第352話 依頼に向かないアムリタ

 いつものアムリタだけど、いつものアムリタではない。

 その心は。

 なんと、龍の素材として龍神族の爪を使います! まさかこんな立派なものが入手できるなんて、旅っていいわ。

 素材を投入して、塩湖の塩も入れてアムリタ作りの開始だ。シーブ・イッサヒル・アメルは今回分しかないわね。頼んでもいつ入荷するか分からないんだし、冒険者ギルドに依頼を出しておかなきゃ。

 

「大海を攪拌かくはんせよ。太陽と月、二つの天球が照らし、一切の陰はできまじ。花がりて力は戻る、黄金よ流出して祝福を与えたまえ。神々の偉業を完成させ、我が手にたえなる秘薬を与えたまえ」


 焦げないように掻き混ぜながら、素材がクタクタになるまでよく煮て、作製中にできてしまう副産物である毒を除去する、ハイランの地下茎を細かく切って入れ、毒消しの魔法を唱えた。

 あとは固める為のミツロウと、エグドアルムで購入したラベンダーの精油を数滴。

 完成した軟膏は白い容器に入れる。


「完成! 魔力が凝縮されていて、しかも神聖な感じがするわ」

「うむ、さすが龍神族の爪……。軟膏の色が黄金に近いですな」

「マナスヴィン龍王様に感謝しなきゃね」

 ルシフェル主催のサバトの主賓(334話)、マナスヴィン龍王から頂いた爪を使った。立派なだけあって、硬くて切ったりするのが大変。切って割らなくてはいけないけど、砕くのは労力がいるから、魔法で粉にしたわ。

 効果はやはり強いんだろうか、使ってみたい。怪我もしてないし、軽い怪我で使っても意味が無いのよね。打ち身や古傷に効く薬、アムリタ。何処かにちょうど、骨が粉砕したり内臓が損傷するくらいの、酷いぶつけた方をした人はいないかな。


「……イリヤ嬢、もしかしてそれをリューベック将軍に渡す予定だったりしない?」

「そのつもりよ。頼まれているもの」

 エクヴァルの曖昧な笑顔。これ、私が失敗している時な気がする。注文品を作っているだけなのに。

「……師匠、これは事前に確認せず渡すわけにはいかぬ品です」

「確認??」

「つまりね、アムリタが四大回復アイテムの一つで、元々高価な薬なのは知ってるよね? ただでさえ値段を押し上げる龍の素材なのに、それ以上に希少価値が高い龍神族の素材を使用したら、それはもういくらになるか計り知れないわけ」

「相手の了承もなく使って金額を請求するのは、信頼関係を崩しかねないかと……」


 しまった。値段が張りすぎるから、先に確認しなきゃいけなかったなんて!

 しかもせっかく入手したシーブ・イッサヒル・アメルも使用しちゃった……!

