タイミングが悪かったな。
「それで私なんですが、元々工房で働いていたんですよ。でも規律正しい生活って苦手で。朝起きるベストな時間って、日によって違うよね? 目が覚めたら“今日は泳ぎに行こう”って思い付いて出掛けたり、途中で気が変わってむしろ山に登ったりするよね???」
「寝ていたい日はありますが、泳げないので……」
工房は住み込みも多く、同じ時間に起床して食事を皆で取る。休みは事前に決められた日だけ。勝手に休むと、他の人の迷惑になるし。
確かに向かなそうな人だわ。
湖はともかく、山へは計画と準備をしっかりして登って頂きたい。
「子供の頃から魔法塾にも通っていたんで、工房は辞めて冒険者になったんです。魔法を使うのも、魔力操作の練習になるしね! アイテム作製は設備がないと出来ないんで、旅先でもやりやすい魔法付与専門になりました」
なるほど。冒険者をして町を移動しながらでも、魔法付与だけなら宿で可能ね。
魔法付与の仕事を個人で始めたとして、信用がないとなかなか頼まれない。実績を積んでやっと金額が上がり仕事も増えるが、それまでが難しいらしく、専門でやる人は少ないのだ。
冒険者の傍らというのは、いい選択ね。
「貴女は?」
「私は元々仕えていた国で色々あって、こちらで独立しました。魔法付与の他にも、魔法、魔法アイテム作製や召喚など、一通りこなしますよ」
当たり障りのないように軽く経歴を説明すると、ティルザの目はどんどん大きく開かれた。
「普通の上級職人じゃない! うわあ、さすが達人部門……騙されるところだったわ……」
大げさに片手で顔を覆うティルザ。そして手を離し、私の後ろにいるセビリノと、エクヴァルとリニに視線を巡らせた。
「……貴方達も職人ですか?」
「うむ! 私は師匠の一番弟子、セビ……」
「一番弟子! お弟子さんをたくさん抱えた、すごい先生だったんだ!」
セビリノのいつもの自己紹介を
弟子は二人しかいませんよ……。
「では、そちらもお弟子さん?」
「いえいえお嬢さん、私は護衛です。この子は私と契約している、小悪魔のリニ」
「リニです……。よ、よろしくお願いします」
エクヴァルの横で、リニが勢いよく頭を下げる。
「ちゃんと挨拶が出来る……聡明な小悪魔ちゃんね! 私はティルザよ」
普通の小悪魔も挨拶できますよ。混乱してないかな、大丈夫かしら。
床に膝を突いて明るくリニの手を取ったティルザは、すぐに表情を曇らせた。
「あぁ……本当に大会が不安になってきた……。何処かでレベルを確認できないかなぁ。魔法付与だと手の内を明かすみたいだから、魔法勝負とか」
ティルザがリニと両手を繋いで上下に動かしながら、一人で呟いている。リニは戸惑いながらも、手を引っ込めていいのか分からなくて、そのままにしていた。
「イリヤ嬢。魔法勝負、やってみたら? 冒険者ギルドの施設を借りて」
エクヴァルが笑顔で提案しつつ、リニとティルザの手を離させる。リニはすぐにエクヴァルの後ろへ引っ込んでしまった。
「そうねえ、楽しそうかも」
「ええっ!? 国に仕えていたとはいえ、貴女は魔法アイテム職人ですよね? 私は冒険者として、Aランクの魔法使いですよ」
さすがAランク冒険者、魔法には自信があるのね。
私も魔法は得意ですよ!
「彼女、国では討伐もこなしていたから。それにAランクなら以前戦ったんじゃなかった?」
「戦ったわね。ランクの高い方との対戦は、有意義で楽しかったわ」
エクヴァルが言っているのは、光属性の魔法が得意なAランク冒険者、パーヴァリ達との魔法戦ね。Sランクの魔法使いもいたわ。魔法の検証が出来て、面白かったのよね。
他にも戦ったり襲われて防いだり、色々あったな。
「経歴が謎……。これは勝負して、確かめ合わねば! 友情を
「そうだったんですね! 頑張ります!」
「え、君そういうタイプ? イリヤ嬢、本気にしちゃダメだよ……!?」
確かに、戦って実力を見極めて仲良くなったりするわよね。これで新しいお友達ね!
意気揚々と冒険者ギルドへ向かう途中、セビリノが背を
「師匠、まずは私が受けるべきでは?」
「セビリノは審判をしてくれる? 一番、信頼してるから」
「……はっ! 愛弟子にお任せあれ!」
一番弟子に飽きたのか、愛弟子になったぞ。本人はとても満足そう。
彼の目指す先は、どこなのだろうか。
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