「セビリノ、先に注意してよ……!」

「申し訳ありません。私も龍神族の素材を使った薬に、興味がありまして」

「そうよねえ、仕方ないわよね……」

 アイテム職人的好奇心が勝るのは、当然よね。龍神族の爪なんて、初めて使うんだし。セビリノと頷き合っていたら、エクヴァルが咳払いをした。

「さすがにこの品を他国に流出されると、私も困るから。足りない素材をすぐに手配しようね」

 反応を見るのも面白そうだと思ったが、やはり良くないらしい。素材を手配して、ついでに他の薬草も買うかな……。


「……俺も人間界を行き来する方だが、龍神族の爪を興味半分で使うような職人は、ついぞ見ていねえ」

「アレはナーガ神族のものだからね、ロンワン陛下の眷属よりも一段落ちる」

「とはいえさすがベリアルの契約者、と言ったところですかね」

 アイテムを作り始めた時、悪魔はリニしかいなかったのに、バアルとルシフェルもいつの間にか壁際に立っていた。会話の後に、二人が視線を移す。

 階段の近くで腕を組むベリアルの姿があった。

「昔から好奇心だけで物事を決める小娘である、我はあずかり知らぬ」

「だから君と契約したのか」

 ルシフェルが納得したように微笑む。

 子供の頃だし、何も覚えていないので反論もできない。いや、反論したら機嫌を損ねそうだわ。ベリアルも眉を寄せて、口を引き結ぶだけ。

 バアルが苦手なベリアルは、彼がいるといつもより大人しい。


「では私は薬草の手配をして、ハヌに挨拶してきます」

「あ、私も行く……」

 エクヴァルの後ろから、リニが顔を出した。ベリアルは扉を開けて、さっさと階段を上る。地獄の王二人もそれに続き、私は片付けをセビリノに任せて地下工房を後にした。

 セビリノがいる時に自分で片付けようとすると、「それは一番弟子の仕事です」と止められるので、最初から任せてしまうようになった。

「商業ギルドで尋ねて、入手できないようなら冒険者ギルドに寄る予定よ。エクヴァル達は先にイサシムのメンバーの家に行ってる?」

「護衛も兼ねて、一緒に行くよ」


 お出掛けのメンバーは私とベリアル、エクヴァルとリニだ。王二人は隣のミニお城へ移動した。建物はほぼ完成、今日は家具屋を呼んでいて、入れる家具の相談をするそうだ。お店側が来るのが偉い人よね。

 しかし知らないとはいえ、地獄の王二人を相手にする家具屋が不憫ではある。問題が起きても、仲裁に入れるレベルの人達じゃないからなあ……。もみ消しに尽力することになるだろうな。

 まあ、彼ら二人を相手に横柄な態度が取れる、肝の据わった人間もそうそういないだろう。


 シーブ・イッサヒル・アメルは、ビナールのお店で取り扱いはない。マンドラゴラと羽衣草も併せて、受付に頼んでおく。ビナール本人は不在だった。

 以前エルフと関わったので、ここならマンドラゴラも入手できる筈。エルフなら大抵貯蔵しているみたいなのよね。

 ちなみにビナールのお店は、薬草類はあまり種類を揃えておらず、取り扱うのは基本的なものばかり。薬をおろしている職人には、相談すれば融通してくれるのだ。


 商業ギルドでいつもの水色の髪の受付嬢にシーブ・イッサヒル・アメルを尋ねるが、やはり入荷情報はなし。

「お久しぶりですよね。今度はこちらに長く滞在されるんですか?」

 家に帰ってされる質問ではない気がする。しかし確かに、あちこち出掛けてばかりだわ。

「研究したいこともありますので、しばらくはチェンカスラーに留まる予定です」

「来月は国王陛下の誕生祭がありますから、王都で軍事パレードが見られますよ。この町でも、多くのお店が記念セールをします。レナントでは特に公式行事はないんですが、吟遊詩人や大道芸人が広場で芸をしたりして盛り上がるんです」

 フェン公国のお祭りの、縮小版かな。気軽に楽しめそうね。軍事パレードは興味ないなあ。

 もしかして、アレシア達もその日に向けて商品を準備するのかも? 確認しておいた方がいいわね。


「ところで質問を宜しいでしょうか、お嬢さん」

 エクヴァルが胸に手を当てて、軽く礼をする。受付嬢ははい、と対応した。

「飛行系の装備アイテムを作る職人の登録は、さすがにありませんかな……?」

「申し訳ありません、ないですね。いたとしても、国が抱えて情報を流さないと思います」

「ですよねええぇ……」

 壊れたブーツを諦めきれないのね。リニが靴を買ってくれると言っていたけど、それとは別に探しているようだ。

 チェンカスラーで入手するのは、諦めた方がいいかも。アウグスト公爵にも、尋ねておこうかな。そんな立派な職人がいたら、支援している筈。

 

 次は冒険者ギルドへ依頼を出す。すぐ近くなので、便利だわね。ベリアルは特に何も言わずに付いてくる。

 昼近くだからか、冒険者ギルドも空いていた。すぐに受付に行って、依頼を出す手続きをする。

「この薬草を入手したいんです」

 必要事項を書いた書類を出した。文字を書けない人は、職員が聞き取りながら代わりに記入してくれるよ。

「ええと、十日以内なら追加報酬あり。無期限でいいんですね。必要量に達した時点で〆切りで宜しいでしょうか?」

「う~ん……、取り下げるまで募集を続けてください。多くても困らないので。ただし採取から二日以内に納品できない場合は、日陰干しをして乾燥させ、水が付かないよう注意してください」

「了解しました。指示を無視して品質が低下している場合は、減額処置を致します」


 またチェンカスラーを離れる時まで、募集しておこうっと。

 そうだ、他の素材が揃っても納品がなかったら、エルフのところへ相談に行こうかしら。エルフの森も採取が楽しい場所だったわ。

「イリヤよ、要件は済んだかね。コレを見よ!」

 前金も払い終わり帰ろうとすると、入り口付近の注意喚起情報の前で、ベリアルが私を呼ぶ。そういえば、商業ギルドにもあったわね。強い魔物の情報があるんだわ、狩りがしたいのかしら。



『特別危険、警戒情報


フェン公国のドラゴンの岩場にて、ドラゴンの増殖を確認。

付近の村に被害が出た模様。

ブレスの対応をできる方、ドラゴン退治の経験がある方で、調査・討伐にご協力頂ける方は、申し出てください。冒険者ギルドへの登録の有無は問わず。

退治はフェン公国側の指示に従って行われますので、勝手に岩場に入らないでください。


尚、フェン公国の魔導師が対応に当たっていますので、過度に恐れる必要はありません。街道の封鎖も、現時点では行われていません。警戒して通行してください』



「面白いではないかね! どの程度ドラゴンが出ておるか、見に行こうではないか!」

「観光地じゃないんですよ」

 とても楽しそうなベリアル。深刻に書かれた内容と、それを目にした反応が一致していない。

「ドラゴン殲滅の協力者も募集しておるではないかね」

「殲滅じゃなくて、間引きじゃないですかね。中級以上がいなくなると、アイテム作製で困るじゃないですか」

「君達、どっちも反応がおかしいから。家でやろうね」

 エクヴァルに注意されて周囲に目をやると、あからさまに顔を逸らされた。ホラ! ベリアルのせいで私まで、おかしな人みたいに思われちゃうんだから!

 行くかどうかは、セビリノにも相談して決めよう。私達はそっと冒険者ギルドを後にした。


「あら、イリヤじゃない」

 ギルドを出て大通りを歩いていたら、黒髪でショートカットの女性に声を掛けられた。

 軽装の鎧には無数の傷が付いている。以前ドラゴンの岩場でドラゴンの鱗集めの競争をした、Aランクの冒険者だ。

「イヴェット様、お久しぶりです」

「やあ、君達もドラゴン退治に志願したの?」

 一緒にいるブルーグレイの髪の男性は、パートナーのカステイス。弓を抱えている。討伐の帰りかな。

 二人はノルディンとレンダールも加えた四人で、パーティー登録をしている。ただし、普段は分かれて別行動が多いみたい。

 もうあの危険情報にあった、ドラゴン退治に参加申し込みをしたのかしら。


「考え中です。お二人はこれからフェン公国へ向かわれるんですか?」

「まだよ。フェン公国から正式に招集要請がくるのを待ってるの。Bランク以上は全員、声が掛かってるわ」

 なるほど、しっかり調査をしてから、人を集めて一気に叩くつもりなのね。

「フェン公国側で、冒険者の参加の返事を待ってるんじゃないかな。多く集めたいだろうし。被害も出てきたから、そろそろ集合がかかるだろう。チェンカスラー王国の魔導師とかにも応援要請が出たらしいよ」


「……イリヤ達が行ったら、全部倒しちゃうんじゃない?」

「イヴェット、さすがに今回はイリヤさんでも無理だろう」

「そうよね、あははっ!」

 笑うイヴェットだけど、核心を突いている。メンバーが揃いすぎているのだ。王が三人出陣したら、むしろ避難してもらわないとならない。

 ベリアルは意味深い笑みを浮かべている。無理だろうと言われたから、俄然やる気になったに違いない。私は返事を濁しておいた。


 さて、次の目的地である、イサシムの大樹のメンバーが住む家へ行かなきゃ。在宅だといいな。

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